095アカネ、性癖を自覚する
「アカネ様、今日もお綺麗ですよ」
「ありがとうエレーナ」
鏡にうつった私は青いドレスを身にまとっている。
最近また身長やスタイルが変わったので新しく仕立てたものだ。
ちなみに、デザインはいつぞや見たような袴風。
なんとハカマドレスはあの後本当にじわじわ広まりだし、今や一番流行しているスタイルだった。
私からするとよくわからないけど、珍しいものが好きな貴族には受けたらしい。
極力目立ちたくない方針の私は、仕方ないのでその流行に合わせることにした。
あの時は目立ちすぎて嫌だったのに、今度は目立たない為に着ないといけないなんて…なんだか皮肉。
「本当に。最近すっかり大人っぽくなられましたものね。やはり仮とはいえ恋人と別れるという経験は女を成長させるのかもしれませんわね」
「ティナ…行く前に嫌なこと言わないでよ」
「何をおっしゃっているんです。今日はそのために行くのでしょう?醜聞ではないとはいえ、この程度の噂話くらいは耳に入れることになりますわよ」
「そうだけどぉ…」
頭を抱える私が今いるのは、半年前お世話になった王城のウィステリア棟だ。
全く同じ部屋を借りているから、なんだかちょっと懐かしい。
王都滞在の一番の目的はシェドの叙勲式を見る為だけど、その前日である今夜の舞踏会への参加も大切な用事だった。
もちろん、エスコートしてくれるのはアドルフ様じゃない。
騎士団入りする前に、と立候補したシェドにお願いする。
つまり、アドルフ様と別れたことをアピールする為の参加だ。
アドルフ様は個人で入場し、私はシェドと入場する。
かつて恋人だった二人がそうして別々に入場すれば、その意味を周囲は勝手に推測してくれるというわけ。
ついでにその場で一曲だけ一緒に踊っておけば、円満なお別れをしたことも伝わる。
面倒だけど、貴族社会ではこうして自分から噂を撒いてアピールすることも大事なこと。
…本当に面倒だけど。
お互いの両親も今回の舞踏会に参加するから、フォローはしてくれるはずだ。
ちなみに私達の交際を本当だと思っていたお父様は、今回のロイエル領訪問をきっかけにお別れしたことを知って大変なショックを受けていた。
何か粗相をしてしまったのか、もしくは酷いことをされたのか。
はたまたカッセードの件で二人の仲がこじれたのか、だとしたら私が不甲斐ないせいだとか大騒ぎしだし、お母様に裏へ引っ張っていかれた後は大人しくなった。
お母様が何を言ったのか、何をしたのかは突っ込まないのがうちの決まりだ。
私は賢明な令嬢です。
この舞踏会にはもちろんリードも個人入場で参加する。
騎士団入りするシェドにエスコートは譲るものの、私から離れるわけにはいかないとのことらしい。
これまでさんざん『エスコートする相手がいないから参加しない』とか伊達男のようなことを嘯いて舞踏会を避けていたくせに…呆れるほどの掌返しだ。
「お嬢様、シェディオン様がお迎えにいらっしゃいましたわ」
頭を抱えている間に約束の時間が来ていたようだ。
シェドは明日の叙勲式を控え、前もって支給された騎士服に身を包んでいる。
白を基調とした禁欲的なキッチリした詰襟の制服は、男性が通常の夜会で身にまとう礼服とまた異なる色気がある。
「お嬢様、シェディオン様に見惚れていらっしゃいますの?」
「制服姿が格好いいと思ったのは事実ね」
認めよう。
男性の詰襟、好きです。
ティナは私のエスコート役がシェドに決まってから機嫌がいい。
そこにさらに私のこの発言で、いつになくテンションが上がっている。
シェドまで顔を赤らめていた。
乙女か。
ところでティナさんや、機嫌がいいのはいいけど、このドレスの脱がし方をシェドにレクチャーするのはやめなさい。
強面が更に顔を赤くしてオロオロしてるでしょうが。
「わ、わかった。ティナ、もういい。あ、アカネ。いくぞ」
「はい」
シェドの声が上ずっている。
なぜか私の方を見ない。
…一体何を想像しているのかな?
しかし上の空のシェドへの制裁は私以外が下した。
「ぐっ」
廊下を出てすぐシェドがつんのめった。
何かにつまずいたようだけど、その足元には何もない。
エスコートされていた私もつられてバランスを崩しかけるものの、それをすかさず支えてくれたのはいつもの腕。
「アカネ、大丈夫?」
「…大丈夫デス」
いったい何度見たかしれない白々しい笑顔がそこにあった。
本日も麗しくていらっしゃる私の義兄。
すっかり青年と言った風貌になってきたヴィンリード様がいらっしゃった。
シェドは私が無事なのを確認した後、何につまずいたのかと不思議そうに自分の背後を見て首をかしげている。
私の腰を抱いてくるりと回し、シェドに向かい合わせながらリードは口を開いた。
「シェディオン様、アカネのエスコート、紳士的にお願いしますね?」
「む、当然だ」
リードお兄様、『本当かよ』って呟き、私には聞こえてましてよ。
最近のリードは際どい接触こそ無くなったものの、私が他の男性と接近するのは阻止する。
おかげで本当に過保護な兄が増えたような状態だ。
兄が二人とも義理でシスコン。
幸せなのか鬱陶しいのかよくわからない。
「今日の舞踏会は王城の中なんでしたっけ?」
改めてエスコートに立ってくれるシェドの腕に手を置きつつそう尋ねる。
「ああ。騎士叙勲式典の前夜祭として実施されるものだからな」
「じゃあ新しく騎士になる人たちが多いんですね」
「そうだな、騎士団の先輩方も参加されるし、王家の方も一人はおいでになる」
ちなみにベルブルク公爵家は生まれながらの騎士とかいう名目らしく、生まれたと同時に男女問わず騎士爵を与えられるらしい。
ていうことはあの双子ちゃんも騎士…
貴族の建前って不思議がいっぱい。
まぁそんなわけでアドルフ様がこの舞踏会に参加するのはおかしいことではない。
そして私達は家族枠だ。
ご令嬢の中には、兄や弟が騎士団入りするタイミングのこの舞踏会で好みの騎士様を見つける婚活に利用したりもするんだとか。
みんなアクティブである。
それにしても、フェリクス王子主催の舞踏会の時は色々嫌すぎてあんまり感慨が無かったけど…
「これってお城の舞踏会なんだよねぇ…」
「どうした?」
「なんか憧れのフレーズだな、と」
「…王城の、ということか?」
ああ、そっか。
セルイラの屋敷やベルブルク家の屋敷とかも、庶民からすれば全部お城だった。
何にせよ、お城の舞踏会に参加するにしても今夜の私の目的は運命の人と出会うことではなく、元彼との破局アピールなんだからロマンチックさの欠片もない。
「騎士たちが主催する舞踏会は今後もある。お前が望むなら俺がエスコートするが」
「いえ、結構です」
キッパリ断るとシェドはシュンとしていた。
相変わらず強面兄のギャップ萌え破壊力は高い。
ごめんね、シェドと舞踏会が嫌なんじゃないの。
舞踏会そのものが嫌なの。
憧れのフレーズだけど、実際に参加したいかというと別というのが辛い所だ。
今日だってアドルフ様との件が無ければ、できるだけ出たくなかったんだよねぇ。
シェドは最後の機会だからとか思ってるみたいだし、私が参加しなかったら凹みそうだからどっちにしろ来ることになっただろうけど。
会場はフェリクス王子主催の舞踏会とはまた違うホールだったけど、規模感としてはあまり変わらなかった。
煌びやかな装飾が施されたホールには百人を超える人達。
シェドと同じ色の制服を着ている人も何人か見える。
白い制服は新人の者だったはずだ。
微妙に色やデザインが異なる制服を着ている人達もいるが、それは特殊な部隊の人たちか上官だ。
私がシェドと一緒に入ってきたのを見て、何かひそひそと囁きかわす人たちがいる。
おそらく私とアドルフ様とのことを知っている人たちだろう。
だけどそんなことも気にならない。
騎士たちに目が釘付けだからだ。
さすが騎士たちのための舞踏会。
いろんな騎士服がよりどりみどりだ。
黒い制服は近衛騎士のものだった気がする。
そういえばフェリクス王子の舞踏会にもいたっけな。
だけどこの人ほどグッと来なかった。
黒髪に黒い制服のあの人、いかにも黒騎士って感じでたまらない。
無表情で冷め切った瞳なのが高ポイントだ。
あっちの紺色の制服は討伐部隊だったかな。
近衛とはまた別に腕の立つ部隊の制服だったはずだ。
なんだか荒々しい雰囲気で、襟をちょっとはだけさせているのがいかにもそれっぽい。
なぁるほど詰襟ってはだけることであんな演出もできるのね。
白い制服だけど肩章が立派なのはきっと上官だ。
渋めのおじ様が着ている制服もまたいい。
純粋な筋力では若者に劣ることがあるかもしれないけれど、数多の戦線をくぐりぬけてきたと言わんばかりの傷を負った肌や、落ち着き払った雰囲気がこれぞ騎士って感じでもう…!
「…アカネ、いつになく表情が緩んでいるがどうした」
「はっ…」
いかん、トリップしてた。
いかにもファンタジーな騎士の制服がこんなに一堂に介してるの初めてだったから、思わずうっとりしてしまった。
私って制服萌えだったのね。
異世界に来て初めて知りたくもない自分の性癖を知ってしまった。
これまで自覚しなかったのは、式典用の服を目にすることが少なかったせいだろう。
騎士の制服には実用のものと式典用のものがある。
いかにもファンタジーな装飾のついた詰襟は式典用のもので、実用のものはもっと機能性重視だ。
当然だけど。
陛下への謁見の時とか、お姉様の結婚式の時とかはたぶん周りの騎士がこんな恰好だったんだろうけど、どっちも緊張しててあんまり見れなかったからなぁ。
ジロジロ見ると不審に思われるから、どちらにしろここまで観察できなかっただろうし。
まぁ、この場ならそんな凝視してもいいってわけでもないんだけど。
分かってる、分かってるからジト目で見ないで、リード。
シェドも複雑そうな表情だ。
「ひょっとして…アカネは騎士に憧れがあるのか?」
「そうですね。今は『そんなことない』と答えるところなんですが、今夜帰る頃には答えが変わってる可能性もあります」
思わず正直に答えてしまいながらも、私の視線はあちこちの騎士に釘付けだ。
こういった舞踏会に勝負をかけている令嬢の皆さん、少しだけあなた達の気持ちが分かります。
私と同じ制服萌えの令嬢もきっと何人かいるだろう、多分。
しかし私の返答に何を思ったのか、シェドは踵を返そうとした。
「わっ、なんですか?」
「帰ろう」
「は?」
貴方達の為に開かれてる前夜祭なのに不参加でどうすんだ。
しかし止めてくれると思っていたリードまでも力強く頷いて私を追い立てるように背後から早足でついてくる。
まるでこのまま放っておけば私が暴走するとでも言わんばかりに。
いやいや待て待て、酷い誤解だ。
「騎士の制服がカッコイイからって、この会場にいる見ず知らずの騎士様相手に暴走したり、恋をするわけじゃありませんよッ!?」
萌えと恋は別だ。
流石に制服を着ていると言うだけで惚れたりしない。
しかしシェドは首を振る。
「見ず知らずの騎士の心配ではない、俺は…」
「シェド、元気そうだな」
何か言いかけていたシェドが、呼びかけられて口を閉ざした。
入り口付近にとどまったままだった私達に話しかけてきたのは、もちろん入り口から入って来たばかりの人だ。
現れただけでその場がパッと華やかになり、ホールの奥にいる令嬢の視線までかっさらう美男子。
公爵家の人間だけが着ることを許される赤い騎士服は、その威風堂々とした立ち振る舞いによく似合っていた。
「…アドルフ様…!」
こんなに熱のこもった声で彼を呼んだのは初めてだ。
その圧が伝わったのか、アドルフ様が一歩引いてたじろぐ。
「あ、ああ…アカネ嬢も元気だったか」
「はい!」
力いっぱい返事をしてしまった。
しかし熱い視線を送る私とは対照的に、シェドとリードは視線をそらして今にも舌打ちせんばかりの表情だった。
「こうなるから嫌だったんだ…」
「おい、シェド、今なんて言った」
「いえ、何でもありません」
「いや、何でもあるだろう…なぜ俺は別れた恋人から別れる前より熱っぽい視線を向けられているんだ」
後半声を潜めてアドルフ様は尋ねて来たけれど、私はうっかり声を潜めずに元気よく返答した。
「騎士様の制服ってとっても素敵だと思います!」
ホールいっぱいとは言わないまでも、ホールの四分の一くらいには響いたであろうその声に、私の周りの男性三人はそろって額を押さえた。
反省はしてる。
悔いは無い。
あと、流石に制服着てるアドルフ様がカッコイイからって手の平返すことは流石に無い。
ちなみに…令嬢が大声を出すなんてはしたない上に内容もアレだったが、聞こえていたらしい近くの騎士様は苦笑で受け流してくれたし、余談だが後で一人になった時に声をかけてくれた数人の令嬢が同好の士であると発覚した。
この世界におけるオタ友の誕生である。
ヤッタネ。
いつもご覧いただきありがとうございます。
作者も制服好きです。自衛隊の第1種礼装とかキュンキュンします。いつか生で見てみたい…




