080作戦の穴
簀巻きだ。
漫画とかで見る奴だ。
「…あんな状態で怪我は大丈夫なの?」
「あまり良くは無いのですが、馬を駆って飛び出して行かれるよりはマシですわ」
『食事や投薬などの必要時には、雇い入れた闇魔術師の幻惑魔法で意識を失わせて済ませております』と続けたディアナの目は死んでいた。
そこまでしないといけないほど酷かったのか。
私たちの姿が見えてますます暴れる簀巻き男。
水揚げされた魚のようにビッタンビッタン活きがよく跳ねまわっている。
えっと、思ったより元気だな?
なんだか暢気な雰囲気になったのもつかの間。
使用人たちが拘束を解き、横になったシェドを見てその意識は変わった。
顔色の悪い肌にこけた頬。
負傷したという右目には眼帯がされ、左腕もびっしり包帯が巻かれて痛々しい。
「…アカネ、ここは危険だ。すぐに帰れ!」
だというのに、一言目には私の心配だ。
これはどういう感情だろう。
なんにせよ、こみ上げる激情が涙となってあふれかえらないように、私はベッドの脇に腰掛けて笑った。
「…シェド様」
「…なんだ」
「ただでさえ強面なのに眼帯までしたら海賊みたいですよ」
「……」
シェドの険しかった眉尻が力なく下がった。
「…怖いか?」
「怖いです」
キッパリ言うと、ますます情けない表情になっていく。
なんだか笑いを誘ってしまいそうなその顔を見ながら、私は声がかすれるのを無視して告げた。
「だから、それ以上傷増やさないでください」
耐えきれなくなって顔を伏せる。
瞼を押さえた指先が温かいもので濡れる気配がした。
カッセードのことは何とかする。
何とかして見せる。
だけどシェドの怪我は治らない。
ディアナが手配した治癒術士でも無理だったんだから、シェドの目はきっともう治らないだろう。
見ない振りをしてた後悔が、シェドを見たことで決壊したように大波となって胸に去来する。
この世界に来て、魔物を見て。
その恐怖や被害を知識としては知っていて。
だけどそれでも私はきっと他人事だった。
遠い国の話のように感じていた。
私に知識チートなんか無いから。
そう言って、考えることを辞めていた。
今回の作戦はリードがいなければ成り立たない。
だとしても、本当に大切な人たちを傷つけたくないならなりふり構わず頭を下げて、できることをすればよかった。
目の届かない場所、知らない事件にまで介入はできない。
私はそこまで有能じゃない。
だけど手を伸ばせる範囲くらいのことは、もっと頑張ってみればよかった。
ファリオンファリオンって、自分の目的のことばかり追い求めたりしないで。
もっと…
今やろうとしている作戦は、私がもっと早くガールウートの存在さえ知っていれば、何か月も前に実行できたこと。
そうしていたら多くの犠牲者が出る前に。
シェドが怪我をする前に魔力泉をなんとかできていたかもしれないのに。
自己嫌悪の涙は止まらず、私の掌を濡らし続ける。
シェドがオロオロしている気配を感じるけれど止まらなかった。
ダメだ、みんなも居るのに。
目元を強引にこすったその時。
「すまん」
そんな声が聞こえて、体が傾いた。
近すぎる息遣い。
熱すぎる体温。
抱きしめられていると気付くのに数秒かかる。
「…あ、あの!?」
「すまなかった。アカネを心配していたつもりで、まさかお前にそこまで心配をかけているとは…」
心臓の音がうるさくてシェドの声が半分くらいしか聞こえない。
だって今、周りに…
「貴方を失うかもしれない…そうなって初めて気付く、自分の気持ち。やっぱり私は貴方のことが…」
訳の分からないことを言っているのはティナだ。
「何アカネ様の心の声を捏造してるんですか、ティナ。これはただの兄妹愛です。シェド様はお兄様なんですから!アカネ様の本命はリード様だと何度言えばわかってくれるのです?」
「エレーナ、俺の記憶が確かならヴィンリード様も兄君だ」
暴走するエレーナに突っ込んでくれたエドガーは、さりげなくこちらを見ないようにしてくれている。
「…お嬢様、シェディオン様とも…?」
真っすぐな瞳でこちらを迷いなく見つめたまま難しい顔をしているアルノーは、ますます私に対して誤解を深めているような気がする。
お願い、曇りのない眼差しを向けないで。
「あらあら、わたくしまで少女のころに戻ったような気持ちになりますわ」
そして頬に手をあて、微笑ましげにそんなことを呟くディアナ。
穴があったら入りたい。
涙で霞む視界の中で周りを見回せば、生ぬるい空気が漂っていた。
残るリードが小さく咳ばらいをして、こちらに驚きの白々しさを誇るあの笑顔を向けてくる。
「お邪魔をして大変申し訳ないのですが、それは後にしていただいても?」
不思議。
後にしろって言ってるのに、かといって後でしても許されるとは思えない威圧感がただよってる。
ハッとしたようにシェドの腕が私を解放した。
「すまない…」
「いえ、私も取り乱してすみませんでした…」
ベッドから離れ、ササッとワンピースの裾を直す私。
それを手伝ってくれるティナの口元は珍しくゆるみ、エレーナは敵のように私を睨みつけてくる。
その様子を見て、リードは溜息をつきつつこちらを見た。
「アカネ、例の件をもうこちらでお話しておこう。ちょうどディアナ女史もいらっしゃるんだし、都合がいい」
「あ、そうだね」
「いやですわ、ヴィンリード様。わたくしはただの使用人でしてよ」
リードのつけた敬称に反応してか、ディアナは困ったように否定する。
ただの使用人が領主代行なんてできるわけがないのでそれは謙遜だ。
そう分かっているのでそれ以上は誰も突っ込まない。
私もスルーする。
「よし、シェド様。お怪我でお疲れのところ、さらに私室ですみませんが少し話をさせてください」
「例の件か」
シェドは真剣な顔で姿勢を正してこちらへ向き直った。
私たちがこちらへ来ると言う連絡とともに、現状のカッセードをなんとかするための案も持っていくとだけ伝えられている。
具体的な話はこれからだ。
ディアナがメイド達に指示して用意させたテーブルセットにシェドを除くメンバーが腰掛ける。
淹れてもらったお茶で一息ついてから話を始めた。
「まず、カッセードの現状を聞かせてください。最南端のコッセル村の近くまで魔物が押し寄せていると聞いていますが、そちらの状況はどうですか?」
「それについてはわたくしからお話いたしますわ」
「そっか、シェド様が臥せっている間はディアナが動いてくれてたんだよね」
「ええ。今日の昼前に入った報告の時点では、コッセル村の防衛線は崩されておりません。ただしかなり危うくなってはおります。いかんせん魔物の数も種類も多く、対応できる兵士は限られていますし、冒険者もB級以上を目安として投入しておりますの。シェディオン男爵の人望で多くの冒険者が集まってはいますけれど、やはりB級以上は数が多くないので相当に消耗しております」
人が少ないからと言って、実力の足りない人を投入しても無駄に命を散らすだけ。
少数精鋭に頑張って堪えてもらっている状況のようだ。
「もちろん、戦闘能力がそこに至らない人材も補給班として常に動いてもらっています。そちらの疲弊も激しく、もう長くはもちません…シェディオン男爵のご判断を仰ぐ時が迫っていると感じておりますわ」
ディアナの言葉に、シェドはますます真剣な顔をした。
凄味が増しちゃうからやめた方がいいよ、それ。
男爵の判断…それはつまりコッセル村を放棄して防衛線を後退させるかどうかっていう話だ。
後退したところで魔物の攻勢は止まない。
とはいえ一旦下がれば隊を整えたり、負傷者の治療をする猶予が生まれるのだと言う。
その僅かな時間を稼いでどこまで形勢が変わるかは分からないけれど、このままではそのうち防衛線を突破される。
そっちの方が被害が大きくなるという判断だ。
コッセル村に行ったことは無い。
だけど魔力泉に近く一番厳しい土地をなんとか切り開き、畜産で生計を立てていると聞く。
貧しいながらも開拓精神に溢れる立派な村だという印象だ。
幾多の苦労を乗り越えて作り上げられた村を放棄するのは、たとえ貧しくて小さな村であっても辛いこと。
でもよかった。
私たちは間に合った。
「シェド様。その判断をしなくて済むよう、私たちが解決案を持ってきました」
いつかはそういう判断をしないといけない日が来るのかもしれない。
たとえそうなってもシェドを責めることなんてしない。
だけど今は避けられる。
その為の努力を、私もしよう。
「今回の策は母上ではなくアカネが考えたものだと聞いたが」
「そうです。セルイラとカッセードの問題の両方を解決し、カッセードに新たな商材を生み出す一石三鳥の作戦です!」
「新たな商材?」
「はい。シェド様もカッセードには何も資源が無いと思っていませんか?」
にっこり微笑む私に、シェドは首を傾げた。
「鉱石はいくらか出るが、他領に比べれば産出量は落ちるし、近年はカセドナイトもほとんど出ないからな…」
「他に、いくらでも沸いてくる迷惑な資源があるじゃないですか!」
もったいぶって言うと、シェドはしばし逡巡した後カッと目を見開いた。
「まさか魔物を売る気か!?」
「その発想は無かったです…」
そんなことができるのは魔王様だけだ。
でもまぁ、よその魔力泉に苦労している地域にガールウートを売ることは出てくるかもね?
とはいえ当座それも不可能だろう。
「魔力ですよ」
「魔力?」
「魔力泉を有効な資源に変えるんです」
そうしてようやく私の考えた作戦を伝える。
呆然とした表情になっていくシェドとディアナの様子を見るのは面白かった。
「…それは、実行可能なのか?」
「すでにガールウートの種は持ってきてあります。試す価値はあるかと」
呆然とした表情のまま、震える声でそう言うシェド。
自信満々に返す私に、感動したような表情をする。
「アカネ、お前はすごいな…」
「周囲の助けがあってこそ実現できることですが」
素直な賞賛に、思わず照れてしまう。
同じく呆然とした表情のディアナはどんな言葉を寄こしてくれるかと思ったら、呆けた表情のままこう聞いた。
「アカネお嬢様、作戦は以上でしょうか?」
「え?うん」
「既に防衛線まで迫っている魔物の対処法はいかがなさるんです?」
「…あ」
魔力泉に種をまく。
そのためにはもちろん防衛線を超えていかないといけないし、仮にそれらを抜けて魔力泉をなんとかできたところで、既に集まっている魔物を処理しないといけない問題は残る。
…何でそんな当たり前のこと忘れてたんだ、私!
たぶん、魔物はリードがいれば脅威じゃないし、魔力泉には空飛んで移動すればいいとかいうのが無意識下にあったから。
どっちも周りにはおおっぴらに見せられない能力にも関わらず、だ。
いや、何でリードもお父様もお母様もシェドもそこを指摘しなかったんだろうか。
私が言えることじゃないんだけど。
凍り付いた私の様子を見て"策なし"と判断したらしいディアナは困ったように微笑んだ。
ディアナは出来た元侍女だ。
私を責めたりしない。
さて、どうしたものか。
実際問題、私とリードが出ていけば魔物はなんとかできる。
できるんだけど、私たちがあんまり強大な魔術を使えることを公にするのは良くない。
国からお呼び出しがかかってしまう。
宮廷魔術師とかじゃなくてカルバン先生にこっそり指導してもらっているのもそういう理由なわけだし。
既に各所で魔術を使っちゃってるけど、それらはせいぜい市井の噂を出ない。
それなのに、カッセードの防衛を二人で成し遂げた、なんてなったらそれはもう噂どころの話じゃなくなる。
全部私がやったことにすればリードはかばえるだろうけど…
そうなればますます私への注目が集まる。
国王陛下から褒賞を下賜されるレベルの功績だ。
放っておいてくれと言っても多分無理。
国益のために魔術を使えと言われるだろうし、そうなれば日々の生活の場が戦場に移される。
いや、でも幾千の領民の命と比べるまでもない。
私が出ていくことで何とかなるなら腹をくくろう。
しかし、私がそんな決意をしたのを見計らったかのように咳払いが聞こえた。
リードだ。
呆れたような半眼でこちらを見ている。
何、その『本当に何も考えてなかったんだな』って目は。
リードだって指摘しなかったじゃない。
周りの視線がリードに集中する中、彼は半眼を引っ込めて微笑んだ。
あ、白々しくないやつだ。
「そろそろ到着したようです」
「え、何が?」
「さっきまでのはアカネの作戦。次は僕の作戦をお披露目しましょう」
何それ、私は何も聞いてないぞ。
しかし追及するより先にノックの音が響いた。
シェドの許可に応えて入ってきた使用人が、シェドに耳打ちする。
切れ長の目が大きく見開かれた。
「なぜアドルフ様がここに来るんだ?」
え、アドルフ様?




