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ディア・クロニクル  作者: 瀬織津ヒロム
ハンニバル戦記 前編
10/13

7 トラシアスの戦い(3)

挿絵(By みてみん)



「すごい……」



 アランはハンニバルの戦術を見て、嘆息をもらした。



「感心している場合ではないぞ」



 スパルタクスは馬にまたがり駆け出した。ハンニバルの策は見事にはまった。頭上からの攻撃を受けたフラミニウス軍は総崩れになり、道を引き返すことだろう。それを阻止するのが彼の役目である。



 奴隷軍1万はフラミニウス軍後方に回り込んだ。敵の退路を塞いだのである。スパルタクスの体全体から狼の毛が生えてきた。口先が伸びた。犬歯が伸びた。人狼化だ。アランは初めて見た。



 その隣を馬でかけるジーンも人狼化していた。アランが気づいて、その容姿を見るとジーンは恥ずかしそうに眼をそらした。



「われらを苦しめたロマーネに鉄槌を!!」



 スパルタクスは雄叫びとともに巨刀ロンパイヤをかかげる。奴隷軍が追撃を開始した。スパルタクスはアランを後ろに乗せ、駆け出した。



 アランは見た。スパルタクスの斬撃を浴び、吹き飛ばされるフラミニウス兵たちを。彼が通った後には死体の山が転がっている。そして、彼の後方に生きた兵が流れる気配はない。スパルタクスの斬撃ですべて葬られていたのだ。



「勝敗は決したな」



 スパルタクスは余裕の表情を浮かべた。戦闘を開始してまだ1時間しか経っていない。



「アラン、お前に稽古をつけてやる」



「ここで?」



 アランは思わず聞き返した。



「ああ。トラシアスは最高の稽古場だ」



 スパルタクスはアランの胸倉をつかんだ。



「兄さん! なにをするの」



 ジーンの静止を振り切り、スパルタクスはアランをフラミニウス軍に向けて投げた。アランは飛んだ。そして、敵の後方部隊に落ちた。



「いてて」



 アランは打ち付けた尻をさすりながら立ち上がった。何が起きたのか、理解できなかった。あたりを見渡すとロマーネ重装歩兵がアランを囲んでいた。おい、敵軍の中じゃあないか、とアランは思った。グラディウスを抜いた。やるしかない。やるしかないんだ。



 一人の歩兵がアランに飛びかかってくる。斬撃をかわす。しかし、反撃ができない。どうしたんだ。あれだけ練習したじゃあないか。葛藤が剣の動きを鈍らせる。その時、背中を切りつけられる。痛みが走る。敵は目の前だけじゃあない。俺は囲まれているんだ。アランは自分に言い聞かせるも効果は無い。次は数人束になって飛びかかってきた。そして、アランの上に覆いかぶさった。剣に肉の感触。剣先を流れる赤い血。敵兵がひとり死んだ。



 アランの中でなにかが弾けた。理性という制御装置が壊れた。制御を失ったアランは舞った。覆いかぶさった敵兵を蹴り飛ばし、彼は別の敵兵に向け駆け出した。構える間もなく敵兵の首が飛んだ。新しい兵がまた襲ってきた。胸を突いた。倒れた。



 剣先に重力を感じた。重装歩兵を剣ごと切り倒した。アランは重量変化と硬質化を一度に行えるようになっていた。舞が止まらない。止まれの合図はいつ鳴るのだろう、とアランは思った。



 敵兵が向かってこなくなった。恐怖で動けないのだ。



「密集しスクトゥム(ロマーネ軍が使用している盾)を構えろ!!」



 100人隊長と思われる男が指示を出した。



 しかし、遅かった。アランは集まり始めた敵兵に目がけ跳躍した。盾は無用の長物と化した。5人の敵兵がそれぞれ腕、首、足を切り落とされた。



「バケモノめ!」



 100人隊長が後ずさりしながら、グラディウスを握っている。震えている。



 アランは切りかかった。百人隊長はなんとか受け止めた。しかし、剣が折れた。アランのグラディウスが胸に刺さった。



「ユリア……」



 100人隊長は恋人の名を呟き絶命した。アランの手が止まった。周りに敵がいなくなったこともあるが、人を殺した実感に襲われたことが一番の要因だった。自分が怖くなった。ミリスの農場で働いていたアランはもういない。



 アランは走り出した。奥にまだ敵がいる。またフラミニウス軍の100人隊を見つけた。アランは飛びかかった。



 スパルタクスがアランを見つけた。息も絶え絶えでようやく立っている状態である。しかし、彼の周りにはフラミニウス兵数十人の躯が転がっていた。



「あの数の敵兵をアランがひとりで倒したというの」



 ジーンは呆気にとられた。



「そうだ。ハンニバルが惚れた男だ」



 スパルタクスはアランを抱え、再び馬の後部に乗せた。





 ハンニバル軍の集中砲火を浴びたフラミニウス軍は全滅寸前だった。指揮官のフラミニウスの周りを屈強な近衛兵が囲っている。ハンニバルの騎兵が崖から降りてきた。そして、突撃した。兵たちが次々と倒れていく。



「もうよい、どけ」



 フラミニウスは味方の兵をかき分け、前線に出た。



「フラミニウスさま、なにを」



 参謀が止めた。



「勝敗は決した。お前たちは捕虜として生き残れ。私は軍の責任者として、ハンニバルと戦い、武将として死ぬ」



 フラミニウスは参謀を振り払った。



「ハンニバル! われと決闘しろ」



 ハンニバル軍で失笑が起きる。このまま戦えば勝敗は決する。なぜ将同士の決闘しなければならないのか。意味がない。



「よかろう。腰抜けのロマーネ兵のせいで腕が鈍っていたところだ」



 ハンニバルも前に出た。両者、睨み合った。ハンニバルのバルディウスに電流が流れる。



 両者の馬が駆け出す。



 閃光。



 フラミニウスの胴体から血が噴き出す。そして、そのまま落馬した。



「フラミニウス、お前は凡将ではない。私が天才なだけだ」



 トラシアスの戦いはハンニバル軍の圧勝で終わった。





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