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ディア・クロニクル  作者: 瀬織津ヒロム
ハンニバル戦記 前編
5/13

2  スパルタクスの解放

 伝書鳩がハンニバル軍の越境を伝えるために、ロマーネを目指し飛んでいる。



 当時、二人の執政官(ロマーネ軍最高指揮官)はカエサル・フェニックスとルキウス・スッラであった。カエサルは4個師団4万の兵でガリリア地方を、スッラは5個師団5万を率いてシリネ島を攻略していた。そのため、首都ロマーネには執政官が不在だった。



 しかし、ロマーネの最高決定機関である元老院は動じない。ロマーネは一般市民に兵役を課している。非常事態に徴収できる兵士の数は総勢40万。たかが2万のハンニバル軍なら数で圧倒できると踏んでいた。元老院は戦況を安易に考えていたのだ。



 ロマーネ大学の構内。ここで元老議員の子供たちが学んでいる。その中に同盟を結んだ蛮族(ホモネス(人族)エルフ(長命族)以外の種族の総称)の族長の息子もいた。この大学は指導者層を育てるエリート校である。族長の息子たちを人質として、ただ預かるだけでなく、ロマーネシンパとして教育する側面も持っていた。



 そして、今は軍事の授業中。



「我が最強のロマーネ軍がハンニバルを打ち倒す!」



 ある族長の息子が言った。



「わざわざ倒されに来るとは間抜けな奴だ!」



 ある元老院議員の放蕩息子が言った。



 アウグスはくせ毛をいじりながら、うんざりした様子で、そのやり取りを聞いていた。



 齢15才。銀髪。青い眼。そして、壮麗な身体を持っていた。その体に純白のトーガを身にまとっている。ある女性はアウグスを見てこう言った。まるでガイア神話に出てくるアポロンのようだわ。



「くだらない」



 アウグスは教室を出た。



 彼はカエサルの姉の子供である。昔から頭の切れる子供だった。大人を言い負かすこともあった。そして、アトロンを感じることができた。



「おじさん、すごいアトロンを持っているね」



 ある時、アウグスはカエサルにそう呟いた。



 その瞬間、カエサルはアウグスを養子にすることを決める。カエサルは人を見る目があった。そして、アウグスはロマーネ大学に特待生をとして入った。成績は優秀であり、特に軍事や政治に強く、戦略などを聞きに来る指揮官もいたほどだ。



「やあ、アウグス、ハンニバルをどう思う?」



 カネム(犬人族)人のドルーが話しかけてきた。彼はカネム人特有の大きな耳と尻尾を持っていた。そして、犬歯を見せて笑う好青年である。少しおしゃべりなのが玉に瑕だが。



 ドルーもくだらない弁論から逃げてきた口だ。ドルーはカエサル最大のライバル、犬人族族長ウェルスと親戚関係だった。ウェルスに反旗を翻した父親もろとも追放されたところをカエサルが拾ったのだ。



「天才だね」



「俺も同意見だ」



「まさかアルプスを越えてくるとは、誰も思うまい」



「お前の義父カエサルでもか?」



 次にキクチヨが話しかけてきた。彼はユナシア大陸最東部にある島国、日本から流れてきた野盗集団の若きリーダーだった。カエサルに退治され、アウグスの護衛係として、ロマーネに派遣されていた。ボサボサの髪、無精ひげ、そして、時々頬を掻く癖がある。彼の身なりは清潔を第一と考えるロマーネ人には不評だった。しかし、アウグスは気にしなかった。父が率いるカエサル軍は多民族軍である。文化の違いを気にしていたらキリがないのだ。



「父はさらに天才だ。今、それなりの対処を考えているに違いない」



 アウグスは断言した。



 そして、ロマーネ元老院議会は4個師団の徴兵を決めた。





 一方、その頃、ハンニバル軍はロマーネに向かわず、港町べネスに立ち寄った。そこに巨大なコロッセオがあった。奴隷剣闘場である。



 ロマーネ人は剣闘を最高の娯楽と考えていた。そこでは様々な種族の奴隷が殺し合った。負けたものは観客の歓声の大きさで生死が決まった。男も女も子供も殺戮ショーに夢中になったのである。



 そして、ロマーネが戦争する度に敗戦国から船で送られてくる奴隷は、ここで体の大きさ、剣技の熟練度などを調べられ、選ばれたものは訓練を受ける。そして、ベネスのコロッセオでデビューし、各地に売られていく。その奴隷たちをハンニバルは狙ったのである。



「奴隷剣闘士の王スパルタクスを救いに来た」



 ハンニバルはベネス中に噂を流した。効果はてき面だった。スパルタクスは元天才剣闘士だった。ルポス人の捕虜としてつかまり、妹とともに奴隷となった。そして、剣を握り、ロマーネのコロッセオでチャンピオンになったのである。しかし、栄光の時代は長続きしなかった。彼は奴隷剣闘士の地位向上のために立ち上がった。スパルタクスの乱である。だが、反乱はすぐさま鎮圧され、彼は元老院に奴隷のさらなる暴動を回避するために、殺されることなくベネスに監禁されてしまった。



 べネスの奴隷は一般市民より多かった。スパルタクスの名を聞いた奴隷たちはいっせいに武装蜂起し、間もなくベネスは陥落した。



 べネスを歩くハンニバル。部下を数人引き連れ、ベネスの牢獄に向かった。



 肥溜めのような臭いがする牢屋に一人の男が鎖に括り付けられていた。190センチほどの背丈。伸び放題の髪。その間から突き出た人狼の耳。監禁されてすでに5年経つ。しかし、筋肉の異様な盛り上がりは全盛期のままだった。



「スパルタクスか?」



「いかにも……」



 スパルタクスは顔に垂れ下がった髪の間から鋭い眼光を向けた。



「私に相談してから、反乱を起こせば良かったものを」



「あの頃は……若かったからな」



 スパルタクスはかすれた声で答えた。



「若気の至りということか」



 ハンニバルが豪快に笑った。



「敵は同じだ。私についてこい」



 それ以上の言葉は必要なかった。



 スパルタクスは小さくうなずいた。そして、鎖を外され、牢屋の外に出た。



「まぶしい」



 スパルタクスは呟いた。数年ぶりの太陽だった。



 そこに妹のジーンがいた。彼の反乱のせいで、売春宿に売られたと聞いていた。彼女は兄のために売春宿を抜け出し、奴隷解放軍を組織して、ロマーネと戦っていた。ハンニバルのスパルタクス解放宣言を聞き、駆けつけたのだ。スパルタクスは涙を流した。まさか妹ともう一度会えるとは。



「お前は今から歴史の表舞台に立つのだ。太陽に眼が眩んでいる暇はないぞ。胸を張れ」



 ハンニバルとスパルタクス、ジーンはべネスを颯爽と歩いた。





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