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ディア・クロニクル  作者: 瀬織津ヒロム
ハンニバル戦記 前編
7/13

4 アウグスの危惧

 朝5時。日の出。まだ誰も起きていない時間帯にアランとスパルタクスが剣を交えていた。



 その金属がぶつかり合う音を目覚ましに、兵士たちが起きてくる。



 またやっているよ、こりないな、と一人の兵士が呟いた。



 アランには|AC(錬金構成術)以外にCC(身体構成術)の才能もあった。しかし、回復系ではなく、身体強化に強い才を見せた。農場で体を動かし、森を駆け巡っていた頃に培ったCCの使い方は理にかなっていたのである。



 スパルタクスもアランの独特な動きに翻弄されることがあった。スパルタクスの斬撃をひらりとかわし、予想から反した方向から斬撃が飛び、皮膚をかすめる。アランは稽古開始からわずか2週間で、スパルタクス流の剣技をものにしようとしていた。



 スパルタクスは剣を交えながら、教える喜びと畏怖を感じていた。アランが敵でなくて良かった、と安堵した。



 稽古は2時間通して行われた。稽古を終え、2人は宿舎に戻った。



 ジーンが朝食を用意していた。兄と同じように恰幅がよく、上背はアランと同じくらいである。髪は男のように短いが、女性らしさは失われていない。大人の色気を維持していた。彼女の存在は軍を華やかせた。



 アランもジーンを気にしていた。彼も年頃である。しかし、スパルタクスの妹という肩書が彼の気もちを委縮させた。ジーンに近づくには、妹を溺愛するスパルタクスを倒さねばならなかった。



 ジーンが用意した朝食を3人で食べ始める。アランは腹が減っていた。無心で山盛りの朝食を食べる。



「いい食べっぷりだわ」



 ジーンが感心した様子で言った。



 スパルタクスが食事を終え、食後の茶を飲んでいる時、不意に呟いた。



「アラン、次の戦にお前を連れていく」



 アランは驚いた。スープをこぼしかけた。



「俺、まだ2週間しか稽古してもらってないけど」



「実技あるのみだ。戦に行けばハンニバルに隙が生まれるかもしれないぞ」



 アランの顔がこわばる。



「連れてってくれ」



 アランは声を荒げた。



「戦の準備をしておけ」



 アランはうなずき、再び大量の朝食をほおばった。



 ※



 首都ロマーネ。



 トレビアの戦いで敗退し、ようやく危機感を募らせた元老院は、大富豪であり政治家のリキウス・クラッスス元老院議員に法務官(執政官に次ぐ軍事指揮権を持つ役職)を与えた。クラッススの軍には多くの軍事指揮経験者をそろえ、本気でハンニバルを討つつもりでいたのだ。



 ロマーネ元老院議会堂。議長キケロの呼びかけに元老議員300人が集まった。元老院議会の開催である。



「これより議長キケロの名のもと、元老院議会の開催を宣言する」



 議長の宣言から、議題はすぐさまハンニバル軍への対処に変わった。



 話は長引いた。そして、満を持してクラッススが壇上に上り、話し始めた。



「我がクラッススは自費を使い3個師団3万の兵を挙兵する。そこにロマーネ正規軍3万を入れ、総勢6万の兵でハンニバルを討つ。反対するものはいるか」



 クラッススの演説は熱を帯びていた。彼は、商才はあるが、軍才はない。そのため長らく元老院議員を務め数多の戦地におもむくも、大きな戦果を上げることができなかった。彼は戦果をあげ凱旋将軍として首都を練り歩く栄誉を欲していたのだ。



 アウグスはその演説をカエサルの代理として聞いていた。3万もの兵を自費でまかなうクラッススの私財に驚きつつも、戦略的な話し合いが行われていないことに危機感を募らせていた。カエサル、スッラの両執政官の不在。多くの軍事指揮経験者を同行させようと、大軍を束ねるだけの才を持った将がいないのだ。これがロマーネ最大の弱点とアウグスは睨んでいた。



 その時、アウグスがスッと立ち上がった。彼は元老院議員ではないため、議会での発言権はない。カエサルの息子であり、代理。その肩書しかないが、彼はロマーネの危機を前に黙ってはいられなかった。



「クラッススにお聞きしたい。ハンニバルをどう討つおつもりか」



 アウグスの声は良く通った。



「カエサルの子よ。君に発言権はない」



 クラッススの声が響き渡る。



「では、カエサルの代理としてお聞きする」



 アウグスの声が、クラッススの声を消し去った。



 元老院議会がどよめいた。カエサル。ロマーネ史上最高の執政官と呼ばれる固有名詞は、どの言葉より力があった。



 クラッススがアウグスの発言を促す。



「ハンニバル軍総勢3万は精鋭ぞろいと聞きます。さらに将軍ハンニバルは軍略家としての才能に溢れております。こちらも策なしでは倒せません。どのような策をお持ちか教えていただきたい」



「数だ。数で圧倒する。我々はハンニバル軍の2倍の兵で戦うのだ」



 商人はアウレウス(金貨)の数でも数えていろ、とアウグスは心の中で吐き捨てた。



「それでは危険すぎます」



「では、ハンニバルがどのような奇策を用いるか、君の考えを教えてくれるかね」



「それは……」



 アウグスは口ごもる。



「どうしたのかね」



「わかりません」



 元老議会で笑いが起こった。やはりカエサルの養子に天才の血は流れていないようだな、とのヤジが飛んだ。



「ならば、ガリリアにいるカエサル軍を呼び戻したらどうだね」



 クラッススは意気揚々と言った。カエサルは4万の兵で、ガリリア地方の諸部族総勢20万の兵と戦っている。簡単にロマーネへ来ることはできない。カエサルがガリリアを離れることは、敵対する部族を刺激することになりかねないからだ。



「忘れていた。カエサルに伝えて欲しい。君に貸した1000タレント(約5トンの銀貨)と元老院議員の妻たちの愛を返して欲しいと」



 元老議会にさらなる笑いが起こる。カエサルはロマーネ1の借金王だった。借金の大半をクラッススが持ち、総額はロマーネ国家予算の1割に及んだ。さらに女性関係でも有名であり、元老議員の3割が妻を寝取られたという逸話もあった。アウグスは顔を赤らめ、着席した。



「では、兵が集まり次第、出兵する」



 閉会。議長キケロの声とともに議員たちは散会した。



 誰もいなくなった元老議会にアウグスがいた。



「そろそろ帰りましょう」



 ミルフィア・ヘルバーンがアウグスに近寄り、優しい言葉をかけた。彼女はキャスト(猫人族)である。顎のラインまで伸びた黒い髪。キレイな黒目。白い肌。そして、猫耳。すべてが野性的なかわいさを持っていた。彼女は元奴隷。カエサルにマギコンスト(魔法構成術)(略語МC)の実力を認められ、買い取られた。そして、ロマーネ大学に入学した秀才である。



「君はどう思う」



「クラッススの考えは間違っちゃあいないわ。戦は兵士の数が多ければ、よほどのことがなければ負けないものよ」



「そのよほどのことが起きたら?」



 ミルフィアは黙った。アウグスは額に手を当て、また考え出した。





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