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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第五章 令嬢と騎士

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077伯爵令嬢、金策をする

「カッセードに、アカネ達が?私の代わりに?」



翌朝の朝食の時間。

お父様のひっくり返った声がダイニングに響いた。

昨夜リードと相談した内容を踏まえて、お父様にカッセード行きを頼み込んでいる。



「もともとお父様はいつ頃出発される予定でしたか?」


「そうだね、現地の状況を考えると五日以内には出ようかと思っていたけれど…」


「それまでなら持ちこたえられるということですよね?」


「カッセードからの連絡が確かなら、だよ。本当はできるだけ早く判断を下さないと」


「その辛い判断を下さずに済むかもしれません」



その言葉に、とうとうお母様も口を挟む。



「アカネちゃん、現状を打破する作戦があるのかしらぁ?」


「はい。今カッセードを苦しめているものを、金の生る木に変えて見せます」


「は…まさか」



お父様は唖然としたように刹那息を止めた後、声を震わせた。



「アカネ、いつだったか言っていたことを実現するつもりなのかい?」


「え?」



いつだったか言っていたこと?



「アカネちゃんが何か言っていたのぉ?」


「ずいぶん前になるが、『魔力泉を無くす』って言ってたんだ」



ああ、そういえば言ったなぁ。

私がやるって言ったわけじゃないんだけどね。



「アカネちゃん、そんなことできるの?」


「そうですね。お父様、一つ訂正しておきますが、私が言ったのは『魔力泉を何とかする』です。その何とかっていうのが、魔力泉の活用です」


「活用?」



私が考えているのは、いくつかの問題をまとめて解決する一石三鳥大作戦だ。

これを実行するにはいくつかの事前準備が必要になる。



「お父様、まずはガールウートが生息している場所の調査に行かせてください」



説得の甲斐あって許可は得られたけれど、『こんなに立派になって』と感激にむせびなく父をなだめるのは大変でした…

さあ、アカネ・スターチス。

伯爵家の娘として、この世界で一働きするぞ!




==========




「ふぅ、やっとついた」



多くのテントが立ち並ぶ様を見ながら伸びをした。

長時間馬車に乗っていたから体が痛い。

お父様に宣言をした翌日、さっそく私とリードはガールウートの生息地、セルイラと王都の中継地点にやって来ていた。

メンバーはいつも通り、アルノー、エドガー、ティナ、エレーナだ。



「お嬢様、ガールウートを利用するって、そんなことできるのです?」



エレーナが訝し気に尋ねてくる。



「多分だけどね。でもやってみないことには分からないよ」



野営準備をしてくれている四人から少しだけ離れ、リードに声をかける。



「リード、どう?」


「そうですね…やっぱり全てのガールウートを回収するには、今の俺の知覚範囲では狭すぎます。以前のように魔術を使って魔王の力を半覚醒させた方がいいかと」


「…できそう?」



思い出すのはコゼットお姉様達を救出に向かった時のこと。

魔王の力の半覚醒とは、あの時のような状態を指すんだろう。

でもあれって、このまま魔王になって戻ってこないように思えて怖かったんだよね…



「やりますよ。アカネ様のご命令ならば」



リードはにっこり微笑んだ。

二人きりの時、リードは以前のような砕けた言葉遣いをやめた。

一人称こそそのままだけど、最初のころに戻ったように奴隷という立場を強調するような敬語だ。

真面目な執事ぶろうとしているのか、二人で居る時には時々後ろで手を組むような姿勢をとる。

…本当に従者みたいだなぁ。

だけど私はもう、それに異を唱えたりしない。

私とリードは主人と奴隷。

私が素直に甘えられるように、リードが決めてくれた関係を私から壊すわけにはいかない。

そしてそんな奴隷が自ら『やります』と言っているのだから、任せるしかないだろう。



「それじゃ食後に私が魔術練習でちょっとミスるから、それを止める為とかいう名目で魔術を使うとかどう?」


「アカネ様の魔術でミスというと、あまりにも被害が甚大になるかと…」


「いや、さすがに調整するって」



リードからの信頼が厚くて泣けてくるわ。



「もしくは、私がちょっとポカッてピンチになるからそれを颯爽と…」



作戦を考えつつ歩き回っていると、突如バランスを崩して体が傾いだ。



「アカネ!」



大きな手のひらが私の肩をつかみ、抱き寄せるように支えてくれる。

あ、今アカネって呼んだ。

人前ではこれまで通り、私のことをアカネって呼んでる。

だけど今のは違った。

何が違うかうまく言えないけど、分かる。

少し前まで二人きりの時に私を呼んでいたのと同じ感じだった。

たったそれだけのことで涙の膜が瞳を覆うのに気付き、慌てて目をこする。


「アカネ様?大丈夫ですか?」


「う、うん。ごめん」


「やっぱり絨毯の上から出ると危険ですね」



そう言われて足元を見てみると、足首に細い蔓のようなものが巻き付いていた。

ひょっとしてこれが、ガールウート?

そっか、この前も今日も、馬車から降りてすぐに大きな絨毯を広げられたのはガールウート対策だったんだ。

リードが足でその出元を踏んづけると、蔓は慌てたように私の足首から離れて地中へ潜っていく。



「取り急ぎ、()()()()だけ済ませておきました。人を襲うこともありません。魔力や生命力を吸われるのはそのままなので、長期滞在はやはりできませんが」


「ありがとう」


「戻りましょう。心配しなくてもアカネ様なら自然体でもトラブルを起こせるので、俺が魔術を使う機会もありますよ」


「どういう意味よ」



そんな軽口を交わしながら、リードは私の肩を支えていた手を離した。

離れる間際、その指先が名残惜し気に私の肩を一瞬強く掴んだように思ったのは…

私の気のせいだったんだろうか。




==========




「…アカネ様、俺の予言をわざわざ実現してくれなくても良かったんですよ」


「そんな暢気なこと言ってないで何とかしてぇ!」



私の目の前に立ちふさがっているのは火柱だ。

なんてことはない。

もちろん私のせいです、ごめんなさい。


夕食準備のために火を起こすことになって、そこで全員が気が付いた。

護衛二人とメイド二人、この使用人四人組の中で、魔術を使える人が居ない。

つまり、火種を起こせる人がいないわけだ。

前回王都に行った時には、お父様が連れてきた使用人の中に料理人がいて、炎魔術と水魔術を使ってくれていた。


今回はちょっと調査をするだけだからっていうことで少人数で来たのがまずかった。

いやいやまずくないよ、だって私がいるじゃない!と、魔術の使用を申し出たのは私。

ちゃんと魔力の制御はできるようになっている。

今こそ訓練の成果を見せるとき。


きっと誰もが思っていただろう。

せめてリードにやってほしいと。

しかし張り切る私を前に言い出せなかったようだ。


意気込んで薪に向き合った私。

いくつかの薪が真っ二つになった段階で、ようやく気が付いた。

私、炎をカッターにして氷彫刻作るくらいでしか炎魔術使ってない。


用途はカッターと言えど、炎には違いない。

火種として使えないはずがないのに、なぜか薪は切られ削られするばかり。

熱に弱い氷彫刻をコツコツ作り続けていた過程で、どうやら私は氷を溶かしすぎないように温度調節する癖がついていたようだ。

なかなか高度な魔術操作。

高度なんだけど今この時は役立たずだ。


そこで素直にリードへバトンタッチするべきだった。

それなら高温にしたらいいんでしょ、と力んだ私を、過去に戻って殴って止めたい。

結果、洒落にならない火炎放射が発射され、魔力を向けていた方向にまっすぐ火の壁が立ち上がってしまった。

この辺りは森と山の境目。

ガールウートがいるとはいえ、かろうじて草木が残っている場所だ。

冬になって枯れた草が、またよく燃える。

そっちにだれもいなかったのが不幸中の幸い。

だけどこの火の勢いを見るに、急いで止めないとかなりまずい。

もちろん水魔術とかで大規模な消火が必要だ。


さすがの私もこれ以上の愚は犯さない。

こんだけ取り乱してる状態で水魔術を自分で使えば、下手すると洪水が起きる。

否応なしにリードに頼む構図が出来上がった。

断じて狙ったわけではない。



「…ここだと俺の様子が変わったことに気付かれそうなので、少し離れます」



私とリードを火の元から引き離そうとするエドガーとアルノーを何とか説得し、二人で少し離れた場所に立った。



「行きます。ガールウートの位置が把握出来たら合図するので、すぐ魔力を流してください」


「まかせて!」



リードが手をかざした瞬間、炎がうねるように揺れた。

手の動きに合わせてくねる炎はその身を縮めるように地に伏していき、地面にしみこむかのように消えていく。

…まさか、水魔術や土魔術をかぶせて消火するんじゃなくて、直接炎を操るとは。

できなくはない。

できなくはないだろうけど、めちゃくちゃ高度な操作が必要になるはずだ。

さすがリード…

素直に感嘆する。


しかし、そんな場合じゃないことに気付いたのは、風の音が低くなっていることに気付いた時だった。

決して強い風じゃない。

頬を撫でるそよ風なのに、まるで地鳴りのように低い音。

そしてうっすら雪の積もった平野を染める夕日の色が、目に痛いほどの激しいコントラストを描いている。


慌てて隣のリードを見上げた瞬間、息を呑んだ。

真紅の瞳が暗く脈打つようにゆらめき、白い肌は色を無くすように陰っていく。

ひそめられた眉が、何かを必死に堪えていることを示していた。

刹那、その力が緩むように見えて…



あ、まずい。



そう思うと同時に、リードの合図を待たずに抱き着いた。

触れているところ全てから伝わるようにと願いながら魔力を流し込む。

もし彼が魔王として完全に覚醒してしまっていたら、きっと私の体は突き飛ばされているだろう。

けれどリードは動かない。

大丈夫、まだ間に合う。



「リード、リード…」



力いっぱい抱きしめて、耳元で名前を呼び続けた。

名前を呼ぶことに意味があるのかはわからないけど、悪夢の日、いつもリードがそうしてくれているのを知ってる。

焦げた草の匂いが風に流されていく頃、ようやくリードの体が弛緩した。



「リード、大丈夫?」


「…あんまり大丈夫じゃありません」


「えっ!?」


「ちょっと痛いので、できればもう少し力を弱めてもらえると」


「あ、ごめん」



私のせいだったらしい。

力を緩めると、リードは大きく溜息をつきながらいつの間にか後ろに組んでいたらしい手を解いた。



「ごめんね、合図待てなかったよ」


「いえ、助かりました。思ったより侵食がひどくて…あのままだと合図を出さずに箍が外れきっていた気がします」



やっぱり…

私が本能的に下した判断は間違っていなかったようだ。



「あのー…」


「わっ」



声が聞こえた方を振り返ると、いつの間にかエドガーが近くにやって来ていた。



「お邪魔して申し訳ないんですが、さすがにもう少し場所を選んでもらえると…」


「エドガーっ!お二人の邪魔しちゃダメです!せっかくアカネ様が素直になったんですから!」



本当に申し訳なさそうに言うエドガー。

そんなエドガーを非難するエレーナ。

他の貴族がいなかったから、周囲に他のテントは無い。

とはいえ火事を起こし、さらに鎮火という騒動を起こしているわけで、道を挟んだ対岸では野次馬の旅人たちがずらっと並んでいた。

こりゃ止めに入るわ。

むしろよくここまで放置してくれたものだ。

呆然としたのかもしれないが。


慌てて離れつつもドギマギする私に反して、リードは涼しい顔で『すみません』なんて言いながら皆のところへ戻っていく。

…少しくらい動揺してよ。




==========




「お嬢様…」


「ん?」



改めて夕飯の準備をする中、アルノーが珍しく自分から私に話しかけてきた。



「お嬢様は、いつから?」


「…何が?」



言葉足らず過ぎて意味不明。



「…ヴィンリード様と」



継いだ言葉はそれだけ。

だけど、なんとなくわかった。

さっきのことか。



「いや、あれは…その、火事を消火してくれたリードに感謝を示しただけだから」


「感謝?」


「そう、感謝!」


「…熱烈ですね」


「…そうね」



私はそんなボディランゲージで熱烈な感情表現をするキャラじゃない。

アルノーは分かってる。

私も分かってる。

無理があるよね。

だけどお願い、見逃して。



「…俺に…」


「ん?」


「…いえ」



何か言いかけていたアルノーは口をつぐみ、踵を返した。

…何を言おうとしたんだろうか。

まだちゃんと誤解が解けてない気がするな…

隣から視線を感じて振り向くと、いつの間にいたのかリードがしらーっとした目でこちらを見ていた。

ひょっとしてアルノーが言葉を止めたの、リードのせい?



「…何?」


「ううん、別に」



リードは漂白剤もびっくりな白々しい笑みを浮かべた。

別にって顔じゃない…

まあいいや、突っ込んだところでいいことはなさそうだ。

お仕事の話をしよう。

リードを手招きして近くに呼び、みんながこちらに注意を向けていないことを確認してから小声で相談する。



「それで、この後どうする?」


「とりあえずガールウートの数と範囲は把握できたので、明日の朝から作業にとりかかりましょう」


「何匹くらいいたの?」


「十五匹ですね」



思ったより多かった…

口がへの字になった私に気付いて、リードは苦笑する。



「ガールウートは根から株分かれして増える性質があるみたいですから仕方ありませんよ」


「まあ、それを思ったら少ない方か」


「分かれられるほど体力をためるのに時間がかかるのがせめてもの救いでしたね。普通の植物並みなら王国が飲み込まれてたかもしれません」



怖いことを言う。



「とにかく…範囲的にはどう?明日中には終えられそう?」


「おそらく。明後日には屋敷に帰れますよ」


「よし、それじゃその後すぐにカッセードに出発しよう」



狙い通り、五日以内には出発できそうだ。

意気込む私に、リードは少し困った顔をする。



「そんなにハードスケジュールで大丈夫ですか?カッセードまでは片道三日はかかると聞いていますが」



私の体を心配してくれているらしい。



「大丈夫だよ。カッセードまでは経由できる街がいくつもあるから、野宿はしないで済むだろうし」



そもそもそんなにヤワじゃない。

馬車酔いくらいはするかもしれないけど。

それに、できるだけ早く向かわないと。

カッセードの状況はギリギリだ。



「わかりました。それじゃその代わり、今夜は早めに休んで下さい」



以前なら、ここでリードはきっと私の頭を撫でた。

今は、その手が私に伸ばされることは無い。

変わらないのは優しく細められる赤い瞳だけ。

相変わらず、私の背筋と心臓を震わせる。



「うん、分かってる。ありがとう」



そこに切なさが加わったのに気付かない振りをして、私は頷いた。

いつもご覧いただきありがとうございます。

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