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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第四章 令嬢と王都

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073ずれ始めた距離

<Side:ヴィンリード>



「アカネ、魔力流してろよ」


「え、わぁっ!」



アカネを抱えたまま、行きと同じく風魔術で夜空を疾走する。

もちろん姿を隠蔽する闇魔術も併用しているから、誰かに見つかることは無い。



「あ、あの…リード」


「怒ってるぞ」


「うぅぅ…」



聞こうとしたのであろう問に先んじて返答してやると、情けないうめき声が聞こえてきた。



「でも、良かったの?せっかくヴェルナー君見つけたのに…」



思わず大きなため息がこぼれる。

こいつは本当に…



「あのな、あそこで見つけたヴェルナーを、どうやって連れ帰るんだよ。なんて説明するんだ?伯爵令嬢が夜中に城を抜け出して見つけましたって?醜聞が社交界を駆け巡るぞ」


「あ、そっか…」


「だから言ったんだ。厄介なところにいるからすぐには迎えに行けないって。正式な手順を踏んで探し出さないと、スターチス家だって受け入れられないだろ」


「…リードは知ってたんだよね。シルバーウルフにヴェルナー君がいること」


「ああ、知ってた。だけど首領に目をかけられてたみたいだから、よっぽど危険な仕事はしないだろうと思って静観してた」



先に伝えておくべきだったか。

シルバーウルフにいると知ればアカネが暴走しそうで黙ってたんだけどな。



「…ファリオンがいることも、知ってたの?」



寄こされたのは、少し予想外の問いだった。

だから、一瞬言葉に詰まる。



「…知ってたんだ」



その間を肯定ととらえたらしく、アカネはそう呟いた。

アカネがずっと探していたファリオン。

その行方を教えなかったことを責めるかと思ったのに、アカネはそれっきり言葉を発さない。



「…アカネ?」



沈黙に耐えかねて声をかけると、アカネはぼんやりした様子で『なに?』と問い返すだけ。

言葉を継げないまま再び落ちた沈黙は、城に帰りつくまで続いた。

開いたままにしておいた俺の部屋の窓から室内へ。

騒ぎは起きていない。

俺達が抜け出したことは誰にもばれていないようだ。



「アカネ、部屋まで送る」


「…ううん、大丈夫。部屋の鍵は開いたままだし」



抱いたままだったアカネを下ろしてそう伝えたものの、アカネは首を振った。

ようやく上げられた顔には、違和感があるほど普段通りの笑みが浮かんでいる。

…あれだけ顔に出やすいくせに、何で今はそんな読めない表情するんだ。



「迷惑かけてごめんね。もうしないから」


「…そうしてくれ」


「うん。あと、迎えに来てくれてありがとう。おやすみ」



笑みを浮かべたまま交わされる言葉は、どこか上滑りしているような違和感がある。

しかし何を追及することもできなくて、部屋を出ていくアカネを黙って見送った。

まあ…一晩経てば少しは落ち着くだろう。


深夜二時。

違和感を覚えて目が覚めたのは、そんな時間だった。

違和感のもとは…アカネの部屋。

…また何か繋がってる。

アカネから前兆があったとの報告はなかった。

頭痛が無いまま悪夢が来ているのか、それともアカネが頭痛のことを報告しなかったのか。

…今夜に限っては後者かもしれないな。


溜息をつきつつ、窓から抜け出してアカネの部屋の窓へと回り込んだ。

慣れた動作で鍵を開けて中に入る。

月明かりに照らされたベッドの上には苦悶の表情を浮かべるアカネ。

いつも通りヘアバンドをその頭につけていて、彼女の声は空気を一切震わせない。

そのバンドが無ければどんな声が響き渡るのか。

知っている俺は、急いでそちらへ歩み寄った。


ここ最近のアカネの悪夢は、眠りについてすぐ発現する。

まるで"何か"との繋がりがスムーズになったかのように。

そしてその気配は俺を敏感に刺激するから、おそらく気付くのにタイムラグはあまり無い。

だというのに、この時間。

城に戻ったのは十一時ごろだったはず。

なかなか眠りにつけなかったようだ。

その理由はきっと…ファリオンのことを考えていたからなんだろうな。

胸が痛む。

俺の知る全てを、アカネに話してしまおうか。

…いや、それはきっとアカネを混乱させるだけだ。



「…アカネ」



いつものように呼び掛けて体を優しく抱き起こす。

幾度もこうしてアカネの悪夢に立ち会うようになって、起こし方は心得ている。

いくら体に刺激を与えようと、悪夢はアカネの意識を手放さない。

一番効くのが名前を呼ぶこと。

そして…



「アカネ」



その冷え切った体温を温めるように抱きしめて、体を触れさせていること。

深い接触と名前を呼び続けること。

この二つを行うことが、一番早く彼女を目覚めさせる方法だった。

間もなくまつげを震わせて、濃茶の瞳が光を弾く。



「…リード」


「大丈夫か?」


「…うん」



そう言って。

いつもなら掻き抱くように、アカネの細腕が俺の背中に回される。

しかし今日は…



「アカネ?」



白い腕は自分の肩を強く抱き込み、丸まるように小さくなる体。

何かいつもと違う症状が起きているのかと慌てて顔を覗き込んだが…

その表情を見て、違うと分かった。

きつく唇を噛み、潤む瞳を伏せた彼女はまるで、衝動を抑え込もうとしているかのよう。


俺に、頼りたくない?


尋ねてそれを肯定されれば、俺はおそらくみっともないほど動揺する。

そう分かっているから、振りほどかれないのをいいことに一方的に抱きしめた。


なんで?

嫌われた?

いや、さすがに嫌いな奴に抱きしめられたら跳ねのけるだろ?

そう言い聞かせながら抱きしめる腕に力をこめた。


悪夢に硬直しきっていた体から次第に強張りがとれ、さらに三十分もしたころ。

いつものように落ち着いたらしいアカネから再び寝息が聞こえてきた。

こうなればもう安心だ。

…うん、嫌いな奴の前で無防備に寝たりしないよな?

ひとつひとつをこじつけながら、ざわつく心中を宥めていく。


…まったく…情けない。


艶やかな黒髪をそっと撫でてベッドに横たえる。

その目じりには涙の痕が残っていた。

悪夢の残滓。

そう知っているのに、俺が泣かせたように錯覚して罪悪感が煽られる。



「アカネ、俺は…多分、お前に嫌われても側にいるから」



なんて滑稽な宣言だろう。

それは当初の誓いを守るためなのか。

己の信念を守るためなのか。

それとも、別の欲望なんだろうか。

…いや、今更隠したって仕方ない。


俺は…こいつが好きなんだな。


そうでなきゃ、アドルフに白いドレスを贈られたと知った時、ああも激昂しなかっただろう。

わざわざ俺の瞳の色になるような細工をして、アカネの瞳の色になるピアスまで仕込んで…

見苦しい嫉妬と独占欲を、あれだけ見せつけておいて自覚が無いなんて言ったら嘘だ。


魔王の魂を受け入れると決めたあの時には思いもしなかった。

こんな人間臭い感情を抱くことになるなんて。

魔王…魔王か。

俺ってバカだな。

勇者にでもなってれば、こんな窮屈な思いをしないで済んだかもしれないのに。


いつものようにベッドを整えてやった後、踵を返して窓伝いに自室へ帰る。

そんな俺の背中を、濃茶の瞳が見つめていることに気づかなかった。




==========




「そうだ、リード、アカネ」


「はい?」



翌日の朝。

久々に三人そろって朝食を取っていると、スターチス伯爵が思い出したように口を開いた。



「昨日で仕事が終わったんだ。明日の朝には発つから、準備をしておいてほしい」



笑顔で。

そんなことを…



「あ、明日!?」


「うん、馬車の手配を明日にしておいたよ。準備に時間がかかるだろう?」


「時間かかりますよ!かかるのにもう明日!?」


「おや、ちょっと早かったかな?」



ちょっとじゃない。

俺とアカネは気まずさも忘れて顔を見合わせた。

使用人たちもうんざりしたような顔をしている。

荷造りは使用人たちに任せれば一日で終わるだろう。

それでもティナとエレーナしかいないから大変だろうけど。

アルノーとエドガーは俺とアカネの護衛につかないといけなくなる。

あいさつ回りをしないといけないからだ。


この王都に来てから俺もアカネも、それなりに交友関係が広がっている。

挨拶も無しに王都を立ち去るのは流石に失礼だろう。

だけどこんな当日に全員と会えるだろうか?

忙しい人も少なくないというのに。



「陛下へのご挨拶は、私が代理で済ませておいたよ。本当は昨夜その話もしたかったんだけど、リードすぐに帰ってしまっただろう」



…そうか、昨日呼ばれた時にその話もするつもりだったのか。

確かに俺はアカネを迎えに行くため、スターチス伯爵を置いてさっさと退室したからな…

一番厄介な国王謁見をしなくていいのは助かる。

が、それにしても時間が足りない。



「伯爵、せめてもう一日猶予をいただけませんか?」


「そうですよ、お父様。少し急すぎます」


「そうかぁ。まあ一日くらいなら大丈夫かな」


「…?何か急ぎの用事があったんですか?」



含みのある言い方だ。

考えなしに無茶なスケジュールを組んだわけではないのか。



「シェドが急にカッセードに戻らないといけなくなってね。そうすると代表を務められる人間がいないだろう?フェミーナは爵位を持っていないからできることに限りがあるし。だからセルイラの仕事が滞っているらしくてね。早く戻ってほしいってロゼリオから手紙が来たんだよ。三日前に」



俺とアカネは再び顔を見合わせる。

ロゼリオは優秀な男だ。

領地経営に不慣れなシェディオン、金勘定がざるで駆け引きをしらないスターチス伯爵。

この二人が代表のスターチス家が倒れずにいられるのは、彼のおかげといっても過言ではない。

そんなロゼリオが限界だと言っている。

しかも手紙が着くまでの時間を考えると、五日前くらいから切羽詰まっているらしい。

これは由々しき事態だ。



「アカネ、フェリクス王子とアドルフ様のアポは僕の方で取る。おそらく夕方以降になるだろうから、一緒にお伺いしよう」


「分かった。それまではお互いの知り合いのところに会いに行くってことだね」


「ああ、アンナ嬢にもよろしく伝えておいてくれ」


「任せて!」



無茶苦茶なスケジュール。

だけどそのおかげで、アカネと普通に話せた。

一つ気になったのは、顔を見合わせた時に見せたアカネの表情だ。

アカネはいつも俺の目をみると、熱に浮かされたような表情になる。

半年以上そばにいて見慣れているはずなのに、よっぽど俺の顔が好きなのか。

まるで毎回見とれるように瞳を潤ませる。

なのに今日はその直後、その事実に罪悪感を覚えたかのように辛そうに目をそらした。


アカネが好きなのはファリオン。

それなのに俺に見とれることに、罪悪感を覚えているんだろうか。

いつだったかも『私は浮気者』なんて嘆いてたっけな。

そこでどうして『私は本当はリードが好き』にならねーんだよ、と突っ込みたかったが。

…この様子を見てると、そうじゃないんだな。

やっぱりお前が好きなのは…ずっと物語の中にまで追いかけてきた…



「ヴィンリード様!」



エドガーの声にハッと我に返った。

あれ、いつの間に自分の部屋に戻ってたんだ?

しっかり身なりが整えられ、出かける準備ができている。



「ごめん、エドガー。ぼんやりしてた」


「お加減が悪いのですか?」



俺がぼーっとするのが珍しいからだろう、エドガーは心配そうな表情だ。

確かにいつダイニングを出たのかも分からないほどぼんやりしてるのは異常だな。



「いや、大丈夫」


「そうですか?準備なさっている間にフェリクス王子のアポイントは取れました。ヴィンリード様の為ならば予定を開けるとのことで、十七時からお時間を頂けるそうです」


「…ああ、そう…」



どんな顔をして返事をしたのかまで思い浮かぶようだ。



「アドルフ様へは今使いを出しています」


「分かった。ありがとう。僕は今のうちにサロンに顔を出しておくよ」


「かしこまりました」



男性が集まるサロンに顔を出し、王都滞在中に親しくなった人たちへ声をかけていく。

その場におらず、捕まえるのも難しそうな人へは手紙を書いておいた。

そうこうしている間にすぐ夕方になる。

あわただしい…

結局昼食も取れなかったな。


アカネと落ち合い、フェリクス王子との挨拶が済むころには既に真っ暗な時間帯だった。



「フェリクス王子…名残惜しそうだったね」


「…そうだね」


「また会いに来るってさ。リードに」



そう言うアカネは何故か楽しげだ。

フェリクス王子は本当に俺の容姿がお気に入りらしい。

怪我などするなとか、いつか必ず会いに行くとか、過保護な親か熱烈な恋人かと思うような熱い別れの言葉をくださった。

おかげで俺の精神力はすでに摩耗されきっている。

しかも去り際に『アドルフのことを頼んだぞ、アカネ嬢』なんていらん言葉をアカネにかけるし。

アカネは苦笑して流していたが。


ああくそ、さっさと部屋に戻りたい。

しかしそうも行かない。

この足でベルブルク家に行くことが決まっている。

俺達が帰ることを知った公爵から晩餐に招待されたからだ。

もちろんスターチス伯爵も一緒だ。


アドルフに会うだけでも面倒なのに、公爵に挨拶か…

俺は初対面だからなぁ。

またイイコの仮面を念入りに被らないと。

作り笑顔に引きつく頬の筋肉が持つか心配になる俺を他所に、馬車はベルブルク家に到着した。



「お久しぶりです、ベルブルク公爵」


「うむ、久しいな、アカネ嬢。ますます美しくなられた」


「あらやだ、恥ずかしい。公爵に言われると照れちゃいます」



何度か面識があるらしいアカネとベルブルク公爵が、そう言って軽口を交わす。

ベルブルク公爵は美しい銀髪を後ろで束ね、同じ色のひげを蓄えているため、実年齢より上に見える。

アドルフと同じ朱色の瞳は険しく、一見すると厳格そうな壮年男性。

しかし中身はその外見に反して、身分を気にしない大らかな人物のようだ。

アカネが前に言っていた通りだな。



「して、君がヴィンリードだな?」


「はい。お初にお目にかかります、ベルブルク公爵。ヴィンリード・スターチスと申します」


「よく来てくれた。メアステラ家は儂も懇意にしておった。君も小さい頃に会っているはずだが、覚えてはおるまいな」


「すみませんが」


「いや、無理もない。ご両親の事は残念だが、スターチス伯爵が君を保護できたことは幸いだった。彼は朗らかで素晴らしい父親だ…良き家長とは言い難いが」



ベルブルク公爵が何とも言えない表情で零した苦言に、スターチス伯爵は『あはは』と笑っているだけ。

まるで定番のネタをかまされたような反応だが、たぶんこれ本音だぞ…



「何かあれば儂のことも頼ると良い。惜しみなく力を貸そう」


「有難うございます」



本当に良い人だ。

威厳はあるが大らかで、立派な人柄。

そんな印象を持っていたのは、彼が酒を飲むまでだった。

長年親しくしている父親二人は晩酌が始まるとすぐに酒がまわっていき、へべれけに酔っ払っていく。



「いやあ、それにしてもアドルフとアカネ嬢がいつの間にか交際しているとはなぁ」


「私もびっくりしたんだよ。シェドが蹴っちゃった縁談の裏で、まさか二人がそんな関係になっているとは」


「アカネ嬢を嫁に迎えようと言い出したのは儂だったから、アカネ嬢にもアドルフにも悪いと思っていたんだが…いやぁ二人が自分たちで惹かれあうとはなぁ」


「親が変に手を出しても良くないということだね。ティナから報告を受けた時には本当に驚いたよ」


「まったくだ。まさか二人が交際を始めるとは」


「驚いたよねぇ」



酔っ払いにありがちだが、ほとんど同じ言葉を繰り返すばかりで会話が進んでいない。

アドルフとアカネの交際の話はかれこれ三十分くらい続いていて、ずっとこんな感じだった。

『まさか二人が付き合うとは』『驚いた』…以上である。

その会話をアドルフは複雑そうな様子で、俺は辟易を押し隠した笑顔で、そしてアカネは…心ここに在らずな表情で聞いていた。


さっさと帰りたい。

まさかそんな考えを読み取ったが故の嫌がらせではないだろうが。

食後のお茶を飲みきったあたりで、アドルフが俺に声をかけてきた。



「リード、お前は剣が使えるらしいな。腹ごなしに付き合え」



…また面倒なことを。

確かに剣は好きだ。

とはいえ食後にやることだろうか。

これはやっぱり、昨夜のことを根に持ってなのか。

頭に血が上ったとはいえ、ちょっとやり過ぎたな…

相当挑発的な行為だった自覚はある。

正直に言えば面倒くさいし、俺が受けてやる義理など無いと思うんだが…

しかし俺の外面は笑顔を崩さず、頷いてしまう。



「喜んで」



…何にも喜ばしく無いんだが。

別にアカネは隠していたわけではなく、単に頭痛があったことを忘れているだけです。

頭痛が起きたタイミングが悪かったね(71話参照)

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