082公然の秘密
挙手した私に視線が集まる。
リードは『だと思った』って顔をしているし、アドルフ様は顔に出ていないだけなのか驚いた様子は無い。
シェドは何を言われたのか理解できていないような表情だ。
一番驚くかと思っていたディアナは、真剣な顔でこちらを見ているだけ。
私は作戦を提示した。
とはいえその実行係まで務めるとは普通思われていないだろう。
だって私は騎士でも冒険者でもなく、伯爵令嬢なのだから。
だからこそ、同行したいなら自分で主張しないといけない。
この重い空気に耐えてでも。
そして沈黙を破ったのはシェドだった。
「…アカネ、俺達が何をしに行くのか分かっているのか?」
「分かっています。遊びに行くつもりで言っているわけではありません」
「…そうか、アカネは一度グリフォンを倒していたな…あれはまぐれだ。魔物の相手というのはそう簡単なものでは」
「分かっています!」
シェドが説教臭くなるのも無理はない。
私は世間知らずだし、戦場というものを知らない。
魔力こそ強いけど、戦闘が強いのはまた違う。
分かってる。
だけど意見を何も聞いてもらえないのは辛い。
声を大きくした私にシェドは黙った。
「前線に出ようと思ってはいません。ですが…不測の事態が起きた時の選択肢の一つとして、その…」
チラチラとアドルフ様の様子をうかがいながら話す。
つまりは、私の大きな魔力で放つ派手な魔術が、戦況をひっくり返すことだってあることを考えてほしい。
だけど、仮にも私の力は公には隠しているわけで、あまり大きな声では話せない。
「後方に控えていても危険が無いわけではないんだぞ。お前の身に何かあったら…」
「シェド様、私は伯爵家の娘です」
その言葉にシェドは黙った。
貴族はすべからく、下々の民の為働く義務がある。
能力があるのであればなおのこと。
元の世界で言う、ノブレス・オブリージュというやつだ。
とはいえ…実際に私がそこまで殊勝な決意をできているかというと怪しい。
だって私ただの女子高生だったし。
貴族の娘としての意識は全く無いわけじゃないけど、ちょっと他人事感はある。
だけどそれでもこうして申し出るのには二つ理由があった。
一つは…リードやアドルフ様達も戦場に行くこと。
私が言い出した作戦のせいで巻き込む人たちがいる。
アドルフ様達はごく純粋な危険性があるし、リードは魔物に襲われる心配は無いにしても、味方の攻撃に被弾しないとも限らない。
それにリードは意外と面倒見がいいから誰かをかばって怪我をする可能性もある。
ピンチになれば咄嗟に魔術を使ってしまうかもしれないし、だとしたら私が近くにいないとまずい。
二つ目は…傷だらけのシェドを見た時に感じた後悔を、二度としない為だ。
リードもシェドもアドルフ様も、私の親しい大切な人たちが戦場に行く。
そしてこの状況を何とかできなければ、多くの人たちの命や生活が脅かされる。
いや、既に脅かされている。
そして私はその解決を助けられるかもしれない力がある。
それなのに後方で控えていて万が一のことがあれば…私は後悔を超えて絶望するだろう。
異世界に来てまで自殺を考える可能性があるなんて…冗談じゃない。
「しかし…アカネ、もしお前がその能力を国へ示すことになれば…」
シェドは言葉を濁した。
分かっている。
私が前に立ち、その力が国に見つかれば私の存在は軍事利用される。
平和な今の時代を壊しかねないというのはリードにも言われたことだ。
だけどそれについてはもう腹をくくっている。
平和な時代を壊すかもを恐れて助けられる人命を助けないなんてあり得ない。
決意を口にしようとした私の声を遮ったのは、またもディアナの明るい声だった。
「アカネお嬢様。この場に限りましては言葉を選ぶ必要などございません。正直なお話をいたしましょう」
「え?」
正直な話をしているつもりだったけど。
何のことかと戸惑う私に、ディアナは微笑む。
「アカネ様の強大な魔力について、隠し立てする意味はございませんわ」
「え、ちょっ…」
ディアナが知っているのはわかる。
スターチス家の中でも緘口令が敷かれているとはいえ、ディアナはお母様の腹心みたいな存在。
大事な秘密は知らされているだろう。
ティナやエレーナ、アルノーとエドガーみたいに常に側にいてくれている使用人たちが知っているのも当然。
だけどこの場にはアドルフ様やクライブさんもいるのに!
しかし慌てているのは私だけ。
シェドもリードも、ティナ達ですら動じていない。
なんで?
疑問符を浮かべる私の姿を見て、アドルフ様は頭を掻きつつ溜息をついた。
「なるほど、アカネ嬢は完全に隠せているつもりでいたのか。全く…伯爵も相当箱入りに育てたものだ。いや、シェドやヴィンリードも同罪だな。シスコン共め」
「へ?」
なんだかその口ぶりだとまるで…
「アカネ嬢が強大な魔力を持っていること、以前セルイラで発生した巨大な氷柱を作り出したのがアカネ嬢であることも全て、王家やそれに連なる上位貴族にとっては公然の秘密だ」
「ええ!?」
聖遺物なんて壮大な嘘までついたのに、バレてるの!?
それなら嘘ついたことの方が問題になるんじゃ…
青ざめる私に、ディアナは困ったようにため息をついた。
「良いですか、アカネお嬢様。貴女様は能力を王家から隠しているのではなく、王家に隠してもらっているのですよ」
何、その前提条件を覆す話。
いや、でもそういえばあの時、聖遺物は王家に納めたって話にするとかお母様言ってたような…
つまり最初から王家に協力してもらって話をでっち上げてたのか。
「王家の情報網を甘く見てはなりません。あれだけの事件を起こしておいて嗅ぎつかれないなどあり得ませんわ」
「え、で、でも…あれは聖遺物のせいってことに…」
「表向きはそうなっています。一般市民はそう認識しているでしょうし、情報に疎い貴族も表面上の話しか耳に入れることは無いでしょう。それなりの情報網を持った賢明な人間ほど、アカネお嬢様の情報を隠匿します。その意味をよく理解しているからですわ」
目を白黒させている私に、ディアナは困ったように微笑んだ。
「聖遺物という嘘をついてでも、貴女の能力を隠したいのは国の方なんですのよ」
「…それじゃ、お母様やカルバン先生がああやって話をまとめなくても、国の方でもみ消したってこと?」
「奥様が手を打たなければそうしたでしょう。奥様は王家から隠すために聖遺物の話を作り上げたのではなく、王家がわざわざ動かなくても良いように先手を打ったのです。当のスターチス家が聖遺物のせいだと言い張り、それを王家が認めればわが国での真実はそちらになります。戦乱の世を望むよからぬ人間にアカネお嬢様が狙われることの無いよう、それらしい言い訳が必要だったわけですわ。言い換えれば国が後ろ盾になってアカネお嬢様を平凡な令嬢として守っているのです。そうでなければ過激派の貴族や、反国の意志ある人間達がこぞってアカネお嬢様の身柄を求めて動き出したことでしょうね」
ぞっとする話だ。
そうならなくて良かった。
「まぁ、現時点でも全く無いわけではありませんけれど」
なんだって?
目を剥く私に、ディアナはにっこり微笑んだ。
「奥様やわたくしが処理できる程度の事柄ですから、お気になさる必要はありませんわ」
そう言われてもお気になさりますが。
とはいえ今そこを突っ込むと話がややこしくなりそうだ。
一旦忘れよう。
「えっと、じゃあ陛下たちは全部知ってるんだ。なんだぁ…すごく気を遣ってたのに」
この前の謁見の時、ガチガチに緊張してたのは間違っても魔力制御を間違っちゃいけないと思ったからっていうのもあるのに。
「アカネお嬢様、アドルフ様のお言葉をお忘れですか?公然の秘密というのは隠せているうちにしか通用しないことですのよ。万が一国王陛下たちの御前でそのお力を振るわれることがあった場合、さすがに陛下たちも見過ごすわけにはいかなくなります」
つまり、『聖遺物のせいってことにしておいてあげるよ』と言える状況のうちは見逃してくれるけど、見逃す余地のない状況になれば別だと。
…そりゃそうか。
"それらしい言い訳"が使えなくなれば、他のよからぬ人たちに捕まる前に国が懐に入れようとするのも当然だ。
ディアナの言葉にアドルフ様もうなずいた。
「陛下がアカネ嬢を見逃しているのは危険分子の存在を公にしたくないという政治的判断もあるし、同時に可愛い姪御の身柄を拘束するようなことは避けたいという情の部分もある。どちらにせよスターチス夫人が王家の血筋を引いているから可能となった措置だ」
「お母様?」
「つまり、アカネお嬢様の行動について一切の責任を負っているのは奥様ということですわ」
その一言に、電気が走ったような衝撃を覚えた。
私が何かやらかせば親であるお母様達の責任になる。
それくらい分かっていたつもりだった。
だけどディアナの言っていることは子供の悪戯の責任を親がとるというレベルの話じゃない。
私が今自由に伯爵令嬢として過ごせているのは全部、お母様が監督しているという名目があるからってことだ。
度々起こしている魔術の暴走…あれ、今のところ内々で片付けられているから何とかなってるけど、もっと事が大きくなっていたら…
私の身柄だけじゃなくて、お母様の身まで危険に晒したかもしれないんだ。
自分の迂闊さは身に染みている。
だけどますます気を付けて行動しないといけない。
すっかり消沈した私の姿を見て、アドルフ様は苦笑した。
「要は国王陛下が呼び出さなければいけないほどの状況を作らなければいい話だ。令嬢が現場の手当てや復興に尽力したからって、呼び出しがかかるほどじゃない」
…ん?
それってつまり、私が現場に行くのは賛成ってこと?
「アドルフ様!」
シェドが非難するような声を上げた。
「シェド。人手が足りていないのは事実であり、戦力を出し惜しみできない状況であることもお前ならわかっているだろう?あと、おそらくお前の妹君はじっとしていられないタイプの女性だろう。押さえつければ暴発すると思わないか?」
「……」
おかしい。
アドルフ様の前ではほぼ猫を被り続けていたはずなのに、なんでそんな認識されてるんだ。
そしてなぜシェドは言い返せなくなってるんだ。
当初の私の希望通りに話が進みだしているのに大変不本意です。
「実のところ、アカネ嬢がそう言いだすだろうと思ってはいてな。冒険者ギルドに足を運んだ本当の理由はそこにある」
そう言いながらアドルフ様が視線をやると、クライブさんが一歩前に出てきて、手にしていた箱をテーブルの上で開けた。
中から出てきたのはローブだ。
そして小さな指輪。
ピンキーリングだろうか。
それにしても…指輪はさておき、このローブはどこかで見たような…
「アカネ嬢、この指輪を身に着けてみてほしい」
「は、はい」
言われるがまま指輪を小指にはめる。
その瞬間、体に熱が走った。
「わっ!?」
「アカネ、どうした!?」
「落ち着けシェド。害は無い」
思わず悲鳴を上げる私に駆け寄らんばかりの勢いで立ち上がったシェド。
それを諫めるアドルフ様の声が聞こえた瞬間、みんなが息を呑むのが聞こえた。
ディアナまで『まぁ、すごい』なんて素直な感心の声が漏れている。
何?なにがすごいの?
そう問いかけようと顔を上げると、視界に鮮やかなオレンジ色が映った。
「ん?」
何コレ。
私の頭の動きに合わせて揺れるそれが、自分の髪だと気付くのに数秒かかる。
良く見てみると、手のひらや体の骨格まで、慣れ親しんだ自分のものとは異なっていた。
…これってまさか。
「その指輪はパラディア王家の秘術と同じ効果を持つ魔術具だ。対になる指輪を嵌めている相手の姿に成り代わることができる」
「成り代わるってことはやっぱり…」
私のつぶやきに、アドルフ様は頷いた。
「アカネ嬢、迷宮の魔女からの伝言だ。私の姿なら何をしても驚かれないから好きにするといい、と。二人が知り合いだと言う情報を掴んでダメ元で頼んでみたんだが、まさかここまで友好的に受け入れてもらえるとは思わなかった。あの魔女を懐柔するとは流石だな、アカネ嬢」
マリー…私の為に魔術具を身に着けてくれてるんだ。
多分アドルフ様から謝礼かなにかは渡されてるだろうけど、彼女はお金に困ってなんかいないし貴族に深入りすることを嫌う。
それなのに、私の為にアドルフ様からの依頼を受けてくれた。
高すぎる魔力や悪夢っていう同じ体質を持つ私とマリー。
親近感を持ってくれているだろうし、情報交換したいっていう打算もあるだろう。
だけど私は今のところ、マリーに助けられたことこそあれど何もしてあげられていないのに…
ありがとうマリー。
いつか何か恩返しができるようにしないと。
その前にまずは、彼女の気遣いを無駄にしないような働きをしなくちゃ。
「つまり…私はマリーに変身してみんなについて行ったらいいってことですね?」
「そうだ。とはいえ表立ってマリエル・アルガントだと名乗るのはやめておいた方がいい。魔術を振るい、その正体を詮索されることがあった場合の保険程度に考えてほしい」
「そうですよね」
私のことだ。
ずっとマリーとして振舞おうとしてもボロが出る。
基本的には顔や姿を隠しながら動いた方がいいだろう。
「シェド、いいな?」
「…分かりました。アカネ、俺の指示が無い限り、絶対に前線へ出てくるんじゃないぞ」
「はい」
分かってる。
忠告を無視して状況を悪化させるヒロインが許されるのは漫画の中だけだ。
主人公ならそれでも無事なんだろうけど、私に補正はかかるまい。
その後も話し合いは進み、出発は明日の早朝に決まった。
強行軍で来てくれたベルブルク家の騎士団や冒険者たちの体力がちょっと心配だけど、アドルフ様曰く今は士気が高いから変に中だるみさせるよりこのまま突っ込んだ方が良いとのこと。
この勢いのまま戦線を押し返して疲弊した部隊の回復時間を稼ぐ作戦だ。
カッセードはひし形のような形状の領地で、魔力泉やコッセル村があるのはその南端である国境に近い。
明日の早朝に出ても到着するのは夕方だ。
話がまとまった後、アドルフ様達は自分の屋敷へ帰っていった。
シェドと作戦に付いて真剣に話してたから、お礼言い損ねちゃったな。
大丈夫、補正はかかります←
話があまり進まなかったので、明日も更新予定です。
ところで、前回のあとがきの後もブクマや評価が増えていました。
有難うございます…!
しばらくはあとがき消さずに済みそうです!(笑)




