081俺様参上
屋敷の外に出た私たちは呆然としていた。
門から玄関までの間に整然と並んだ騎士や兵士たち。
その徽章はベルブルク家のもの。
総勢千名はいるだろう。
さらに、門の外には年齢も服装もバラバラな男女がずらっと並んでいる。
その装備には歴戦の傷が残っていて、並々ならぬ実力者を思わせる風格が漂っていた。
そんな、おそらく冒険者であろう人々の数は百名近い。
そして総勢千名超の軍勢を率いるようにして私たちの前に立っているのは銀髪の美丈夫。
泣く令嬢も嬌声を上げる次期公爵、アドルフ・ベルブルク様だ。
後ろには側近のクライブさんも控えている。
「アドルフ様…どうしてここに」
呆然と呟く私に、アドルフ様はニッと笑った。
「ヴィンリードから手紙が来た。しばらくアカネ嬢から連絡は返せないと。どういうわけかと思ったらカッセードの話にアカネ嬢が関わると書いてあってな。この地の窮状は知っていたものの慣例に則り手を出すつもりは無かったが…アカネ嬢が関わるとなれば別だ。しかもヴィンリードのやつときたら文章の随所にまぁ巧みに挑発を挟んでくれた。あいつはまったく人を苛立たせる天才だ」
アドルフ様は少し嫌な顔でリードを睨んだ。
あ、そうだった。
カッセードのことで頭がいっぱいでアドルフ様との手紙のこと忘れてた…
何も言わずに急に手紙が途絶えたら心配をかけてしまう。
リードはそれを見越して手紙を出してくれていたらしい。
しかもアドルフ様にそれとなく(?)援軍を頼んでくれたようだ。
それにしても、これだけの軍勢をつれて来たっていうのに私達と到着が一日遅れだなんてどんな強行軍で来てくれたんだろうか。
「アドルフ様…一体なぜ…」
満身創痍ながら私達と共にアドルフ様を迎えたシェドは、いまだに状況がつかめていないらしく呆然としている。
そりゃそうだよね。
ベルブルク家とスターチス家が親しいとはいえこれだけの戦力を、しかもアドルフ様が率いてくるなんて。
しかもお母様曰く、魔力泉の活性で他の家を頼るのは領主の名折れ。
それを知らないアドルフ様ではない。
「誤解するなよ、シェド。こんな大所帯を引き連れてきたのは貴様の為でもカッセードの為でもない」
「恋人にいいところを見せたかったからですよね?」
疑問符を浮かべるシェドが問いかけるより先に、リードがそんなことを言い放った。
思わず総毛立つ。
なんて爆弾発言をなんてタイミングでかますんだ。
さっきのアドルフ様の経緯説明でも際どいなと思ったのに、そんな直球で。
私の前に立っているシェドは、ピシッと凍り付いたように小さく揺れた後動きを止めた。
「コイビト?」
「ああ、恋人だ」
カタコトしているシェドに、アドルフ様は顎をクッと上げて肯定した。
なんでアドルフ様まで煽るのか。
やばい、シェドがどんな反応するか怖い。
爆弾を投下した張本人であるリードを睨みつけるも、本人はツーンとすました顔でそっぽを向いている。
コイツ…!
どうせ隠し切れないとはいえ、もっとこうオブラートに包みたかった。
シェドは軋んだロボットみたいな動きで振り返り、リードをすさまじい形相で見据え…
「リード、お前…アドルフ様といつからそんな関係に?」
「違う違う違う違う」
私とリードの否定が図らずもハモった。
何でそうなったのお兄様。
エレーナ、『それがあったか』みたいな顔しない。
「リドアド同盟かリドアカ同盟か悩ましいです」
「エレーナ、何から突っ込むべきかわかんないけど、名前の順番本当にそれでいい?」
いや、逆ならいいって話でも無いんだけど。
エレーナの新しい扉はすっかり開ききっているようだ。
「違う?ならばエレーナか?」
「シェド、いい加減現実を見ろ…」
わざとらしいくらいにしらばっくれるシェド。
痺れを切らしたようにアドルフ様が首を振った。
「俺の恋人はアカネ嬢だ」
またもシェドの動きが止まる。
数秒の沈黙の後、地鳴りのような低い声が聞こえてきた。
「ディアナ、俺の剣を持て」
「あらあら物騒ですわ」
「アドルフ様、俺と一騎打ちを願います」
「片腕しかまともに動かん男がほざくな。事情は今から説明してやる。いいから中に入れろ」
シェドの殺気はまともに取り合ってもらえなかった。
ディアナに案内されて、アドルフ様とクライブさんはさっさと屋敷の中へ。
取り残されたシェドの背中に哀愁が漂っている…
アドルフ様たちがつれて来た隊は、隊長らしき人の指示でこの場から引き揚げていった。
とりあえずのお披露目をしたかっただけのようだ。
お父様とベルブルク公爵が懇意にしていただけあって、カッセードにもベルブルク公爵家の別荘があると聞く。
おそらくそこを滞在先にするんだろう。
冒険者たちは散り散りになっていくから各自で滞在場所確保をするのかもしれない。
さて…なんだか妙な事態になってきたぞ?
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「…つまり、アカネとアドルフ様の交際は契約上のものであり、期間限定であるということですね?」
「そうだと言ってるだろう…だからその人を射殺しそうな目つきをやめろ」
「申し訳ございませんが生まれつきです」
「いつもよりもっと酷くなっているから言っとるんだ」
応接室に集まった面々。
カッセードの状況説明と、今後の作戦、そして私とアドルフ様の交際に関しての事情説明。
この緊急事態に並べて語る話じゃないと思うんだけど、シェドが譲ってくれないんだから仕方ない。
「…つまり、此度の援軍は領主たる俺へのものではなく、恋人であるアカネを守るためのものだと」
「そうだ。恋に狂った男が勝手にやらかしたバカ騒ぎだ。後でベルブルク家に抗議の手紙でも送っておいてくれ」
そうすればスターチス家の面目が立つ。
ベルブルク家の一時の醜聞など歯牙にもかけないアドルフ様だからこそできることだ。
「公爵はなんと?」
「…俺のことが羨ましく、そして誇らしいと言っていた。こんな完璧な息子を持ったんだ。今更だと思わないか?」
傲慢な笑みが似合うアドルフ様は、言葉に反してとても優しい口ぶりだった。
シェドは静かに頭を下げる。
「…感謝します」
「感謝するなら俺を動かすだけの魅力を持った妹君と、俺を煽る才能持ちの弟君にするんだな」
その言葉に、シェドは私やリードに視線を走らせた後、アドルフ様にまた向き直った。
「…アドルフ様…もしや…」
「なんだ」
「…いえ」
何かを言いかけたもののシェドは頭を振り、思い直したように話を変えた。
「魔力泉の問題を解決するため、アカネが発案した策があります。しかしその為には魔力泉からコッセル村…距離にして五キロメートルに渡って大地を埋め尽くしている魔物の群れを片付ける必要がある」
思わず吹き出しかけた。
魔物の規模は、私の想像の五十倍くらいありそうだ。
五キロの範囲内に魔物がびっしりってことでしょ?
いつだったかお姉様達を襲った魔物の群れと同じくらいの規模になってるんじゃないの?
よく前線持ってるな。
しかし浅慮な私と違うアドルフ様は、きちんと想定していたのか驚いた様子は無い。
「…腕が鳴るな」
「援軍は感謝いたしますが、次期公爵の御身を危険に晒すわけにはまいりません。後方に補給部隊の陣がありますので…」
「いいか、シェド。ベルナルアの戦士は近接戦闘のスペシャリストだ。後衛はいない」
「…下がるつもりは無いということですか。指揮を執るのも長の務めかと思いますが」
「安心しろ。今回つれて来たのは皆ベルナルアの末裔。俺の私兵達だ。指揮などされずとも集団戦闘は各々の判断でこなせる」
「戦場全体を俯瞰して見る立場の者も必要では?」
「それは貴様の仕事だろう、俺に振るな。それだけ元気なら屋敷にこもっている必要もあるまい。後方で現場の全体指揮を執れ。そもそもだな、俺は恋に狂ってやってきた身勝手なただの男だぞ。お前の指示に従ってやる必要などない」
難しい顔をするシェドと、挑発するように返すアドルフ様。
アドルフ様は気品ある振舞いに反してちょっと血の気が多いんだよなぁ。
でも公爵家嫡男の身に何かあったらって心配するシェドの気持ちもわかる。
ピリつく空気にそわそわしてしまう。
こういう腹の探り合いみたいなの苦手だわぁ。
その空気を壊したのは、アドルフ様の漏らした小さな笑い声だった。
「案ずるな。どうせ俺の兵隊たちもお前と同じようなことを考えている。俺の手綱までお前が握らんでもいい」
「…承知しました」
「出撃のタイミングくらいは合わせてやる。いつ出るつもりだ?」
「こちらの戦力は既に投入しているものが全てです」
「ふん、つまり出せるのはお前とヴィンリードくらいか」
シェドが驚いたように首を振った。
「いえ、ヴィンリードはまだ未熟の身。前線に出すつもりはありません」
「なんだと?」
アドルフ様が片眉を上げてリードを睨んだ。
「…シェド、お前は義弟と剣を結んだことが無いのか」
「は…いえ、幾度か訓練をつけてやったことは」
シェドの返答に、アドルフ様は大きく溜息をつく。
「ああそうか…お前は見かけによらず素直だったな」
「…?お褒めにあずかり」
「褒めてなどいない」
全く分かっていないシェドがお礼を言おうとして遮られた。
キョトンとしている。
ギャップ萌えご馳走様です。
「先入観にとらわれやすいと言ってるんだ。お前、ヴィンリードと最初に剣を交える前から奴の剣の腕は自らに劣ると思っていただろう?」
「ヴィンリードは確かに剣を持ったことがあるようでしたが、商人の息子でしたから…」
「ああ、分かった。もういい。そう思いながら切り結んだわけだな?そして筋は良いが、シェドがたやすく勝てる程度の剣技であると判断した」
「その通りです」
それだけのやり取りをすると、アドルフ様は片手で頬杖をつき、呆れたようにリードを見た。
「おいヴィンリード。貴様何を考えている」
「何がでしょうか」
対するリードは他人事のようにすまし顔だ。
いや、ちょっと目元にめんどくささが漂ってるな…
こっちに振るなよって顔してる。
しかしその空気を感じ取っているはずのアドルフ様は、ますます理解できないという表情をした。
「別にスターチス家は武家じゃないだろう。剣技で勝ったからと言ってシェドの立場が危うくなろうはずもない。お前なんぞよりよっぽどシェドの方が人望があり人の上に立つ器だ」
「シェディオン様を褒めているようでいて僕をけなしたいんですね?」
「そんなことは無い。俺はシェドのことを正当に評価しているぞ。貴様のこともだ。木偶に括り付けて百回くらい打ちのめしてやりたいほど性格は好かんが、剣の腕は買っている」
「自身の感情に関わらず人の能力を判断できるのも、さすが上に立つ者の器ですね」
「…全くお前は剣技だけではなく嫌味の切り口も冴え冴えとしているな」
「お褒めにあずかり」
「褒めていないと言っているだろう。変なところで兄弟ぶるな」
二人のやり取りを見ていたシェドが、戸惑ったように口を開く。
「アドルフ様?ヴィンリードと何かあったのですか?」
「何かという言葉などでは収まらん程度に色々あった。まぁそこはいい。とにかく、こいつも連れて行くぞ」
「それは…」
「カッセードの危機なんだ。せっかくの腕を腐らせている場合じゃないだろう」
「ヴィンリードを殺すおつもりですか」
「そんなわけないだろう。あれは俺より強い」
シェドは本日何度目かのフリーズをした。
そんな様子を気にもかけず、アドルフ様はリードを睨みつける。
「貴様が何を企んでいるのか知らんが、有事の時くらい手の内を晒せ」
「…それは次期公爵からのご命令ですか?」
「命令で無くば動かないというつもりか。将来義理の兄弟になるかもしれん相手につれないな、ヴィンリード」
「ご冗談を」
冷え冷えとした空気が応接室を包む。
その空気を割ったのは軽やかな声だった。
「元気いっぱいの殿方ばかりで頼もしいことですわ。ヴィンリード様は魔物との戦闘経験がおありですの?」
凍り付いた空気も張り詰めた空気も全部無かったことにする、明るいディアナの声。
のんびりしたようでいて、ごまかしを許さない威圧感をもった問いかけにリードがたじろぐ気配がする。
「…あります」
リードが使用人であるディアナ相手にうっかり敬語で返答している。
ディアナはニコニコしたままさらに質問を続けた。
「まぁ。多くの魔物に囲まれたこともおありかしら?」
「三十匹程度なら…」
「すごいわ!よく生き延びることができましたわね。全てお倒しに?」
「倒したこともあれば、撤退したこともあります」
「あら、そうですの。でしたらコッセル村の魔物の群れ相手でも、引き際を見極めるだけの力はお持ちでしょうね」
ディアナの追及に根負けしたらしく、リードは組んでいた腕を解いて大きく溜息をついた。
「…分かりました。僕も微力を尽くします」
「まぁ、助かりますわ。よろしくお願いいたしますね」
誰が一番強いかっていう話なら、ディアナな気がする。
ペンは剣よりも強しとかいう言葉があったけど、淑女の微笑は剣に勝る威圧感を放つこともあるんだなぁ。
「決まりだな。ああそうだ、シェド。俺がつれて来た連中の中には冒険者もいる。九十名ほどだが全てB級以上の連中だ。奴らはお前の指揮下に入れろ」
アドルフ様の言葉に、シェドは不思議そうな顔をした。
…睨んでいるようにしか見えないけど、不思議そうな顔である。
ちゃんと分かってくれているらしいアドルフ様は、苦笑気味に言葉をつづけた。
「お前が冒険者と懇意にしていることを思い出してな。王都の冒険者ギルドに顔を出してお前の名前を出したら、我先にとついてきた。お前の人望で集まった連中だ。俺の下では士気が上がらんだろう。さきほど顔を見ていくらか安心しただろうが、後でもう一度顔を見せに行ってやれ。この街の冒険者ギルドに行っているはずだ」
「…わかりました。ありがとうございます」
「礼なら本人たちに言うんだな」
シェドは感極まったらしく目頭を押さえている。
しかし如何せん顔があれなので、徹夜明けで目が疲れた人にしか見えない。
…それはさておき。
ずっと黙っていた私は、そっと手を挙げた。
「あの、魔物討伐に私も一緒に行っていいでしょうか?」
いつの間にか500pt超えてました!
有難うございます!
とはいえこの作品ブクマポイント率が高いので、外されたら下がるんですが…
これをご覧になっている時点で500切ってたらこの後書き忘れてください…




