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ディア・クロニクル  作者: 瀬織津ヒロム
ハンニバル戦記 前編
8/13

5 トラシアスの戦い(1)

 ミリスがざわめいていた。ハンニバルがミリスを引き払い出陣するとの命を出したからだ。スパルタクスが率いる奴隷軍でも同じことだった。彼は鎧を着始めた。鉄製の板金を腕、頭のみ保護した剣闘士特有の鎧である。剣闘士は試合が盛り上がるように、わざと急所を露出した防具をつける。



 アランはその姿を見ていた。スパルタクスはなぜ防御力の低い剣闘士の鎧をつけるのか。剣闘士のプライドか。それとも金銭的に防具を用意できなかったのか。アランは色々と考えたが、鍛え抜かれたスパルタクスの肉体を見て、いらぬ心配と悟った。



 アランも準備を始めた。彼はロマーネ軽装歩兵をまねた武具をつけた。簡易的な鎧だ。武器はスパルタクスから貰ったグラディウスしかない。彼はそれを鞘に納め、左腰に下げた。体が震えた。恐怖か、武者震いか、戦場に行った経験のないアランはわからなかった。



 その時、ジーンが背中を思いきり叩いた。



「あいた!」



「なに縮こまっているのよ。男でしょ」



 ジーンの活が入った。



「何すんだよ」



「辛気臭い顔しちゃって。そんなんじゃあ、すぐに殺されちゃうぞ」



「アラン、そこのロンパイヤ(ルポス人が愛用する長刀)を取ってくれ」



 宿舎に壁に立てかけられた巨大な刀をアランが手に取る。重い。これをスパルタクスはAC(錬金構成術)を駆使し操るのだろうか。アランは、彼がロンパイヤを扱っている姿を、一度も目にしたことがない。



 スパルタクスがロンパイヤを腰に下げた。



「さあ、アラン、ジーン、行くぞ。ハンニバルが待っている」



 ハンニバル軍2万が、広場に待機していた。そこに馬に乗ったハンニバルがいた。彼は見事な鎧を着ている。ロマーネの元老院議員が着るような豪奢な作りの鎧ではない。数層の板金を体に合わせ、美しく流形させている。無駄な飾りは一切ない。合理的なハンニバルの考えを反映させた名品である。



「みな、よく聞け」



 ハンニバルが口を開いた。



「先のトレビアの戦いは油断していたロマーネのおかげで勝てたものだ。二度目はない。これからは我がハンニバル軍の真価が問われる」



 大きな歓声がわく。



「私についてこい」



 再び大きな歓声がわく。アランも自然と声を上げていた。



 ハンニバル軍はミリスを後にした。




 ※



 ロマーネは6個師団6万の兵を2つに分けた。指揮官は法務官クラッスス、そして副官のフラミニウス。フラミニウスは40代半ばの歴戦の武将であり、人情味のある武骨な男であった。



 クラッススはハンニバルの南下経路を読めなかった。そのため、2手に分ける必要があったのである。



 このクラッスス軍にアウグスが100人隊を編成し参戦した。



 カエサルの息子らしく多種族軍になっていた。キャスト(猫人族)のミルフィア。カネム(犬人族)のドルー。ジャイアント(巨人族)のヤルバ。そして、元野盗のキクチヨ。



 個性的な面々が彼の隊に加わった。隊の名はアウグスタ。しかし、彼の年齢からわかるように、彼はまだ戦に出たことがない。アウグスはカエサルの許可なく初陣したのだった。



 クラッスス軍は首都の北にある都市リミニへ。フラミニウスはトラシアス湖畔近くの都市アレチオへ向かう。



 その道中、アウグスは馬にまたがりクラッススの隣にいた。クラッススがまたがる馬は煌びやかに着飾っていた。それを見たアウグスは、愚の骨頂だ、と思った。馬に余計な飾りをつけたところで、戦果があがるはずもない。



「なぜ、2手に分けるのですか?」



 アウグスが聞いた。クラッススはうんざりした顔をする。



「奴の動きが読めない。ならば分けるしかなかろう」



「3万ずつに分け、ハンニバル軍から各個に襲われたどうするのですか?」



「うるさい。そのためにどちらかの軍がハンニバルを見つけた場合、すぐさま駆けつけられる距離で進軍しているのだ。だまっておれ!」



 クラッススはアウグスを見ず、吐き捨てるように言った。



 アウグスはクラッススの隣を離れた。そして、100人隊アウグスタへ移動した。これ以上の進言は逆効果と悟った。



「また、クラッススのもとへ進言しに行ったの?」



 ミルフィアが呆れるように言った。



「ああ」



「懲りないねえ」



 みすぼらしい服を来たキクチヨがため息交じりに言った。彼は刀という特徴的な剣を腰に下げている。そして、いつもの癖でほほを掻いた。



「まあ、それがアウグスらしいちゃあアウグスらしいけど」



 ドルーが軽い口調で言う。その後ろでヤルバが無言で頷いていた。



「クラッススが嫌なら、フラミニウス軍に参戦すればいいじゃあないか」



 ドルーが気の抜けた声を出す。



「クラッススはバカじゃあない。攻めが弱いだけだ。ちゃんと引き際を知っている。しかし、猪突猛進のフラミニウスは違う。攻めしか頭にない。そんな奴に隊員の命は預けられない」



 アウグスは冷静に言い放った。そして、空を見上げた。アトロンのざわめきを感じた。



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