067助けて、魔王様!
「んんー…」
時は少し遡り、アンナに舞踏会参加の承諾を取り付けた翌日のこと。
私は部屋のデスクに突っ伏して唸っていた。
「お嬢様、まだですか?」
「何て書いていいかわかんないんだもん。ていうかさぁ、五日後に会うのにさぁ…手紙の返事とか必要?」
私の手元には真っ白な便箋。
そして脇には流麗な文字が躍る手紙。
宣言通り、アドルフ様は手紙を送ってくれたらしい。
内容としては、この前の舞踏会での君は美しかったとか、次会えるのが待ち遠しいとか、恋人ごっこに相応しい、痒くなっちゃうけど当たり障りのない恋文だった。
律儀なことだ。
で、『返事は後でとか言ってるとずっと書かないだろうから今すぐに書け』と、私のことをよく知っているティナに申し渡されてしまった。
手紙を届けてくれた、アドルフ様の近侍であるクライブさんを応接室に待たせてまで。
かれこれ三十分ほどお待たせしているけれど、"アドルフ様 お手紙ありがとうございます。"から先が一切進んでいない。
…正直、ペンが進まない理由の一つに、アドルフ様が本気で書いてたらどうしようという懸念があるんだけど…
あの時一緒にいたティナに『自意識過剰』と切って捨てられたらそれまでだし、もし逆ならますます自分の首を絞めるわけで。
ティナに確認を取る気になれない。
取ったところでどうしようもないんだけど。
ああもう、無理だよー。
そもそも手紙なんて小学生以来書いてないもん。
しかも恋人への手紙とか彼氏いない歴イコール年齢女に無茶ブリすんなって話だし。
早くアンナのドレスの手配手伝いに行きたいのになぁ。
私の泣き言にティナは大きくため息をついた。
「内容など薄っぺらでも構いません。アドルフ様に恥を書かせない内容であれば良いので、何かお書きになってください」
「うーん…」
じゃあまあ、とりあえずこの前の舞踏会でお世話になったことのお礼と…
うん、アドルフ様の手紙の真似したらいいかな。
ドレス褒めてくれてるからこっちも…
アドルフ様どんなカッコしてたっけ…すでに覚えてないわ。
あ、ダンス上手だったからそれ書いておこう。
あとは今度の舞踏会でお会いできるのを楽しみにしてます、とかでいいかな?
と、まあ、アドルフ様からの手紙をほぼおうむ返ししたような内容だったけど、ひとまずティナからのOKが出たのでそれをクライブさんに届けてもらった。
まさかそんな手紙で、アドルフ様がますます想いを募らせてくるなんて知りもしないし、知ったところで私はこれ以外の文章を書けなかっただろうからどうしようもないのだ。
そして五日後。
「お嬢様、新しいドレスが届きましたよ」
アドルフ様主催の舞踏会当日の朝。
お城の人に呼び出されて退室していたティナが戻るや否やそんなことを言い出し、私は目をパチクリさせた。
「は?新しいドレス?この前のは…いや、目立つからまぁ他のドレスの方が嬉しいけど、もったいない…」
「この前のも捨てるわけじゃないですよ?でも、次期公爵様のパートナーとして振る舞う以上、同じドレスばかりというわけにはいかないのです」
「そしてこちらはそのアドルフ様からの贈り物です。実は舞踏会の翌日には連絡をいただいておりましたの。次の舞踏会のドレスはアドルフ様の方で用意したいと。次期公爵の恋人にふさわしいドレスを至急つくらないとと思っていましたから、助かりました」
「……」
「…お嬢様、その『アドルフ様の恋人めんどくさい』という顔、ご本人の前でなさらないでくださいね」
おっと、失礼。
ティナの半眼から逃れるべく目をそらしていると。
「あらあら、アドルフ様の本命は面白いお嬢さんなのね」
ティナの後ろからひょっこり姿を現し、そう言ったのは、まさに美女。
ウェーブのかかった豪奢なアッシュブラウンの髪を背に流し、目の覚めるような赤い華やかなドレスを着て、繊細な刺繍の入ったショールを羽織っている。
首元や耳元、手首にはふんだんに宝石をちりばめたアクセサリーの数々。
下品にならない手前まで着飾ったような人だ。
…ただ、背が高い。
あと、声が低い。
さらに、ショールから覗く喉仏と大きな箱を抱えた前腕部の筋肉が大変立派で…
「ご、ごきげんよう、オネエさま」
混乱した私の口をついたのはそんな言葉だった。
しかしその言葉はたいへん彼女のお気に召したらしく。
「あらまあ、お姉様だなんて言われたの初めて。なんだか照れちゃうわねぇ。でも嫌いじゃない、嫌いじゃないわ」
トーンの上がった声でそんなことをまくしたてつつ、荷物をティナに押し付けてこちらに歩み寄る巨体。
手を握られた瞬間、『ひっ』なんて叫びが出かけたのをグッとこらえた。
「アカネ様、アタシはミス・グレイ。ああでも、貴女はさっきの呼び方でいいわ。貴女のこと気に入っちゃったから特別よ」
「え、ええと?」
「…お嬢様、こちらはシェニーロの創設者でありデザイナー顧問をしていらっしゃる方です」
え、シェニーロって…
「あ、あの有名なドレスのブランドの?」
「この前のハカマドレスを仕立ててくださったのはミス・グレイご本人ですよ」
「アタシとフェミーナ夫人はお友達なのよ」
ミス・グレイがウィンクしながらそう言った。
お母様の交友関係って…
色んな意味で面食らう。
「あのハカマドレスのデザインしたのは貴女なんですってね。あれは素晴らしかった。アタシのセンスに刺激を与えるなんて只者じゃない。只者じゃなくってよ!さらに先週、急にベルブルク家のご嫡男から急なドレスの依頼が入ったと思ったら、それがアカネ様への贈り物だっていうじゃない。これはもうお会いしてみるしかないって思ってね!アタシが直々にお届けに上がったのよ!」
ミス・グレイが抱えている箱の中身はドレスだったらしい。
ティナが箱をテーブルの上に並べつつ言葉を継ぐ。
「あまり期間も無かったので、ハカマドレスと同じブランドであるシェニーロへ、同じサイズで仕立ててもらえるよう直接頼んでくださったようですよ」
「かなりの短納期だからお値段も無茶言ったんだけど、それでもって言うんだもの。愛されてるわね、アカネ様!」
もはや何から突っ込めばいいのやら。
とりあえず、別れにくくなるからあんまり気合い入れたことしないでほしいとか思っちゃう私は不義理なんだろうか。
「あらそんな顔しなくていいのよ。女に金を使うのが男の甲斐性の見せどころなんだから。男を立ててやるつもりで着飾られてあげたらいいの」
「そ、そういうものですか?」
「そういうものよ。アカネ様ももうお年頃なんだから、慣れていかないとね。さ、最終チェックしたいから早速試着して頂戴」
最終調整までミス・グレイが直々にしてくれるらしい。
流石に着替える時は気を遣うらしく、一旦退室していった。
「…シェニーロの代表って…なかなか強烈な人だね…」
「噂には聞いたことあったんですけど、実物見るとすごいです」
服を脱ぐのを手伝ってくれながら、エレーナが私に同意する。
「そんな人を選ぶ振る舞いをしていてもこうして自分のアトリエを立派な有名ブランドに成長させるくらい、腕が確かな方ということです」
ティナはそう言うけれど、逆だってあるんじゃないかな。
才能だけあっても人の目に触れなければ成功できないこともあるっていうし、強烈なキャラクターは掴みとしては十分だ。
素であのキャラなのか、狙ってるのかは知らないけど。
仕事ができるのは確かなんだろうな。
そして。
ミス・グレイが持ってきた箱を開け、中のドレスが目に入った瞬間…私達は口をあんぐり開けた。
淡いクリーム色のシルクに金糸の刺繍が織り込まれ、胸元に大きな白い花のコサージュがあしらわれている。
バラ咲きのシャクヤクみたいに、花びらの数が多い大ぶりのものだ。
肘まであるフィンガーレスタイプのグローブは真っ白なレース編みで、コサージュと同じ花がモチーフになっている。
靴やアクセサリーもドレスに合わせて白を基調としたもの。
清楚で、けれど華やかなそのドレス一式は、派手さこそ無いものの上等な生地に最高の技術で仕立てられたことがよく分かる。
よく一週間もないような短期間でここまでのものをと職人に感心する一方で、何でこのデザインなのかと問い詰めたい。
こんなウェディングドレス一歩手前の色合いのドレスなんて…
「…お嬢様、アドルフ様と結婚のお約束を?」
「し、してないしてない」
年頃の女性が夜会で着るドレスは華やかな色のものが基本。
落ち着いた色合いのものは既婚者ばかり。
一つだけ例外となるケースがある。
それは…婚約が成立したカップルだ。
婚約者が恋人の女性にウェディングドレスを思わせるような白いドレスを贈って、周囲に婚約をアピールすることがある。
場の主役となるくらい目立つから、主催側に許可を取らないと失礼に当たるんだけど、今回の舞踏会はそもそもアドルフ様主催でそこは問題ない。
…いや、逆に問題大有りだ。
だってこんなの…
「婚約発表の舞踏会だと思われるのでは…?」
思っていたのと同じことをティナに真顔で言われて焦る。
「い、一応、真っ白じゃないし?」
「周りはそう思わないんじゃないです?こんな淡い色なら誤差の範囲ですよ」
エレーナの追い討ちがかかった。
「なんにせよ、まずは着ないとお直しに入れません。お忙しいミス・グレイをおまたせするわけにも参りませんし…」
「そ、そうだね。とりあえず着てみよう」
そして着付けが終わり、呼び入れられたミス・グレイはこちらを見て満面の笑みを浮かべた。
「あらー、とぉっても似合ってるわ!アドルフ様から聞いたイメージに間違いは無かったわね!」
一体どんな情報を聞いてこのドレスになったんだろうか。
「あの、ミス・グレイ…このドレスは何のための贈り物だと聞いてらっしゃいますか?」
「え?なんのって…」
さっそくウエスト部分の調整に取り掛かっていたミス・グレイに問いかけると、彼女は目を瞬かせた。
「婚約記念パーティー用の贈り物じゃないの?」
私とティナ、エレーナが揃って額を押さえる姿に、彼女はますます戸惑いを見せる。
「え、違うの?いや確かに婚約ってハッキリ言ってたわけじゃないけど…え、嘘、違うの?」
「…私とアドルフ様に婚約の事実はありません。家同士でも当人同士でもそんな話はしてないんです」
ミス・グレイの顔色が目に見えて悪くなった。
仕立て屋のプロとしてはやっちゃいけないミスだろう。
アドルフ様も婚約って言ってたわけじゃないらしいのに、なんでそんな早とちりを…
そんな非難めいた疑問が顔に出ていたのか、ミス・グレイは自ら説明を始めた。
「あ、あの…ほら、今回の注文って、かなり急だったじゃない?そこまで急いで贈り物をするなんてよっぽどの事情があるのねって思ってたんだけど…さらにね、注文が入った翌日、アドルフ様ってばわざわざアトリエに出向いてまでドレスイメージについて追加の要件をつけてきたのよ」
「追加の要件?」
「彼女に恥をかかせない、最高級のものを、って…それで、妙に真剣だったからこれは本格的に本命の相手ができたらしいって思って具体的なイメージを聞こうとしたのよ。イメージに近い花とかありますかって。そしたら彼、アトリエに飾ってた真っ白なシャクヤクを指差したの…男性が白い花のイメージでドレスを作るのって、慣例的にはそういうことじゃない?だからアタシ、てっきり…」
「…ああ…」
ティナが真顔で額を押さえたまま呻く。
「お嬢様、また罪なことをなさいましたわね」
「え?」
「おそらくお嬢様からの恋文をご覧になって想いが高まり、アトリエにまで出向かれたのでしょうね。そしてその熱のまま語り続けた結果、お嬢様をイメージした真っ白なシャクヤクを指差された。そういうことですわ、きっと。いかがです、私の名推理」
「……」
感想を言えと言う事なら、『うざい』の一言につきるわけなんだけど。
うざいけど、その通りな気がしてきた。
隣でミス・グレイが震えている。
「あの男、今までは色々ソツなくこなしてたくせに!なんかポーっとしてると思ったのよ!アカネ様のことになると脳ミソ溶けんじゃないの?たぶん他にも取り返しのつかないポカやらかすわよ、アイツ!アカネ様、大丈夫なの!?」
そもそも彼との付き合いが、私と一緒にやらかした大ポカのせいです、なんて言えない。
「とはいえ、こちらに確認ミスがあったのは事実ね。ごめんなさい、アカネ様」
「ああ、いえいえ…」
「他のドレスはあるんでしょう?今日の所はそれを着てもらえないかしら」
「そうですね、でも…」
同じドレスを着るのはベルブルク家の顔を立てられない。
それにドレスの手配にミスがあったと知れば、アドルフ様は気にしそうだ。
…気にしてこれ以上の贈り物をされても困る。
助けて、魔王様!
まさかそんな心の声が聞こえたわけではないだろう。
だけど部屋に響いたノックの音は、あまりにタイミングが良すぎた。
「アカネ様、リード様がいらっしゃったのです!」
対応に行ったエレーナが、まるで救世主が現れたかのように高らかに叫んだ。
嘘でしょ?
目を丸くしている間に、エレーナは部屋主である私の許可を待たずにとっととリードを招き入れてしまう。
コラコラ、仮にも着替え中なのに。
後ろのコルセットを緩めていたところだったから、背中丸見え。
その姿に気付いたリードが、珍しく焦った顔をして咳払いをし、エレーナを睨んだ。
エレーナちゃん十八歳は舌を出してウインクした。
ちょっと可愛いのが悔しい。
さりげなくこちらから視線をそらしてくれているリードに何の用事で来たのかを聞きもせず、エレーナは事情を説明する。
話を聞くリードはずっと不機嫌そうで、けれど驚いた様子が無い。
…まさか本当に事情を知ってて来た?
鳥の髪飾りでの常時盗み聞きは禁止してるはずなんだけ…私の焦りをヒナちゃんが感知してリードに知らせてくれた可能性はある。
だけどこれだと、私が動揺するたびにリードにいろいろ筒抜けになりそうだ。
複雑な表情をしていると、リードがこちらに視線を寄越す。
「なに、その目。何とかしてほしいんじゃないの?」
「…案があるの?」
「可愛い妹の婚約なんて大事な話をどっかの馬鹿男のうっかりででっち上げられるわけにはいかないから」
おお…お怒りだ。
毒舌が隠せてない。
リードは吐き捨てるようにそう言った後、ミス・グレイの方に歩み寄った。
「ご挨拶が遅くなってすみません。初めまして、レディ。僕はヴィンリード・スターチス。アカネの兄です。お見知りおきを」
「あっ…ら…あらあらまぁまぁ!ええ、ええ!知っているわ、ヴィンリード様!お噂はかねがね!噂通りの美男子ね!」
「恐れいります」
「謙遜しないところがまたいいわぁ!」
ミス・グレイがくねくねしながら身悶えている。
リードが入室してからこっち、彼女の視線はリードにくぎ付けだったしね。
さらに女性扱いするリードの対応は百点満点だったんだろう。
分かっててやってるであろうリードの笑みは私には真っ黒にしか見えないんだけど、本性を知らないレディには十分な威力があったようだ。
「私はミス・グレイ。シェニーロの代表をやっているわ」
「お目にかかれて光栄です。ミス・グレイ、貴女の作品に私の手を加えさせていただく許可をいただけますか?」
リードはそう言って微笑み、ミス・グレイの手を取る。
効果は抜群だ。
あっさり彼女は頷き、許可が出た。
何をするつもりなんだろうか。
王都編に来てキャラが渋滞気味です。
どうしてこんなキャラになったんだろうか。




