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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第五章 令嬢と騎士

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079カッセードの簀巻き

「なんかまるで戦地に赴く戦士を見送るみたいだったね…」



屋敷から馬車を走らせ、南関門に行くまで走った市街地は人でごった返していた。

なんのお祭りかと驚いたけれど、人々が口にしているのは『頑張ってください!』とか『カッセードを助けて』とか『どうかご無事で』とかいう言葉。

なんと私たちの見送りだったのだ。

カッセードとセルイラは同じ領主の地。

情報はいろいろ入って来るし、なんならカッセード出身者だって少なくない。

そしてカッセードの危機のため、セルイラからもかなりの援助を行っているわけで。

心配している人はたくさんいるんだなぁ。

そんなことを考えてしみじみしている私に、エレーナが苦笑する。



「…アカネ様、忘れてるみたいですけどカッセードは魔物に侵攻されている戦地みたいなものですよ」


「あ…そうだった」



実際に今現在カッセードは魔物の脅威にさらされているし、負傷している人も…中には亡くなっている人もいるかもしれない。

そんな中に突入していく伯爵令嬢たち。

そりゃ切実な応援をしてくれるわけだ。


お父様が騎士団をつけてくれたのも無理もない。

大隊を編成しようとしたのを『かえって魔物の注意をひくかもしれないから』とか言い訳して断ったんだけど、もしかして今回に関してはお父様の判断、割と常識的だった?

少人数ついてくることになった騎士たちは決死の覚悟なのかもしれない…

でも、ただでさえカッセードにいくらか戦力を送ってるらしいし、あんまりやるとセルイラの治安が心配だ。

というかよく考えたら…



「…ごめんね、ティナ、エレーナ」



今回唯一ついてきてくれているメイドの二人。

この二人は戦闘要員じゃない。

きっと怖いだろうに私の世話係として一連の流れのまま行動を共にしてくれている。

私に恐怖心が無かったせいで、気が回っていなかった。

リードがいれば魔物は襲ってこない。

とはいえ、どこまで守り切れるか私が保証できるものでもないのに。

せめていざとなったら主人…って立場ではないけど、二人を連れてきた身として率先して守る側に回ろう。

シュンとする私に、ティナとエレーナは微笑んだ。



「ご心配なく、お嬢様。危なくなれば迷わず逃げ出しますわ」


「私の逃げ足をご覧あれです!」


「ちょっと!?」



ここって『大丈夫、お嬢様についていきますよ』的な発言で感動するシーンじゃないの!?

そうわめく私に、二人は困った子を見るような顔をして首を振った。



「感動って、命があってこそできるものですよ、アカネ様」


「そうですわ、お嬢様。緊急時には身分など関係なく誰もが一人の人間ですもの」



いや、そうかもしれないけど。

がっくり肩を落とす私に、エレーナの優しい声が聞こえた。



「だから、アカネ様は怖くなればすぐに逃げだして良いのです」


「え?」


「私たちを守ろうなんてことを考えて足を止めたりしたら、許しませんわよ。お嬢様」


「大丈夫です。私達も自分で逃げられるのでお気になさらずですよ」



ティナは少し表情を柔らかくして、エレーナは悪戯っぽく笑って、そんな事を言う。

…うちのメイドが落として上げる不意打ちテクで泣かしにかかってきます、誰かなんとかしてください。

私は拗ねた振りをして窓の外へ顔を背け、潤んだ瞳を隠した。




==========




「…よかった、無事についたね」



前方に見えてきた城壁を見て、誰もが安堵の息をもらした。

セルイラを発って四日。

セルイラからカッセードまで通常なら三日で着く。

他領を間に挟むから少し手続きに時間がかかることはあるけれど、今回は事情を察して優先的に通してくれた。

それなのに一日オーバーしてしまった。

というのも、カッセード領に入った矢先、魔物の襲撃が予想以上に増えた為だ。

二日目の夜はカッセード領に入ってすぐの街に宿泊予定だったんだけど、そこへ到達できず野宿を挟むことになってしまった。

野宿中にも襲撃されてろくに眠れず、ようやくついた宿場町で休息。

そこからここまでも何度か襲われている。


何故リードがいるのに襲撃されていたか。

それはリードが未覚醒の魔王だからと言うほかない。

リードは遠く離れた魔物のことまで操れるわけではない。

自分が創造した魔物は配下扱いで遠く離れてもコントロール権があるらしいけど、野生の魔物を従えるには一定の距離まで近づく必要がある。

あと数にも制限があるらしい。


そんなわけで、コントロールできるほどまで魔物が近付いてきた頃には周囲の騎士や護衛達が動き出す。

既に戦っているのにいきなり魔物が襲ってこなくなったら、流石に不審に思われてしまう。

せいぜい怪我人が出ないよう能力を落とすことくらいしかできなかったそうだ。

それだけでもこちらとしては大助かりだけど。

魔物からしたら魔王の裏切りみたいに感じるのかな…ちょっと気の毒。

リードにとっては身内意識なんか無いらしいけど。

魔物退治に有利なスキルを持っているだけって感覚っぽい。



「まさかここまで魔物が増えているとは」



エドガーが少し疲れたように嘆息した。

騎士小隊とともに奮戦してくれたからか、顔に疲労がにじみ出ている。



「護衛ありがとうね、エドガー」


「いえ、それが俺の仕事ですから。とはいえセディオムに入る前からこうも魔物が出るのは予想外でしたが」



セディオムっていうのはカッセードの領都だ。

私達の当座の目的地は、そこにある領主の屋敷。

シェドもそこにいるはずだ。



「これも魔力泉の影響かな?」


「そうでしょうね。通常ならこれほど離れていればまず影響は無いはずなのですが…今回の活性化はかなり強いらしい」



魔力泉が放つ強い魔力は魔物を寄せ付ける。

とはいっても魔力泉があるのはカッセード領の中でも一番南の国境沿い。

正反対に位置するこの街道でもこれだけ影響があるなら、近くは一体どうなっているのやら…


少し南下したせいか、セルイラを出てすぐはうっすら雪が積もっていたのに、この辺りに雪は全くない。

空気もどこか暖かく感じた。

そういえばカッセードに居る時は雪ってあんまり降らなかった気がするな。


歓迎の姿勢を見せながら通してくれた門兵に手を振り、セディオムに入る。

私は八歳までここにいたそうだけど、シェドとの記憶が曖昧だった通りあんまり覚えてない。

実際にこの世界に来てからって考えれば初カッセードだ。

だけど記憶になくてもわかる。

今のカッセードは疲弊状態。

市民がどこか暗い表情をしているのは非常時のせいだ。

もともと問題の多い地域ではあったけど、セディオムはこんな陰気な所じゃなかった気がする。


大通りを抜けて突き当り。

セディオムの中心に領主邸はあった。

石造りの屋敷を見ると、ぼんやり懐かしい思いがこみ上げてくる。

あ、そういえばあっちの方に古い納屋があった気がする。

屋敷の右にそびえる背の高い木は、ここを離れるとき私と同じくらいの背丈の幼木だったはず。


馬車から降りてキョロキョロ視線を巡らせる私に、ティナが寄り添う。



「お懐かしいでしょうね。お嬢様はこのお庭が大好きでいらしたから」



当時のティナはお母様についていたメイドだった。

だけど仕事の合間に相手をしてくれることはあったし、当時の私のことは私よりよく知ってるだろう。



「うん、あんまり覚えてないって思ってたんだけど、見ると思い出すね。あっちに納屋がなかったっけ?」


「ああ…」



私が指さすのを見て、ティナが懐かしそうに目を細めた。



「ございますよ。その納屋、お嬢様は絶対入らないでくださいと申し上げていましたでしょう?」


「そうだっけ?」


「ええ。お嬢様のお気に入りだったティーセットを私がうっかり割ってしまって…そこに隠してあったんです」


「…ああ、あれティナだったの?」



なんとなく思い出した。

ウサギの柄が入った、この世界にしては珍しくファンシーなティーセットを行商人からお母様に買ってもらって、私はずっと気に入って使っていた。

だけどある日急にメイド達が給仕の際に出さなくなったから…

当時から精神年齢が実年齢と釣り合っていなかった私はなんとなく察してた。



「まあ、お嬢様やっぱり気付いていらっしゃったんですか?」


「誰も触れないから、てっきり新人のメイドちゃんがやっちゃったのかな、と思って忘れた振りしてたよ」


「…当時六歳でいらっしゃいましたよね?」


「私って大人でしょ?」


「…そうですわね、ちょっと不気味なくらい空気の読めるお嬢様でしたから…大きくなられた暁にはどんな素晴らしい淑女になられるかと思っていたんですけれど…」


「否定を匂わせる言葉で終わらせないでくれない?」



立派に育ってるだろ。



「ふふ、ティナは相変わらずですね」



穏やかな女性の声が聞こえて振り返った。

こちらに歩み寄って来るのはシンプルなドレスに身を包み、ライトブラウンの髪をかっちり結い上げた四十代後半くらいの女性。

年齢もお母様と同じくらいだけれど、その立ち振る舞いも同じだった。

こちらが姿勢を正してしまうほど、指先一つまで洗練された所作で彼女は臣下の礼を取る。



「アカネお嬢様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます。すっかり立派な淑女になられて…見違えましたわ」


「あ…」



やばい。

知り合いっぽいけど覚えてない。

愛想笑いで誤魔化しつつ脳をフル回転させるものの、私の記憶の引き出しは取っ散らかっていてこの人の情報が出てこなかった。

それに気づいたティナが小声でささやく。



「奥様が輿入れなさる時についてきた侍女の一人で、領主不在時のカッセードを切り盛りしてくださっているディアナ様です」


「…ああ!」



ようやく記憶の引き出しから彼女の映像が顔を出した。

よくお母様の後ろに立ってテキパキと使用人に指示を出していた人だ。

たぶんティナにとっては上司。

もっとキツイ印象の人だった気がしたけど…今こちらに向ける笑顔はどことなく疲れて弱々しい。

それだけカッセードの状況が大変だってことだろう。


いや、それにしても…侍女か。

確か今は侍女じゃなくて使用人扱いだけど、元侍女。

侍女とメイドはどちらも女性の従者を指すけど、その実態は大きく違う。


メイドは使用人の女性を指す言葉であり、多くが一般市民。

貴族の出ではない。

除籍された貴族出身の女性とかもいるけど。


それに対して侍女は貴族の女性。

多くは自分より家格が上の女性の下につき、世話係をする。

私がエレーナ達にしてもらっているように身の回りの世話もする。

掃除とか汚れる仕事は基本的にしないけど、髪を結ったり服を選んだり、手紙を届けたりといった雑用くらいならする。

さらに、礼儀作法や夜会でのマナーを主人に教えたり、社交界の情報を集めて主人に助言をするのも仕事だ。

もちろんそれだけの能力が無いと侍女にはなれない。


年嵩の貴族女性が若い女性を侍女として迎え入れて、逆に指導してやることもあるそうだけど。

それは縁故採用だったり、何か才能を見出されたりして気に入られた場合の話だ。

そんなわけで、侍女は使用人たちからも丁重に扱われる。

他所のお家のお嬢様なわけだしね。


侍女になるメリットとしては、主人の家に生活を保障してもらえることが一番だろうか。

家にお給金が入ることもある。

能力はあるけど家が傾きそうな貴族の令嬢とかが侍女を狙って営業活動してることもあるらしい。

さらに、結婚相手も見繕ってやるのが主人の甲斐性だとかいうし、それなりに裕福かつ力のある家しか侍女を迎えることは無い。


伯爵令嬢でも侍女持ちの人はいるんだけど、うちはね、ほらあんなだし…

まぁそもそも別に欲しいとも思ってないんだけどね。

私に甲斐性など無い。


ともかく、お母様の侍女。

王室侍女なんてとんでもないエリートだ。

それなりに野心を持つ女性なら誰もが憧れる、最も格上の就職先。

だって王族とお近づきになれる。

自分の姉妹の侍女を見初めて嫁に迎え入れる王子もいるわけで、歴代王妃様の何割かは王室侍女。

そうでなくとも色んな有力者と近づけるし、能力を保障されてるから結婚先に困らないと言う。


つまりそれだけ人気があり、実際に採用されるには狭き門を潜り抜けないといけない。

国内で最も能力の高い女性たちの集団と言っても過言ではない。

そんな元王室侍女である彼女だ。

そりゃ所作は綺麗だし、領主代行を務めるだけの能力もあるだろう。

ディアナは平民男性と結婚して、それと同時に貴族じゃなくなったから今は侍女じゃない。

だからお母様と離れたこの場所で仕事をしている。



「もう六年も前ですし、アカネ様はお小さかったのですから覚えていらっしゃらないのも当然ですわ」


「あ、いやっ覚えてるよ!あの…」



ほら、思い出せ!

ディアナで覚えてること!



「やっかんで悪口言ってた使用人を一言で黙らせたカッコイイ人!」



よりによって出てきたのがそれだった。

いや、実際にあったんだよ。

さぼっていたのをディアナに叱られた使用人の一人が、後から『生まれがいいだけの女が偉そうに』とか何とか悪口言ってて、そこにたまたまお母様と私が通りかかった。

もちろんディアナ本人も一緒。

青ざめる使用人に向かって、ディアナは涼しい顔で告げたのだ。

『私なら…相応の努力をする人間への評価に、生まれを考慮しません』と。


努力していないこと、さらには逆に生まれを理由にして悪口を言っていた器の小ささまで指摘され、その使用人は間もなく自ら暇を願い出…たりすることなく、反骨精神むき出しで努力しだした。

ディアナはプライドの刺激の仕方が上手かったんだと思う。

私のディアナの印象はこれだった。

ちょっと冷たい、でもカッコイイ人。


しかしよりによって挙げた思い出がそれ。

ティナが『お嬢様…』と半眼でこちらを見ている。

ディアナは目を丸くして一瞬言葉を無くした後、耐えかねたように口元を抑えて小さく笑った。



「いやですわ。そんなことを覚えていらしたの?ふふ、恥ずかしいわ。お忘れくださいな」



悪戯っぽい笑みは、年齢を感じさせず可愛らしかった。

…ますます忘れられなさそうだ。

ディアナは呼吸を落ち着かせるように深く息をつき、優しく微笑んだ。



「なんだか久々に笑った気がいたしますわ。アカネお嬢様がいらっしゃるとどんな時でも場が明るくなりますのね」


「え、そんな…」



照れる私に向かって『場を引っ掻き回すの間違いでは』とか呟いたどこぞの魔王さん、聞こえてるよ。



「あの、シェド様は…」



意を決してそう尋ねると、ディアナは表情を真剣なものに正して頷いた。



「自室でお休みになっていらっしゃいます。薬が良く効いていて今はお眠りですわ。お目覚めになるのは遅い時間になるかと思いますし、明日お会いになられてはいかがでしょう?」


「そう…でも、そんなのんびりしていて大丈夫なの?」



カッセードの状況を思うと、一刻も早く動き出した方がいいのではと気が逸る。

そんな私をいさめるように、ディアナは微笑んだ。



「今は現場の者達が頑張ってくれています。アカネお嬢様が何か策を持ってきてくださったことは聞き及んでおりますが、その肝心要のお嬢様がお倒れになってはますます状況が悪化しますわ。あまり眠れていらっしゃらないのでしょう?疲れをとることも作戦の一環とお思いください」


「…わかった。それなら今日は休もうかな」



ディアナはカッセードの状況を把握しているはずだ。

そんな彼女が休めと言うのならそうした方がいい。

素直にうなずく私に、ディアナは優しく頷いた。



「そうなさってください。さぁ、皆さまもお疲れでしょう。お部屋へご案内いたしますから、ゆっくりお休みくださいな」



そして案内された部屋は、私が昔使っていた部屋だった。

…何も変わってない。

私達がセルイラに行った後も、変わらず手入れをしてくれていたことが分かる。

シェドがセルイラに行ってからは、ほとんど主人のいない状態だった屋敷。

それをずっと…

ディアナをはじめ、この屋敷に仕えてくれている人たちには頭が下がる。

指摘通り慣れない旅に疲れていたようで、その日の晩はベッドに入った記憶すらなく私は泥のように眠った。



==========



翌朝、朝食を終えて支度を整えた頃にディアナが迎えに来てくれた。

シェドは領主の私室で休んでいるという。

廊下を歩きながら、ディアナは少し言いにくそうに口を開く。



「申し上げにくいのですが…中にお入りになっても驚かないでくださいませ」


「…そんなに酷いの?」


「え?ああいえ…お怪我の具合についてはお聞きの通りですわ。そうではなく…その、アカネお嬢様たちがこちらにいらっしゃるという連絡に、シェディオン男爵は大層驚きになられて…」


「……」



なんとなく察しがついてしまった。



「止めるとか迎えに行くとかわめいて暴れて大変でしたので、ちょっと、こう…」



言いながらディアナが開いたドアの向こうで、強面男性がベッドに簀巻きにされて呻いていた。

…何コレ。

好きな女の子との再会がこんな形なんてシェドがかわいそう。←

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