10:王子様を殺そう!
「やれやれ。こんな小汚い酒場でよくも飲めたものだなぁ、冒険者どもは。鈍感すぎる神経をお持ちで羨ましい限りだ」
テーブルの端を指で撫で、ふっと指先についた埃を飛ばす金髪の騎士。
その仰々しい仕草と嫌味ったらしい言葉に、チラチラとこちらを様子見していた客たちが眼光を鋭くしていく。
本当に何なんだろう、この人。たしかさっき、ウォルフくんに対してこう言ってたよね。“我が父上の奴隷風情が”、って。
……え、ちょっと待って……ウォルフくんをペットにしていたのって国王陛下だよね? それじゃあこの人、まさか!?
「テメェ……何しにきやがった!? 第三王子、ヴィンセントッ!」
「『ヴィンセント様』だ、この狂犬めが。相変わらず礼儀というものを知らないようだな」
「何だとテメェッ!?」
震えそうなくらいの殺意を放つウォルフくん。だがヴィンセントと呼ばれた彼は、決して嘲りの笑みを崩そうとはしなかった。
そっか……やっぱりこの皮肉っぽい金髪の人、王子様の一人だったんだ……!
そういえば前世で聞いたことがある。第三王子のヴィンセント様は武勇に優れ、王子の身でありながら騎士団のエースを務めているって。
ええ……そんな人がなんでこんなところにいるわけ……?
「はぁ……トラブルを起こすことなく活躍し続けていると聞いたが、やはり犬は犬だったか」
わざとらしく溜め息を吐くヴィンセント。彼は懐から一枚の羊皮紙を出すと、ウォルフくんに手渡した。
「……なんだ、こりゃあ?」
「フッ、そういえば貴様は文字が読めなかったな。……父上から君に直接わたすように頼まれていてね。そこのお嬢さん、馬鹿な犬の代わりに読んであげてくれるかい?」
「あっ、はい……!」
いきなりのことに困惑しつつ、私はウォルフくんから手紙を受け取って文面を見た。
すると、そこには――、
「って……なにこれッ!? 『ウォルフよ、君に期限を設ける。一年以内だ。一年以内に五億の金を稼げなければ、君を城へと連れ戻す』――って!?」
「はぁッ!? なんだそりゃっ!」
あまりにも無茶苦茶な要求に、私とウォルフくんは揃って驚きの声を上げた。
五億の金を一年以内に用意しろだなんて、あまりにも馬鹿げてる。一般的な国民の年収がせいぜい四百万ゴールドもあればいいところだというのに!
「あの野郎……ふざけやがってぇえええええ!!!」
激怒したウォルフくんは私から羊皮紙をひったくると、ビリビリに破いて乱暴に撒き散らした。
雪のように紙片が降る中、ヴィンセントは嘲りに満ちた笑みを浮かべて言い放つ。
「フハハハ! 父上は面白いことが大好きでねぇ。何十年もかけて地道に働く姿より、無茶して派手に死ぬ姿のほうをご所望らしい! さぁほら奴隷王子、必死こいて稼いで来いよ! 血を吐きながら強敵と戦え! さもなくば一年以内に五億を稼げないぞ!?」
「テメェッ、ヴィンセントォオオオオオオオオッ!!!」
ああ、ついにウォルフくんがキレた! 勢いよく立ち上がって、ヴィンセントに掴みかかろうとしてる!
まずいまずいまずいまずいッ!? たしかにムカつく相手だけど、王子様に手を上げたら一発で死刑だよ! ウォルフくん待ってーーーー!!!
咄嗟に私は立ち上がり、ウォルフくんを止めるためにコップに入ったジュースをぶっかけようとした。
だけどその時の私は本当に焦っていて、うっかり手元が狂ってしまい――、
バシャッ!
「うわッ!?」
「ぁっ……」
……コップから放たれたジュースはわずかに軌道を逸れ、ウォルフくんの間近にいたヴィンセント王子に直撃。
彼の端正で白い顔面を、見事にジュースまみれにしてしまったのだった。
お……終わったぁあああああああああああああッ!? 私の二度目の人生、完全に終わったああああああッ!
私は固まりながら内心で焦りまくる! だってこれ、いっそ掴みかかるよりも最悪じゃん! いかにも神経質っぽい王子様を飲みかけのジュースまみれにするって、特殊な性癖に目覚めてくれない限り終わりじゃんッ!
「ぉ、お嬢、さん……いや、貴様……ッ!」
あぁぁぁあぁぁぁぁああッ!? 顔面真っ赤になってるよヴィンセントくん!? 右手が剣の柄に添えられてるよ!? 『女性は傷付けない』的な騎士道精神はどこ行っちゃったの!?
ねぇ周りの冒険者さんたち助けてー! たまにダンジョンで助け合ってる仲じゃんかー!
「ぅ……うおおおおおおおッ! 嫌味な王子にソフィアちゃんがやりやがったッ!」
「よくやったぜぇお嬢ちゃん! あんま事情は知らねぇが、さっきから犬の兄ちゃんを馬鹿にすることばっか言ってやがって、いい加減に胸糞悪かったところだ!」
「仲間のために王族相手にキレるなんて、なかなか出来ることじゃねぇ! 尊敬するぜぇソフィアちゃん!」
って持て囃すなぁぁああ!? 他人事だと思って拍手とかするなー!
ねぇウォルフくんもなんとか言ってよ!?
「ソ、ソフィア……お前、俺のために……!」
……って、ウォルフくんちょっと泣いてるッ!? いやいやいやいやいや、やめてよそういう顔! ここで否定しちゃったら私の良心砕け散るからッ!?
あーーーーーーーーーーもう……こうなったら生き残る道は一つだけじゃん!!!
私は内心ヤケクソになりながら、今まで必死で作り笑いをしてきた顔に、『嘲笑』の表情を張り付けた。
そうして腰から剣を抜き、ヴィンセントの顔に突き付ける。
「なっ、貴様っ!?」
「ねぇ――殺し合いましょうよ、王子様。私の仲間をあれだけ馬鹿にしておいて……生きて帰れると思っているのかしら?」
自分でも驚くくらいに冷たい声を出しながら、冷や汗を流すヴィンセントににじり寄る。
そう、こうなったら『決闘』だ。正々堂々戦って、ぶっ殺すしか道はないッ! 暴力を振るうのは犯罪だけど、正式な決闘でバラバラにしちゃうのはたぶんセーフだ!
ちょうどいいことに相手も騎士だし、勝っても文句は言わないはずだろう! つーか言わせないために殺すッ!
「まっ、待ってくれ! 急に決闘って言われても、そんな……!」
「黙りなさい豚」
「豚ッ!?」
オラァ困惑してんじゃねぇぞヴィンセントッ! 受けてくれなきゃ困るんだよこっちはッ!? たとえ今だけ不問になっても、どうせ性格の悪いアンタのことだから「やっぱ処刑で」とか言ってくるんでしょ!
ゆえに殺す。ここで確実に絶対殺すッ! だって死にたくないんだもん!!!
私は心の中で半泣きになりながら、さらに眼光を冷たくしていくのだった。
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