13:貧(まず)執事
前回のあらすじ:王子様の内臓をミンチにした(恋愛モノとは……?)
執事さん視点です!
――実に興味深い経歴の人物だ。
静謐なる王城の廊下を歩きながら、執事・ウェイバーはある少女のことを考えていた。
彼女の名前はソフィア・グレイシア。辺境の土地・グレイシア領のご令嬢である。
……ただし令嬢とは名ばかりのもので、グレイシア領は土地が貧しく、領民たちの気風も良好だとは言い難い、非常に哀れな家柄に生まれた少女であった。
だがしかし。ウェイバーは眼鏡の奥にある切れ長の瞳を細め、ソフィアについての調査結果を思い出す。
彼女の経歴はとても信じられないものであった。
なんと五歳になる時には野山に交じり、貧しい家計を支えるべく野生動物を狩り取ってきていたというのだ。
その時点でまず信じられない。年齢一桁の子供が、家族のために命を懸けて奉仕など出来るものだろうか?
さらに十歳になる頃には水の中級魔法を修め、市販品に匹敵するほどの回復薬を作成しては、領地の経済を支えるために売りさばいていたのだとか。
……これもあらゆる意味で信じられない。十歳の子供が中級魔法を身に付けるというだけなら稀にあるケースだが、回復薬を作れる女児など聞いたことがない。
調合素材となる何十種類もの薬草について詳しく知っていなければいけないし、水の成分を操作する技術も必要になる。
それに回復薬の調合レシピは、当然ながらどこの街の調合師も秘密にしている。一からオリジナルで制作を始めるとなれば、大人の魔法使いでもまともなモノを完成させるのに五年はかかるところだろう。
それを、わずか十歳の子供が可能とするなど――、
「……どんな天才であったとしても、血を吐くような努力が必要になるはずだ。ソフィア様……それほどまでに領地の人々を愛しておいでなのですか……」
驚嘆の思いが、ウェイバーの口から自然と呟き漏れてしまった。
元々、ソフィアについて調査する気などなかった。国王の玩具であるウォルフの世話をしている少女というので、グレイシア領生まれの使用人などから軽く人柄を聞いてみただけなのだ。
すると驚くことに、誰もがソフィアのことを誇らしく語り、彼女のことをこう称してみせた。
――ソフィア様こそ、俺たちにとっての『聖女様』であると。
そう発言した者たちの顔には、彼女と同じく明るい笑顔が浮かべられていた。
「……はぁ。冒険者や貧困層を憚りもなく馬鹿にする第三王子もいるというのに……」
ソフィアに比べて、アレはどれだけ愚かなのだろうとウェイバーは思う。
酒場では冒険者を罵り、決闘の時にはソフィアの貧しい家柄を口汚く嘲ったヴィンセント王子の世間的評価は、盛大な敗北によって地の底まで落ちていた。
元より評判の良くない第三王子である。あの決闘から数日、すでに王都のほうでも彼が無様に半殺しにされた件が話題となっており、名誉を重んじる王国騎士団はヴィンセント王子を解雇する方針を決めていた。
本当に自業自得で愉快な限りだ。――もしも王族から外されようものなら殺してやろうかと思ったところで、ウェイバーは自然と握られていた拳を解いた。
流石にそれは問題となる。好きに暴力を振るえた『昔』とは違うのだと、彼は自分に言い聞かせる。
「ふぅー……さて。執事としての仕事を果たさなければ」
ウェイバーは辿り着いた扉の前で深く息をすると、燕尾服の肩口を軽く払い、髪に手櫛を通し、最後に眼鏡を指で押し上げて容姿を整えた。
そうして扉をノックすると、厳かな声で彼は告げる。
「失礼します、国王陛下。ソフィア・グレイシアについての調査が完了いたしました」
『ほう――入りたまえ』
入室の許可を受け、ドアノブに手をかけるウェイバー。
さて、ソフィアについてどのように語ればいいかと、彼は数瞬考えあぐねていた。
調査報告に私的な言葉を挟むなど言語道断だが――“お金のない人を馬鹿にするな”と叫んだソフィアの姿を思い出し、どうしても好意的な語り口になってしまいそうだとウェイバーは諦める。
かくして、その美貌からかつて『貧民街の王子』とも呼ばれていた男は、優雅な足取りで国王の執務室へと入っていったのだった。
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