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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第一章 令嬢と兄
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009シェドお兄様の思い出

<Side:シェディオン>


スターチス家に引き取られることになったのは六年前。

まだ俺が13歳の頃だった。


海に面したエルドラ領を治めるマーレイ伯爵家は海産物が豊富でそれなりに裕福な家だった。

マーレイ家には息子ばかりが四人いたが、家督を継ぐのは長男と決まっている。

俺は三男だった。

往々にしてその場合、次男以下は他の職を見つけたり、男児に恵まれなかった他家の養子となることが多い。

次男と四男はそれぞれエルドラ騎士団へ入団したり、親戚の家への養子縁組が決まったりと進路を決めていった。


俺の父は生まれつき目つきが悪く、何かと苦労したそうだが、俺もその血を色濃く継いでいた。

大人になれば貫禄があると言えなくもない据わった眼差しは、子供となると途端に態度が悪いと評価される。

普通にしているだけで『睨んでいる』と言われ、微笑んでみれば『馬鹿にしているのか』と言われるという損な外見だ。

故に養子縁組は見つけにくく、10歳になるころには『自分も騎士団に入れるよう腕を磨くしかない』と割り切って剣術に打ち込むようになった。


同じく目つきの悪さで苦労してきた父はそんな俺のことを不憫に思っていたようで、剣術の指南役に引退した元王国騎士団長を呼んでくれたりもした。

エルドラ騎士団に入団した次男がこれを知り、『俺の時はそんなことしてもらえなかったのに贔屓だ』と激昂する事件もあったが無理もないだろう。

幸い武術の才能には恵まれていたようで、修行の甲斐あって俺の腕は13歳にして騎士団の一団員を打ち負かすこともあるほどまで上達していた。

しかしながら俺の目つきゆえの悪評はそれなりに方々へ広まっているらしく、その頃には養子縁組の話はほとんどこなくなっていた。


そんなある日、俺を養子にもらいたいという人が現れた。

それがスターチス伯爵だ。

これまでもそんな声がかかっては俺を見るなり断りを入れてくる人が多かったのだが、今回のスターチス伯爵は既に何度か俺と顔を合わせている。

もともと父とスターチス伯爵は懇意にしており、互いの領地に顔を出し合っては交流していた。

俺も度々あいさつしていたが、『父親によく似ているなぁ』と朗らかに笑いかけてくれる貴重な人物だった。


「やあ、シェディオン君。大きくなったな」


一年ぶりくらいに会ったスターチス伯爵は、相変わらず人好きのする笑みを浮かべながらも少し驚いた様子だ。

かけられた言葉通り、伯爵との目線は同じくらいになっていた。

前回会ってから15cm近く伸びているのだから驚くのも無理はない。

同年代の13歳時点の平均身長が160cmであるのに対し、俺はこの時既に175cmに達していた。

ますますもって可愛くない子供だ。


しかしスターチス伯爵はそんな俺の成長ぶりを嬉しそうに眺めた後、挨拶もそこそこに語りかけてきた。


「私の治めるカッセード領は貧しく、エルドラ騎士団のような大きな騎士団は無い。

 にもかかわらず魔物が現れる頻度が高くてね。

 君のように腕が立ち、直接兵士を率いることのできる領主が必要となる時がくるかもしれない。

 騎士団ではなく領主となれば、ずっと剣を振るっているわけにはいかないが…

 君さえよければうちの長男になってもらえないだろうか?」


13歳の少年に対して随分腰の低い誘い方をするものだと思った。

何度も養子縁組の話を寄越されては容姿だけで撤回されてきた。

そんな中で、この顔のことを知りながら自分の実力を見込んで養子にと言ってくれる人が現れたのだ。

迷いなく頷いた。


数か月後には俺を乗せた馬車がカッセード領へ向かっていた。

話に聞いていた通り、荒れた貧しい土地だった。

魔物がよく発生するためか、冒険者ギルドはそれなりに盛況しているようだが、その勢いをうまく活用できているともいいがたい。

生意気と知りつつも、『課題は山積みだな…』と車窓に溜息をこぼしたのを覚えている。


迎えてくれたスターチス家の家族は四人。

スターチス伯爵とその夫人。

そして四つ年上の長女コゼットに、六つ年下の次女アカネ。


既に俺の顔を知っている夫妻は笑顔で招き入れてくれた。

コゼットは俺の顔を見るなり軽く自己紹介を済ませると用事は済んだとばかりに自室に引っ込んだ。

幼い子供にはよく顔を見て泣かれたり逃げ出されたりするが、それなりの年齢の相手にここまで露骨に避けられたのは初めてだった。

相応のショックを受けたのだが、伯爵いわく、彼女は誰にでもこんな感じとのことだ。

それがフォローではなくて事実だと知るのにそう時間はかからなかった。


問題は妹になるアカネだ。

彼女はまだ7歳。

これくらいの年齢の子供は大体俺を見ると涙を浮かべ、母親に縋り付くのだ。

昔、とある子爵令嬢に言われた言葉によると、俺の目つきは子供が思い浮かべる魔王のイメージにピッタリらしい。


しかし、アカネは俺の顔を見るとビクリと体を強張らせたものの、こちらが自己紹介をすると、穏やかに微笑んで立派な淑女の礼とともに自己紹介を返してくれた。

そんな反応は初めてでとても驚いたものだが、屋敷で過ごすうちに納得する。

彼女は年齢に不相応な振る舞いをする令嬢だった。

大人びているというのだろうか、これくらいの年の子によくある背伸びとはまた違う。


使用人のミスに対して明るく振る舞って笑い話に変えてみたり、父母が喧嘩していればあえてとわかるような子供らしい態度で仲裁してみたり。

そういった気遣いと呼べる行動をとっているのだ。

読み書きも問題がなく、言葉遣いも大人と話しているのとさほど変わらない。

ともすれば実は俺より年上なのではないかと思う瞬間すらあった。


にこやかな両親としっかりものの末娘。

この三人で屋敷の雰囲気が作られていると言っても過言ではなかった。

…そこに長女が挙がらないのは何せ部屋から出てこないのだから仕方ない。


この屋敷で過ごすようになって一月も経つ頃。

そんな空気になじめていない自分に気付いていた。


おそらく伯爵夫妻からよく言い聞かされていたのだろう。

使用人たちは俺に対しても普通に接してくれていた。

しかしやはり夫妻やアカネにするような柔らかな態度ではない。


そんな事を気にしだすと、使用人に何か頼むことすらはばかられるようになった。

養子で、しかも愛想の無い俺の頼みなど聞きたくないのではないかと。

いつしか当初ここへ来ると決めた時の決意や威勢はどこへやら。

気づけば人目を避けるように裏庭で日がな一日剣の素振りばかりして過ごすようになっていた。

そんな俺の姿はますます人を寄せ付けなくなると知りつつも…

ちょうど夫妻が忙しくしていたこともあってフォローが入ることもなく、もはや自分ではどう軌道修正すればいいのか分からない。

言い知れない疎外感に襲われながら過ごしていたある日、いつものように裏庭で素振りをする俺に声をかけてきたのはアカネだった。


「シェド様、たまには休まれてはいかがですか?」


驚いた。

使用人ですら最近俺に声をかけなくなったというのに、まさか幼い妹が声をかけてくるとは。


「…鍛錬が今の俺の仕事だ」


労いの言葉にとっさに返す言葉が見当たらず、素っ気ない態度をとってしまう。

しかしアカネはひるんだ様子もなく、さらに畳み掛けてきた。


「あら、他にもなさるべきことはありますよ」


その一言にカッと頭が熱くなる。

将来の領主として、屋敷の人間と信頼関係を築くことだとか、領地のことを学ぶことだとか。

そういった事がおそらくそこに含まれるのだろう。

すぐさまそんな思考になるのは、自分が気にしていることだからだ。

俺は将来の領主としてすべきことができていない。

わかってはいても、こんな幼い少女にまで指摘されるのは我慢ならなかった。


「わかってる!」


思わず怒鳴るような声が出て、ハッとして口を噤む。

ただでさえ怖がられやすいのに、こんな声を上げては…

しかしアカネは泣くでもなく、きょとんとして俺を見据えてこう言った。


「わかっていらっしゃるなら早く遊びましょう」


遊びましょう?

思いがけない一言に、今度は俺が目を丸くした。


「…遊ぶ?俺と?」

「そうです。私がパパやママにじゃれついて仕事の邪魔をしないように、

 妹の相手をするのも兄の立派な仕事でしょう?」


誰かにそう吹き込まれたのだろうか。

自信たっぷりに口にする姿がなんだか愛らしくて、肩の力が抜けた。

その場に座り込む。


「シェド様、お疲れですか?」

「いや…説教されるのかと思った」

「説教?」

「跡取りとしてもっとすべきことをしろと」


独り言のようにこぼすと、アカネはあきれたような顔をする。


「7歳の妹に説教を期待しないでください」


そういった言動が7歳だと思わせないことに気付いていないのか。

大人なのか子供なのかよくわからないこの妹だからこそだろう。

正直に自分の気持ちを話してみたくなった。


「自分でも分かっているんだ、苦手なことから目をそらしていると」

「苦手なことですか?」

「…人と良い関係をつくることだ」


ふむ、とアカネは鼻をならす。


「どうして苦手なんです?」

「…アカネは俺の顔が怖くないか?」

「怖いですね」


あっさりと肯定された。

ほんの少し否定を期待していた胸が痛む。


「ですが顔が怖いのとシェド様が怖いのは別です。

 初めて見た時は怒っているのかと思いましたけど、

 むしろシェド様の方が私にビクビクしているように見えたので

 怖い人ではないと分かりました」


六つも年下の少女にビクビクしていたと指摘されて、13歳なりのプライドが傷ついた。


「ビクビクしていたわけじゃない。

 アカネくらいの年の子供は俺の顔を見ると泣き出すことが多いからハラハラしていたんだ」

「もし私が泣いたとしても、パパたちがそれでシェド様を悪く言ったりはしませんよ」

「そうとも限らない」


少なくともそれで破談になった養子縁組はいくつもあった。

娘が怖がるからこの話は無かったことに…

なんて直接的な言い方をしてくる人もいたし、そうは言わずとも、それ以外なんの粗相もしていないのに顔合わせ段階で断られたことは数知れない。


「この目つきひとつで乱暴者だとか、躾がなっていないとか…

 両親のことまで口さがなく言われることがあったんだ。慎重にもなる」

「シェド様…」


そう語る俺の頭を小さな手がそっと撫でる。

頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろうか。

年下に慰められているのに屈辱に思わないのは、やはりこの少女が7歳とは思えない雰囲気をまとっているからだろう。


「いろいろと大変な思いをされたんですね…

 でもねシェド様。シェド様のそれは武器にもなり得るんですよ」


そう言って彼女は微笑んだ。


「私の知っている言葉に『ギャップ萌え』というものがあります」



==========

<Side:アカネ>



何 口 走 っ て ん だ 。


「ちょちょちょちょっと待って!」


思わず回想に口を挟んだ。

シリアスな思い出を語っているはずのシェドの口から耳を疑うワードが飛び出したからだ。

聞き間違いか?

いや、他の単語が当てはまる気がしない。


「どうした?」


きょとんとしているシェドに、念のため確認してみる。


「ギャップ萌え?」

「ギャップ萌えだ」


真顔で復唱されてしまった。


「言った!?私それ言った!?」


思わず令嬢キャラを忘れて問い詰める。


「あ、あぁ…確かに」


そんな馬鹿な…

いやでもそうだよね。

私以外そんな発言するやついないよね。

たとえそれがまだ7歳の令嬢だったとしても、中身が私ならありうる話なのだ。


いやいや待て待て。

シェドの様子からすると大事な思い出のようだし、この後なんか上手い具合にリカバリーするのかもしれない。

一度最後まで聞いてみよう。


「ご、ごめんなさい。続けてください」

「具合が悪そうだが…大丈夫か?」

「大丈夫。いいから。続けて」

「わ、わかった…」



==========

<Side:シェディオン>



「ギャップ萌え…?」


俺は耳慣れない単語に首をかしげる。


「はい。

 その人のイメージとかけ離れた言動を目にしたとき、

 人は驚きとともにその出来事を好意的に受け取ることがあります」


いまひとつピンときていない俺に、アカネは幼子に言い聞かせるように優しく語る。


「たとえば気弱でいつも仲間にいじめられていた人が、

 実は喧嘩が強いことが判明したとします。

 するとかえってその人の優しさが際立ち、格好良く見えたりしますね」

 

「なるほど…力を持ちながらも誇示していなかった点や

 いざとなれば頼りになるという点が高評価になるのか」


聞いた事の無い理論ではあったが、確かに納得のいく話だ。


「同じような言葉として『ジャイ○ン効果』というものもあります」

「それは…?」


それも聞いた事の無い言葉だ。


「日頃、横暴な振る舞いばかりして仲間に嫌われている男がいたとします。

 しかしある日、仲間が魔物に襲われると、

 彼は仲間をかばい、敵に勇敢に立ち向かいました。

 みんなの彼への評価は急上昇します」

「そうだろうな。緊急事の行動ほど評価に値するものだ」


いざと言う時に動けるかどうかと言う話かと思って相槌を打ったが、アカネは首を振る。


「そういう問題ではありません。

 ポイントは、日頃から善行をつんでいた人が同じ行動を取った時に比べて

 評価が高くなるというところです。

 いい人がいい事をしても当たり前のように受け取られるのに対し、

 嫌な人と思われている人がいい事をすると、

 何倍にもなって好印象を受けるのです!」


俺は衝撃を受けた。


「なるほど!それがギャップ萌えか…!」



==========

<Side:アカネ>


な る ほ ど じゃ ねぇ 。


ダメだ、何もリカバってなかった。

ただのオタ用語解説じゃんか!

言いそうだよ、確かに私語りそうだよ!?

でも自分の外見に悩む義兄に対してこれ言うかなー!?

元の世界のオタ友にならともかく、貴族の子息にこんなこと語るほど我を失うかなぁ!?


「そ、それ、納得できました?」

「もちろんだ。その後お前はこう言ってくれただろう?」


『もしシェド様を見た目で判断して悪く思う人がいたとしても、

 あなたの中身がこうして誠実でまっすぐであるなら、

 きっとその第一印象がかえってあなたの魅力を際立たせてくれますよ』


「その言葉で俺は救われた」


シェドは美しい思い出を振り返るようにとても穏やかで優しい表情をしている。


いや、その言葉だけでよくない?

ギャップ萌えとジャ○アン効果の話、要る?


思い出話に水を差したくは無いが、いたたまれなさすぎる。


「すみません、前半の話、意味がわからなかったでしょう…?」

「いや、そんなことはない。

 実際にカッセード領で騎士団の訓練に参加することになった時、

 初めに団員から陰口を言われてももう気にならなかった。

 その後、アカネの言うとおり真面目に訓練に打ち込んでいるうちに、

 団員からの評価は変わっていったんだ」


まぁ、シェドはこの通り本当はいい人なわけで、それなりに長く付き合っていれば誰だって評価を改めるだろう。


「そして『人は見かけによらないな』という話になった時に、

 アカネに教わったギャップ萌えと、ジャイア○という男の話をしたんだが」


おい、広めるな。


「みんな感心していた。その通りだと。

 今では一見騎士団に不釣合いな新人が入ってきても、

 『ギャップ萌えかもしれないしな』と寛大に受け入れる風潮ができている」


うわぁぁカッセード騎士団にいらん言葉がおかしな形で定着してしまった…

微妙に使い方をミスってるのが覚えたての若者言葉を使いたがる老人感が強くてなんとも言えない。


頭を抱える私。

不思議そうなシェド。


あれ、ていうか…


「私とした約束、というのは?」

「あぁ、それはこのさらに後の話だ」


兄の思い出話は思った以上に長かった。

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