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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第四章 令嬢と王都

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064まさかのプロポーズ

「で?」



ついこの間も聞いたな、この『で?』ってやつ。

でもあの時以上に声が冷たい。

声に温度って感じるのね。

背筋がひやぁってする。



「悪かった、ヴィンリード。話に夢中になっていた。これはエスコートする側である俺の責任だ。アカネ嬢を責めないでやってくれ」


「どっちが悪いかなんてどうだっていいんですよ。どうするんですか、もうすっかり二人は恋人認定されてますよ」



目上であるはずのアドルフ様にも威圧感を隠すことなく返すリード。

やばい、怖い。


あの後、周囲の視線にさらされながら、アドルフ様は私とリードを広間から連れ出した。

そして広間の近くに休憩所として用意されている部屋の一室を貸し切り、事情説明という名の尋問会が開かれている。

キャストは私とリード、アドルフ様、そしてティナに、アドルフ様の近侍のクライブさんでお送りいたします。



「一人一人に言い訳でもしますか?『話に夢中になって二曲目も踊ってしまった』って。『そこまで夢中になれる相手に出会えてよかったですね』とか言って惚気扱いされるだけでしょうけど」


「う…」



アドルフ様はおそらくこういう失態をあんまりしない人なんだろう。

さっきまでの堂々とした立ち振る舞いが鳴りを潜めて、リードにすっかり押し負けている。


確かに私たちの行動は迂闊だった。

でもリードは近くに居たんだから止めてくれても…

いや、楽しそうに話す男女の間に割り入るのも、ダンスが始まって手を取り合うのを阻止するのも野暮すぎるもんな…

むしろ周囲の人がリードを窘めることになるだろう。


シュンとする私達を見かねてか、近侍のクライブさんが声をかける。



「今更、周囲に弁解をしたところでお二人にとって良い形にはなりません。軽はずみな行動をする令嬢だと思われてはアカネ様の名声に傷がつきますし」


「…クライブ、俺の心配は?」


「アドルフ様、自ら『俺の責任だ』と言ったのをお忘れですか?」


「…言った」


「ならアドルフ様は汚名を甘んじて受けてください」



穏やかな声でそう辛辣に言い放つクライブさんは、眼鏡をかけた知的な印象の男性だ。

年はたぶんアドルフ様と同じか少し上くらい。

さっき自己紹介してもらったところ、伯爵家の次男で、十年前からアドルフ様の近侍として仕えているとか。



「アカネ様、今からでもアドルフ様との婚約について考え直していただく余地はありますか?」


「え、ええ?」



クライブさんの思いがけない言葉に、目を白黒させる。

リードが大きくため息をついた。



「お言葉ですが、家同士にかかわる話です。この場で決められることではありません」


「もちろん、承知しております。ですがご本人同士の意思があればあまり障害のない縁談だと存じます。アドルフ様に異論は?」


「…俺の不手際でこうなったんだ。俺に異論はないが…」



何でだ。

俺の隣に立つには不足って二回も言われたの私忘れてないぞ。

責任を感じて致し方なく、な返事にしては表情がまんざらでもなさそうだ。

いったい何が貴方の琴線に触れたのですか。



「あ、あの…私にはちょっと荷が重いっていうか…」



私は慌てて異を唱えるものの、言葉がつっかえてうまく出てこない。



「この通り、アカネは公爵夫人が務まる器ではありません。こう見えて繊細なところもありますので、重圧に耐えきれないかと」



私に加勢してくれたらしいリードの言葉はちょっと棘があるけど事実だ。

うん、無理。

気品とかないし、駆け引きとかできないし。



「公爵夫人にふさわしい振舞いなどは後からいくらでも身に着けられるとは思いますが…アカネ様の精神的負担となるのであれば無理強いはできませんね。では次善策です。アカネ様」



クライブさんがこちらに向き直った。



「はい?」


「私の容姿や言動に対して生理的な嫌悪感を感じますか?」


「…はい?」



何の話。

ポカンとする私をよそに、リードの表情がますます剣呑になり、アドルフ様は口元をひきつらせた。



「おい待てクライブ。お前…」


「私は伯爵家の出ではありますが、家は兄が継ぎますので、このままアドルフ様の側仕えをさせていただくつもりでいます。そしてこの通り問題児であるアドルフ様の世話を焼かせていただいていたおかげで、見合いの一つもする暇がなく、パートナーがおりません。貴族としての華やかな生活をさせてはあげられませんし、忙しいのでそばに居られる時間も多くは取れませんが、次期公爵の側近となれば、そう生活に不自由させることもないかと存じます」



さすがにここまで言われれば私も話が読めてくる。



「というわけで、私と結婚しませんか?」



無表情かつ平坦な声でそんな申し出をされた。

読めていたとはいえ、予想外な話であることに変わりはなく、私は口を開けたまま呆けてしまう。



「クライブ、何でそうなった。どこが次善策だ説明してみろ」



私の心中をすべて反映したような追及をアドルフ様がしてくれるも、クライブさんは表情を変えないまますらすらと口を開く。



「私はこの通り社交界の華やかな雰囲気が苦手ですので、舞踏会にも参加することはあまりありません。そのため、アドルフ様が私とアカネ様の橋渡しをしていて、親密にしていたのはそのためだという話にすり替えることができるのでは、と。本命の人と踊れない乙女の為、『俺をクライブだと思え』と代わりに踊ってやるアドルフ様、という筋書きは女性の支持を得られるかと存じます」



利用されてる側の私からの支持は着実に低下してますけども。



「この場合のメリットと致しましては、アカネ様が軽はずみな女性であると思われないこと、公爵夫人の重圧を感じずに済むこと。アドルフ様に伴侶を選ぶ権利が残り、しかも好感度があがること。そして私が『いい加減伴侶を探せ』と言う実家の圧力から解放されることです」


「せめて最後の本音は隠さんか、馬鹿者!」



怒鳴るアドルフ様と柳に風と受け流すクライブさん。

生まれて初めての面と向かったプロポーズが火消しの為なんて嫌すぎる。

しかも次善策扱い。

おそらく今一番私を守るべきティナは無表情にわくわくを隠した瞳でこちらを見つめるだけだ。

『ねぇねぇなんて返事するの?』じゃないわ。

カオスになってきた室内を正気に戻したのは空気を切り裂く鋭い打音。

全員の視線が、手を打ったリードに引き寄せられる。



「アカネ」


「は、はい」



急に水を向けられて声がひっくり返った。



「クライブさんと結婚したい?」


「え、いや…もったいないお話ですが…」



政略結婚はおろか事態を収拾するためとかで結婚するのはやだな。

恋愛結婚が一般的な現代日本出身ですし。



「では、この話は無しです」



リードのそんな一言であっさりバカ騒ぎが収まった。

さすが魔王様。



「…しかし、そうなると時間をかけて解決するしかなくなりますよ」


「そうでしょうね。ですがそれが一番後に影響を残さずに済みます」



クライブさんとリードだけが分かったような口ぶりで話を進める。

いや、アドルフ様やティナも神妙な顔してるわ。

分かってないの私だけっぽい。

置いてけぼりの私に気付いたのか、アドルフ様が私の方を向いた。



「アカネ嬢、噂をひとまず真実にしておくことになる」


「ひとまず?」



とりあえず恋人の振りするってこと?



「期間は…そうだな、半年もあれば体裁として問題ないんじゃない?その後関係を終えたことにすればいい」



戸惑う私に、リードが補足をしてくれた。

はぁ…

貴族同士のお付き合い自体は、まあそこそこあることだ。

全くなしに婚約、結婚と進む人も少なくないけど、近年お付き合いを経て結婚するカップルも増えてきたそうだ。

もちろん、途中で関係が悪くなって別れることもある。


そのお付き合いは舞踏会に一緒に行くとか手紙を交わすとかいう程度でいたってプラトニック。

決して二人きりになることがあってはならない。

さすがに人の目が無いところで二人きりになったという事実が残ると、その後の縁談に差し障る。


しかし節度を守ったお付き合いであれば、後に別れても問題ないとされている。

結婚前に他の人と一度くらいお付き合いするのは嗜みだなんて語る人もいるとか。

まあ、最終的に結婚した相手がやきもち焼きで、過去の恋人のことをずっとネチネチ言われるケースもあるらしいけど。

まあそこは現代日本でも一緒だよね。

人によるっていう話。



「つまり、半年の間はアドルフ様とお付き合いしてるって体で舞踏会行ったり、文通したりするってことですか?」


「そうなる」



ええ…めんどくさい…



「…アカネ嬢、そうも面倒くさそうにされると流石に俺のプライドが傷つくんだが」


「あ、スミマセン」



私の正直な顔が失礼しました。

でもそっか、仮とはいえ私の初彼か。

ファリオンじゃないのが残念だけど、公爵家嫡男とかこの国中の乙女が羨む相手だもんなぁ。

私にしては大したものだ。

仮だけど。



「となれば、一週間後の舞踏会にはさっそく俺のパートナーとして出席してもらうことになるな」


「あ、そうでした」



こんなことになっちゃって頭から飛んでた。

そもそもその舞踏会はアンナの件をメインに考えてたのに。



「あ、あのぉ、リード…お願いがあって」


「この期に及んで?」



にっこり微笑まれる。

いやもう、反論の余地は無いんですが。



「ヴィンリード、俺からも頼む」


「…何ですか」



しぶしぶ話を聞く姿勢になってくれたリードに、さっきアドルフ様と相談していたことを説明する。



「…つまり、俺がアンナ嬢をエスコートして舞踏会に参加するってことですか」


「ああ、頼めないだろうか。もちろんこの借りはいずれなんらかの形で返そう」


「ええ、貸しは忘れるつもりありませんが。そもそもアンナ嬢はそれを望んでいるんですか?」


「わかんない。でもアンナも今の状況のままは辛そうだったの。もしアンナが参加する気になったら、リードがエスコートしてくれる?」



もちろん、アンナが望まないのに無理に連れ出す気はない。

だけどアンナは言っていた。

『エスコートしてくれる殿方がいない』って。

参加したくないとは言っていなかったんだ。

参加する気があってもエスコートしてくれる人がいなければ参加できない。

せめて選択肢を増やしてあげたい。


リードはぎゅぅっと眉根を寄せ、私の方を睨む。

ただでさえ機嫌が悪いところに、本来なら参加しなくてもいい舞踏会の参加をお願いしているんだ。

そりゃ睨みたくもなるだろう。

びくびくしながら見つめ返すと、大きなため息が落とされた。



「…アンナ嬢が僕でいいとおっしゃるのなら」


「ありがとう!」



良かった。

私の失態のせいで、アンナの名誉挽回の機会が無くなるところだった。

リード様神様魔王様、と拝む私に、リードはまた大きなため息をつく。

この数時間で老け込んだように見える。

…トラブルメーカーの主人でごめんね、リード。


その後、軽く打ち合わせをしてから、三人で広間に戻った。

軽食をつまみつつ、談笑する姿を周囲に見せる。

さっき慌てて広間を後にしてしまったから、今更ながらやましいことはありませんよアピールだ。

そしてひとしきり空々しい世間話を終えると、リードが一足先に主催のフェリクス王子に挨拶をして会場を後にした。


それだけで周囲がにわかにざわめく。

私がリードにエスコートされて入場してきたのを知っているからだ。

女性は普通、退場時も誰かにエスコートしてもらう。

通常なら、入場時と同じ、パートナーとか身内に。

もしその舞踏会の間に親密になった男性がいれば、その人に…



「…では、アカネ嬢、そろそろ俺達も帰るとしようか。ウィステリア棟まで送ろう」


「はい、アドルフ様」



差し出された手をとり、ぎこちない返事と共に歩きだす。

周囲の視線が突き刺さる。

だめ、余計なこと考えるな。

足がもつれちゃう。

右足、左足、右足、左足。

頭の中で唱えるのはそれだけだ。


壁際で女性に囲まれているフェリクス王子のもとへ歩く。

退場時はできれば主催者に挨拶した方がいい。

彼は意外そうな表情を隠しもせず、私たちをまじまじと見た。

下まつげが長い。



「…意外だ」



口にも出された。



「何がでしょうか?」



うろたえる私に反して、アドルフ様は堂々とした態度で返す。



「…いいや、アドルフに不満がないというのであればいいのだよ。忘れてくれたまえ」


「…アカネ嬢は素晴らしい女性ですよ」


「おかしなことを言うな。私はアカネ嬢の話などしておらんぞ」



苦虫を噛みつぶしたような顔になるアドルフ様を見て、フェリクス王子がニヤニヤしている。



「レディを立てたいのなら最後まで鈍感を貫くことだ、アドルフ。ああ、アカネ嬢。気を悪くせんでくれたまえよ。この男のすまし顔を崩すのが私の趣味なのだ」


「あぁ、いえ…」



社交界にはもっと綺麗な人がたくさんいる。

出会いを逃したというクライブさんみたいな人ならともかく、選り取り見取りであろうアドルフ様の相手として『意外』と言われるのは当然だ。

それが家同士の縁談ならともかく、今の私たち二人の状況は傍から見れば自由恋愛の上で成立したカップルなので。



「アドルフにこんな顔をさせるのだ。そなたが良い女子なのは確かなのであろう。ただ、こやつは女慣れしておるからなぁ。アカネ嬢には刺激が強いやも…」


「殿下!」



大きな声ではないものの、その制止の語調は強かった。

フェリクス王子は目を丸くする。

下まつげが長い。



「これは驚いた。アドルフよ、そこまで本気であったか」



いや、失礼なこと言われたら怒るのは普通では。

まあ、フェリクス王子はからかっただけなんだろうけど。

しかしアドルフ様の目は、からかわれただけにしては真剣な目で怒りを訴えている。



「…許せアドルフ。冗談だ。アカネ嬢、この通りこやつは本気だ。安心して仲を深めるが良い」



ええ…半年で別れる相手なので、本気認定とかしていらないんですけど。

アドルフ様は黙って一礼した。

私も慌ててそれに倣う。

私の肩を抱き、ざわめく会場を後にするアドルフ様の歩みは早かった。

正直、なんでこんな展開になってるのか私にもよくわかりません

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