26:狂乱の冥王
「やっと着いた……ここがアジトの最奥みたいだね」
刺客たちを倒しつつ、長い通路を走り抜けること数分。私たち三人は巨大な扉の前にまで辿り着いた。
あまり見たことがないデザインの扉だ。赤く燃え盛る鳥のような、異国風の紋様が彫り込まれている。
うーん……怪しい露店で見たことがある気がするけど、いったいどこの国のモノだったっけ……?
私がそんなことを考えていた、その時。
「――どうした貴公ら。さっさと入ってくればよかろう」
気だるげに響いた声と共に、ギィィィィィィィィイイイという音を立て、扉がひとりでに開かれた!
咄嗟に身構える私たち。果たしてその向こうには、血のような緋色に染め上げられた荘厳な大部屋が存在していた……!
「ようこそだ、勇者たちよ。我こそが『冥王星』の首領・ハオである」
そう言い放ったのは、黄金の座椅子に腰かけた異国風の衣装の男だった。
腰まで伸びたボサボサの銀髪に、ぼんやりと煙管を吹かした姿からはどうにも覇気を感じられない。
だがしかし――その紫色の瞳と視線が合った瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走り抜けた!
「っ……アナタ、普通じゃない……いったい何なの……?」
「ほう。我の魅力に一目で気付くとは、なかなか良い目を持った娘だ! 褒美に妻にしてやろうか?」
そう言ってケタケタと笑うハオという男。
顔付きだけならかなり整っているほうだが、私は全くときめかなかった。……まるで人間の皮を被った何かが蠢いているかのようだ。
緊張する私の横で、ウェイバーさんが“まさか”という表情で問いただす。
「光沢のある布地に、幅広の長い袖の衣装……それにその名はたしか……今は亡き『シンラン公国』の王子の名では……?」
「――」
ウェイバーさんがそう言った瞬間、ハオの気配がガラリと変わった……!
これまでの気だるげな雰囲気が霧散し、一切の感情が抜け落ちた無表情となる。
「……いかにも、我こそが公国の世継ぎ……ハオ・シンランその者である。もっとも今では、土地も財産もこの王国によって食い尽くされてしまったがね……!」
徐々に熱を帯びていく声色。気付けば彼の纏う空気は、憎悪一色に染め上がっていた。
ハオは震える手で煙管をへし折り、ゆっくりと立ち上がってこう告げる。
「もう二十年も昔になるか……。戦争に負け、全てを失ったあの日より、我はこの国の王に復讐することだけを考えて生きてきた。
そのために造った組織がこの『冥王星』だ。魔物の毒から調合した中毒性薬物『邪仙丹』をばら撒き、民草の心を腐らせるためにねぇ……!」
「……なるほど、そういうわけですか。それでアナタはろくに金のない貧民層に対し、タダ同然の値で薬物を売ってきたわけだ。アナタの目的は最初から、稼ぐことではなく中毒者を量産することなのだから。
やれやれ……同じ亡国の王子でも、どこぞの変な犬とは知性の差を感じますねぇ……」
「ンだとオラァッ!?」
唐突に毒づいたウェイバーさんに対し、背後で吼えるウォルフくん。
そんな彼をウェイバーさんは鼻で笑うと、表情を引き締めてハオへと告げる。
「王に復讐するために、まずは民から苦しめる……ですか。なるほど、アナタは非常に賢い人だ。復讐者としては一流ですよ。
――ですが、人間としては落第点もいいところだ。少なくともそこのウォルフ王子は、一度たりとも国王以外の者に復讐心を向けることはなかったぞ……!」
「っ、ウェイバー……お前……」
「ウェイバーさん……!」
意外な発言に驚いてしまった。ウォルフくんのことを小馬鹿にしていたウェイバーさんの口から、彼のことを認めるような言葉が飛び出したのだ。
うぅ……ウォルフくん頑張って成長してるもんね……! ウェイバーさんもそのことをわかってくれたんだね!
そんな、まるで母親のような思いが込み上げてきて、私がちょっぴり涙ぐみそうになった時だった。
パチリパチリと白々しく拍手をしながら、ハオ・シンランは私たちに嘲笑を向けてきた。
「いやはや、仲が良くて素晴らしいことだ。思わず泣きそうになってしまったよ。
……だがねぇ、我はそこの腑抜けた犬っころとは違う。この王国の人間ども全てを、苦しめたくて苦しめたくて仕方がないんだよッ! ゆえに――こんなモノを作ってみた……!」
ハオが指を鳴らした瞬間、彼の背後にある壁が音を立てて砕け散った!
部屋中に舞う大量の土煙……その向こうより、私たちの前へと『人型のナニカ』が姿を現す――!
「アァ、ぁ……コロシ、て……コロ、シ……ギギャァギャァアアアアアアアアアアアアッ!」
「なっ……!?」
……突如として現れた数十体の者たちに対し、私たち三人は本能的に戦慄した。
だってソレらは……獅子の首や牛の頭、それにコウモリの翼に馬の下半身などを持った、『元人間』の群れだったのだから……!
「アハハハハハハハッ! どうだ見たか、醜いだろう!? 恐ろしいだろうッ!? これこそが我の開発した人造モンスターども、『キマイラ』の軍勢よォォォオオオオッ!」
驚愕する私たちに対し、哄笑を上げるハオ・シンラン。
復讐心に狂った王子の笑い声が、高らかに響き渡るのだった……!
ブクマにご感想、お待ちしています……!




