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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第四章 令嬢と王都

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063アドルフ・ベルブルクの婚約者

「…あれってこっち見てますよね」


「見てますよね、じゃなくて行くぞ。スターチス家は世話になってるんだし、こっちから挨拶に出向くのが筋だろ」



ですよねー…

グラスをボーイに渡して、アドルフ様のもとに向かう。

いろいろな噂が飛び交っているとはいえ、次期公爵となるアドルフ様は令嬢たちにとって超激戦区の優良物件。

多くの女性に囲まれてアピールされている。

しかし私達が歩み寄るのに気付いた彼は、彼女たちの相手もそこそこにこちらへ向き直り、私たちが来るのを待った。



「…俺はアドルフ・ベルブルクだ。お前たちはスターチス家の者だな?」



アドルフ様がそう声をかけると、周囲の女性たちが場所を開けた。

けれどこちらを…いや、主に私を見る目に敵意を感じる。

やっぱりあれかな、私がアドルフ様の縁談蹴ったっていうやつのせいかな。

しかしそんな周囲の様子を意に介さず、リードは微笑んで礼をとる。



「はい。私はヴィンリード・スターチス。こちらが妹のアカネです。ベルブルク家には日ごろからご厚情を賜り、感謝に堪えません」



その言葉に合わせて、私も礼をした。

そんな私を見下ろしながら、アドルフ様は首を振る。

えっと、それはどういう意味だろうか。



「御託は良い。アカネ嬢、俺に言うことは無いのか」



その言葉に胃がきゅぅっと縮まった。

取り巻きの女性たちは冷たいまなざしをこちらに向けながら、何かひそひそと囁きかわしている。

周囲の視線が針のむしろのようだ…

思わずリードに助けを求めそうになるのをぐっとこらえる。

ここでリードが助けてくれたところで、周囲の蔑視は変わるまい。

勢いよく頭を下げ、震える声を絞り出した。



「以前…もったいないお申し出をいただいたこと、感謝しております。そしてそのお申し出を…わたくしでは釣り合いがとれませんことからお断り申し上げましたが、そのことでアドルフ様のお気を悪くされたのでしたら…」


「申し訳ないとでもいうつもりか?その程度で傷つくほど俺の矜持を軽く見られては困るな」



頭上から降ってきた声は傲慢で、高らかで。

そしてなぜか、優しい響きだった。

驚いて顔を上げる。



「まったく、親父殿もせめて一度くらい顔をあわせてから申し出をしてほしかったものだ。フェミーナ夫人の血を色濃く引いた美少女ならまだしも、俺の隣に立つのにアカネ嬢では不足する」


「ご期待に添えなくてすみませんねぇ」



あ、やべ。

思わず本音が滑り出た。

あんまりな言いように、かぶっていた猫が逃げ出したようだ。

しかし、アドルフ様は面白そうに口角を上げる。



「その上じゃじゃ馬と来てる。ある意味大したレディだ。並の男では乗りこなせまい」


「あ、あはは…」


「シェドのことだ。どうせ断ったのは奴で、アカネ嬢はそもそも縁談すら知らなかったんじゃないのか?」



そう言われて驚いた。

当たってる。

当たってるけど…なぜ。



「シェドとは何度か顔を合わせたことがあるんだ。奴が統治していた頃のカッセードにも視察で一月ほど滞在したこともある。その間、何度か飲んだこともあるが、奴が話すのはアカネ嬢の話ばかりでな。度が過ぎたシスコンぶりはよく知っている」



お兄様、自重して。

私が恥ずかしい。

羞恥に悶える私を見て、アドルフ様は快活に笑った。



「まあそれにしても縁談を片っ端から潰してしまうほどとは思っていなかったがな。だからどれだけの美少女なのかと思っていたのだが、うん…」



やかましいわ。

『何か?』と開き直って胸を張ってやると、アドルフ様は苦笑した。



「なかなか骨のある令嬢だ」


「それ、女性への誉め言葉でしょうか」


「そうだな。シェドに比べればとても愛らしいと思うぞ」


「…シェド様と比べられましても」



大体の女性がシェドよりは愛らしい。



「美女とは言わんが、愛嬌がある。俺の隣に立つには足らんが」



何回言うんだそれ。

けれどアドルフ様の気安い言葉のおかげで、張り詰めていた周囲の空気はいつの間にかほぐれ、私を見下していた令嬢たちも戸惑ったように口を閉ざしている。



「嫁に行き遅れてはどうするのかと思っていたが、アカネ嬢ならば問題あるまい」



君なら問題なく嫁に行けるというニュアンスではなさそうだ。



「嫁に行かずともたくましく生きていけそうだと?」


「いや諦めるのは早い。万に一つの奇跡を祈ってやろう」



失礼な俺様男だな。

だけど優しい人なんだろう。

あえて衆目の中でこんなやり取りをすることで、私の負い目をなくし、私たちの関係が悪くないことをアピールしようとしてくれている。



「そろそろ二曲目が始まるな。ヴィンリード、アカネ嬢を借りるぞ」


「ええ、妹をよろしくお願いします」



そして最後に決定打として、私と踊る姿を見せるわけだ。

意図に気付いているリードは笑顔で私の隣を譲った。

周りの女性たちが信じられないものを見るような目でアドルフ様を見つめる。

私に手を差し伸べる彼は、やっぱりあの優しいベルブルク公爵の息子だ。

…俺様な態度は素っぽいけど。



「そういえば変わったドレスだな。見たことが無い襟をしている」


「ああ…これは異国の服をモチーフにしていまして。私がデザインしたんです」



もういっそ開き直ることにした。

もはやアドルフ様に取り繕う必要性を感じないし。

さあ、こき下ろすがいい。



「ふむ、センスは悪くないな」



予想外のお言葉だった。

この人はお世辞を言わなそうだ。

え、このデザイン、この世界の人に受け入れられるの?

…もしかしたら本当に流行るかもしれないな。



「妹たちのドレスのデザインに悩むことがあればアカネ嬢に相談してみよう」


「え、いや、私ではお力になれないかと」


「なんださっき自信たっぷりに自分がデザインしたと豪語していたじゃないか」



忘れてください。

そんな話をしている間に、曲が始まった。



「まあいい。シェドは元気にしているか?この一年顔を合わせていない」


「ええ、元気にしていますよ。相変わらず過保護ですが」



二曲目はまだ簡単な曲調だから、言葉を交わしながらでもステップを踏める。

セルイラ祭以降もダンスのレッスンを続けているのだ。

これくらいの難易度なら曲が始まれば無意識にでも体を動かせる。



「そうだろうな、話を聞いている限りでも、シェドの妹愛は常識外れだった。もしや恋慕しているのではと思ったほどだ」



動きを止めなかった私はえらいと思う。

鋭い。

ていうかホントにシェド様なに言ったの。

『まさかー』なんて笑い飛ばして見せたのだけれど、アドルフ様は驚いたように目を丸くして私の顔をまじまじと見つめた。



「…なんだ、本当にそうなのか。いや、だがあの様子だったからな…奴も不器用な男だ」



周囲に配慮してか小声になったけれど、確信を得たような反応をされて慌てる。



「い、いや何を言ってるんですか。違いますよ?」


「アカネ嬢、顔に出やすいと言われたことは無いか?」


「……」



よく言われます。

主にどっかの魔王様に。



「隠すつもりならもう少し作り笑顔を磨くことだな」


「うぅ…」



猫かぶりはうまいと言われるのに、何で肝心なことを隠したいときにはいつも見破られるんだろうか。

アドルフ様がこういった話に寛容でよかった。

とくに偏見は無いようで、本気でシェドを心配しているようだ。



「奴は元の顔があれだろう?そこらの令嬢では物怖じしてしまうだろうから、そのうち俺が胆力のある令嬢を紹介してやろうかと思っていたんだ」


「あはは…まあ女性受けするタイプではないですよね」



その後もシェドの話で盛り上がり、私はすっかりリラックスしていた。

アドルフ様は高慢だけど話しやすい。

そしてふと会話が途切れ、アドルフ様が声を潜める。



「アカネ嬢には感謝している」


「ふへ?」



思いがけない言葉に呆けた声が出た。



「アンナ・フランドルを知っているか?」



息を呑み、勢いよく頷く。



「こっ…この王城に来て、初めて出てきた友達です!」


「友達…?そうか、親しくしているのか」



アドルフ様は表情を柔らかくして、私の耳元に唇を寄せる。



「アカネ嬢はどこまで知っている?」



耳にかかる吐息にびくっと体が震えた。

内緒話か。

でも耳元で話すのはやめてくれないかな。

くすぐったさに耳元を掻きむしりたくなるのをこらえて、返事をする。



「お二人が以前婚約をしていて、間もなく破棄されたということくらいしか知りません」


「そうか…彼女には悪いことをした」


「よほどの理由がおありだったんでしょう?」



そう返すと、アドルフ様は顔を上げてじっと私の顔を見つめる。



「な、なんですか?」


「…ふむ、探っているわけではなさそうだな」


「何を?」



何を疑われているんだろうか。

ぽかんとして返すと、アドルフ様は小さく笑った。



「いや、何も知らぬ少女の顔で情報を聞き出そうとする者も少なくないからな。アカネ嬢は違うようで何よりだ」



ベルブルク公爵家の跡継ぎであるアドルフ様は、きっといろんな秘密を知っていて、それを狙って近づく人もいるんだろう。



「大変ですね」


「…この国で有数の領地を持つスターチス家の令嬢の言葉とは思えんな」



苦笑された。

一般的には私くらいの立ち位置の令嬢も、狙われる立場なんだろうか。

でも私、そういうドロドロしたのにこれまで縁がなかったですし。



「感謝っていうのは?」


「俺からの婚約の申し出を断ってくれたおかげで、婚約破棄に関してアンナ嬢に非があるとする噂が消えかけている」



アンナにとっては追い風、アドルフ様にとっては不名誉となるであろうその流れ。

怒られるでもなく許してくれて、その上逆に感謝されるとは思わなかった。

この人は俺様な性格だけど、そのプライドに振り回されたりしない人のようだ。

案じている人の立場が良くなるなら、ひと時の醜聞くらい受け止めるだけの度量がある。



「婚約解消に、アンナ嬢の落ち度はない」



アドルフ様ははっきり言い切った。

その言葉を聞いて、内心ほっとする。

社交界の噂に詳しいエレーナいわく、アンナがおどおどした態度をとるようになったのは婚約解消以後のことらしい。

自分に何か悪いことがあったのではと、自信を無くしてしまっているんだ。

でもアンナに落ち度が無いのなら、彼女は堂々としていい。

とはいっても。



「本人はそう思っていません」


「分かっている。彼女が社交界に出られなくなっているのは俺の望むところではない。親父殿も気にしている」



じゃあ何で婚約解消なんてしたんだ、と怒りがわくけれど、偉い人には偉い人の事情があるんだろう。

少なくともベルブルク家のふたりは私より思慮深い人達だろうと思うし。



「せめて、アンナ嬢と俺の間にわだかまりが無いことだけでもアピールできればいいんだが」



なるほど、アンナと接することすら出来ないっていうわけではないらしい。



「一週間後に、また王都内で舞踏会が開かれるそうですね」


「俺が主催するものだ」



おや、当事者でしたか。

舞踏会とかお茶会とかの情報はティナから聞かされている。

とはいえ誰が主催かまでは聞き流してたな。

ってことはベルブルク家の王都邸宅が会場になるのか。



「そこでアンナと踊っている姿でも見せれば、噂は軽減されるのでは?」


「それはそうだが…さすがにアンナ嬢をエスコートして入場すれば、再度婚約したという話になってしまう」


「うーん…ベルブルク家の他の方にお願いされては?次男のエスナー様は今パートナーはいらっしゃらないと伺っているのですが」



確かに親族以外の男女が一緒に入場すれば仲は怪しまれるが、最初の一曲以外を他の人と踊っていればただの入場パートナーとみなされる。

家同士がそれなりに親しくないとやらないことだけど。



「…ベルブルク家はフランドル家ともはや強いつながりは無い」



と、いうことにしたいんですね。

つまり他の令嬢と同じ扱いをして、確執は無いよアピールするのはいいけど、エスコートするくらい親密な関係を築いていると思われたくないと。



「では私の兄であるヴィンリード様にエスコートしてもらうのはいかがでしょう?」


「…いいのか?」


「本人たちに聞かないとわかりませんが」



アンナは気弱だけどいい子だ。

令嬢らしくない私の態度にも気を悪くすること無く、どんな話も穏やかに微笑みながら相槌を打ってくれる。

素直に、好きだなって思う。

知り合ってからの時間は短いけれど、友達の表情をくもらせるようなことはできるだけ取り除いてあげたい。

リードかアンナが嫌がるなら無理させられないけど…



「わかった、ヴィンリードには俺からも頼んでみよう」


「はい」



ちょうど曲が終わったのに気付いて、私たちは足を止めた。

礼をしてゆっくり離れようとすると、周りの視線がこちらに釘付けになっていることに気付く。

王子様の次に優良物件。

いや、発言権で言うなら王位継承権の低い王子より次期公爵の方が上だ。

そんなアドルフ様が注目を集めるのはわかる。

だけど、この視線は私たちをワンセットに見ているようだった。


首をかしげる私の横で、アドルフ様が息を呑む音がする。



「…すまない、アカネ嬢」


「え?」


「話に夢中で気付いていなかった…いつの間にか二曲連続で踊っていたらしい」


「…あ」



そういえば途中で一度曲が終わりお辞儀した気がする。

だけど話が盛り上がっているところだったから、そのままその場で立ち話をしていたんだ。

そして再び曲が始まり、私たちは条件反射で再び手を取り合ってしまった。

話し続けたまま。


…二曲連続で踊る男女がどう見られるのかをすっかり忘れて。



「アカネ様ってアドルフ様のお申し出をお断りされたご令嬢ではなかった?」


「さきほどもそんな話をされていたようだったけれど…」


「その時のことは水に流して、改めて関係を始めようっていうパフォーマンスだったんじゃないか?」


「実はこっそりお付き合いを続けていたのかもしれないな」


「アドルフ様があれ以来ご縁談を避けられているのはそのためだったのね」



そんな声が周囲から聞こえてくる。

やばい、私アドルフ様の婚約者に返り咲いちゃいそう。

正直、『なんで二曲連続で踊ったくらいで』って現代日本人の感覚が訴えるけれど、『この国の貴族社会ではそういうもんでしょ』っていう令嬢アカネの知識もある。


助けを求めてさまよう視線が、一人の美少年のところで止まる。

近くで他の令嬢と踊っていたらしいリードが、彼女と別れ、こちらを振り返った。

あきれ顔に浮かぶその瞳は初めて見るような冷ややかな色をしていて…

私はそっと目をそらした。

どうでもいい小話を一つ。


このお話、あえてカーテシーとかデビュタントとかいう言葉を使っていません。

特殊な横文字を使わずとも伝わる文章を書くべく…とかそういう高尚な理由では一切なく(断言)

事の起こりは記念すべきアカネとリード対面の会である16話のこと。

スターチス夫人がカルバン先生に対して礼を取る部分を書こうとしていて、"カーテシー"という言葉をど忘れし、『あ、そうそう』と思い出した言葉が"カチャーシー"でありまして、数行書いた後に『なんか違うぞ』と思い直し、ようやく違いに気付いたものの、もはや時すでに遅く、"カーテシー"という言葉を打つたびに沖縄の陽気な音楽に合わせて踊る淑女の絵が頭をよぎるようになりました…


もともとカーテシーという言葉に馴染みなんてなかったし、そういう人も多いかもしれないからこういう言葉は避ける方向でいいんじゃね、ということでこのスタイルになっています。

とはいえ気まぐれでなんか耳慣れない言葉を使っていたらすみません。

カーテシーも、カチャーシーの呪いが解けた頃に使い出すかもしれません。

カチャーシーのお話でした。

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