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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第五章 令嬢と騎士

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093既成事実

「体は疲れていないか?」


「はい、大丈夫です!」



体を気遣ってくれるアドルフ様に笑顔で答える。

強がりではない。

確かに旅疲れみたいなものはあるけれど、それ以上にこの旅行が楽しいから気にならない。


ロイエル領都の街並みは綺麗だったし、陽気で明るい雰囲気だった。

湖の畔は緑が茂っていて空気が美味しかったし、青く光る不思議な蝶も見ることができた。

日暮れには霧が出てきて、サロンから見える景色もぼんやり靄がかかり、月明かりが淡く乱反射していて神秘的だ。



「ロイエルはいい所がたくさんあるし、人もいい方ばかりですね」


「ああ…昼はすまなかったな。民たちに囲まれて驚いただろう?」


「驚きはしましたけど、不快だったわけじゃないですよ」



民と領主の距離が違いのは、それだけ親身になって接している証拠だ。

貴族としては賛否両論あるだろうけど、元庶民の私からすれば温かみが感じられる方がいい。



「ところで、デートってこれで良かったんですか?」



そう問いかけると、虚を突かれたようにグラスから唇を離し、アドルフ様は目を丸くした。



「…何か不満だったか?」


「え?いえいえ私に不満は無いですけど…今日は最後にデートしようってことだったでしょう?だけど私の希望ばかり聞いていただいてますし…よく考えたらアドルフ様にとってはいつもの自領の視察と変わらなかったんじゃないかなって」


「アカネ嬢がいていつもの視察と同じであるはずもないが…」



それはどういう意味だろうか。

君がいると特別感があるよってことか、トラブルメーカーだと言いたいのか。

…前者だと思っておこう。


アドルフ様はしばし視線を彷徨わせた後、私との距離をぐっと詰めてきた。

思わずのけぞってしまう。

まだ飲み始めたばかりなのに、薄がりの中でもわかるほど彼の頬は赤い。

晩餐会とかで見た限り、アドルフ様ってそんな弱くなかったよね?



「…なんですか?」


「デートらしさを気にするというのは…恋人らしいことをするつもりがあったのか?」


「恋人らしいことですか…」



いや、単にアドルフ様にばかり気を遣わせているのが申し訳なかっただけで、具体的に何をすべきとかは無かったんだけど。



「最後ですし、手でもつなぎますか?」


「……アカネ嬢は幼いのか大人びているのか、時々よく分からなくなる」



アドルフ様はたっぷり間をおいてから苦い顔でそんなことを言いつつも、私の手を取った。

長い指が私の指をからめとる。

おお、恋人つなぎだ。



「こんな手の繋ぎ方、初めてしました」



なんか気恥ずかしくてそう言って笑うと、アドルフ様はグラスを置いて頭を抱えてしまう。

手はつないだままだ。



「…ああ、もう」


「わっ」



つないだ手を引き倒されてバランスを崩した隙に、もう片方の腕で腰を抱かれてそのまま押し倒された。

柔らかいソファが鈍い音を立てて私の頭を包み込む。

間近にあるアドルフ様の顔は何だか怒っているようにも見えた。

美男子の怒り顔、迫力すごい。



「…えっと」



なんかこういうシチュエーション二回目なんですけど、ソファに押し倒すのって流行ってるんでしょうか?

思わずそう聞きたくなるけれど、口にできるはずもない。

なんせ目の前の美男子は機嫌が悪そうだ。



「線引きはしっかりするくせに隙だらけだから、男は諦めがたくなるんだぞ」


「すみません?」



隙を無くすってどうすればいいんだろうか。

とりあえず心臓が跳ねまわっているので早く顔を離してほしい。

あと体も離してほしい。

しかし私の適当な謝罪が気にくわなかったのか、アドルフ様は眉根を寄せてますます顔を近づけてくる。

やめてやめて、息止めなきゃいけなくなっちゃう。

イケメンの息がかかるのはまだいいとしても、イケメンに息をかけるのは大変気を遣う。

とりあえずちょっと歯磨きしてきていいですか!



「…動じていないな」


「いえ、そうでもないんですが」



頭の中では洗面所にダッシュしているレベルだ。

動じまくっている。



「そうは見えないが…こうなることは想定していなかったのか?こんな時間に呼び出されたのに」


「えー…アドルフ様が意味なくこんな時間に呼び出すと思わなかったからこそ応じたんですけど」



私の返答をどう受け取ったのか、アドルフ様は微妙な表情になった。



「…俺が既成事実を作ってしまえば、ヴィンリードの決めた期日など意味がなくなる」



既成事実…つまり、他にお嫁にいけないようなことをされてしまえばってこと?

この押し倒されているのもかなりギリギリなシチュエーションだと思うけど。

ベルブルク家の別荘で、第三者の目撃が無いからセーフなのかな。

なんにせよ…



「その発想はありませんでした」



アドルフ様が無理やり私を手籠めにするなんて想像もつかない。

けれどその返事はお気に召さなかったらしい。



「男として侮られるのは面白くないな」


「えっ、違いますよ!出来ないはずとか侮ってるわけじゃなくて!アドルフ様は…そんな風に自分を安売りしたりしないでしょう?」


「…安売り?」



押し倒してからこっち厳しい表情だったアドルフ様の眉がようやく緩んだ。



「男に対してその表現を使うのは初めて聞いたな…」


「こんな女一人、落とすでもなく無理やり物理攻撃に出るなんて、アドルフ様のプライドが許すはずありません」



だてに俺様男ではないはずだ。

と、本人に聞かれれば怒られそうなことを考える。

そんな私の本音がまさか通じたわけでもないはずなのに、アドルフ様は大きく溜息をついて私の上からどいた。



「分かった、アカネ嬢には敵わないな。どちらにせよこの状況になってもその淡々とした態度を崩せないようでは立つ瀬がない」



いえ、これでも心臓はバクバクでしたが。

さっき言ったような信頼があるから取り繕えただけのこと。

相手は絶対本気じゃないのに私だけうろたえるなんてかっこ悪いじゃない。

そういう理由だ。

長椅子から身を起こしたアドルフ様は背後を振り返り、そこに控えている二人を恨めし気に睨んだ。



「…それよりメイド達、何で俺を止めなかった」



『おかげで引っ込みがつかなかった』なんて呟きは聞かなかったことにしてあげよう。

でも確かに…そこにいる二人…ティナとエレーナはこういうことが起きた時、止めるために付いてきているのではなかったのか。

しかし水を向けられた二人は平然としている。



「必要ないと判断しました」


「か弱い私には止められないですぅ」



…うちのメイド編成見直した方がいいかもしれない、本当に。

エレーナに至ってはグリフォンを倒せるほどの腕っぷしがアドルフ様にもバレてるのに、一体どの口でか弱いとのたまっているのか。

半眼になる私と同じ目をしてアドルフ様は肩を落とした。



「…信頼されているな、アカネ嬢」



え、私?

突っ込みたいけれど突っ込みがたい。

私がもっとたおやかな…アンナみたいな令嬢だったら多分、さすがのこの二人もこんな暢気に構えてないだろうことは分かるからだ。



「信頼と怠慢は違うと思うんですけどね」



二人を睨みながら思わずそうごちる。

何事も無かったかのように再びグラスを傾ける隣の美男子は、淡い明かりに朱色の瞳を光らせて悪戯っぽく微笑んだ。



「その言葉はそのまま自分に返って来るぞ。今すぐにでもまた押し倒せそうだ。俺を信頼するのはいいが、男相手に油断する癖は改めた方が良い」



…言い返せない。

思わず渋面を作りつつ、そっとソファの一番端まで離れた。

そんな私を見て笑いつつ、アドルフ様はグラスを煽る。



「それでいい。まぁ、俺が安い男ではないと思われていることが分かっただけでも収穫だ」



私の言葉を拾ってそう言うアドルフ様は…傾げられた首のラインも、細められた流し目も、うっすら笑みの形に開いた唇まで、うんざりするくらい様になっていた。

イケメンずるい。




==========




「…あー…頭いたぁい」



朝、重たい頭を枕から持ち上げて口にした第一声はそれだった。

ガンガンする。

首を少し傾けるだけでも辛い。

呻く私を見て、エレーナは腰に手を当て呆れたような顔をした。



「あんなに飲むからですよ。いつもはセーブしてるのに何で昨日はいっぱい飲んじゃったんですか?」


「いや、あれはもう飲むしか無かったでしょ」



ストレートに気持ちをぶつけられた自覚はあった。

押し倒されまでして見ない振りはできない。

かといってあの後すぐ自室に逃げ帰ったら翌朝気まずくなるし、それならもう飲まないとその場にとどまれなかったんだ。

そんなわけで、私はあの後グラスをカパカパ空け続けた。



「まぁ、おかげでアドルフ様はタジタジでしたものね。あんなに酔っぱらったお嬢様を見たのは初めてでしたけれど、すごかったですわ。ああなりますのね」



身支度を整えてくれながらティナが放ったその一言が、私を凍り付かせた。



「…すごかった?」


「すごかったですわ」


「タジタジ?」


「最後はアドルフ様から逃げ帰っていたではありませんか」



…あれ、そういえば昨夜解散した時の記憶が無いぞ。

あの後改めて乾杯して…

んー、ボトルが一本無くなりそうになったあたりまでは覚えてるんだけど…



「え、あれ?私…何したの?」



別の意味で頭が痛くなってくる。

記憶が無くなるって本当にあるのね。

全く思い出せない。



「あら、覚えてらっしゃいませんの?」


「あー…まぁ覚えてなくていいかもしれないですねぇ」



ティナは意外そうに眉を上げ、エレーナは苦笑気味に眉尻を下げる。

…覚えてない方がいいようなことをしたの!?



「…やばい、アドルフ様に会えない…」


「大丈夫ですよぅ。酒の席でのことじゃないですか」


「それは向こうが言ってくれる言葉であってこっちが言っちゃダメなやつでしょ!ていうか許される程度の痴態だったの?」


「うーん、痴態っていうならどっちかっていうとアドルフ様の方でしたよ?」



だから何があったのよ!



「男女逆だったらアウトでしたけど、まぁアドルフ様の自業自得な流れでしたから」



男女逆ならアウトになることを私はしでかしたのか…



「私、お嫁にいける…?」



泣きそうになりながらそう問う私に、エレーナは笑顔で答えてくれた。



「大丈夫、アカネ様もアドルフ様もまだお嫁に行けます!」



アドルフ様の嫁入りにまで触れたのはジョークだと信じたい。




==========




身支度を整え朝食に向かうと、ダイニングには既にアドルフ様が居た。



「おはよう、アカネ嬢」


「おはようございます」



二日酔いの私と違って爽やかな笑顔だった。

…あれ、いつも通り?

もしかしてエレーナとティナが私をからかってただけ?

…あり得るな。

拍子抜けしていると、私の椅子を引いてくれながらアドルフ様が眉尻を下げる。



「顔色が悪いな。大丈夫か?」


「あ、ただの二日酔いです…」


「……そうか。薬を用意させよう」



微妙な間を置いてから、アドルフ様はそう言って使用人に何かを言づけた。

…うん、何かあったなやっぱり。

だとすれば、記憶が無いにしても謝っておいた方がいいだろう。



「あの、アドルフ様…昨夜は失礼しました。正直あんまり覚えてないんですけど、私何か大変なことをしでかしたのでは…」


「アカネ嬢!」



思わぬ大声で言葉を遮られ、ビクリと体が跳ねる。

そんな私の肩に手を置き、アドルフ様はお手本のような笑みを浮かべて幼子に言い聞かせるように口を開いた。



「昨夜の晩餐は月夜を眺めて歓談し、何事もなく別れた。そうだな?」


「は、はい」



肯定以外を許さない問いかけだった。

私の返答に満足したようにアドルフ様は自らも席に着き、手を叩いて朝食の開始を合図する。

…オーケー、私はお利口さんな令嬢です。

昨夜同様、私たちは窓の景色を眺めつつ歓談し、何事もなくダイニングを出た。

いつもご覧いただきありがとうございます

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