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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第五章 令嬢と騎士

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091デートのお誘い

その部屋は確かに異様だった。

これといった特徴の無いシンプルな家具。

双子が同じ部屋に暮らしているためかベッドやドレッサーなんかは二つずつ。

そして応接用の大きなソファセットが一組。

広い部屋に反して装飾が少ないせいか酷くこざっぱりして見えるけど、ここまではいい。


おかしのは異色さが際立つあまりに大きな棚が部屋の中央に鎮座していたことだ。

必要最低限に抑えられた調度品の中にあるからこそ、殊更目立っていた。

その棚の中には雑然とガラクタのようなものが並べられていて、双子の部屋と言うよりはこの棚の為につくられた部屋にすら思える。


ソファセットにちょこんと座って出迎えてくれたのは、人形のように愛らしい双子だった。

まだ十歳になったばかりだと言う。

さらさらの銀髪を結い、朱色の瞳を柔らかく細めて微笑む様は、ベルブルク家の子だと疑いようのない美貌。

一家の中でも一際色素が薄いところが二人の神秘的な雰囲気をより強くしていた。


赤いワンピースを着ているのが姉のコリンナで、青いワンピースを着ているのが妹のコローナ。

外見は正に瓜二つ。

漫画とかであるような服装以外で見分けのつかない双子って本当にいるのね。

思わず感動してしまった。



「初めまして、アカネ・スターチスと申します」



そう私が声をかけて礼をとると、二人はほんわりとした笑みを浮かべたまま気もそぞろな『はじめまして』を返してくれた。

立ち上がることも礼を取ることも無いけれど、不思議とそれが当然のように思えてしまう。

アドルフ様は二人をたしなめたそうにしていたが、無駄だと知っているのか何も言わない。

双子の後ろに控えたメイド達も口を開かなかった。

…なるほど、アドルフ様が躊躇ってたのはこういうことか。

そしてしばらくじっと私を見つめた後どちらともなく口を開き、二人は呼応するように言葉を紡いだ。



「神様の導き」


「最後の作品」


「世界は忘れない」


「神は今も探している」


「貴女は知る権利を得た」



…何なの話かさっぱりだ。

二人の瞳はどこか現とは異なる世界を見ているように定まらない。

ミステリアスな二人だ。

どこまでも漫画とかにいそうなキャラクター。


現実世界で居たら痛い子認定だけど、この子たちはまだ十四歳じゃないしファンタジー世界の住人だ。

特に問題ないだろう。

なんて返していいか困っていると、二人がまた口を開き、声をそろえて告げた。



「運命を変えたければ、勇者にお会いなさい」



その言葉にドキリとする。

勇者って…まさか、ファリオン?

どういうことか聞きたいけれど、二人は『言いたいことは全て言った』とばかりに視線を虚空へ向け、すでにこちらへ関心がなさそうだ。

私はよく分からないながら『ありがとう』とだけ返し退室した。


場をアドルフ様の応接室に移し、お茶をいただきながら休憩するも、私はさっき言われた言葉で頭がいっぱい。

そうしてぼんやりしていたせいだろう。



「…すまない」



アドルフ様に謝られてしまった。



「あ、すみません。ぼんやりして」


「いや、気分を害したのは当然だ。悪かった」



気遣わし気にそう言われて、思わず首を傾げる。

気分を害した?



「別に気分を害してなんていませんが…」



言われたことの意味を考えていただけだ。



「どちらかといえば…むしろ二人の方が気分を害してないか心配です。あんなに可愛い双子なんて初めて会ったので思わずじっと見ちゃいましたし」



だって本当に綺麗だったんだ。

神秘的な雰囲気と相まって…

なんだろう、こういうファンタジー世界でありがちな巫女みたいなのがいるとしたら、きっと二人みたいな感じかな、とか。

そんな趣旨の事を伝える私の顔を、まじまじと見つめるアドルフ様。



「…あの?」


「本気でそう思っているみたいだな。さすがアカネ嬢だ」



驚いた顔が苦笑に変わる。

いや、確かに独特な雰囲気だったし面食らったけど…

本当に漫画とかではベタなキャラだったからなぁ。

ここはファンタジー世界なんだし、ああいう子がいても不思議じゃないし問題ない。

…と思ってたんだけど、アドルフ様の言い方からすると問題あるんだろうか。


まぁ確かに普通の令嬢としてのお付き合いや政略結婚とかしにくそうだ。

でも現実世界なら冗談や狂言として片づけられる発言も、この世界だとそうもいかない気がする。

予言みたいなことされたし。

呪い師や巫女っていう印象は間違ってないと思うんだけど。



「二人って、何か特別な力を持っていたりするんですか?」


「……」



私の純粋な問いかけに、アドルフ様は難しい顔で黙り込んだ。

…おお、つまりおふざけだとか思春期こじらせた奴だとかで済ませられないってことか。



「ベルナルアの血を引く家には時折、二人のような者が生まれる」



アドルフ様が答えてくれたのはそれだけだ。

つまり、本当になんらかの能力者ってことなのでは?

やっぱり巫女?

シャーマンとかそういうやつですか?

それ以上聞いちゃダメな雰囲気だけど、ワクワクが抑えられない。

どうやら顔に出ていたらしく、アドルフ様はまた苦笑する。



「妹たちを見てそうも楽しげな顔をされたのは初めてだ」


「え、そうなんですか?」


「多くは気味悪そうにしたり、もしくは研究対象として興味深そうにするくらいだな」



それもそうか。

ある意味そういう人たちの方が純粋で自然な反応だろう。

漫画っぽーいってはしゃいでる私の方が(よこしま)だ。



「なんにせよ、彼女たちの言葉には意味があるってことですよね?」


「俺はそう考えている」



そっか、それなら覚えておこう。

…なんか難しいこと言ってたから早くもおぼろげだな。

ええと、神様がどうとか。

とりあえず勇者に会えっていうのは…

ファリオンのことなのか、それとも現役勇者であるベオトラ?

難しい顔で唸っている私を見て、アドルフ様がフッと笑う。



「コリンナとコローナは、ああ見えて善意でやっている。悪いことは口にしていないはずだ。そう難しく考える必要は無い。これまでの例を思うに、時が来れば意味が分かるだろう」


「そうですか?」



確かに危険を予知しているような雰囲気とかではなかったし…

まぁいい、そろそろ本題に入ろう。



「アドルフ様」



居住まいを正した私に気付いたように、アドルフ様もカップを置いて私に向き直った。



「先のカッセードの件でご助力を賜り、有難うございました」



深々と頭を下げる私に、また苦笑が降って来る。



「アカネ嬢、それは恋人への感謝ではないな」



あ、そうだった。

あくまで恋人を助けに来てくれたアドルフ様へ感謝を伝えに来たんだ。

じゃあえっと…



「ありがとう、ダーリン?」



そう告げた瞬間、アドルフ様らしくない変な噴き出し音が聞こえた。

え。

おそるおそる後ろを振り返るとティナが額を押さえているし、エレーナは口を押えて震えている。

…違ったみたい。



「…正解が分かっていなくてすみません…」


「い、いや…アカネ嬢はそれでいい。いやうん、悪くは無い」



笑いを必死にこらえていることがモロ分かりなアドルフ様は、最後ちょっとだけ優しく微笑みかけてくれた。



「だが冗談が通じる相手にしか使わないことだ。間違ってもシェドにやるなよ」


「…ああ…」



凍り付くか、真に受けてまたお父様の元へ結婚の承諾を取り付けに行くシェドの姿が目に浮かぶようだ。

私に格式ばった挨拶や甘い恋人ごっこは向いていないことが再確認できたところで、次のステップに移る。

ティナに視線をやると、控えていた彼女はスッと前に出て手にしていた箱を見せるように立つ。



「せめてもの御礼をお持ちしました。喜んでいただけるといいんですけど」



同じくアドルフ様が背後のクライブさんに合図し、ティナから箱を受け取らせる。

中を検めたクライブさんから息を呑むような声が漏れた。



「…ほう?クライブがそんな反応を見せるのは珍しいな」


「どうぞ」



クライブさんは多くを語らず、箱を主に渡した。

見て確かめろと言うことらしい。

テーブルの上に置かれた箱をそっと開け、アドルフ様は図らずもクライブさんと同じような反応をした。

シルクの布張りの上に鎮座する紫色の宝石。

夕暮れ時から夜に変わる境目の夜空を切り取ったようなそれは、星まで取り込んだように無数の光が眩いほどに明滅している。

その大きさは子供の拳ほど。

原石のままのそれは輝きに欠けるけれど、これほどの大きさのものはまず見ない。



「これは…カセドナイトだな?」


「はい。大魔力泉を整備している時に掘り起こされたものです」


「この大きさも見事だが、これほど強い光を放つものは見たことが無い」


「かつて王家に献上されたものと遜色ない大物だそうです。だからこそアドルフ様への御礼にもなるかと思って」



長年採掘されていなかったカセドナイト。

カセドナイトは魔力を帯びていて、中で光が点滅する珍しい石だ。

これは私の推測だけど、カセドナイトって周囲の魔力をちょっとずつ吸収してできた宝石なんじゃないかなぁ。

もともとはただの紫の宝石だったんだけど、魔力泉があるような土地だったせいでこんな性質に変わったとか。


だから石を取りつくしちゃうと次がなかなか出来てこないし、魔力泉の近くでこんな大きな石が育っていたことにも納得がいく。

あくまで想像の域をでないんだけど、魔力泉の近くにルビーを埋めておいたらキラキラ光る紅い宝石が出来上がるかもしれない。



「…そうか、ありがたく受け取っておこう」



アドルフ様は少し間を置きつつそう言って受け取ってくれた。

これだけの原石だ。

売れば相当な金額になるはず。

カッセードの財政がまだ逼迫しているのを、きっとアドルフ様なら知っている。

でもそれについて触れてはこなかった。

こちらを立ててくれてのことだろう。

なんにせよ、これで目的は果たせた。



「本当に感謝してます。アドルフ様の助けが無かったら私の作戦は実行できませんでしたし…それなのにきちんとお礼も言えないまま、お見送りすらできなかったので申し訳なくて」


「そのことは手紙でさんざんやり取りしただろう?俺が好きでしたことだ。気にしなくていい」



アドルフ様は優しい声でそう返してくれた。

向けられた笑みが大切なものを見つめるように甘くて、ドギマギしてしまう。



「そうだ、今日はもうあまり時間がない。どこか行きたいところがあれば明日連れて行くから考えておいてくれ」


「え?」



思いがけない言葉に目を丸くした。



「長居してはご迷惑でしょう。明日にはお暇するつもりだったんですが」



そう返すと、今度はアドルフ様の方が目を丸くした。



「何を言ってるんだ、明日は…」



そう言いかけて、アドルフ様は室内にサッと視線を走らせた。

待機していたメイドさんたちが気になったようだ。

聞かれると困る話?



「…悪いがちょっと出ていてくれ。ああ、もちろんアカネ嬢のメイド達はそのままでいい。クライブもだ」



自分の所のメイドだけ部屋から出し、アドルフ様が私に向き直った。



「アカネ嬢、俺は四月十九日までに来てほしいと手紙に書いたつもりだったが」


「あ、十九日までに、でしたっけ。十九日に来てほしいって受け止めていました」



とはいえ、何の違いがあるのか。



「…この日付を指定した理由が分かっていないのか?」


「私たちがしばらく後処理に追われていたので、気を遣って遅めの指定をくださったのでは?」


「…ああ、もちろんそれもある。本当であればもう少し時間を空けてやりたかったが、この日は譲れなかった」



…譲れなかった?

四月十九日?



「え、もしかしてアドルフ様お誕生日でしたか!?」


「は…」



そういえばアドルフ様の誕生日知らなかった!

仮にも恋人なのに祝わないのはまずいよね。

プレゼント用意してないやどうしよう。

ていうか恋人へのプレゼントって何を贈るものなの!?



「プレゼントは私、とかいうのがお決まりですが、流石に私がそれをやると失礼に当たるので…」


「どこの国の決まりなんだ!いや、失礼だとは思わないが、いやかといって要求してるわけでもないが…というか違う!俺の誕生日ではない!」



なんかアドルフ様が珍しくめちゃくちゃ動揺した。

意外だなぁ。

百戦錬磨じゃないのか。



「本当に覚えていないのか。アカネ嬢の小生意気な義兄が指定してきた期日だ」



そこまで言われてようやく思い至った。

リードが指定した、私たちの交際期限。

四月二十日だったはずだ。

…もう半年経ってたのか。



「少なくとも四月二十日まではアカネ嬢は俺の恋人でいてくれるわけだろう?カッセードの件があってデートらしいこともできなかったから…せめて一日くらいは時間をもらおうと思って、その前日には来てほしかったんだ。伝わってると思ってたんだが…甘かったな」



はぁ、とため息をつくアドルフ様。

なんだか私の鈍さを甘く見てたとでも言いたげだ。

いや、気づいてなかったんだから否定できないけども。



「きちんと予定を確認するべきだったな。都合が悪いのであれば無理しなくていい」


「あ、いえ…月末に王都に行ければそれでいいので、時間はあるんですが…」


「王都?ああそうか、シェドが王国騎士団に入るんだったな」



納得したように頷き、アドルフ様はこちらにぐっと体を寄せた。



「それなら、ここを出るのは四月二十一日でも問題ないか?」


「はい、それは…」


「なら、それまでの時間を俺にくれないか」



真っ直ぐ見つめられて、思わず頬が熱くなる。

ここまで私の時間を求められたことなんて無い。

やっぱりアドルフ様って私の事好きなんだ。

…何でなんだろうか。

未だによく分からない。

おずおずと頷くと、アドルフ様は安堵したようにソファへ背を預けた。



「忘れられていたというのは、ある意味良かったということか。アカネ嬢はどうも手紙のやり取りもあまりしたことが無いようだったから、負担に思っていないか気にしていたんだ。終わるのを心待ちにされていたわけではないようで安心した」


「いえ、そんなことは…」



いや、最初は思ってたけど…



「やっぱり負担だったんだな」



またも顔に出ていたらしく、アドルフ様が苦笑した。



「しょ、正直不慣れだったので最初は何を書いていいかわかりませんでした!でも最近は楽しくなってたんですよ!」



それは事実だ。

だからこそ期日の事なんて忘れてた。

この滞在期間が終われば、もう手紙のやり取りは終わるのか…

そう思うと寂しくなる。

筆不精がようやく治り、カッセードでのことを経てアドルフ様に話したいことが増えたし、アドルフ様もいろいろとアドバイスしてくれた。

ようやく手紙が億劫ではなく楽しみなものになってきたのに。

アンナからの手紙と同じくらい、アドルフ様の手紙を楽しみにしていた。


アンナとは違ってアドルフ様は異性だ。

付き合いが終わった後も手紙をやり取りしていれば、お互いの今後に差し障る。

これからも文通友達でいましょう、というわけにはいかないんだ。

そんな寂しさが表情からにじみ出ていたんだろう。

アドルフ様が驚いたように私を見つめていた。



「アカネ嬢、俺に気を遣っているか?」


「へ?」


「…違うのか。アカネ嬢は厄介だな。感情は読みやすいのに真意が読めないことがある…」



どういう意味だろうか。

とりあえず褒められてはいない気がする。

アドルフ様はしばし黙り込んだあと、口を開いた。



「とにかく、明日はどこかへ出かけよう。行きたいところは無いか?」


「うーん…そうですねぇ」



ロイエルは初めて来たし、お言葉に甘えて観光させてもらおう。



「領都の街並みが綺麗だったので歩いてみたいですし、北にあるっていう大きな湖も見てみたいし、東の遺跡も気になるし…悩むなぁ」



希望をそのまま口にする私に呆れることなく、アドルフ様は笑って頷いてくれた。



「よし、それなら全て見に行くか」


「えっ、できるんですか!?」


「移動が多くなるからな。アカネ嬢が平気であれば」


「大丈夫です!行きたいです!」



張り切ってそう言うと、アドルフ様はにっこり微笑んだ。



「そうか、なら湖畔の別荘に泊まることになるからその準備を頼む」


「へ?」



…お泊り?



「…別荘にはどなたが住んでるんですか?」


「ん?管理している使用人はいるが」


「…公爵たちは?」


「デートに親を連れて行くつもりか?」



いえ、『それは無いだろ』と私も先日思ったばかりですが。

もちろんお互いのメイドや付き人はついてくる。

二人きりってわけじゃない。

とはいえ、公爵夫妻もいる公爵家に泊まるのと、監督者が誰もいない別荘に一緒に泊まるのはニュアンスがなんか違うと言いますか。

だって何かあっても窘める人はいないわけでして。


しかしこれ以上何か反論すれば自意識過剰もいいところ。

アドルフ様は私に好意を持ってくれてるっぽいけど、そういうトコまで意識してるかって言ったら微妙な気がするしね?

何も言えないでいるうちにアドルフ様がティナ達に細かい予定や現地の気候について説明しだしたため、もう後戻りはできなくなった。

アカネ・スターチス、初デートがお泊りデートになりそうです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

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