19:月下の誓い
ガニメデ村を出てから一日。私とウォルフくんは湖の近くで夜営をしていた。
ドレスを脱いで薄着になり、柔らかな草の上に布を敷いて寝っ転がれば、空には満天の星の海が。
こういう開放的な景色は野宿だからこそ見られるものだろう。ちなみに私が初めて野宿したのは、三歳の時に野山に狩りに出て遭難した時だった。泣ける。
「ふふっ、星が綺麗だねーウォルフくん」
「……」
隣で横になっているイヌ耳王子様に声をかけるが返事はない。どうやらすでに眠ってしまったらしい。
……まぁ彼ってば、初めてのキャンプで超はしゃいでたからね。
野を駆け回って野生動物を絶滅させる勢いで獲りまくってきたり、貧乏令嬢特製の『食べられる生き物と野草を適当にブッ込んだシチュー』を口にして美味しさに目を輝かせたり、テンションが上がり過ぎて特に意味もなく湖に飛び込んだり。
そんな感じでズボンや上着をビチャビチャにしてしまったアホ犬をちょっと叱ったのが数十分前のことだ。
まぁ叱ったというより小言を言っただけなのだが、彼は全裸で正座座りのままショボンと縮こまると、大人しく毛布にくるまって寝てしまった。
うーん、もしかして私なんかに怒られて拗ねちゃったかな?
……私って本当なら、一年で凄腕冒険者に成り上がるウォルフくんの側には相応しくない人間だしね。
今は彼とギリギリ同等くらいの実力を持ってるけど、そのパワーバランスだっていつまで続くかはわからない。
「はぁーぁ……」
私は彼から背を向け、少し溜め息を吐いた。
ウォルフくんの成長スピードは物凄い。よほどお金を稼ぎまくって国王陛下から解放されたいのだろう。日々どんどん強くなっていくし、最近では自主的に勉強もしているらしく、ちょっとした単語なら読めるくらいになっていた。
きっと前世の彼もこんな風にメキメキと成長していったんだろう。むしろ、私がいない分だけ早かったのかもしれない。そう思えるほどの才能をウォルフくんは持っていた。
「……仲間として、いつまでやっていけるのかなぁ……」
トラブルメーカーではあったけど、実力者として名を馳せていたウォルフくん。そんな彼とは違い、私は何の成果もなく終わってしまった底辺冒険者だった。
本来ならば住む世界が違う存在なのだ。いつかは実力差をつけられ、足手まといになってしまう日がくるだろう。
その時は、素直に彼に別れを告げよう。
夜空の下、私がそんなことを考えていた――その時。
「っ……ソフィアッ!」
「えっ、きゃっ!?」
気付けば私は、後ろから裸のウォルフくんに抱き締められていた……!
薄着越しに伝わってくる男の人の熱い体温。たくましい筋肉に無理やり抱きすくめられる感触が、私の思考を乱していく……っ!
「ちょっ、ウォ、ウォルフくん!? は、離し……んんっ!?」
私の声は、彼が首筋に甘く歯を立ててきたことで遮られてしまった。
そうして硬直している間にさらに強く腰を抱き締められ、完全に身動きが取れなくなっていく。
「あっ、くぅ……!?」
敏感な首筋に食い込む歯の感覚と熱い息に、頭が茹ってしまいそうになる。
以前ベッドに引きずり込まれた時は、じゃれつく子供のような感じだったのに……今は身体をまさぐる手付きも、荒々しさも、完全に男の人のそれだった。
そんな彼の突然の変貌に、私が震えながら覚悟を決めた――その瞬間、
「ソフィア……俺のことを、捨てないでくれよ……っ!」
嗚咽に濡れた必死な声が、私の耳朶を震わせた。
「……えっ、ウォルフくん……?」
気付けば彼は、私の首筋に顔を埋めたまま泣いていた。
私の胸や腰に手を這わせ、力強く抱きしめたまま……弱々しく身体を震わせていた。
ちょ、ちょっと待って! まさか彼……私の“仲間として、いつまでやっていけるのかなぁ”って独り言を聞いて、自分のほうが捨てられると思っちゃったの!?
私は無理やり後ろを振り向き、彼の両目と視線を合わせる。
「ねぇウォルフくん、さっきのは違うよ! あれは、私のほうが力不足になるかもって思ったからで、」
「そんなわけがねぇだろッ! お前はすごく経験豊富で、冒険者としてめちゃくちゃ頼りがいがあるじゃねぇか!」
ってそれは前世の経験があるからだって!? いやまぁ、今だって死なないようにモンスターについて情報収集は欠かさないようにしてるけど……!
「それにソフィア……村で一緒に戦って、改めて思い知らされた。お前の戦い方はすっげー綺麗で、剣技に無駄がなくて、モンスターどもの攻撃だって紙一重でさばいて……! ただ暴れるしか能がない俺なんかじゃ、相棒として相応しくないのかもしれないって……!」
「ウォルフくん……」
違う……違うよウォルフくん……! 紙一重でさばいてるんじゃなくて、ただめちゃくちゃギリギリで回避してるだけだよッ! 小さい時から狩りをしてきたおかげで反射神経が鍛えられてきたけど、元々の才能が底辺なんだからね!?
そして無駄なく相手を斬ってるのは、そうしないと死ぬからだよ! ウォルフくんみたいにただのパンチ一発でモンスターの頭をぶっ飛ばせるほうがおかしいんだよ!
はぁ……もしかしてウォルフくん、私なんかのことを上だと思って思い悩んでたの?
「もう、馬鹿だなぁ……」
私は震えるウォルフくんの頭に手を回し、胸の中に抱き締める。
「っ、ソフィア……?」
「逆だよ、ウォルフくん。……キミはすっごい才能を持ってて、いつかは国中に名を馳せるような冒険者になれる存在なんだよ?
私が保証してあげる。だからウォルフくん、一人で思い悩んだり、焦って無茶な真似だけはしないでね?」
「……わかったよ。ありがとうな、ソフィア。俺、絶対に強くなるから……誰にも負けない男になって、お前を一生守り抜くから……ッ!」
って、もうウォルフくんってば! それ、完全にプロポーズのセリフだよっ!?
……相変わらずその手の知識に乏しい様子の王子様に呆れつつ、私は不思議と微笑んでしまうのだった。
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全て皆さまのおかげです! 詳細はまた決まってからお伝えします!
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