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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第四章 令嬢と王都

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061貴族の務め



「ふぅ…」



部屋の中に溜息が落ちた。

王都に来てかれこれ十日。

私はなんの予定もないから気楽な王都旅行!

図書館に行ったり王都観光したりして気ままに過ごそう!

…なんて思っていたのは初めの二日間だけ。

リードにいろいろ白状した翌日。

朝一番に届いたのは招待状だった。

私と同じように王城滞在中のご令嬢から、お茶会のお誘いだ。


コミュ障とまでは言わないまでも、人見知りの私。

ましてや相手は正真正銘の貴族のお嬢様。

根っこが庶民の私は一体何を話せばいいのか。

なんとか行かずに済む方法は無いのかとティナに泣きついた。


しかし、当日のお茶会に誘う"朝手紙"と呼ばれる会は、その分気楽なものが多いそうだ。

開催時間の中ならいつ来ていつ帰ってもOKなのだという。

しかも王城のサロンを借りてのものだから、主催側も簡単な形式しかとらないとか。


『初めはそう言うところから参加した方がいい』とティナに説得され、私は腹をくくった。

それから毎日のように届く、いろんなご令嬢からのお誘い。

王妃様主催のお茶会に参加しないで済んでいるのがせめてもの救いか。

王族主催のお茶会はさすがに参加者が選抜される。

覚えめでたいご令嬢にだけ招待状が届くのだ。

いいです、私はモブ令嬢でいいです。


しかし、同じくモブっぽい令嬢が、かわるがわるお茶会を主催して招待してくれているこの状況。

社交の場に出て人脈を築くことが家の為になるし、場を与えられるだけでなく提供する側にも回るのがマナー。

お茶会の参加と主催は貴族の令嬢の務めなのだという。

…つまり、私もいつかは主催に回らないといけないの…?

ティナには『お嬢様が主催されるとしたら来年からですから大丈夫ですよ』と言われたけれど、早くも来年が憂鬱です。


舞踏会の招待状も既にいくつか届いてるし…

ああ、めんどくさい。

お姉様みたいに引きこもりたい。

でも、結果的に隣国との婚姻関係という多大な貢献を成し遂げたお姉様と私は違うしな…

大物に一目見て気に入られるだけの美貌もインパクトも持ち合わせていない。

モブはモブらしく堅実な働きをしないといけないのか…



「アカネ様ったら先程から溜息ばかりですわね」


「あぁ、ごめんアンナ」



憂鬱な未来を思ってまた溜息をついてしまった私。

その姿を見て苦笑気味にそう言ったのは、この部屋の主である美少女。

アンナ・フランドル、年は私の一つ上で十五歳。

フランドル侯爵家のご令嬢で、金髪縦ロールに菫色のぱっちりお目目というお嬢様のお手本のような容姿をしている。

しかしその華やかな容姿とは裏腹に、彼女はおとなしく気弱な性格だ。


アンナと出会ったのは最初のお茶会の時。

美容だとか流行りのドレスだとかの話題で盛り上がる令嬢たちについていけず、愛想笑いを浮かべる人形になろうとしていた矢先、同じようにうまく輪に入れずにいる女の子を見つけた。

それがアンナだ。


ぼっち同士仲良くしてもらおうと声をかけたのは私。

アンナはおどおどしながらも一生懸命返事をしてくれて、彼女も花が好きだと分かってから一気に打ち解けた。

なんかアンナも初めから、私には好意的に接してくれてる感じがするんだよね。

波長が合うってことかなー。

いやぁこの世界における初の女友達だ。

これは素直にうれしい。

アンナとの出会いに関してだけは、お茶会に参加してよかった。

その後も何度かお茶会で顔を合わせて順調に仲を深め、今日は初めてアンナの家に招かれて二人きりのお茶会をしている。

しかし、私がため息ばかりつくので気にさせてしまったらしい。



「お加減でも悪いんですの?それともお茶がお口にあいませんでした?」


「ああ、ごめんね違うの。なんか気疲れしちゃってさぁ。こうしてアンナと二人で話してるのは楽しいんだけど、大勢のお茶会とかはちょっと…貴族の令嬢って大変だよね、毎日お茶会とか舞踏会とか」


「まぁ。他人事みたいな言い方なさるのね」



アンナがクスクス笑う。

おっと、元庶民の視点で話してしまった。



「それにアカネ様は舞踏会には全然参加なさっていないのでしょう?」


「だって目立つんだもん」



主に、エスコートしてくれる相手が。

婚約者も恋人もいない私が舞踏会に参加するとしたら、そのエスコートは兄に頼むことになるだろう。

この場合、もちろんそれはリードになる。

あの魔王様、見た目だけはいいから…

お父様がエスコートしてくれたらいいんだけど、仕事が忙しくてパーティーどころじゃないみたいだしね。

私とも全然顔を合わせられないくらいだ。



「ヴィンリード様は人目を引きますものね。先日わたくしも王城の廊下ですれ違いましたけれど、なんだか気後れしてしまうくらいお美しくて」



ほう、と溜息をつき頬を染めるアンナはそれこそ美しい。

アンナくらいの美人なら何も気後れする必要ないと思うけどなぁ。


最初はよそよそしかったアンナも、今ではずいぶん打ち解けた。

私みたいなタイプは新鮮だったらしくて、口調も楽にしてくれていいと言われているのでこんな感じ。

『アンナももっと砕けてくれていいよ』と言ったんだけど、彼女はもともとこういう口調らしくて、『アカネ様のようにお話しできなくて申し訳ありません』とかえって困らせてしまった。

そんなの無理強いすることじゃないから、アンナが楽なら口調なんてなんでもいい。


ただまあ、本当は…侯爵家の令嬢なら私より身分が上なんだけど…

しかも一個年上だし…

…リードとも一時こんな逆転現象起きてた気がするな。

まぁ公の場で気をつければいいよね、たぶん。



「ヴィンリード様も夜会には出席なさってないんですってね」


「うん、私が出ないならエスコートする相手がいないからって」


「まぁ。ヴィンリード様ならたくさんのご令嬢がこぞってお願いすると思いますけれど」



夜会は夜に行われるパーティー全般を指す。

舞踏会だけじゃなくて、ただの食事会とか、お酒を嗜む会とか、なんかいろいろ。

男性のみの集まりとか、それに比べると数は少ないけど女性のみの会もある。

つまりは男子会や女子会。

ただし、未婚女性が参加するのは基本的に舞踏会だけだ。

一番健全なのがそれってことだろう。


男性は未婚でもいろんな夜会に参加する。

そこでまぁ、大人の男性としての嗜みやらあれやこれやを教わるそうだ。

女の子がつっついちゃいけない世界。

悪いことを教わるのも大体夜会だという。

うちの魔王を不良の道には引き込まないでいただきたい。

素質あるんだから洒落にならん。


そして舞踏会のような男女の垣根無く開催される夜会に、女性が単身参加するのははしたないって言われてる。

が、別に男性は一人で夜会に行ったっていい。

だからリードの言い訳は正直破綻しているわけで。


見栄っ張りな男性とかは、常にパートナーを連れて行きたがるらしいけど、リードはそうじゃない。

単に行くのがめんどくさいから、適当に理由をつけているだけだろう。

まぁそれを除いてもリードはリードで日中忙しそうにしている。

男性同士のお付き合いとして遠乗りやら狩りやら、騎士団演習の見学やらにいろいろ連れ出されてるみたいだからなぁ。

さらに夜会もなんてごめんだという気持ちはよくわかる。



「そういうアンナは舞踏会とか行ってるの?」


「…わたくしは…エスコートしていただける殿方がおりませんもの」



気まずそうに微笑むアンナを見て、首をかしげる。

アンナくらいの美人なら、それこそ男性が放っておかなそうだけど。

それに、身内に頼んだっていい。



「アンナのお兄さん、今お仕事忙しいの?」



アンナのお兄さんはエルヴィン・フランドル侯爵。

アンナとは歳の離れた兄妹で、三十五歳。

確か二十歳という侯爵にしては異例の若さで跡を継いだ優秀な方だって聞く。

フランドル侯爵家は王都内に屋敷を持っていて、うちの屋敷より敷地は狭いながらも上品で立派な門構えのお宅だ。

今私がお邪魔しているのもそのお屋敷。


私が滞在中の王城の貴族宿舎ウィステリア棟にも負けない内装だった。

ちなみにウィステリア棟っていう名前を知ったのはほんの数日前だ。

アンナに教えてもらった。

この棟の増設を命じた当時の王妃様が藤の花(ウィステリア)が好きだったことから、ウィステリア棟と呼ばれるようになったらしい。


ともかく、フランドル家は屋敷に恥じない名門だ。

この家は領地を持たない。

領地経営に労を割くより、王都で王家のサポートに励むことを誇りとする家系なんだとか。

だから確かにフランドル侯爵はお忙しい立場なのかもしれないなぁ。



「そうですわね、お兄様は確かにお忙しいですけれど…それがなくとも、お兄様は私を連れて行ったりなさらないと思いますわ」



忙しくなくても連れて行かない?

フランドル侯爵は未婚で、恋人がいるという話も聞かない。

跡継ぎどうするんだろうという心配は私がすることじゃないから置いておくとして。

妹のエスコートをしてもおかしくない立場だとは思うんだけど…


そういえば、名門フランドル侯爵家の令嬢なら既に婚約者がいてもおかしくないのに、アンナには婚約者もいないという。

何か事情があるのかもしれないな。

…もしかしてフランドル侯爵、他の男に妹を見せたくないっていう超シスコン?

お仲間かな?

なんにせよ、ずっと困ったような顔をしているアンナを見ていられなくて、私は慌てて話題を変えた。




==========




「ああ、アンナ・フランドルは社交界で浮いてるからな」



夕方、リードと何気なく話をしていて、アンナに話題がうつるとそんなことを言われた。



「浮いてる?」


「別にアンナ嬢自身に落ち度があるわけじゃねーよ、多分。アンナ嬢の元婚約者が誰なのか、聞いてないのか?」


「え、アンナ婚約者いたの?」



婚約者はいないって言ってたし、その辺の話になるとアンナの表情が曇るから、あんまり突っ込んでなかった。



「ベルブルク公爵家の長男、アドルフ・ベルブルクだよ」


「え」



…それって…



「アカネにも縁談があったんだろ?」



やっぱりその人だよね?

アドルフ様は確か昨年成人されたって聞いた気がするから、今十八歳くらい?

貴族の子に縁談が舞い込み始めるのは十三歳くらいからだし、よく考えれば私に話をくれた去年までの間に、一度も縁談がまとまっていないのはある意味不自然だ。

成人前に婚約を決めて、成人と同時に婚姻関係を結ぶことも多いわけだし。

ベルブルク公爵家に嫁ぎたい良家の子女はいくらでもいるんだから。

でもまさかたまたまできた友達の元婚約者だったなんて。

貴族社会って狭すぎない?



「アカネ、アドルフ様に会ったことは?」


「無いなぁ。公爵様自身がお父様とお母様に会いに来たことはあるけど、アドルフ様が来たことはないし、私があちらに伺ったことも無い。そっか、アドルフ様って婚約してたんだね」


「まあ、アカネに縁談寄こしたのはアンナ嬢と婚約解消してしばらくしてからだろうし、その婚約期間も短かったからな。アカネの耳に入らないのも当然だ。二人が婚約したのは三年くらい前。で、半年も経たずにベルブルク家から解消の申し出があったらしい」


「ええー…何が原因だったんだろう?」



一度かわした婚約を解消するのは互いに外聞が悪い。

家同士の約束をそう簡単に撤回できないのは私だって知ってることだ。



「フランドル侯爵がベルブルク公爵の馬車を追い抜いたから、だとさ」


「…はい?」



目上の方の馬車を抜いちゃいけません。

それは知ってる。

ましてや貴族間ならそれは厳しくて、たとえアピエシュマークが掲げられていてもよほどの理由がない限り抜いてはいけない。

確かに頑固な貴族ならそれだけでめちゃくちゃ怒るだろう。

でも…



「ベルブルク公爵って、そんなことで怒る人だっけ?」



うちの父に多大な援助をしてくれていて、ただの伯爵令嬢である私を嫁に迎えようとしてくれ、結果こっちから蹴るという大変な失礼をしたのに許してくれた人だ。

破談の代わりにシェドが一働きしたみたいだけど、それも事を収めるのにそうした方が外聞が良いからその形をとってくれただけ。

どちらかというとうちの名誉を守るための措置だ。

とまあ、とっても寛大な方のイメージがある。

昔顔を合わせた時も、すごく優しく接してくれた気がするし。



「ああ、だからそれは表向きの理由だって言われてる。そもそも馬車を抜いたっていう話も十年くらい前にあったことで、当時は気付いたフランドル侯爵がすぐ謝罪し、ベルブルク公爵は笑って許したって話だ」


「え、そうなの?」


「だから、そんな過去の失態を持ち出して、公爵の評判も落としかねない理由をつけてまで婚約を解消したかったってことだ。そりゃいろんな憶測が飛び交うだろ。アンナ嬢は居心地が悪くて仕方ないだろうな」


「そんな…」



解消理由がアンナじゃないってことは、きっと政治的な判断とかそういうやつだろう。

せめてアンナの評判が落ちないよう気を遣った理由付けだったのかもしれない。

ベルブルク公爵は、そういう人だ。

だけどそれでもアンナを守り切るには足りなかった。

こうなることは分かっていただろう。

それでも…アンナを犠牲にしてでも婚約を解消したかったってことだ。



「婚約してから解消するまでの間に何があったんだろう…」


「さあ。フランドル侯爵が国家転覆を企んでるなんて噂もあるけど、真実はわかんねーな。でもなんにせよ、公爵家が距離を置いたわけだ。それを知ったうえで繋がりを持とうって家は少ない。アンナ嬢への縁談はぱったり来なくなったし、フランドル侯爵もずいぶん発言力が落ちたって話だ」



この国で唯一公爵の地位を持つベルブルク家。

公爵と侯爵の間には、一般市民と男爵以上に大きな隔たりがある。

王家に次ぐ権力者…というか、唯一国王に対等な立場で意見できるのがベルブルク公爵だ。

あの家の影響力は計り知れない。



「まあただ唯一の救いっていうか…アカネとの縁談って、その婚約解消後に持ち上がったアドルフ・ベルブルクの最初の縁談だったわけで。それをアカネの方から蹴っただろ?そのせいで『実は婚約解消の原因はアドルフ・ベルブルクの方にあるんじゃないか』って説がそこそこ有力になってフランドル家への風当たりは少しマシになったらしい。表立って言えないだけで、アンナ嬢はアカネに感謝してるかもな」


「ええ…」



シェドのシスコン暴走が思わぬ形で社交界の噂を翻弄している。

でもそうか、あの誰に話しかけられても話の続かない引っ込み思案なアンナが、なぜか私には少しだけ積極的に言葉を返してくれてたのは、そういう…

私達波長が合うのかも!とか思ってたのは私の気のせいだったようだ…恥ずかしい。

というか。



「待って、よく考えたらそれって…アドルフ様にとっては不名誉だよね!?アドルフ様には恨まれてるんじゃないの!?」


「かもな」



かもな、て。



「そんな他人事みたいに!」


「実際のところは本人に聞かねぇとわかんねーだろ。今んとこお前を悪く言ってるって噂は耳に入ってねぇよ」


「耳に入ってからじゃ遅いよう…」



社交界での発言力がどれだけ違うと思ってるんだ。

アドルフ様が私を悪く言ったら三日と経たずに広まるだろう。



「じゃあ本人に直接聞けよ。明日、ここで開かれる舞踏会に来るってよ」


「は…」



リードはにっこり微笑んでいる。

あ。



「いや、遠慮しときま」


「待て。お前だけ逃げるとか許さねーから」


「いーやーだーっ!何でそうなったの!?」


「留学してた第二王子が帰国しただろ。今日ばったり会って挨拶する羽目になった上、『明日は私が主催する舞踏会がある。ヴィンリードも妹君と一緒に来たまえ』とか言われて断れなかったんだよ…」


「断ってよ!」



NOと言える日本人になろう!

いやリードは日本人じゃなかったわ。



「仕方ねーだろ、俺外面いいんだから」


「何を堂々と言い放ってんの?」



言い訳するならもうちょっと申し訳なさそうな態度で致し方なさそうな言い分持ってこい。

リードがスターチス家に来てかれこれ半年。

そしてセルイラ祭でダンスを披露してしまっているので、もはや『まだ踊れません』の言い訳は通用しない。

だけど、なんかもっとこう、うまいこと断れるでしょ!

いつもはよく回る口なのに、なんでこういう時に実力を発揮しないのか。


『ていうか急に言われても準備できないし!』と駄々をこねてみたけれど、ティナとエレーナが『そんなこともあろうかとドレスやアクセサリーはちゃんと持ってきてます』とサムズアップで答えてくれてしまったため、逃げ道が無くなった。

なんでこうなった…

GWもとうとう後半に突入ですね

もはや前半何してたのかあんまり記憶がありません

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