見た目
僕が部長を務める園芸部には、幽霊部員が多い。
うちの学校では、学生は必ず何かの部活動に参加しなければならなかった。
そこで、早く帰宅したい学生は、規律のゆるい文化部に集まることになる。
園芸部も、そのうちの一つだ。
しかし、園芸部にもメリットがあった。
園芸部は幽霊部員がいなければ、いつ廃部になってもおかしくない。
何せ、毎日部室を訪れるのは、僕一人だけだからだ。
顧問の先生すら、ほとんど訪れない。
それでも園芸部が存続していけるのだから、うちの学校は優しいのかもしれなかった。
僕はいつものように、保健室の隣にある園芸部の部室へ向かった。
ドアを開ける。
教室の半分はがらくたで埋まっていた。
使われなくなった教室を部室として使っているが、もう殆ど物置のような有様である。
そして、気付いた。
壊れかけた机に、腰掛けている女子生徒がいた。
彼女は、何もかもを憎んでいるような目つきをしていた。
こういうことは、たまにある。
人の気配が無い教室なので、そういうところを好む生徒からは好かれる場所だった。
僕は親切で、彼女に気付かないふりをした。
どうせこれから外に出て、部活動なのだ。
一人にしてあげようと思った。
すると突然、女子生徒の方から声をかけられた。
「ねえ、あなた誰」
「園芸部の部長だよ」
そう言うと、意外な返答があった。
「あたしも園芸部の部員よ」
見たことも無い女子生徒は、僕を睨むようにして言った。
僕はそれに頷いた。否定する理由はどこにもない。
「僕はこれから外に出るよ」
半分壊れたロッカーに鞄を仕舞い込み、シャツを腕まくりした。
部活用に持ってきていたスニーカーを取り出して、教室から外に出る。
すると、また声をかけられた。
何かを諦めたような声だった。
「あたしがついていってもいい?」
「別に構わないよ。部員なんだから」
僕が返事をすると、彼女はスリッパのまま外に出てきた。
「靴に履き替えてきた方がいいんじゃないかな」
「面倒よ。それなら、あなたの靴を貸して」
「大きいけど?」
「平気よ」
僕は部室に引き返して、ロッカーから野良仕事用の長靴を取り出した。
流石に汚れた長靴を貸し出すのは躊躇われたので、そちらは僕が使うことにする。
僕は長靴で外に出た。
彼女はスリッパから僕の靴に履き替えて、ついてくる。
校舎の裏にある、校内菜園にやってきた。
そこには、小さいけれど、キュウリやトマトが育っていた。
僕は菜園の中に入っていき、手入れを始めた。
草を抜き、水をやり、生育状況を確かめる。
女子生徒は菜園に入ることはせず、外からずっと僕のすることを眺めていた。
僕は気にせずに、作業を続けた。
害虫がいたので、それをつまみ上げ、地面に落とし、踏み潰した。
そこでようやく、女子生徒は口を開いた。
「あなたは優しいんだとばかり思ってたけど」
「僕は優しくなんかないよ」
「虫も殺さないような顔して」
「そういう奴に限って、虫を殺してるんだよ」
僕は、赤く熟したトマトをもぎ取って、女子生徒に渡した。
女子生徒は僕を一瞥した。
頷いてみせると、彼女はトマトを食べた。
「……思ったより、すっぱいのね」
「見た目通りじゃないだろう?」
僕は笑って見せた。
「そうみたい」
彼女は頷いて、もう一度、トマトに噛り付いたのだった。