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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第五章 令嬢と騎士

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086聖女マリエル・アルガント

一体いつの間にこんなところに?

私が魔物に襲われているのを見て戻って来てくれたのだろうか。

もしかしたらリードに戻るよう頼まれたのかもしれない。

何にせよ、目の前に倒れているのは紛れもなくアドルフ様だ。

早くもおぼろげになっていた、数秒前の記憶がフラッシュバックする。

私を抱き込むように庇った姿。

グリフォンの嘴が大きな背をえぐり、しかしそれにひるむことなく彼は振り向きざまにグリフォンの首を斬りはらった。

私の命を救い、私の危機を払ってくれた。



「アドルフ様っ!」



一体どこから出ているのかと思うような金切り声が自分の喉から迸った。

這いずるように駆け寄ると、うっすら開いた朱色の瞳が私を見つけて柔らかく細められる。



「アカネ嬢、無事か」


「わた、私は大丈夫ですけどっ…アドルフ様、血がっ…止血、えっと、どうしよう血がっ…」



もつれる舌で要領を得ない言葉を繰り返す私をあやすように、アドルフ様の手が私の頬を撫でた。



「アドルフさま…?」



ぬぐわれて初めて、涙がこぼれていたことを知る。



「惚れた女を守って死ぬと言うのも悪くないな。こうして俺の為に泣いてくれるのなら尚更だ」



息を呑んだ。

これだけの出血だ。

きっとすごく痛くて息をするのだって辛いはずなのに。

その表情は信じられないくらい穏やかで、その声は慈愛に溢れている。

今までは『多分』ってレベルだった。

だけどここまで来たら疑いようもない。


アドルフ様は、本当に私を好きでいてくれてるんだ。


一緒に過ごした時間なんて、本当に短いのに。

選り取り見取りのモテ男子のくせになんで私なんか。

でも今はそんなことを言っている場合じゃない。

私の為にここまでしてくれた人を死なせるわけにはいかない。



「…っ縁起でもないこと、言わないでください!」



そう気丈に返すけれど、このままじゃ本当に死んでしまう。

いつの間にか近くにやって来ていたエレーナが、アドルフ様の鎧を手際よく脱がせ止血の作業を始める。

一瞬、傷がお腹にまで到達しているのが見えた…



「エレーナ、どうしよう…」


「すみません、こっちのグリフォンを仕留めるのにてこずってしまって!まさか二体いたなんて…エレーナ一生の不覚です。アカネ様を危険に晒した上に次期公爵様に手傷を負わせるなんて…」



エレーナは歯噛みしつつも手を止めない。

重傷を負って後方に下がっていた人たちがこちらの様子に気付き、怪我を押して駆けつけてくれる。

寄って来る魔物たちを彼らが振り払ってくれている間に、エレーナは応急処置を施すけれど状態は悪いらしく表情は険しかった。



「アカ…じゃなかった、魔術師様!治癒魔術は使えないんですか!?」



そう問われて初めてその選択肢を思い出した。

これだけの怪我だ。

助けるには治癒魔術でふさぐしかない。


だけど…私はまだカルバン先生から治癒魔術を教わっていない。

人体に直接影響する魔術は失敗したときに取り返しがつかないからやめろって言われたんだ。



「魔術師様、手遅れになるよりは可能性があるなら試した方が良いです!」



そんな迷いを振り切るようにエレーナが叫んだ。

リードは前線から戻ってこない。

それなら私がやるしかない。

教わっていない魔術を使えないわけじゃない。

カルバン先生は言っていた。

魔術で一番大切なのはイメージだって。

つまり、明確にイメージできて魔力さえ足りるなら大抵のことができるはずなんだ。

杖を取り出し、深呼吸する。

目を伏せて、余計な情報を遮断する。

周囲はみんなが守ってくれる。

私は治療に専念しよう。


…落ち着け。

私の失敗は大抵テンパッて魔力を暴走させるか、イメージが大雑把なせいだ。

昨日の夜リードから聞いたコツを思い出す。

人体の傷が治っていく過程をイメージした方がうまくいくらしい。

つまり、ろくに怪我をしたことも見たこともない箱入りお嬢様に治癒魔術は難しい。

だけど私はもともと普通の女子高生だ。

ある程度の怪我はしたことがあるし、なんなら人体の仕組みについては学校で習っている分、この世界の下手な治癒術士より詳しいと思う。

内臓の位置、血を止める血小板。

学校で習った知識を丁寧に思い出しながら、そっと魔力を流した。


実際、具体的にアドルフ様がどんな臓器を損傷していて、骨がどうなっているのかは分かっていない。

分かっていないけど、骨や臓器や血管、皮膚、人体が治っていく様を全体的にイメージした。

それから血液もきっと足りてないよね。

赤血球とか水分とかのイメージをしたらそれも増えてくれるだろうか。

そんなことを考えて魔力を流し続ける私。


治れ、治れ。


…一体、どれだけ集中していたんだろう。

気付けば額に汗が浮いていて、私を我に返したのは肩を叩く大きな手だった。

目を開くとかがんで私を優しく見つめるアドルフ様がそこにいた。



「アドルフ様?」


「ありがとう、魔術師殿。もう終わった」


「あ、よかった、治りましたか!?」



目の前のアドルフ様は、表面こそ血でよごれているものの、壊れた鎧の間から覗く肌には傷一つ見当たらない。

お腹に開いていた穴もだ。

私、治癒魔術できたんだ!

喜ぶ私に、アドルフ様は優しく微笑んでくれる。



「ああ、まさかこれだけの人々をまとめて治癒するとは。しかも魔物を綺麗に避けて」


「へ?」



気付けばさっきまで重傷でかろうじて剣を振るっていたというレベルの人たちも含めて、誰もが元気に立ち上がり勝鬨をあげていた。

周囲には魔物の死屍累々。

動いている魔物が見当たらない。

え、あれ?



「…終わったって…まさか、全部終わったってこと?」


「魔術師殿が回復し続けてくれたおかげだ。魔物の爪にやられた兵のちぎれかけた腕まですぐさま繋がっていく様は圧巻だった。後方に下がる必要もなく戦い続けられたのは大きい。しかしよく魔力がつきなかったな」



私どれだけの時間やってたんだろうか。

いつの間にか空の端が白みだしている。

アドルフ様の言う通り、それでも枯渇しない魔力すごい。

そして人体の修復を詳細にイメージしていたせいか、魔物は癒さず人だけ癒すという離れ業までやってのけていたようだ。

通常は魔術の範囲内にいれば魔物も癒されてしまうので、範囲を限定して使わないといけないらしいんだけど。

それも。



「杖を使っていながら効果範囲が百キロにも及ぶとは…恐れ入ったな。コッセル村で休んでいた怪我人の傷まで癒えていったと報告が入ったぞ」



アドルフ様は感心を通り越したようで、笑みを引きつらせながらそう言った。

私すごい。

すごいけど…これ、ちょっとやりすぎちゃったんじゃ?


戸惑いながら視線を彷徨わせ、目的の人物を見つける。

数十メートル離れたところで銀髪を靡かせているリードは、呆れたように苦笑していた。

その表情を見るに、私がやらかしたことはまぁ…許容範囲内だったんだろうか。

そもそもやらかした時の為に変装してるわけだしね。


リードの服はべっとりと色んな液体で濡れている。

血も混じっているようだけど、元気そうに立っているし私の治癒魔術の範囲内だっただろうからきっと無事だ。

近くにシェドの背中も見える。

兵達に指示を出している姿を見る限り元気そう。


しばらくしてから報告を聞いてみれば、なんと私が到着してからの死者は出ていないという。

ホッと胸をなでおろした。

私が来たのは無駄じゃなかった。

振り回されていただけだった魔力を、ようやく人の為に使うことができたんだ。


シェドから終戦の宣言がなされると、兵士や冒険者たちはますます大興奮で騒ぎ出す。

大歓声の中、最大の功労者として私が担ぎ上げられ胴上げされた。

野太い声で『聖女マリエル・アルガント!』なんてことまで叫ばれた。

…もう既にマリーってバレてるし。

魔女じゃなくて聖女に変わったし。

目立つのを嫌うマリーに怒られそうだな、なんてことをぼんやり考えつつ、私は胴上げされて朝焼けに染まる空を見上げた。




==========




その後。

魔物がほとんどいなくなった隙に、木の杭を打ち込む作業が始まった。

この地域で木の杭といえば、特にこちらから要請するまでもなくメレイアの杭になる。

後方部隊の方達が補給作業の合間に頑張って作ってくれた。

シェドやディアナはガールウートの被害について把握しているから、木の杭なんかじゃすぐ抑え込めなくなるのではと心配していた。

大丈夫なんだけどね。


種を撒けるのは杭を打ち込み終えた後だ。

ガールウートの種は魔力を感知して発芽し、成長する。

魔力泉に放り込むと一気に成長する可能性があるから、先に囲わないといけない。


カッセードには魔力泉の湧き出すポイントが三つあって、それぞれ大きさが違うから大魔力泉、中魔力泉、小魔力泉なんて呼ばれている。

本当は一番影響力のある大魔力泉を早くなんとかしたいんだけど、なんせ初の試み。

まずは小魔力泉で試してみることになった。

これで問題が無さそうなら大魔力泉と中魔力泉にも撒くことになる。


まずは小魔力泉をぐるっと囲む半径三メートル程度の範囲から。

様子を見て、必要があれば範囲を広げることも考える。

まぁそもそもこれ一つやるだけでも、杭の設置に時間がかかるんだけど。


結局種を撒けたのは三日後のことで、その間にもやってくる魔物を追い払うのに冒険者や兵たちは大忙しだった。

あらかじめ待機していたから魔物が増えすぎる前に対処できたことと、"聖女様"のおかげでみんなピンピンしてたのが唯一の救いだろうか。


ちなみに撒かれたガールウートは膨大な魔力に反応してあっという間に芽を出し、その根を伸ばした。

五時間後に確認したところ、すでに杭の部分まで根が到達していた。

ガールウートと魔力泉のコンボやばい。

しかし目論見通りメレイアの木を突破できなかったようで、メレイアの有用性についてはすぐシェドの耳に入ることになった。

うんうん、作戦通りで大変気持ちいいです。


早々に根を伸ばせなくなり、吸収した魔力の行き場が無くなった為か、翌日には早くも魔鉱石が確認できたそうだ。

やっぱりガールウートは吸収して余った魔力を魔鉱石に精製する性質があるらしい。

魔力切れでクタクタだった魔術師や治癒術士達に配ったら大変喜ばれたそうな。


シェドは領主として領全体を見る仕事があるから領都セディオムに戻った。

私とリードはしばらくコッセル村に残り魔力泉の動向を見守っていたけど、この様子だとガールウートが暴走することもなさそうだ。

そう判断して約一週間ぶりにセディオムの屋敷へと戻った私達。

今はシェドの執務室に集合して、ディアナが要約してくれた復興状況の報告を聞いている。


コッセル村には村民が戻り始めているし、魔力泉の影響を受けて魔物に襲撃されていた他の街も元の生活に戻りつつあるようだ。

魔力泉の活性化が落ち着いてきたことや小魔力泉が無効化されたことが大きい。



「今のところ順調みたいですね、シェド様」


「ああ。アカネの作戦のおかげだ」


「アドルフ様や冒険者達の援軍があったからこそ実行できたことですけどね」



それが無ければ実行できなかったんだから、私の作戦はそもそも破綻していたと言える。

フォローしてくれたリードにも、アドルフ様にも、冒険者たちにも頭が上がらない。



「この調子なら他の魔力泉にも撒けそうですね」


「そうだな。まぁ中魔力泉はしばらく手を付けないつもりだが」


「あえて残すってことですか?どうして?」



驚いてそう問いかけると、シェドに代わってリードが答えた。



「アカネ、この地には冒険者が多くいる。何でだと思う?」


「え、そりゃ魔力泉に寄って来る魔物がたくさんいるから…」


「そう。で、それで生計立ててる冒険者がたくさんいるんだよ」


「あ、なるほど」



そこまで考えてなかった。

頬を掻く私を、ディアナがにこにこして見ている。



「ふふ、脅威が無くなるのは有難いことですけれど、冒険者の仕事を急に無くすわけにはいきませんわ。これまでさんざんお世話になってきたのですから。裏切るような真似をしてはなりませんもの」


「そっか、そうだよね」



今回の魔力泉活性化に当たって魔物討伐にも奔走してくれたのに、『明日から仕事はありません』なんて言われたら流石に冒険者たちも怒るだろう。



「討伐に参加してくれた人たちへの報酬は大丈夫なの?」


「そこが頭の痛いところですわ。ガールウートから魔鉱石はとれますけれど、戦後の回復用にほとんど配給しつくしてしまいましたし…領の財源では限界があります。懇意の冒険者には支払いを待ってもらっておりますの」


「そっかぁ…手伝えることがあったら言ってね」


「アカネお嬢様は十分働いてくださっていますわ。昨日までコッセル村に滞在していた間も復興作業に従事してくださっていたそうではありませんか」


「それくらいしかできないからなぁ…」



ガールウートが暴走しないか見張っている期間中、私はコッセル村の復興の手伝いをしていた。

とはいっても力仕事はできないし、ボロが出る前に聖女マリエル・アルガントは封印した為、伯爵令嬢アカネ・スターチスとしてしか動けないから魔術も使えない。

だから掃除とか炊き出しとかの雑用をお手伝いする程度だ。



「それが重要なのですわ。アカネお嬢様が先頭に立って支援することで、スターチス家がいかにこの地に寄り添おうとしているかが伝わりますもの。それがどれだけ民たちを勇気づけるか」


「それならいいんだけど」



ディアナの言うことは間違ってないんだろうけど、ポーズだけじゃなくてもっと役に立てたら良かったんだけど。

お菓子作りは出来ても料理はあんまり得意じゃないんだよね、私。

目分量って言葉がどうも苦手で…

掃除も言われたことしかできてないし。


とはいえ今は猫の手も借りたい状況だ。

まだやることは山積みだし、これからもできるだけ手伝っていこう。


でも、そうやってバタバタしているうちにいつの間にかアドルフ様達が帰っちゃったんだよね。

それを知ったのはセディオムに帰ってきてからだった。

魔力泉にガールウートを撒き、魔物の数が減ったのを確認してすぐ撤収してしまったそうだ。

ただでさえお忙しいアドルフ様のこと。

結局一週間くらいここにいてくれたみたいけど、かなり無理をしていたんじゃないだろうか。

それに私が治したとはいえ一時は命の危険にまで晒しちゃったしなぁ。

ちゃんとお礼言いたかったのにタイミング逃しちゃった。

ここが落ち着いたら改めてお礼に伺おう。



「アカネ、明日にはまたコッセル村へ向かうんだったか?」


「うん、リード様とアルノーをお借りしますね」


「無理はするなよ」


「はい」



心配そうなシェドを安心させるべく笑顔で答えたのに、なぜますます心配そうに眉根を寄せるのだろうか。

私は明日からまたコッセル村へ戻る。

今のところ問題が起きていないとはいえガールウートは魔物。

暴れだしたら討伐する人が必要だ。

まぁ、リードが品種改良してるから人は襲わないんだけど、そんなこと皆知らないしね。


それに、他の魔力泉にはまだガールウートを撒いていないから相変わらず魔物が引き寄せられてくる。

活性化が落ち着いてもそこは変わらない。

数はぐっと減ってるんだけどね。

つまり用心棒は相変わらず必要なわけだ。

これまでは一部の冒険者たちが巡回警備をしてくれていたんだけど、事態が落ち着いたのを受けて引き揚げだす人が増えた。

特にB級以上の冒険者はもともと忙しかったり、かなり長期間頑張ってくれていたこともあって、これ以上頼れないのだとか。

そんなわけで、突然強い魔物と出くわす恐れのある魔力泉付近の警備依頼を受ける冒険者が一気に減ってしまったらしい。


というわけでその役目に私が手を挙げた。

もちろん周囲には止められたんだけど…

世話役にエレーナ、護衛としてアルノーをつけること、さらにリードが『僕もついていきます』と告げると、途端に反対意見が消えた。

私は素人で良く分からないけれど、リードの剣術は凄かったらしい。

私の護衛として申し分ないと判断されるほどに。

当初リードが戦場に赴くこと自体反対していたはずのシェドまで頷くんだから相当だ。


私だって結構すごい魔術披露したはずなんだけどなぁ…

何でここまで信用に差が出るんだろうか。

周囲の魔物への警戒とかできないけど、他の冒険者たちと協力してなら何とかできそうな気がするんだけどな。

ちなみにこの考えをそのまま口にした時には、近くにいたエレーナに全力否定され、アルノーにも首を振られた。

エレーナにけちょんけちょんに言われたことより、アルノーの静かな否定の方がショックでした…

後日、マリーからアカネに『破壊の限りを尽くすならいいけど聖女扱いは柄じゃないからやめてほしかった』という苦情が入ったとか。

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