078ガールウートは引きこもった!
「え、討伐するんですか!?」
翌朝。
この後の予定を聞いてきたエドガーに全てのガールウートを取り除く旨を伝えると、めちゃくちゃ驚かれた。
あれ、言ってなかったっけ?
「調査だけだと聞いてたんですが…」
「あー、そっかお父様には『調査したい』って言っちゃったっけ」
よく考えたらそうじゃなきゃもっと騎士をたくさんつけられてるよね。
お父様なら小隊どころか、どこかを攻め落とす気かと近隣に警戒されるレベルの隊を出陣させてくれるだろう。
ただでさえ手一杯なセルイラ騎士団に負担をかけることは避けたいのに。
…ん?つまり、言わなくて正解だったのかな?
「でも大丈夫だよ、危険は無いから」
「確かにガールウートは積極的に人を襲うものではありませんが…危険が無いと言い切れませんし、生息域が広範囲です。この人数で狩り切れるものではありませんよ」
「大丈夫、作戦があるの」
「作戦?」
そうして私が告げた作戦に、エドガーは困ったような顔をするだけだった。
まあそうだよね、説得力はないだろう。
百聞は一見に如かず。
まずはお手本を見せてみるしかない。
「リード、まずはここのやつからでいいかな?」
「うん、いいんじゃない?」
私たちが拠点を広げていた真下にいるガールウートにターゲットを定め、まずはここから手を付ける。
広げていた荷物を片付け、リードがOKを出す場所まで馬車やティナ達を後退させた。
「本当にヴィンリード様が引っ張り出すんですか?」
「そうだよ、僕の魔術が信用できない?」
「いえ、そういうわけでは…」
エドガーは心配そうだ。
そりゃそうだよね、私やリードに何かあれば、エドガーの責任になるんだし。
だけど本当に心配は無用だ。
全ての魔物は魔王の配下。
リードが側に居る限り、魔物が私たちを襲うことは無い。
そう分かっている私は安心してリードの腕に手を添え、魔力を流す。
傍から見ればリードを鼓舞しているように見えるだろう。
私の視線に頷き、リードは手を翳した。
「う、わっ」
近くに居たエドガーが慄く。
目の前一面の土があっという間に隆起し、中に潜んでいたガールウートごとひっくり返した。
黄色く丸い瘤のような物体を中心に、そこから放射線状に枝分かれして広がる根と蔓の山。
その規模は、二十メートル四方にも及ぶ。
ちなみに、リードは簡単そうにやってるけど、これは普通の魔術師なかなかできない。
できたとしてもガールウートはちぎれやすいって話だからブチブチ切れてると思う。
魔王様流石です。
「アルノー!中央にある黄色い瘤を狙って!」
「はっ」
エドガーは護衛として私たちの側を離れない。
というわけでガールウートの"弱点"である黄色い瘤を、アルノーに攻撃してもらう。
ガールウートは大きな動きが出来ないから、さしたる危険も無くアルノーの剣は瘤を穿った。
途端に蔓や根がみるみる縮んでいき、瘤の元に収束する。
「…お嬢様、これを」
戻ってきたアルノーは、小さくなった瘤を差し出した。
「それで、これがガールウートの種なんですか?」
「そう。これに一定以上の魔力を流し込むと発芽するの」
エドガーは感心したように息を漏らした。
…もちろん、これらは全て昨夜のうちにリードがほどこした品種改良によるものである。
全て私の要望通り。
作戦を詰めたのはおとといの夜だ。
リードが奴隷に戻った夜。
私はリードが譲歩してくれたのに甘えて、お願いをすることにした。
『リードは魔物の品種改良ができるんだよね?』
以前聞いた話だ。
望み通りの魔物を生み出すだけでなく、ある種族の特性を変化させることができる。
一匹手をつければ種族全体が変わるそうで、そこに距離の問題はない。
手元にいるゴブリン一匹の情報を書き換えれば、ゴブリンという魔物は全てその通りになるという。
弱体化させることもできるし、強化することもできるわけだ。
私の確認に、リードは頷いた。
『まぁ、制限がないわけではありませんが』
『わかってる。魔物を作る時と同じで、リードがイメージできるかどうかが大事なんでしょ?だからそれを今から判断してほしいの。三つの性質を付与できれば、多分うまくいくと思うんだよね』
『三つですか?』
『まずは持ち運びするために、ここを攻撃したら種になるっていう急所とか作れる?』
『種…まあ、いけると思います。カメが甲羅にこもる様なイメージでよければ』
『うん、それでいいよ。次に、根の深さを制限する』
『地下一メートルくらいまでしか根を張れないとか、そういうことですか?』
『そうそう』
『その深さまで掘って、何かで囲えばそれ以上ガールウートが広がらないと言う考えで?』
『うん。でも、普通に囲うだけじゃだめだと思う』
『まあ、時間の問題になるでしょうね』
ガールウートは周囲の魔力や生命力を奪って劣化させるから、ただの金属や木の杭で囲ってもあっという間に腐食してすぐ突き破れるようになってしまう。
『だから、苦手なものを作るの。この材質は力を吸い取れないし近寄ることも出来ないっていう何かを設定する。どう?』
そんな性質を付与したガールウートを種に変え、カッセードまで運ぶ。
そして魔力泉に撒くと言うのが私の計画だ。
こうすれば無尽蔵に湧き出す魔力泉の魔力をガールウートがガンガン吸い取ってくれるし、そうしたら精霊石や魔鉱石もいっぱい生み出してくれるだろう。
魔力泉の影響が弱まって魔物が減れば討伐のためにかさんでた費用が浮くし、石を売り出せばかなりの収入になるはず。
ガールウートがいなくなったセルイラと王都の中間地点には街を作ることも検討できる。
ガールウート問題と魔力泉の問題を同時解決できる一石二鳥の策だ。
『…悪くないと思います。ただ、種で持ち運びできるようになるわけですから、この仕組みが知られれば他の魔力泉への提供を要請されるようになる可能性がありますよ』
『分かってるよ、最初のうちは試験段階だからって言い訳がきくけど、何年かして安定化してきたら公表しないとダメだと思う』
そもそも魔力泉で困っている地域はたくさんあるし、魔鉱石や精霊石があれば助かる命もある。
公益につながる情報を隠し続けるわけにはいかないだろう。
『魔鉱石や精霊石の単価も下がるでしょうけど…まあ、それはいいことと考えるべきですかね』
『うん、そこでだよ。リード』
『はい?』
『ガールウートが苦手とする材質っていうのをね、メレイアの木にできないかな?』
メレイアの木はカッセードにある数少ない資源だ。
やせた土地でもしぶとく生え、成長が早い。
さらに劣化に強いから、屋外に放っておいても朽ちにくい。
ただし強度があんまりない。
このせいで、使い道が限られていた。
地元で薪とか木彫りの食器みたいな日用品に使われる程度。
せっかくたくさんとれる木材なのに輸送費を賄えるほどの需要が見込めない為、カッセード以外には流通していないというなんとも微妙な木材だった。
肥えた土地では他の植物に負けてしまうのか、カッセードから北の肥沃な地を挟むとほとんど生息していない。
その生息域は国内ではほぼカッセードに集中していると言ってよかった。
逆に言えば、メレイアに活用方法さえ見つけられれば、その利益を独占できる。
『…アカネ様は…』
『ん?』
『たまに頭が回りますよね』
『たまには余計』
素直に褒めてほしいものだ。
ガールウートの利用が広まって石の寡占がなくなっても、代わりにメレイアの有用性が高まる。
メレイアは劣化に強いとはいえ、木である以上いつかは土に還ってしまうから、何年かに一度は柵を変えないといけない。
定期的な需要を見込めるはずだ。
と、まぁこんな考えで動いている。
魔物への性質付与は成功。
これならうまくいきそうだ。
「はぁ…本当だったんですね。疑ってすみませんでした、お嬢様」
エドガーは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
直接口にしてはいなかったものの、やっぱり疑っていたらしい。
「ね、これなら大丈夫でしょ?この調子でガールウートを全部引っこ抜いちゃおう!」
「全部は難しいんじゃないです?どこまで広がってるかわからないわけですし」
私の掛け声に、いつの間にか近くにやって来ていたエレーナが水を差す。
まぁ、無理もない。
みんなはガールウートの生息範囲を把握できてない。
かといってリードの能力を話すわけにもいかないし。
「王宮には魔物を検知する魔術具があるという話を聞いたことがあります。起動した場所の付近にどれだけいるかが分かるとか。王都につながる宿場町の建設に関わる話ですし、旦那様から正式に申し入れれば貸し出してもらえるかもしれませんわ」
ティナのそんなフォローが入った。
なるほど、それなら大丈夫だね。
「ひとまず今日一日で取り切れる分だけでも取っておこうよ。放っておくと増えていくみたいだしさ」
「そうですね。これくらいなら俺達でもできそうです。ヴィンリード様にはご負担をおかけしますが」
「僕は大丈夫だよ。この程度なら」
リードは力強く請け負ってくれた。
魔王様の魔力はこの程度じゃへこたれない。
きっとこれならうまくいく。
近い将来、この辺りに街ができるはず。
直接自分が携わることは難しいだろうけど、街作りに役立ったという感覚にぞくぞくする。
そうして勢いのまま全てのガールウートを回収した。
…もちろん、私はリードに魔力を流すだけの簡単なお仕事でした。
私は企画と監督役だから!
何もしてないわけじゃないから!
ガールウートを回収しきる頃にはまた日が暮れて来ていたので、その晩も野営する。
試しにということで防草シートなどを一切敷かずに過ごしてみたけれど何も起きなかった。
リードがもういないって言ってるんだから間違いないんだけど、エドガー達は分かんないもんね。
翌朝急いで屋敷に戻り、お父様に事の次第を報告。
ようやくうまくいきそうな目途が立ったから、計画の全容を相談した。
もちろん、メレイアの木が苦手っていうのはまだ判明してない設定だから伏せておくけど。
口をあんぐり開けてしばらく呆けたのはお父様だけじゃない。
お母様もだった。
「…それが、ガールウートの種?」
「そう!」
驚きが収まらない様子でこわごわ種に触れるお父様。
胸を張る私に、お母様はようやくフリーズを解いて問いかけた。
「アカネちゃん、ガールウートの対処法なんて王室騎士団でも知らなかったのに、どうして分かったのぉ?」
「え…」
そういえば、ソースをどうするか考えてなかった。
エドガーやアルノーには問いただされなかったけど、お母様は突っ込む人だ。
だって私が魔物の生態なんて知ってるはずがない。
王都では魔物について調べてたってことになってるけど、ガールウートの情報がそう簡単に得られるなら今日まで放置されていないだろう。
頭が真っ白になる私。
しかしそれを見越していたように涼やかな声が割って入った。
「僕の経験談です」
「あら、リードの?」
「はい、過去に似たような魔物と戦ったことがありましたので」
魔法の言葉、『僕の経験談』!
奴隷出身の彼が言うと深く突っ込むことを躊躇わせる、非常に便利なワードである。
もちろん、嘘だ。
だけど世の中には数が少なく、世間に知られていない魔物だって存在する。
リードが過去に倒した魔物が既にこの世のどこにもいなくても、それを嘘だと確かめる術などない。
まぁ、だからこそ流言飛語としか言えないような目撃情報や自慢話が蔓延するんだけど。
「なるほど。これは画期的な情報だ。ガールウートの目撃情報を他に聞いたことはないけど、今後も無いとは限らない。この情報を国王陛下へ上申したいと思う」
「ええ、それがいいでしょう」
ガールウートという種族の生態は既に書き換え済み。
今後再びガールウートが現れることがあっても、今回作られた弱点は健在のはずだ。
リードからの同意も得られたお父様は、力強くうなずいた。
「アカネ達がここまでお膳立てしてくれるんだ。さすがの私も頑張らないわけにはいかないな」
「そうねぇ。ちょっと本気出しましょう」
意気込むお父様と、ふんわり同意するお母様。
いや、本気出すって…今までは?
ここまで追い込まれないと本気出さないのかうちの親。
「その種を魔力泉に撒くという大役、本当にお前たちに任せて大丈夫なんだね?」
「はい。必ずシェド様を連れ帰ってきます」
シェドが帰って来るということは、それだけ容体が安定していて、なおかつカッセードから離れられる状態になっているということ。
二つの意味を込めた言葉に、両親は涙ぐんでいた。
「本当に立派になったわねぇ、アカネちゃん。シェドのことよろしくねぇ」
「リード、アカネのことを頼んだぞ」
「お任せください」
翌朝。
いつも通りメイド二人に護衛二人、さらにお父様がつけると言って聞かなかった騎士団の小隊を引き連れて、私とリードは旅立った。
初の感想をいただいてしまいました…!
テンションが上がっているのでしばらく日曜も更新頑張りたいと思います!
遠山は概ね単純なのでおだてておくとよく働きます←




