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ディア・クロニクル  作者: 瀬織津ヒロム
ハンニバル戦記 前編
13/13

10 尋問。

 首都にこもるロマーネ軍をしりめにハンニバルは周辺の都市を襲い続けた。



 元老院議会堂の一件以来、彼は雷光ハンニバルと恐れられた。彼の名を聞いて、無条件降伏をした都市がいくつもあった。ロマーネの城壁のみ固める元老院とクラッススは民衆からの支持を失う。それをしり目にハンニバルは南下を開始した。



 ハンニバルは南下しながらも、さらに各都市を襲い続ける。しかし、元老院は動かない。



 カエサル、スッラの両軍は確実にローマに近づいていた。このままではロマーネ軍が復活する。しかし、ハンニバルは余裕を見せながら、ゆっくりと南下を続けたのだった。



 そして、カンナの村を新拠点にすることを決める。ここにアランがいた。トラシアスの戦いで疲弊した体はすぐに回復し、スパルタクスとの稽古が続いた。



 アランの武勇はスパルタクス隊内で有名になった。本格的に武芸を学び始めて一か月も経たずに100人隊長撃破と100人切りを達成したのだ。アランの朝の稽古を多くの兵が見に来ていた。



 アランの動きは確実に良くなっている。特に物質の硬質化の腕を上げていた。アランの斬撃を受けるスパルタクスも徐々に本気を出し始めた。本気を出せねば、アランの稽古にならなくなったのだ。アランは天才型だと、スパルタクスは思った。気持ちが乗ればとてつもない斬撃を放つ。乗らなければ簡単に弾き返せた。そして、気分が最高潮に達したとき、グラディウスが舞うのである。流れるような剣さばきはスパルタクスの予想を超える時があった。



 アランが飛ぶ。全身の体重が重量化を施したグラディウスに乗り、硬質化した剣先がスパルタクスを襲った。スパルタクスが受け止める。



 重い、とスパルタクスは心の中でつぶやいた。彼が反撃しようとした瞬間、すでにアランの足は地面をとらえていた。アランは下から強烈な突きを浴びせる。スパルタクスがよける。頬が切れる。アランはすかさず腹部を狙う。スパルタクスがグラディウスの柄で反撃。アランは頭を打ち、その反動で地面にたたきつけられた。



 危なかった、とスパルタクスは額に冷や汗をかいた。



「ちょっと、お兄ちゃん、手加減してあげなさいよ」



 ジーンが稽古場に来た。もう朝食の時間だ。



「腕を上げたな」



 アランは褒められ、嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべた。



 このカンナの地はロマーネ南半島有数の穀倉地帯であった。そのため、今日の朝食は良質な小麦を使ったパンだった。アランは大量のオリーブオイルをかけ食べた。チーズもうまい。肉もうまい。アランの食が進んだ。



「相変わらず、すごい食欲ね」



 ジーンが呆れた。



「ジーンの料理がおいしいからだよ」



「うれしいこと言っちゃって」



 ジーンの頬が緩んだ。



「私さ、あんたのこと、見直したよ」



「男の見る目がなさそうだからね」



「うるさいな。せっかくトラシアスの戦いでの活躍をほめてつかわそうと思ったのに」



「つかわそうとは何事か!」



 二人は笑った。



 その光景をスパルタクスが嬉しそうに見守っていた。



 その時、ハンニバルの使いが来た。



「スパルタクス、将軍がお呼びだ」



 元奴隷を前に使いは偉そうだった。



 アランは少しムッとした。



「なんだよ、えらそうに」



「元奴隷の分際で何様だ」



 スパルタクスが椅子からスッと立ち上がる。



「争うな。ハンニバル様のもとへ行こう」



 そして、使いを睨んだ。



「私も一万の兵を率いる将だ。私を軽んじるのであれば、いつでも決闘してやる」



 使いは黙った。



「アラン、お前もついてこい」



「俺も?」



「お前には教えることが山ほどある」



「お兄ちゃん、やけにアランを買うのね。ちょっと、嫉妬しちゃうかも」



 ジーンが拗ねたふりをして言った。



「それはハンニバル様も同じだ」



 スパルタクスは否定しなかった。



 ハンニバルは捕虜収容室にいた。そこにフラミニウスの軍の生き残りがいた。



 ハンニバルが尋問していた。それは黙秘を受け付けない拷問だった。



「言え。楽になるぞ」



 ハンニバルは40代の捕虜のふとともにグラディウスを突き刺している。捕虜は苦悶の表情を浮かべ、歯を食いしばっていた。



「私はロマーネ軍人だ。死を恐れない」



 ハンニバルは電流を流した。捕虜が悲鳴を上げる。



「言え。そうすれば命だけは助けてやる」



「愚問だ! 早く殺せ」



 ハンニバルは顔をそっと捕虜の耳元に近づけた。



「他の捕虜が話していたぞ。スッラは60歳間近の老齢でありながら、いまだに血気盛ん。カエサルは女遊びにお盛んだと。あと、フラミニウスは凡将だともな」



「わが上官を愚弄するのか!」



「この話をした兵が、捕虜室を出て、カンナの馳走を食べているぞ。お前はどうだ。食べんか」



 捕虜の心は揺らいだ。



「そんな誘いには乗らんぞ……」



 ハンニバルはため息をついた。そして、捕虜を見つめる。捕虜のアトロンが揺らいでいるのを感じた。



「お前、女に興味がないな」



「な……」



 捕虜は動揺を隠せない。



「男が好きか。軍隊ではよくある話だ」



「なにを根拠に……」



「その歳で結婚指輪をしていない。それに、お前から女々しいアトロンを感じる。近くに恋人がいるな」



 ハンニバルは捕虜室を見渡した。一番おびえている捕虜を見定めた。



「あいつか」



 ハンニバルは捕虜からグラディウスを抜き、そのまま怯えている捕虜に向かおうとした。



「やめろ。しゃべるから殺さないでくれ」



 捕虜が落ちた。



 捕虜はロマーネ軍の内部をすべて洗いざらい話した。



 ハンニバルは捕虜室を出た。外にアランとスパルタクスがいた。



「トラシアスの戦い見事だったぞ」



 ハンニバルは笑った。



「お褒めの言葉、ありがとうございます」



 スパルタクスが頭を下げた。



 アランは仏頂面のまま立っている。



「アランは相変わらずのようだな」



「中で何をしていたんだ」



 アランが問いただした。



「尋問だ。情報が必要なのでね」



「尋問? 拷問の間違いだろ」



「否定はしない。しかし、我が軍は単身敵地に乗り込んだのだ。兵数ではロマーネにかなわない。ならば、様々な情報を得て、頭を使い、奇策を駆使し、やつらの裏をかくしかないのだ。情報は最高の兵力なのだ」



 ハンニバルの言葉の圧力にアランは黙りそうになった。しかし、信念は曲げられない。



「だからって、何をしてもいいわけではないだろう。捕虜を拷問するとは人道に反する」



「われられは戦争をしている。人道で戦争に勝てるなら、私も選ばせてもらうがな」



 ハンニバルは笑った。



「ハンニバル様、私の教育不足です。申し訳ありません」



 スパルタクスが頭を下げた。



「まあ、よい。ついてこい」



 三人はカンネの村長宅に入った。そこは軍事会議室になっていた。



「現状を整理する」



 ハンニバルは参謀をあつめ語り出した。



「ロマーネにはクラッスス軍が滞在している。北からはカエサルが率いるあの名高い第10軍団1万の兵が向かっている」



 おお、あのカエサルが。ついに動き出したか。参謀たちがざわめいた。



「南からはスッラ軍4万が北上中である」



 あの第一次カルータ戦争の英雄が。4万の兵数とは。スッラと戦ったことのある古参の参謀たちが声をあげた。



「このままでは八方ふさがりになります。ハンニバル様のお考えを教えてください」



 スパルタクスが問うた。



「南に向かう」



 参謀たちがどよめいた。



「南ですと! 南にはあのスッラ軍がいますぞ」



 ベテランの参謀が怒鳴った。



「北にはあのカエサルがいるのだぞ。1万とはいえ、最強の第10軍団だ。おそらくカエサルは首都につき次第、クラッススの軍を加えて、我々を追うはずだ」



 参謀たちが黙った。



「スッラなら、勝機はある!」



「勝機ですと! なにか策があるのですか」



「ある。だが、教えられん」



 みな唖然としていた。参謀に策も伝えずに、スッラ軍と戦えというのか。会議室を重い空気がつつむ。



 ハンニバルはさらなる一手を考えねばと思った。





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