21:ソフィアちゃんガチ勢執事
冒険者は強敵でしたね……。
後半は少年視点です!
「――お、覚えてやがれぇぇぇえええええッ!」
全身から致死量の血をビュルビュル噴きながら逃げていく冒険者。あの調子なら一分くらいで死ぬだろう。
そんな彼の後姿を見ながら、私は静かに息を吐いた。
「ふぅ……ボク、大丈夫? あの冒険者に何か騙し取られてない?」
「えっ、は、はい……!」
貧しそうな恰好をした商人の男の子に声をかける。
いきなりバトルをおっぱじめた私にドン引きしてるのか、なんとなく返事がぎこちない。へこむ。
うーん……まさか魔晶石を格安で売ってるっていう商人さんが、十歳になるかならないかくらいの男の子だったなんて思わなかったよ。
まぁこの年齢なら魔晶石を綺麗な小石と勘違いしちゃってもしょうがないかな。
「あ、あの、お姉さん! 魔晶石ってたしか、百万はするっていう希少なアイテムなんですよね……!? ボク、そんなものを小石と間違えて売っちゃおうとしてたんですか……!?」
「そうだよ。ぱっと見じゃわからないと思うけど、魔晶石っていうのは表面からわずかに魔力の光が出てるの。商人を目指しているのならちゃんと勉強しておかないと駄目だよ?」
男の子の頭をクシャクシャと撫でてやり、私は立ち去ることにする。
……うっかり商品の小石が希少品であるとゲロっちゃったし、そうでなくても、流石にこの年齢の子供から物を騙し取るのは気が引けただろうしね。元々この子とは縁がなかったということだ。
そうして男の子から背を向けようとした時だった。
彼は私の手をギュっと掴むと、意を決した表情でこう訴えてきた。
「っ――だったらお姉さんッ! ボクの魔晶石、百万ゴールドで買ってくれませんか!?」
えっ……えええええええええええええええええッ!?
いやそりゃ、ちょうど百万は持ってるし、身体能力や魔力を上げてくれる魔晶石は欲しいところだけど、でもいきなりそんな高い買い物は……っ!
突然のことに硬直する私に対し、男の子は涙を流しながらさらに追撃をかけてくる――!
「ボクが住んでいる孤児院にはお金がなくて……血の繋がらないたくさんの妹や弟たちが、毎日空腹で苦しんでるんですッ! どうかお姉さん、ボクの家族を助けてあげてくださいっ!」
って良心に訴えかけてくるのやめろぉおおおおおッ!? 貧しくて苦しい気持ちは死ぬほどわかるからッ! わかっちゃうから!!!
……かくして私は見事に心の急所を突かれ、せっかく儲けた百万ゴールドを一瞬で使い果たすことになったのだった。
ど、どうしてこうなったあああああああッ!?
◆ ◇ ◆
(あぁ、聖女様……ありがとうございます……ありがとうございます……!)
住処である孤児院に向かって走りながら、ガラクタ売りの少年はソフィアに対して感謝の念を捧げ続けた。
――彼にとって、この世は苦しみに満ち溢れたものだった。
物心つく時には親に捨てられ、残飯を漁りながら必死で生き延びてきた。その後、人のいい老神父に拾われ、運よく孤児院に入ることが出来たものの、貧しい日々は変わらない。
幼い妹や弟たちのためにゴミ捨て場に潜り、金目になりそうな物をかき集める毎日。
そんな生活を続けていったことで、彼の心は壊れそうになっていた。
ああ、もう限界だ……スリや強盗でもしてやろうか。老神父は悲しむだろうが、害虫や野良猫に紛れてゴミを漁る日々はたくさんだ。
そんな思いが心に芽生え始めたある日――突如として目の前に、美しき赤髪の『聖女』が現れた……!
彼女は全てが美しかった。
その容姿や立ち振る舞いだけではない。無知な自分から希少品を騙し取ろうとしていた冒険者をこらしめ、偶然拾った魔晶石を正当な額で引き取ってくれるような、素晴らしい人間性の持ち主だった。
戦いぶりを見ていたから分かる。別れ際、ソフィア・グレイシアと名乗った彼女は、圧倒的な実力を持っていた。
その気になれば魔晶石を無理やり奪うことも出来ただろう。そうでなくても、「騙し取られそうなところを助けてやったんだから値引いてくれ」と恩に訴えることだって出来たはずだ。
だが彼女は、そのどちらも行うことなく――美しい微笑を浮かべながら対等な相手として取引を行ってくれた……!
「はぁ、はぁ、聖女様……ソフィア様……っ!」
百万ゴールドの詰まった袋をギュッと握り締め、少年は涙を流しながら家に走る。
彼の胸は感動でいっぱいだった。薄汚い子供である自分を一人の『商人』として扱ってくれたソフィアの優しさに、歪みかけていた心が浄化されていく思いだった。
そうして彼がいくつかの通りを抜け、元気よく孤児院に戻ってきた時だ。
門前にて、皺だらけの老神父が燕尾服の男に何度も頭を下げていた。
「あぁ、多大なご支援ありがとうございます、ウェイバー殿……! おかげで子供たちを食べさせていけます……!」
「いえ、どうか頭を上げてください。……私もかつては貧しさに苦しめられ、暴力の道に堕ちた孤児でした。幼い子供たちに同じような思いはさせたくありません」
感情を感じさせない声でそう語りながら、眼鏡を指で持ち上げるウェイバーという男。
そんな彼を訝しげに見ていると、老神父が少年のほうに気付いた。
「おぉ、戻ったか! 実はこちらのウェイバー殿が、孤児院に多大な寄付を……って、その袋はいったい……?」
「あぁ、聞いてよ神父様! ソフィアっていうすごく綺麗なお姉さんが、ボクのことを助けてくれてね! それで、」
少年がそう語り始めた時だった。
――突如としてウェイバーは彼の前に瞬間移動を果たすと、少年の両肩をがっしりと掴み、切れ長の瞳で問い詰めてくる。
「今、『ソフィア』という女性に助けてもらったと言いましたね……!? その話、どうか私にも詳しくお聞かせ願いたい……! 情報料も支払いますので」
「えっ、ええ……?」
そう言って懐から金貨を出してくるウェイバー。
眼鏡をギラリと光らせながら顔を近づけてくる執事を前に、ガラクタ売りの少年はしばし恐怖で固まるのだった。
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