表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第五章 令嬢と騎士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/224

089シェドの告白

雪が全ての音を吸い込んでしまったかのように、静かすぎる真夜中。

時計の針は深夜二時を示し、宿屋の従業員たちですら寝静まった時間帯だ。

いつもなら私だって熟睡しているこの時間。

眠気を我慢してまで起きていたのにはわけがある。

もちろん…


雪だるまリベンジだ!


昼間なら怒られる。

じゃあ夜中にこっそりやるしかない。

つまりはそういうことである。


外に出るとは言っても宿の敷地内。

高級宿だけあって敷地は高い塀で囲われ、門には二十四時間見張りが立っているからまず危険はない。

雪だるまをこっそり作るくらい大丈夫だろう。

こんな夜中なら人に見咎められることもないから、スターチス家の評判に影響だってしないはず。

こっそり廊下を抜け出し、絨毯敷きの階段をそろりと降りようとしたところでその声は聞こえた。



「アカネ?」



足音を殺し、周りに気を遣っていたつもりだった。

慣れない緊張に強張っていた体は、驚愕に対応しきれず。

つまさきが宙を掻いた。



「っ危ない!」



太い腕が私の体を抱きとめる。

目を白黒させつつも、支えてもらっている間に足をしっかり地につけた。

おずおずと振り返ればそこには…



「っ!」



悲鳴を出さなかった自分をほめてあげたい。

薄暗がりで見る強面は想像以上の破壊力だった。



「…アカネ、今叫びかけただろう」



しかし本人をごまかすことはできなかったらしい。

ちょっと傷ついたようにつぶやいているのは私の義兄。

もちろん強面の方のシェド様だった。



「ま、まさか。至近距離でびっくりしちゃっただけです」



そう言い訳するものの、疑わし気な視線が変わることは無かった。

…認めましょう。

妖怪かと思いました。

気まずさに視線をそらす私を見て本音を察したらしく、シェドは大きなため息をついた。



「それで、どこに行くつもりだったんだ?」


「へ?」



そう問われて気付く。

私、こっそり抜け出そうとしてたんだった。

ぶわっと冷や汗が噴出した。

『ちょっとトイレに』は通じない。

トイレは各部屋についている。

『お腹が空いて』も通じない。

そもそもこんな厚着をしちゃってる時点で、外出以外の目的など無いはずなんだ。

じぃっと見つめてくるシェドの視線。

強面とは言え私に甘いシェドの目なのに、今ばかりは無言の非難を感じる。

そして適当に誤魔化したところで見逃してもらえ無さそう。



「…雪だるまを…」


「雪だるま?」


「…あの、雪で作った…」


「ああいや、雪だるまが何かは知っているが」


「…それを、作りたかったんですけど、ティナに止められて…」


「だからこっそり夜中に作ろうとしたということか?」



素直にうなずくと、意外にもシェドは笑った。

怒るでも、呆れるでもなく。



「お前の行動力は本当にすごいな」


「あ、有難うございます?」


「美点ではあるが、頼むから目の届かないところで発揮するのはやめてくれ」



前言撤回、やっぱり苦言を呈されました。



「仕方ない、俺も付き合おう」


「え!?」



それは予想外。

驚く私に、シェドは悪戯っぽく笑った。



「昔、王都に仕事で行っていた時に大雪が降ってな。視察の合間に城下の子供たちと作ったことがある」



雪だるまづくりに関してはお前より先輩だぞ、なんてうそぶくシェドはなんだか子供っぽくて、私まで笑ってしまった。

真面目なシェドがこんなことに付き合ってくれるなんて。

シェドと一緒なら、万が一ティナにバレても怒られないだろう。

むしろ親指を立てて貴重な笑みを見せてくれそうだ。

コートを取りに戻ったシェドを待ってから、二人で宿の外へ出る。


なお、外に出るには鍵が必要だった。

シェドは有事に備えて貸してもらっていたようだけど私は持っていなかったので、シェドに出会えなければ私の計画はやむなく中断されてただろう。

自分の計画の甘さが悔しいです…


宿の外は思ったよりずっと明るかった。

小さい街だから街灯なんてほとんど無いけれど、いつの間にか雲が晴れている。

あちこちに残る真っ白な雪が月明かりを反射して眩しいくらい。

まずは手のひらで雪玉を作り、それを転がしながら大きくしていく。



「わぁ、シェド様早いっ!」


「お前はもう少しゆっくりでいいぞ。下の玉を大きくした方がいいからな。アカネのは上にのせればいい。二段のものでいいだろう?」


「はいっ!」



寝ている人たちに迷惑にならない程度に声を落としつつ、私ははしゃぎながら雪玉を転がしていた。

宿の敷地内は人の通路のみ雪かきがされていて、それ以外の場所には雪が潤沢に残っている。

どうせ使い道なんてないんだ。

それら全てを独占する勢いで遊ぶことにする。

私だけじゃなくシェドまで表情を緩ませ、ハイペースで雪玉を転がしていた。

その大きさが直径一メートルを大きく超えたあたりで、シェドは転がすのをやめて庭の端に置いた。



「これより少し小さい程度の大きさになるまで頑張れ」


「はーい」



コロコロ雪玉を転がす私を、微笑ましい物を見るように眺めるシェド。

なんだか気恥ずかしくて、思わず古典的な手法に出てしまう。



「あ、あれは何だ!?」



シェドの背後へむけて空高く指をさす。

ベタな手なのに、この世界では一般的じゃないのか、それとも私への信頼が厚いのか…

シェドはあっさり『何かあるのか?』なんて言いながら後ろの空に目をこらした。

その隙に足元の雪を手早くまとめて玉にし、シェドに向かって投げつける。



「とうっ!」



しかし私は自分の運動能力を忘れていた。

雪玉はシェドの数メートル手前に落下する。

その直前に私の掛け声で視線をこちらへ戻していたシェドは、キョトンとした顔で地に落ちて崩れた雪玉を見つめ、数秒後苦笑した。



「なんだ、今のは嘘か?悪戯っ子め」


「な、なんのことでしょう?」



甘やかすような声色でそんなことを言われて、うっかり私の方が動揺する。

それを察しているのか、シェドはゆっくりこちらに歩み寄ってきた。



「悪い子にはお仕置きが必要か?」



低音ボイスでそのセリフはやばいです。

外は零下の気温のはずなのに、顔が熱い。

いや、雪遊びしてるせいだな、きっと。

だけどこちらに伸びてくるシェドの手に気付いて、ぎゅっと目を閉じ…



「ん?」



私の横を素通りした気配がして思わず目を開けると、私の雪玉を奪って転がすシェドの姿があった。



「あ、ああっ!私の雪玉!」


「こらアカネ、声が大きい」


「だ、だってぇ」


「言っただろう。お仕置きだ」



そう言って流し目で笑うシェドは子供っぽいのに妙に艶っぽい。

くっ…シェドのくせに。

そんな憎まれ口を心の中で叩かないとやっていられないくらい心臓がうるさかった。

馬鹿じゃないの、私。

さっき何考えたのもう!


馬鹿な想像を振り払うべく首を振り、シェドの後を追いかける。

最後の仕上げは取られたけれど、私の雪玉もそこそこいい大きさになった。

だけど…



「これ、結構重くないですか?」



しっかり押し固められた雪玉。

シェドに奪われる直前くらいから転がすのも辛いほどだった。

シェドが私から奪ったのは、案外私が苦戦しているのに気付いていたせいかもしれない。

試しに持ち上げようとしてみても、指が表面の雪を削るだけ。



「貸してみろ」



そう言うと、シェドはいとも簡単に雪玉を持ち上げてしまう。

…いつの間にか発泡スチロールに代わったのかな?

そんなことを考えてしまうくらい、私の雪玉はあっさりシェドの雪玉に乗っかった。



「これでも男だからな」



そんな言葉に思わずドキッとしてしまう。

シェドが男。

そんなこと…前から知ってるのに。

だから苦し紛れに可愛くない言葉を返してしまう。



「それは男性に怒られる言葉ですよ。男性でも筋力には個人差があります」


「確かに、その通りだ」



そう笑うシェドは二つ積みあがった雪だるまを眺め、切なげに目を細めた。

…何でだろうな。

カッセードで再会してから、シェドはこんな顔をすることが増えた気がする。



「…シェド様、どうしてこんな時間に起きてたんですか?」



聞くべきか否か悩んだ問いかけを、沈黙に耐えかねて投げかけた。



「……」


「……」



え、寝てる?

変わらずに落ちる沈黙に、本気でそう思った。

隣のシェドの顔を覗き込むと、予想外の行動だったのかシェドが一歩後ずさる。

すぐに顔をそらされたけれど、一瞬見えた表情は私の言葉を奪うのに十分だった。

…なんで悲しそうな顔してるの。

それ以上追及もできなくて、再びその場に落ちるのは沈黙だ。


…どうしよう、なんて声をかけていいか分からない。

『何か悩んでるの?』、『話くらい聞くよ』、もしこれがアルノーやエドガーだったらそう言えただろう。

だけどシェドには言えない。

彼が悩んでいるのは私のことかもしれない。

そう思ってしまうから。

だけどその沈黙を破ったのは、図らずも私の方だった。



「ふぇっくし!」



ちょっぴり女の子らしさにかけるくしゃみが出たせいで。

…恥ずかしい。



「すまない、体が冷えて来たか。戻ろう」



シェドは慌てたようにそう言いながら、自分が着ていたコートを脱いで私にかけた。

…いつだったかもあったなぁ、こうして服をかしてもらったこと。

あの時のジャケットは未だに私の部屋にある。

悪夢の時に部屋を訪ねるリードが嫌そうだったから、もうベッド脇にかけるのはやめるようティナに頼んだけど、シェドに返してはいなかった。



「…あの時のジャケットを…」



そう呟いたのはシェドだ。

同じことを思い出していたのだろうか。

しかしシェドは途中で言葉を切り、じっと私を見つめる。



「あ、の。シェド様、早く戻らないと。シェド様が風邪ひいちゃ」



その言葉を最後まで言うことはできなかった。

全身に走った衝撃は柔らかく、冷えた体を温めるように伝わる体温。

抱きしめられている事実を認識するより先に耳元に吐息がかかって肩を竦ませた。



「…嫌か?」


「え、え?」


「嫌なら突き飛ばしてくれ」



切なげな声でそんなことを言われて、突き飛ばせる女性がいるなら見てみたい。

だって私はシェドが嫌いじゃない。

いや、むしろ大好きだ。

傷つけたくないし、幸せでいてほしい。

だけどそれが、恋愛感情なのかといえば…


そっとシェドの胸に手をついた。

突き飛ばしはしない。

だけど傷つけたくないなら尚更、私はじっと抱きしめられていちゃいけない。


シェドはどんな顔をしているだろう。

泣いてはいないだろうか。

それを確かめたいのに、見上げた顔がにじんで見えない。

フッとシェドが笑った気配がして目をこすると指が濡れた。

あれ、私どうして…



「アカネ、好きだ」



また目をこすろうとした私の手を取り、シェドがそんなことを言う。

ますます私の視界を奪うような言葉を。

聞いたのは初めてじゃないのに、最初に聞いた時よりずっと、その言葉は私の胸を打つ。



「好きだ」


「シェドさま…」



優しい声。

私は何度もこの声に甘やかされてきた。



「好きだ、アカネ」


「待って、もう」



だからこそ、その声が紡ぐ告白は、こんなに耳を優しくなぶる。

待って、これ以上聞かされたら…



「好きだ、愛してる」


「っ…シェド!」



幾度も降らされる愛の言葉は、彼にいつも要求されていた呼び方をしてようやく止んだ。

これ以上、聞かされたら…私は流されてしまいそうだ。

シェドのことは大切で、大好き。

だけどそのベクトルがシェドと同じものでないことに、私は…そしてきっとシェドも、気付いてる。

たとえここで空気に飲まれて私がシェドの気持ちを受け入れたとして。

シェドは幸せになんかなれないだろう。


私は幸せになるかもしれない。

だってシェドは何より私を大切にしてくれるから。

だけど私が流されたことを知っているシェドは、きっとずっと負い目を感じる。

だから、私は流されること無く真摯な言葉をシェドに返さないといけないんだ。



「シェド、ありがとうございます。だけど私は…」



どうして今。

そんな気持ちが無いわけじゃない。

『俺はみすみす他の男にお前を渡すつもりはない』なんて。

そんなことを言っていたシェドが、どうして今また告白みたいなことをしようと思ったのか。

よりによって、今。

私が自分の気持ちを見失っているタイミングで。


だからぐらつく。

一番楽で、ぬるま湯に浸かるような恋をできると知っているから。

だけどそう思わせてくれるくらい、私のことを想ってくれている人に不義理な真似なんてできないよ。



「シェドの気持ちに、応えられない」



頬を一筋伝う感覚。

けれどそれを強引にぬぐうより先に、太い指先が私の頬を撫でた。



「…それは俺の為に流してくれている涙なのか?」



私は今、はっきりとシェドを拒絶した。

それなのにどうしてそんな穏やかな声なのか。



「…アカネ、お前には今、好きな男がいるな?」



『今、好きな男がいる』

その言い方に息を呑んだ。

だってまるで…前に語った好きな人とは別にいるみたいな言い方に聞こえたから。

本当にそんな意図で聞かれたのかは分からない。

だけど私が動揺したのは事実で…



「やはりな」



シェドは苦笑気味にそう言った後、独り言のように呟いた。



「アドルフ様と同じ状況になれば、俺はアカネを止めたかもしれない」


「へ?」



アドルフ様?

もしかして私の好きな相手がアドルフ様だと勘違いしてる?

びっくりして思わず涙が引っ込んだ。



「…そう思ったと言ったら、おそらくアカネにもアドルフ様にも怒られるだろうが」



疑問符を浮かべる私に、シェドは微笑んだ。



「最愛の男になれないならばせめて、と思ってしまうかもしれない。自分を守るために死んだ男を、おそらくアカネは生涯心の中で想い続けてくれるだろうから」



その言葉でようやく、何が言いたかったのか気付く。

手で押さえても止まらない赤、むせかえるような血の匂い。

絶望の景色を、私は今だって鮮明に思い出せる。

カッと頭に血が上った。



「馬鹿な事っ…縁起でもないことを言わないでください!私もアドルフ様もっどれだけ必死だったと!」


「アドルフ様は死ぬことを恐れていたか?」



私の怒りの声は、その一言で急激に勢いを失った。

沈黙は肯定になってしまう。

だけど私は嘘をつけなかった。

それを見て、シェドは眩しそうに微笑む。



「やはりな。アドルフ様のアカネを見る目が違ったからすぐ分かった。彼にとってお前との交際は、うわべだけのものじゃない」


「…だとしても、さっきの発言はよくありません」



どうしてアドルフ様を引き合いに出されたのかはわからない。

だけど、あの言葉は許せなかった。



「そうだな、悪かった。俺の心が未熟な証拠だ」



あやすように私の頭を撫で、シェドは呟く。



「こんな男が、アカネに相応しいわけがない」



その言葉を最後にシェドは黙り込み、私を促して宿の中へ入った。

気まずい空気のままおやすみを言い交わしたころには、既に空の端が白み始めていて。

窓から見える真っ白な雪だるまが、どこかうつむいているように見えた。

スランプ入りましたので更新滞るかもです…すみません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ