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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第四章 令嬢と王都

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074勝者はいない

<Side:ヴィンリード>



「おお、ヴィンリードは剣が得意なのか」


「シェドも感心していたからね!さすがにアドルフ様ほどではないと思うけど」


「なに、ヴィンリードは今成長期だろう。どうなるかわからんぞ」


「なんにせよ子供の成長を見れるというのは幸せだねぇ」


「はは、そうだな」



おっさん二人は何故だか微笑ましい表情で俺たちの後をついてきた。

そんな心温まるシーンじゃねーぞ…

そしてアカネはなぜか驚いたような顔をしつつ、観戦モードのおっさん二人の後を追いかけてくる。


ギャラリーを引き連れてやって来たのは、屋敷の裏にある開けた場所。

いつもここでトレーニングをしているのか、地面には長年踏み固められたような形跡があった。

…やっぱり、アドルフもベルブルク家なんだな。


広く知られている話だが、ベルブルク公爵家は武闘派だ。

そもそもベルブルク家の先祖は、大昔にここを収めていたベルナルアという民族の族長だという。

世界大戦の折、当時のカデュケート王国がこの地域に攻め入ったのだが、ベルナルアの武力は想像以上だった。

武装は原始的にもかかわらず、個々の戦闘力がずば抜けて高かったため、まさに一騎当千の働きをされてガンガン兵を削られたらしい。

半年にわたる戦の末、両者ともに疲弊して結局休戦協定が結ばれる。


ベルナルアの武力は侮れない。

民族の一人でも禍根を残したまま取り逃がすことがあれば国害となりうるが、潰しきるにはカデュケートの兵力が持たない。

しかし、ベルナルア側としても被害が大きく、もはや抗戦の意思も薄弱になっていた。

そんなわけで、一定の条件のもと停戦合意がなされた。

この地域をカデュケート王家が吸収統一する代わりに、ベルナルア族長に国王と同等の発言権を持つ公爵の地位を与えるというものだ。

それが初代ベルブルク公爵となる。


ベルナルアの意思に反する政治を行えば、公爵が王家に申し立てる。

その発言権は強く、国王といえども切って捨てるわけにはいかない。

真摯に向き合い、共に国を発展させていく。

それが不可侵の盟約として残され、カデュケート王家はそれを守り続けている。

盟約が守られる限り、ベルナルアの武力はカデュケート王家を支え続けるとされているからだ。


と、まあ公爵家のルーツはなかなか肉体派であり、魔物の発生が始まった時に王国が滅亡せずに済んだのは、ベルナルアの末裔がその力を発揮したからだと言われている。

現在でも魔物退治や武闘大会などでその実力をいかんなく発揮しているし、アドルフも確か今年の武闘大会で優勝したとか聞いた気がするな。

八百長の噂も囁かれていたが、模擬剣を慣れた様子で握る仕草を見ると少なくともその努力は本物だ。



「ヴィンリード。せっかくだ。宮廷試合の方式を取って打ち合ってみるか?」



もう一本の剣を俺へ投げてよこしながら、アドルフがさもいま思いついたかのように言う。

初めからそのつもりだったくせに。

げんなりしつつ剣を受け取り、『お任せします』と微笑んだ。

アドルフは『上等だ』とばかりにニヤリと笑う。

違う、今のは煽ったわけじゃない。



「では、はじめ!」



ベルブルク公爵の合図とともに、アドルフは素早く踏み込んでくる。

…推測だが、ベルナルアが強かったのは、当時としては異例の"肉体強化"ができていたからだと思う。

自身の体内にある魔力を使って肉体の特定部位を強化する技術。

一般に広まったのは迷宮や魔物が発見され、魔の五十年を経てからだが、そもそもどうやってその技術が広まったのか。

既に扱える者たちが指導するのが一番早いだろう。

そのベルナルアがなぜもともと肉体強化を習得していたかは知らないが…


ともかく、ベルナルアの強さというのは過去であれば人間離れ。

しかし今は、あくまで"強者"の域を出ない。

もちろん武闘派の血を継いだ肉体は生まれつき恵まれていて、厳しい鍛錬を経たベルブルク家の者達が国内で有数の武術家であることは変わらない。

でも…



「…ヴィンリード、貴様、本気を出せ」


「本気です、よっ」



わざと荒くしている声に気付かれてしまっているのか。

アドルフはそんなことを言ってきた。

…本気を出したら、今頃にはケリがついてしまっているが。


アドルフは確かに強い。

強いが…俺も弱くは無い。

幼いころから剣に触れていたし、奴隷に身を落としていた時にも剣術を買われて用心棒を頼まれることがあった。

…ああいや、これは思い出したくない話だ。

とにかく、俺とアドルフのどちらが強いかと聞かれれば…

魔王として得た身体能力。

さらに試合上の武力を磨いてきたアドルフと実戦を重ねてきた俺との間に、いくらかの差があったことだけは確かだろう。



「…くっ、さすがアドルフ様、お強いですね」


「世辞はいらん!」



幾度か剣を交わらせ、あえて力を抜いた手で自らの剣先を震わせて呻いて見せたが、アドルフは険しい表情を崩してくれない。

おお、相当怒ってるな…さぁて、どうするか。

確かに昨日の件はちょっとやりすぎた。

どうせ半年で終わる関係なのだから、穏便に済ませてやれば良かったのに、ついカッとなってやってしまった。


一部の人間はアカネの衣装の変化に気付いていただろう。

地獄蝶の鱗粉を使った色変化は世間的に知られていないから、色が変わったのは魔術具の一種と考えられる可能性が高い。

まさか俺が仕組んだこととまでは思い至らないだろうが、意図はなんなのかと邪推くらいはされる。

たとえば、アカネの思う相手の瞳の色に変化する魔術具になっているのでは、なんて噂くらいたつかもしれない。

そうなってしまうとあのシチュエーション上、アドルフは恋人を名実ともに奪われた男であるとなってしまうわけで。


プライドの高いこの男。

ましてやアカネに本気になっているらしいアドルフが、俺を恨むのも無理はない。

ここはひとつ鬱憤をはらさせる為に盛大に負けておくかな。


剣を握り直し、わざと胴へむけて大振りすると、アドルフはその隙をついた突きを繰り出してくる。

際で受け止めた剣の衝撃がモロに伝わり、俺の手から剣が弾き飛ばされ、俺はしりもちをつく。



「参りました、お見事です。アドルフ様」



ジンジンする手を抑えながら微笑んで見せるも、アドルフは苦虫を噛み潰したような顔をした。



「本当に貴様は何から何まで白々しいな」



…おっと、気付かれてる。

こちらに歩み寄り、アドルフは小声で続けた。



「こうもうまく接待試合をされたのは久々だ。認めたくはないが、貴様は俺より強いらしい」


「またそんな、ご謙遜を」


「いい加減その薄ら寒い口を閉じろ。今更俺に取り繕って何になる」


「…おっしゃる通りですね」


「ふん、まあそうやって尻餅ついたお前の姿を見れただけでも少しは溜飲が下がった」



そう言いつつ、アドルフは俺に手を差し出す。

んー、ちょっと下手打ったか?

観客側はというと、スターチス伯爵は無邪気にアドルフを褒め称えて拍手喝采。

まあ、伯爵はそうだよな。

なんかむしろホッとするな、伯爵のあの感じ。

ベルブルク公爵は酔いがさめたような難しい顔をしているから、こっちにも気づかれたかもしれない。


アカネはというと…なぜだか頬を紅潮させ、感極まったような表情をしていた。

…なんだ、まさか華麗に俺を打ち倒したアドルフに見惚れたわけじゃねーよな?

お前そこまでチョロかったか?

俺が本気出したらアドルフなんか魔術で一発ペチャンコだぞ、おい。

示威行為に意味など無いと勝ちを譲ったはずなのに、簡単に後悔が去来した。

…俺も割と単純だ。


そんなアカネと俺の様子を見比べつつ、アドルフは頭を掻きながら声を上げた。



「スターチス伯爵!ヴィンリードに少し稽古をつけてやります。三十分ほどお時間をいただけませんか!」



なんだって?

これで終わりじゃねーの?



「おお、それは頼もしい。よろしくお願いします」



なんて言ってよろしくお願いしてくれてしまうスターチス伯爵。

ベルブルク公爵は黙って頷き、ぼんやりしているアカネとへべれけの伯爵を連れて屋敷の中へ戻っていった。



「…おい、いつまでその嫌そうな顔してるつもりだ」


「え、取り繕わなくていいんでしょう?」


「あからさまにしろとも言ってない」



めんどくせーな。



「稽古は建前だ。慣らし程度に振ってろ。そもそもお前と話をしたくて連れ出したかっただけだ」


「いや、最初からやる気満々だったように見えましたが」


「ギャラリーがついてきたからな。あわよくばアカネ嬢の前でみっともないお前を見せてやれればくらい思ってはいたさ」



正直だな。

だが…



「…珍しいですね。随分小さいことをおっしゃる」


「そうだ。そんな小さいことを考える程度には馬鹿な男になった」



自嘲気味に吐き捨てるアドルフの表情を見て、確信する。

…こいつ本気だ。



「…何が良いんです?もっと聡明で美しい女性はいくらでもいると思いますが」


「そっくりそのまま返そう。お前がアカネ嬢に執着している理由はなんだ?」



質問を質問で返すんじゃねーよ。



「ある人に言われた言葉をお教えしましょうか。アカネの魅力は会ったばかりの人間に分かる類のものじゃないそうですよ」


「それはアカネ嬢が猫を被っている場合の話だろう。彼女の魅力はその素顔にある」



知ったようなことを言う。



「我儘奔放な娘がお好みですか?あまり趣味がいいとは言えませんね」


「お前がそれを本気で言っているのなら、手ごわい相手じゃなかったんだがな」



くそ、本当にめんどくせー。



「それで、奔放な彼女にあんな顔をさせているのはどこのどいつだ?」


「はい?」


「昨日の夜はああじゃなかった。あんなに虚ろな瞳をさせるなんて、貴様は何をした?」



怒気をはらんだ問いかけ。

ああ、なるほど…

今日のぼんやりしたアカネの様子を見て、何があったか俺から聞き出したかったのか。



「僕は何もしてませんよ」


「それを信じろと?」


「随分買いかぶってくださってるんですね。アカネが僕の為にあんな風になるとでも?」


「違うのか?」



真剣な顔で問い返されて、言葉に詰まった。

…なんだ?

俺が引っ掻き回したのは認める。

アカネへの独占欲を大っぴらにしたことも。

なのに何でそれを俺の一方通行だと思わないんだ。

まるでアカネの想う相手が俺だと確信しているように。



「…残念ですが、アドルフ様の真の恋敵は僕じゃありませんよ」



アカネがあそこまで頭をいっぱいにさせる相手は、どうしたって一人だけだ。



「嘘を言っているように見えないな」


「失礼ですね。僕はこれでも正直者ですよ」


「本当にお前は白々しい」



アドルフは額を抑え、大きな溜息をついた。



「俺のようにまさに文武両道、容姿も家柄も兼ね備える才色兼備を形にしたような男や、ヴィンリードほどの美貌をも差し置いて心奪われる相手か。何者だ?」


「…自画自賛のついでにお褒めに与り光栄です」


「礼はいい。質問に答えろ」



嫌味をあっさり受け流すアドルフにため息をつきつつ、目を細めた。

…金髪銀眼。

魔王を打ち倒す、聖剣に選ばれし勇者。

アカネが辛いとき、その言葉で寄り添った相手。



「……ろくな男じゃありませんよ」


「俺の方が良い男ということか?」


「…それはどうかな」


「おい待て、どういう意味だ」


「なんにせよ、アドルフ様が気にかける必要はありません。貴方がアカネに縛られるのは四月までだ」



アカネがあんたに縛られるのも、四月まで。

そんな意をこめた発言は、正しく伝わったらしい。

不機嫌そうな顔で睨めつけてくるアドルフは、今のところアカネに手応えが無いからだろう、特に反論もしてこなかった。


無言で剣を一振りするアドルフの仕草を終了の合図ととらえて、俺も借り物のそれを返した。

スターチス伯爵とアカネに合流し、公爵に挨拶をして屋敷を後にする。

挨拶をする時のアカネの様子はいつも通りで、アドルフを意識している様子は無い。

…あれは何だったんだ?


ウィステリア棟に戻り、伯爵と別れた後…自室に戻ろうとするアカネを呼び止めた。



「…なに?」



どこか気まずげに視線を逸らすその姿に、じんわりと焦燥が走る。

まさかとは思うが…



「アカネ、アドルフ様に惚れた?」


「……はぁ?」



意味を理解しかねたような間をたっぷりとっての返答だった。

さすがの俺でも気の毒になるくらい、気のない『はぁ?』だった。

まるで脈が無い…

アドルフ…もはや嫌味ではなく気遣いとして伝えたい。

もうやめとけ。



「…あるわけないでしょ。私が好きなのは…」



どこか辛そうに言葉を濁すアカネは、そっと目を伏せた。



「…まあいいや。明日は朝早いみたいだから、早く寝ようよ。おやすみ」


「あ、ああ。おやすみ」



首を振り、そう言って自室に戻るアカネを大人しく見送った。

…なんて声かけていいか、わかんなくなってるな、俺。


そしてあわただしくセルイラへ帰りつき、俺たちはいつも通りに戻る。

俺たちのやり取りは変わらない。

俺の軽口に、アカネがたまに一拍反応を遅らせることがあるくらい。

目を合わせた時に、辛そうな表情を見せることがあるくらい。

…悪夢の時に、俺にすがるのをすっかりやめてしまったくらい。

しかし、そんな変化すら日常に埋没して…カデュケート王国に冬が来る。

やっと王都編が終わりました…

想定の倍くらいの長さになってしまった…

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