3:働けソフィアちゃん!
――ウチの娘がすごすぎる。
グレイシア家の当主、パーン・グレイシアは常々そう思っていた。
まず、喋るのが異様に早かった。「おなかがすきました!」「せなかがかゆいです!」と元気に自己報告する一歳児は中々いないだろう。
次に手先も器用すぎた。三歳になる頃には裏山に入り、罠を作って動物を狩ってきたのだ。しかも血抜きの処理まで完璧に。まるで本物の狩人か、五年はダンジョンに潜り続けた冒険者のような手際である。
そして魔法の技術もやたらと高かった。グレイシア家は代々、『火』と『水』の魔法を得意とする家系である。ゆえにソフィアが五歳になった記念に、初級魔法の『ファイアボール』や『アクアボール』を教えようとするのだったが、
「出来ました! さぁお父様、次は中級魔法を教えてください!」
「えっ……ええ……」
小さくともしっかりとした速さと弾道で飛んでいく火と水の弾丸を見ながら、パーンは目を白黒とさせた。
――素人であるはずのソフィアが、初級魔法を一発で成功させてみせたのだ。
とてもじゃないが信じられないことだった。初歩の技とはいえ、通常だったら丸一年は修練しなければ使えるようにならないはずだ。思考や感情が制御できない五歳児ならばもっとかかるはずだろう。
実際にパーンが初級魔法を使えるようになったのは、八歳から習い始めて十歳になった頃である。その時点で自分には才能がないと諦めてしまい、中級魔法は今でも使えなかった。
そんな父とは違い、ソフィアは黙々と魔法の修練を続け、十歳になる頃には中級魔法を完璧に使えるようになるのだった。
さらには水魔法の応用で回復薬を調合して売り出し、近くの街で大ヒットさせたというのだから驚きである。
ああ、まさに呆れるほどの秀才っぷりだ。しかも彼女はその才能に驕らず、家族はもちろん領民たちにも常に明るかった。
燃えるような赤い髪に水面のような青い瞳を煌めかせ、誰に対しても笑顔で接する彼女は、まさにグレイシア領の太陽のごとき存在だった。
いつしかパーンは、そんな娘に対して敬意を抱くようになっていった。
もしも彼女が狩猟や商売を行わなかったら、グレイシア家はさらに酷い有り様になっていただろう。
領民たちもソフィアのことを深く愛していた。
病人や流刑者である自分たちに対して分け隔てなく接してくれて、さらには回復薬を快くプレゼントしてくれる優しい彼女がいるおかげで、荒廃した地でも笑顔で暮らすことが出来ていた。
パーンと領民たちは思う。ソフィア・グレイシアこそ、この地に降臨した聖女であると。
……ゆえにこそ、こうも思うのだ。素晴らしき彼女の存在を、こんな辺境地で埋もれさせていいのかと。
心優しいソフィアのことだ。これからも領地のために文句の一つも言わずに働き続け、誰かの嫁となってひっそりと人生を終えていくつもりなのだろうが――、
「――彼女の才能をこのまま埋もれさせていいんだろうか? いいや、いいわけがないッ!
考えてもみたまえ! 我が娘であるソフィアは、十歳にもならない頃から実戦級の魔法の技術と獲物を狩り取る罠の技術を独学で発揮し、獲物の解体から回復薬の調合まで一人で出来るのだぞッ!? こんなのもうっ、『冒険者』になるために生まれたようなものではないかッ!
誰がどう考えたってこんなん歴史に名を刻む大冒険者になると思うわフツーッ! ゆえにグレイシア領の者たちよ、私に協力してくれるな!?」
『おおおおおおおおーーーーーーーーッ!』
ソフィアが十五歳になろうとしていた頃、パーンと一部の領民たちは集会所に集まって一つの計画を打ち立てた。
その名も、『ソフィアを伝説の冒険者にしてあげよう作戦』だ――!
優しい彼女は、冒険者になれと言っても絶対に頷かないだろう。領地のために働き続け、その才能を埋もれさせてしまうに違いない! 若き天才が枯れた土地のために凡人として終わろうとしてるなんて、そんなのは耐えられないッ!
だからこそパーンと領民たちは考えた。たとえ嫌われることになっても構わない。『急いでお金を儲けなければならない』という自然な理由を作り、彼女を冒険者の道に導こうと!
そんなわけで、
「すまないソフィア。実はその……お父さん、しばらく前から病に犯されていてなぁ。もしかしたら、もう長くないのかもしれないんだ……!」
「そっ、そんなっ、嘘!?」
ショックで崩れ落ちる彼女を見ながら、罪悪感でゲロを吐きそうになるパーン。
実際には病気なんて嘘である。むしろ彼女が狩ってきてくれる野生動物の肉のおかげで、最近は元気いっぱいだ。
さらに翌日、領民たちが畳みかけるように、
「すまねぇソフィア姫! 実はちょっとした流行り病が起きてて、今年は税を払うのが厳しいっていうか……!」
「なっ、そんな――ッ!? ……そんな、ありえない……まさか私の回復薬のせいで……!?」
「っていやいやいやいや!? むしろ姫様のくれた薬のおかげで元気いっぱいですってッ! あっ、いや、今は体調悪いですけど! げほんげほん!」
顔を青くする姫君を前に、「すごく悪いことをしてるなぁ」と思う領民たち(もちろん仮病)。
だが、それと同時に誇らしくも思う。心無い貴族ならば「役立たずどもが。体調管理も仕事の内だろうが!」と叱責を飛ばすところだが、ソフィアは他人を責める前に、まず自分の行動に何か問題があったのかと考えてくれたのだ。ああ、これほどまでに責任感の強い令嬢がいるものか……! ウチの姫君はこんなにも立派だぞと、世界中に宣伝したいほどだ!
『ソフィアを冒険者にしてあげよう作戦』――その真実がバレた時、もしかしたら彼女は怒るかもしれない。しかしそれでもいいから、これまで領地のために必死で働いてきた彼女を、広い世界に送り出してやりたい! 明らかに森の獣を追っ払うためではなく、恐ろしいモンスターを討伐するために磨いてきたような実戦的すぎる魔法の腕を、存分に振るわせてやりたい! それがパーンと領民たちの思いだった。
……こうして彼らの思惑通り、慈悲深きソフィアは「わかったわ。お父様のことも、領民たちのことも、みんな私が救ってみせる!」と言い放ち、数日後には旅立っていくのだった。
ああ、なんと優しくて勇気溢れる少女なのだろうか……! 彼女こそ『聖女』と呼ぶにふさわしい!
グレイシア領の者たちのソフィアに対する評価は、ついに信仰の領域へと昇り詰めていったのだった……!
――なお、
「うぇええええええええええええええええええええええええええええんッ! 嫌だよぉおおおおおおおおおおおおおッ! やっぱり冒険者なんてなりたくないよぉぉぉおおおおおおッ! だって私、五年間やっても底辺だったもん! ぜんぜん向いてないんだもんッ! 前世の知識があっても不安だよぉおおおおおおおおっ!」
旅立ち前の夜、ソフィアはベッドでわんわんと泣いていた。
周囲からは冒険者としての適性ありまくりだと思われている彼女であるが、それは勘違いである。ただ単に、『元冒険者』だから冒険者としての立ち振る舞いが身に沁みついてるだけなのだ……!
しかしパーンや領民たちはそんな事情を知るわけもないし、またソフィアのほうも、とある勘違いから冒険者になってくれという要望を断れないでいた。
「くすんくすんっ……お父様だけじゃなく、領民たちまで病気になるなんて展開、前世じゃなかった……! これ絶対に、私が配り歩いてた回復薬の失敗作のせいだよね!? うわぁぁぁぁぁぁんみんなごめんねぇぇぇえええええええええっ! だって捨てるのもったいなかったんだもぉぉぉぉぉぉんッ! お゛お゛お゛お゛お゛ん゛お゛ん゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉん゛ッ!」
領民たちの仮病を自分のせいだと思い込み、さらにうるさく泣き喚くソフィア。調子こいて「明るい女の子になるのだっ!」とのたまっていた彼女であるが、ソフィアは元々気弱な根暗女である。傷付くことには慣れているが、自分が傷付けてしまったことで沸き起こる罪悪感には、すこぶる弱かった。
「うぅぅ……バレたら制裁待ったなしだよォ……! みんなの治療費、頑張って稼ぐからゆるひてぇぇえ……ッ!」
……こうしてお互いの勘違いにより、ソフィアは嫌で嫌でたまらなかった冒険者の世界に出戻りすることになるのだった……!
原因:自分磨きのしすぎと周囲の好感度の上げすぎ。
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