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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第五章 令嬢と騎士

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092初デート

夜。

客室内で私のお出かけ準備をしてくれながら、ティナは物憂げにため息をついた。



「はぁ…動きやすくデート向きで可愛いワンピースとなると、これを着ていただくしかありませんね…」


「ん?」



ティナの手元にあったのは白い生地に紺色のリボンがあしらわれた爽やかな装いのワンピース。

上に淡い色のカーディガンでも羽織れば春らしくて可愛いと思う。



「それ初めて見たなぁ。可愛いと思うけど、何が問題なの?」


「シェディオン様との王都デート用に持ってきたとっておきなんです…」


「なんでティナが私のワンピースを用途限定してる上に勝手にとっておきにしてるのよ」



どうりで初めて見たわけだ。

普段使いの服とかは夜会のドレスを作る時に採寸したサイズに合わせてまとめて作ってもらったりするからなぁ。

どんなのがあるのかちゃんと把握してないんだよね。



「そういう可愛い服はリード様とのデートに着てほしいですー」



ティナにつられたように、エレーナも手を動かしつつ唇をとがらせた。



「アカネ様がアドルフ様とお泊りなんて許されないですよぉ…リード様が行く先々に颯爽と駆けつけて邪魔してくれないかなぁ」


「それストーカーって言わない?」



行く先々に現れる魔王様とか怖すぎるわ。

『王都に着いたらシェディオン様とデートしますよね?』『リード様とはいつも一緒ですよね?王都でもそうですよね?』とか何とか絡んでくる二人をあしらいつつ、夜は更けていった。




==========




翌日は快晴だった。

ティナお気に入りのワンピースの白が春の日差しに照らされて眩い。

うん、お出かけ日和!


突然のお泊りデートなんて、公爵たちはどう思うんだろうかと思ったけど、それを聞いた二人は笑顔だった。

カルチャーショックです…

いや、実質使用人たちもいるから二人きりってわけではないんだけどさ、どうなの?


なお、『正式な婚約もしていないうちから不埒な真似をする馬鹿な男には育てていないつもりだけれど、万が一のことがあればこうしてやりなさい』なんて即席の護身術を仕込んでくれたのはレミエナ様だ。

朝食後にわざわざ私をホールに連れ出してレクチャーしてくれた。

側に控えていたエドガーが居心地悪そうに足をもぞもぞさせていたから、男性にとっては相当恐ろしい攻撃なんだろう。


だけど後からこっそり『公爵家に跡取りが生まれなくなるといけないので、アドルフ様にはあまりやらない方が…』とエドガーに釘をさされた。

よほどのダメージがあるようだ。

…アドルフ様には使わないにしても、一応覚えておこう。


荷物を積み込み、馬車に乗り込んだのは十時ごろだった。

湖畔の別荘までいくなら昼くらいまでしか領都観光はできない。

レミエナ様の指導がちょっと時間かかったからなぁ。

石畳の道をゆったりと進んでいき、数百メートルも走ったあたりで気付く。

…あんまりガタガタしない…!



「すごーい!この馬車揺れが少ないですね!」



公爵邸に来るとき同じ道をうちの馬車で通ったからこそ違いが良くわかる。

上等な馬車なんだろうなぁ。

よくわかんないけど、スプリングとかそういうの?



「帰るまでに同じ仕様の車体を手配しておいてやる。王都にはその車で向かえばいい」



所帯じみたところではしゃぐ私に苦笑しながら、アドルフ様がそんなことを言う。

えっ、こんな高性能な馬車をくれるって!?

どうしよう、今までくれたどんな宝石よりも嬉しいかも!

って、いやいや違う違う。



「そんなものいただけませんよ!」


「そのわりには『今までのプレゼントの中で一番嬉しい』って顔だったぞ」



私のポーカーフェイス仕事しろ。



「嬉しいか嬉しくないかで言えばそりゃ嬉しいですけど!もらえませんっ」



こんな上質な馬車ともなれば、それこそ下手な宝石よりずっと値が張るはずだ。



「構わんだろう。もしこのまま夫婦になればどちらの持ち物かなど問題にならないからな」



…ん?

一瞬何を言われたのか分からなくて反応しそこねた。

思わずポカンと口を開けてしまう。

えっと、どういう意味だ?

しかしそんな私を見て、耐えかねたようにアドルフ様は噴き出した。



「本当にアカネ嬢の顔は見ていて飽きないな」


「褒められている気がしません…」



美人って意味じゃないことだけは確実だ。



「それよりさっきのは、えっと?」



おたおたと舌をもつれさせる私に笑いを潜め、アドルフ様は溜息をついた。



「冗談だ。別れる恋人へ最後の餞別、もしくは面倒に巻き込んだ詫びか、半年付き合ってもらった礼として受け取ってくれればいい」


「礼だなんて…」



御礼をしないといけないのはこちらで、私は何もしていない。

カッセードの件しかり、プレゼントの数々しかり…

私が返したのなんて刺しゅう入りハンカチと、昨日渡したカセドナイト。

あと、カッセードに居る間、合間を見つけて編んだミサンガくらいかな。


カッセードからアドルフ様達が一足先に帰ったと知った時、せめて何かお礼をと思って記憶を頼りに編んだものだ。

手近にある材料で作れるものがそれくらいだったんだけど、今更ながら公爵家嫡男っていう高貴な方への贈り物としては微妙だったかなぁ…

ミサンガはこの国に無い文化だったみたいでティナ達に驚かれたし、アドルフ様もお礼の手紙で初めて見たようなこと書いてあった。


そこまで思い出して気付く。

アドルフ様の手首に、私が編んだ白と朱色のミサンガが結ばれていた。



「それ、つけてくれてるんですね」


「ん?ああ、ミサンガか。当然だ。これが切れたら願いが叶うんだろう?」



アドルフ様は手首を目の前に掲げながらそう言った。

うん、確かそんなジンクスがあったはず。

ミサンガを贈る時に手紙に意味合いとかも書いたんだよね。

色によっても何か意味とかあった気がするけど、そこは覚えてないから割愛。


よく見るとアドルフ様のミサンガは既に糸がほつれてボロボロになっている。

渡してからまだ四か月程度なのに…



「随分くたびれてきてますね」


「ああ、一度も外していないからな。鍛錬中もつけているせいか擦れるらしい」



そう言われて驚いた。

結んでから一度も外していない?

本来ミサンガはそうするべきらしい。

だけどアドルフ様はそうもいかないだろうと思って、そのへんの説明はしなかったのに。



「舞踏会の時なんかもつけていってたんですか!?」


「…舞踏会には出ていない。パートナー不在だったからな」



…そうだった。

私がカッセードでバタバタしている間、もちろん舞踏会になんか行けなかった。

アドルフ様が舞踏会に一人で出席すれば破局疑惑が立つ。

秋に付き合いだして冬の段階で破局となると流石に早すぎるから、参加を控えてくれていたようだ。



「他の夜会には出ていたが、手首の装飾くらい咎められるものでもない。それよりこのミサンガというのはどこの地域の文化なんだ?誰も知らなかったようだが」


「ええっと…私も本で読んだんですが詳しくは覚えてなくって…」



…このプレゼントはちょっと迂闊だっただろうか。



「それより、そんなに叶えたいお願いがあるんですか?ずっとつけてるなんて」


「ああ。このデートの間に切れてもらわないと困る」



言葉に詰まった。

…それって、そういうこと?

けれど私が何か返事をするより先に、アドルフ様が口を開いた。



「そろそろ市街地に入るな。具体的に行きたい店なんかはあるのか?」


「あ…いえっ、街並みを見て歩いてみたかっただけです」


「そうか。適当なところで馬車を停めよう」



…突っ込み損ねてしまった…

広場の端で馬車が止まり、アドルフ様にエスコートしてもらいながら降り立った。

レンガ畳の道が整然と並ぶ街並みはやっぱりセルイラと少し趣が違う。

なんかちょっとカントリーな感じでいいなぁ。



「嬉しそうだな」


「こういう街並みを歩くのってワクワクするんです」


「アカネ嬢も貴族の令嬢だからな。やはり外の街が物珍しいか」



微笑まし気にそう言われたけれど、多分それはちょっと違う。

私元庶民だし。

お母様は結構『お忍びデートよ』とか言って外に連れ出してくれる人だったし。

単に西洋っぽい街並みが観光っぽくて未だに楽しいだけだ。

なんて返したものか迷っていると、不意に近くにいたおじさんが声をかけてきた。



「おっ、ぼっちゃんデートかい?」


「…レナード…そう思ってるなら黙って…」



アドルフ様が渋い顔で窘めようとした矢先に、わらわらと周囲の人々が集まってきた。



「あら、なぁに?アドルフ様の新しい恋人?」


「まぁ本当?可愛らしいお嬢さんね」


「領地まで連れてくるなんて珍しいな」


「王都での噂は聞くけれどね。でも聞こえてくる名前がころころ変わるから」


「だがロイエルまで連れてくるんだ。今度こそ身を固めるおつもりなんだろう」



おお…圧力がすごい。

まじまじと観察されて居心地が悪く、思わずアドルフ様の影に隠れてしまう。

見かねたように、下がっていたアルノーやエドガーも前に出てきた。

すっかり取り囲まれた状況に、アドルフ様が眉尻を下げる。



「…大丈夫か、アカネ嬢。すまないな」


「いえ…アドルフ様、人気者なんですね」


「ベルナルアの気質が残るロイエルは身分差の意識が低くてな…」


「それだけじゃないと思いますけど」



デート一つでこうして人々が集まってきて、気さくに声をかけてくるんだ。

公爵家が日頃どう領民に接してきたか伺える。



「ほらアンタたち、詰め寄るんじゃないよ。おびえてらっしゃるだろう。やんごとないご身分のお嬢様なんだから驚いて倒れちまったらどうすんだい」



人の波をかき分けてやってきたのは豊満なボディを持つ中年女性だった。

私をかばうように人々の前に立つその人を見て、アドルフ様はどこか安堵したような表情を見せる。



「セシル。助かった。この場を頼めるか」


「はい、お任せを。お嬢様、すみませんねぇ。みんな悪気はないんですよ。うちの大事なアドルフ様がようやく大切な人を見つけたってんで嬉しくなっちまったのさ」


「は、はぁ…」



優しい表情でそう言われたけれど、明日契約解消する予定の恋人なので大変胸が痛いです。

微妙な表情をしてしまう私に苦笑して、アドルフ様が腰を抱いてその場から連れ出してくれる。

後ろを振り返れば、セシルと呼ばれた女性が手際よく人ごみを追い払い、そっとしておくように声をかけていた。



「リーダーシップのある方なんですね」


「セシルはこの街の元締めと言っていい。ロイエル領を開けることが多いベルブルク家の代わりに街を見守ってくれている自治隊の隊長でもあるんだ」



思った以上に権力者だった。

ぱっと見パン屋のおばさんみたいな感じだったんだけど。



「だからみんなセシルさんの言うことを素直に聞いてるんですか」


「この街の中でセシルの知らないことは無いと言われているくらいだからな。弱みを握られているも同然の奴らもいるだろう」



…怖い。


その後、カフェでお茶をしたり、露店を冷かしたりしたものの、遠巻きながら領民たちの視線が絶えることは無く。

長居するのが若干気まずくて、予定より早めに領都を出ることになった。


川沿いの街道を走ること三時間。

日暮れ前に湖畔の別荘に到着した。


道中特にトラブルはなかった。

天気が良くて少し暑かったから、休憩をはさんだとき靴を脱いで川に足を浸してみたら怒られたくらいだ。

顔を赤くしたアルノーとアドルフ様に窘められ、エドガーには視線を逸らされ、渋い顔をしたティナに『なぜこのタイミングで燃料投下を』とか言われ、困った表情のエレーナに『まぁそれがアカネ様ですし』とか呟かれた。


スカートをたくし上げはしたけど膝くらいまでなのに。

この世界の人って純情だよね。

いや、貴族だからなのかな?

とにかくご令嬢としてはしたないことなのは確かなのでちょっと反省。

元の世界のノリがまだ抜けないんだよなぁ。


湖畔の別荘はログハウス風の建物で、木の匂いがする落ち着く雰囲気だった。

連絡を受けていたらしい使用人や執事の歓待を受け、夕食には湖でとれたという魚料理をいただいた。

執事と話があるというアドルフ様と別れ、客室でのんびり食休みをしながら、思わず呟く。



「…デートってこれでよかったのかな?」



単に観光についてきてもらってるだけみたいな感じなんだけど。

期限の具体的な区切りが四月二十日が終わる瞬間までだとすれば、あと一日しかない。

果たしてアドルフ様が最後にしたかったデートはこれで良かったのか。

私は普通に観光楽しいからいいんだけど。

私のつぶやきにエレーナが小首をかしげた。



「なんです?アカネ様はアドルフ様にサービスしてあげたいんですか?」


「サービス…っていうとわかんないけど、アドルフ様は楽しいのかなぁと思って」


「喜ばせてあげたいならほっぺにチューくらいしてあげればいいのです。そこにすかさず現れるリード様、そして颯爽とアカネ様をさらっていくのです!」


「エレーナ…恋愛小説読みすぎなんじゃないの?」


「そうよ。近くの木から颯爽と飛び降りて、頬へのキスを阻止するようにお嬢様を抱き寄せ耳元で切なげに『俺以外に触れてくれるな』と囁くのはシェディオン様だと何度言えば」


「ティナの妄想の具体性が酷い」



そのロケーションは一体どこなのか。

近くの木に登ってシェディオンは何をしていたのか。

突っ込みどころが満載である。


そうやって通常運転のメイド達とじゃれあっていると、不意にノックの音が響いた。

思わず二人と目を見合わせる。

時計は既に二十一時を示していて、そろそろ入浴をして眠ろうかという時間だ。

ティナが応答し、少し困った顔で私の元へ戻ってきた。



「アドルフ様です。少しサロンで話したいと」



こんな時間の呼び出しだとか、夜にサロンで話すというのは、正直リードともよくあることだ。

もちろんそれもティナは良い顔をしないけれど、それでも見逃しているのは仮にも私達が兄妹だから。

アドルフ様とはそうじゃない。

一応、恋人なわけだ。


そんな相手が夜中に呼び出すと言うのは…

まぁ…結婚が確実という仲でなければ応じるべきでない。

緊急の用だと伝えられたなら別だけど、そうではないようだし。

とはいえアドルフ様が何の考えも無しに呼び出すとは思えない。



「…分かった、行こう」


「お嬢様…」


「大丈夫だって」



アドルフ様は以前言っていた。

『俺はそれなりに女性と付き合いを重ねてきたが、彼女たちが嫁げなくなるようなことは誓ってしていない』って。

それは事実だと思うし、その言葉を聞いていなくたってアドルフ様が誠実な人だと言うことはこれまでの付き合いで知っている。


廊下に既にアドルフ様の姿は無かった。

サロンで待っているということだろう。

屋敷に来て最初に案内されたのがサロンだったから、場所は分かる。

ティナとエレーナを引き連れて部屋に入ると、ぼんやりした明かりの中にテーブルセットが用意されていた。

フルーツやチーズなんかの軽食に、ワインも並べられている。

テーブルの横には長椅子が置かれ、腰掛けたアドルフ様が隣をポンポンと叩く。



「少し晩酌に付き合ってくれないか」


「なるほど、お付き合いします」



最後の夜だ。

一度くらいお酒を飲み交わしてみてもいいだろう。

固い笑みを浮かべるアドルフ様の隣に座り、私はグラスを掲げた。

いつもご覧いただきありがとうございます。

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