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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第四章 令嬢と王都

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071見つけた

直前まで風魔術を発動していた影響で駄々洩れていた魔力。

過剰な量のそれが黒木の扉に伝わり、羽のように軽くなった。

通常の扉以上に軽い扉を、通常の扉のつもりで開け放てばどうなるか。

けたたましい音を立てて開くことになる。

豪快な開き方をした黒木扉、そしてその前に立っている一人の少女こと私は、ギルドにいた人々の視線を一身に受けていた。



「…あらあら、また派手な登場ね」


「新人か?」


「見覚え無いな。あの開き方を見るにかなりの魔力の持ち主だぞ。魔術師か」



や、やばい。

目立たないようにすぐ帰ろうと思ったのに、めちゃくちゃ悪目立ちしてる。

『勢いよく開いてものすごい音立てて衆人環視になりたいなら止めない』

いつぞやのリードの言葉が頭の中にリフレインする。

予言通りになってしまった。



「す、すみません、間違えました!」



何を間違えたんだか周囲の人にはさっぱり分からないであろうことを叫んで、受付の方へダッシュする。

もう逃げ帰ってしまいたいけれど、ここまで来て目的を果たさないのもあり得ない。

慌てていた私は、勢いあまって誰かにぶつかりかけた。

上手くいなして受け止めてくれた男性を見上げると、相手は驚いたような顔をする。



「おっと…これは…スターチス家の…」


「え?」



数秒考えて、思い当たる。



「あ、あの時の!」



前回ギルドに来た時、御用聞きに声をかけてくれた職員さんだ。

ええっと、フランクさんだっけ?



「なぜこんな時間に…おひとりですか?」



まずい、この人は私がスターチス家の令嬢だって知ってる。

供が誰もいないことに気付いて、困ったような顔をしていた。



「ちょ、ちょっと離れたところで待ってもらっているんです。今日は聞きたいことがあって来ました。用が終わればすぐに帰りますから」


「はあ…」


「あの…冒険者の中に、ファリオンって人はいますか?」


「ファリオン、ですか?指名依頼でしょうか?」


「そ、そんな感じです」



わざわざ名前を出して冒険者を探すなんて、指名依頼くらいだ。

でもそういうのは大体有名な高ランク冒険者が対象になる。

フランクさんは溜息をついた。



「…事情はお聞きしませんが。正式なご依頼でなければ所在はお教えできませんし、正式なご依頼の際には未成年の方は成人した保証人を立てていただくことになりますよ」



そう言いながら、名簿をあたってくれるフランクさん。

職員がすぐ名前に思い当たらないということは高ランク冒険者ではないということ。

つまりは普通の指名依頼ではない。

人を探しているだけだということに気付かれてしまったようだ。



「名前のほかに情報はございますか?」


「え、えっと…年は十四歳くらいで、武器は大剣。金髪に銀色の瞳です」


「…ふぅむ」



全て本の中の情報だ。

この世界は、本の世界と状況が変わっている。

だけど今のところ年齢や外見が変わっている人は居なさそうだから、この情報はそのままだと信じたい。

しかし、フランクさんは首を振った。



「申し訳ございませんが、冒険者ギルドに該当する人物の登録はございません」


「ギルドに?この本部ではなくて?」


「本部には世界中の冒険者ギルドの登録情報が集まってきています」



つまり、どの冒険者ギルドにも、ファリオンは登録してない…

足元にぽっかり穴が開いたような気分だ。

予想はしてた。

してたけど、いざ現実として突きつけられると…

…私が勇者ファリオンに会える日は、来ないのかもしれない。



「レディ、大丈夫ですか?」


「…大丈夫、です。ありがとうございました」



ふらりと白木の扉に歩み寄る。



「おいおい嬢ちゃん、もう帰んのかよ。せっかくだし飲んでけよ」


「おい、寄せ」



酔っ払いがこちらへからんでくる。

フランクさんや周りの冒険者らしき人たちが止めてくれているうちに、外へ出た。

ギルドの周りには酒場が集まっていて、この時間でも賑やかだ。


建物も、人々の容姿も、その服装も、手に持つ食べ物でさえも。

私が元居た世界とは大きく違う。

冗談のような光景だ。

当たり前だろう。

だってここは本の中の世界で…


なんで私、こんなところに居るんだっけ?

酒場のざわめきが鼓膜に響く。

この場所が私の知らない世界であることを自覚させようとするかのように。

頭がガンガンと痛み出した。

追い立てられるように逃げ込んだ路地裏。

湿っぽくかび臭いその場所に、思わずうずくまった。


早く帰らなきゃ。

分かっているのに帰る気になれない。

城に帰って、みんなに心配かけないようにベッドに入って、それで…

…それで、どうなるっていうんだろう。

アカネ・スターチスの人生を、私は送るんだろうか。

ファリオンに会えないまま。

何のためにここにいるのか分からないまま。

どうして元の世界の家族や友人たちに会えないのか、分からないままで。


ユーリさんは帰れる可能性もあるようなことを言っていた。

『本の世界にとらわれなければ』?

それってどういう状況を指すの?

前例は無さそうだった。

みんな帰りたくなくなるって言ってたな。

でもそれってきっと、大好きな本の世界そのままだったからでしょ?


こんな、私の知ってるのと違うことばかりの世界…

知らない世界とおんなじだ。

こんなの、私…



「よっこいしょー」



気の抜けるような掛け声が聞こえるのと同時に、体に衝撃を覚える。

勢いのままに真横に吹っ飛ばされた。



「あん?なんだ?」


「おう、どしたー」


「なんかにぶつかった。おい邪魔だ。何してんだテメー」



ドスの聞いた荒っぽい声が次々と飛んでくる。

目を瞬かせながら視線を動かすと、粗野な男たちの集団が目に入った。

一番前にいる男が大柄だから、後ろの人たちはよく見えないけど…十人くらいいそう。

うわぁ、柄の悪い人達と出くわしちゃったみたい。



「す、すみませ…」



腰が抜けてうまく立てないまま後ずさりながら…

ふと、彼らの手元を見て、血の気が引いた。

皮のグローブ。

そこに描かれた模様は、闇夜に輝く銀色の狼。



「…シルバー、ウルフ…」



シルバーウルフ盗賊団。

人さらい、人殺し、何でもやる悪名高い盗賊団。

よりによって、一番まずい集団だ。

何でこんな王都のど真ん中に堂々と盗賊団がいるの!?

王都の警備って厳しいはずでしょ!?

裏路地とはいえあり得ない。


この世界での常識が頭をめぐっていた私は。

一つの可能性に思い当たらなかった。

だけど神様は、そんな私を見捨てなかったらしい。

見落とした可能性を、きちんと現実にしてくれる。



「…大丈夫か?」



恐怖のあまり足元に落ちていた視線。

そこを遮るように差し出された手のひら。

その声は若く、酒焼けしたような男たちの声とは違う涼やかなもの。

ゆっくり顔を上げてその手の持ち主をたどり…呼吸を忘れるということの意味を私は知った。


世闇を切り裂くような鮮やかな金の髪に、勝気そうな銀色の瞳。

人目を惹く整った顔立ちはまだ幼さを残すものの男らしい精悍さを伴う。

それはまるで…頭の中に描いた理想が、そのまま目の前に現れたかのよう。



「ファリオン」



熱い吐息がその名前を押し出し、視界が瞬く間に濡れていく。

手を取るでもなく突然泣き出した私に、彼がどんな表情をしていたのか分からない。

もう目の前は涙でぐしゃぐしゃだった。


会えた。

やっと。

本当にいた。

ファリオンは、この世界に居た。


だけど分からない。

何を言えばいいのか。

どうしたら貴方との縁を繋げるのか。

言葉を探しているうちに、私たちの間を割りいるのは、声変わり前の少年の声。



「お前、アニキのこと知ってるのか?」



そう言って近づいてきたのは、銀色の髪を後ろにまとめ、赤い瞳で私を冷たく睥睨する少年。

この髪と瞳の色。

そして思わず二度見してしまうほどの美貌。

本でも描写の無かったキャラクターだけど…間違いない。



「ヴェルナー、くん?」


「…俺のことまで知ってるのか?」



やっぱりそうだった!

急展開に頭がついていかない。

ファリオン…そっか、ファリオンは盗賊団に残ったままの可能性もあったんだった。

そしてヴェルナー君…リードは『弟は生きてる』って断言してた。

でも『少し厄介なところにいる』って言ってたのは…シルバーウルフ盗賊団のことだったの?

しかもなんかファリオンに懐いてるみたいだし。

何この状況。


探していた人がダブルで見つかった時、私はどういう行動を取るべきなのか。

ファリオンに会いたい一心で動いてたけど、まさか今日会えるとも思っていなかった。

いざ目の前にすると何をすればいいのか思い浮かばない。

いや、まずは挨拶だよね。

第一印象って大事だし。

とりあえずすぐにヴェルナー君のことより、ファリオンで頭がいっぱいになってしまった私への罰なのか。



「おい、ファリオン、ヴェルナー。そこどけ。その嬢ちゃんは始末しとかねーと」


「え…え!?」



そんな言葉が聞こえてきて、またも頭が真っ白になる。

柄の悪い男たちの中でひときわ大柄で眼帯をつけた男。

いかにもカタギじゃなさそうな外見だ。

その男の隻眼がこちらを見下ろしていた。



「殺すのか?普通の女だぞ」



ファリオンが眉根を寄せてそう返す。

え、もしかしてかばってくれてる!?

今、私っ…ファリオンにかばわれてる!



「…何でこの女この状況で幸せそうにしてんの…?」



近くでそんな私を見ていたヴェルナー君がドン引きしていた。



「ホントなら俺たちゃこんなトコにゃいちゃいけねぇもんよ。このお嬢ちゃんのお口が悪さする前にキュッと閉じとかねーとな」



キュッとされるのはお口ではなくてお首の予感。



「…殺生が掟で禁止されてるのは知ってるだろ?」


「黙ってりゃわかんねぇよ。オメーらのお口がお利口さんならな」



ファリオンと眼帯男の雰囲気が険悪になる。



「アニキ、まずいって。ベオングは友斬りだ」



ヴェルナー君がこっそりファリオンにそう囁く。

ベオングはこの男の名前だろうけど…ともぎりって?



「あいつにやられるほど俺は弱くない」



そう言いながら、ファリオンは腰に下げていた剣を抜いた。

え、まさか戦うの?

ともぎりって、仲間も斬るってことだろうか。



「ヴェルナー、お前はベオングについていい」


「そんな…アニキは!」


「俺は首領の意に反する行動を取りたくない」


「そんなの、俺だって!」



ヴェルナー君まで短剣を抜き放つ。

その背後にかばわれるような配置で座り込んでいる私。

美少年二人に守られてる状況は大変おいしいけれど、二人が傷つくことなんて望んでない。

いっそ私の魔術で撃退しちゃおうか…

だけど正直、人に向かって魔術を使ったことってないんだよね…

そこまでの覚悟を持って魔術を振るったことが無い。


それにそうして二人以外の盗賊を退けられたとして、その後どうしたらいいんだろうか。

ヴェルナー君はリードの弟。

お母様たちは保護しようとするだろう。

でもお兄ちゃん魔王化してるしなぁ…

それにこれだけ慕ってるファリオンと引き離して大丈夫かな?

ていうかそのファリオンだよ。

リードと引き合わせるの怖すぎるもん、どうしよう?


私の頭がぐるぐる空転している間に、ベオングとファリオン達の距離が縮まっていく。

ああもうこうなったら腹をくくって魔術を一発ドカンと…



「おや、そこにいるのはアカネ様?」



背後からかけられた、中性的な声。

振り返った先では、大通りからこの裏路地を覗き込む美女が居た。

特徴的な赤毛のお団子頭。

そばかす交じりの顔をきゅっと引き締めるスマートな眼鏡。

間違いない、彼女は…



「魔王ーーー!!」


「…どういう意味かな」



魔王の天敵、ローザだ!

だけどあの時の恐怖がフラッシュバックして、思わず口についたのは"魔王"の一言だった。

いやでもそんな的外れでもない表現だと思うんだ。

あの時のことを思うと。


ローザは心外だと言わんばかりの表情をしつつも、こちらに歩み寄ってきた。

私の奥で今にも剣を交えそうな男たちが見えないわけでもないだろうに、何でもないことのように悠々と。

そういえばこの人、リードに氷槍を向けられても顔色一つ変えなかったっけ。

もしかしてめちゃくちゃ強いんだろうか。



「おっと、そこにいるのは…ひょっとしてヴェルナー君と…まさかファリオン君か!?」



私をかばっている美少年二人の姿を見て、ローザのテンションがおかしなことになった。

行方不明と思われていた二人が見つかった。

それなりに事情を知っている人ならば驚愕しても無理もない。

だけど彼女の場合は違う。



「ふぅぅぅ!ヴェルナー君、いいね、いい感じだね!君は素晴らしい!ぜひとも今の君のまま未来永劫美しくあってほしいものだ!」


「…ああ!お前ローザか!一時兄さんにめちゃくちゃつきまとってた奴だな!まだ生きてたのか!」



ヴェルナー君はローザがお兄ちゃんのストーカーだったのを覚えているらしい。

多分当時十歳にも満たなかっただろうに…小さい子供になんて嫌な記憶を植え付けるんだ。

ハァハァしていたローザは、その視線をファリオンに移した途端、この世の終わりのような顔をした。



「ああ、ファリオン君、なんということだ。時の流れは全く残酷だな!」



ローザはファリオンとも知り合いだったようだ。

そしてリード同様、ファリオンも好みから外れてしまったらしい。

あえて言いたい。

おめでとう、ファリオン。



「…あんたが誰かは知らないが、関わり合いになりたくない相手だってことだけは分かった」


「なんだと?私のことを覚えていないのか?あんなに愛を語り合ったのに!?」



ファリオンは嫌そうに顔をゆがめてあしらった。

肩をつかまんばかりの剣幕のローザに、ヴェルナー君が慌てて間に入る。



「お前アニキにまで絡んだことあったのか!どうせまた一方的なストーカーだろ。アニキが記憶喪失なのをいいことに嘘を吹き込むな!」



え。



「記憶喪失だと?」



初めて私の心境とローザの発言がシンクロした。

ファリオンが記憶喪失…これもまた本の中ではなかった事態だ。

どういうことか問い詰めようと開いた唇は、まったく別の言葉を叫ぶことになった。



「危ない!」



ローザに気をとられていたファリオンとヴェルナー君。

その隙を見逃してくれる気が無かったらしいベオングから振り下ろされるサーベルが目に入ったから。

しかし、そのサーベルが二人を襲うことは無かった。

地面から突き出した氷柱が、ベオングの刃先を阻んだからだ。

二人を巻き込まず、その凶刃のみを受け止める氷柱。

あの一瞬に、これほど精密な魔術を使うなんて…もちろん私にはできない。



「…見つけた」



頭上から聞こえた声に顔を上げ、私は息を呑んだ。

まさに"見つけた"回。


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