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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第四章 令嬢と王都

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060私の好きな人

ちょっぴり暗い思い出話が出てきます。

いじめとかの話が苦手な方はご注意ください。

今、何て言われた?

これまでの追及の中で一番、私の思考を鈍らせる問いかけだった。

私の好きな人がファリオンじゃないかって…なんで?そんな気付かれる要素あった?

瞬きすら忘れて言葉を失う私。

だけどリードはそれだけで答えを察したように細いため息をつき、体を離した。

俯いた顔の表情はうかがえない。



「…本の中の登場人物なんだろ?なんでそれで好きになるんだよ」



ゆっくり離れ、ソファに体を沈めたリードは、疲れたようにそう呟いた。

問いとも独り言ともつかない言葉に何も返せずにいると、リードはソファの隣をぽんぽん叩く。

真っ白な頭を抱えたまま、ふらりと歩み寄って、指示通り隣に腰かけた。


落ちる沈黙。

時計の針の音が響く。

短針は間もなく六の数字に届くところ。

夕食の時間は七時。

呼びに来てもらうのを待って乗り切るには長すぎる。

長針が五周もする頃には、私の頭もいくらか冷静になっていた。


私に好きな人がいる。

きっとその情報はシェドからもたらされたものだろう。

だって他に誰にも言ってないし。

リードの様子がおかしくなったの、シェドに呼び出された後からだったし。

でもねシェドさん、好きな人の情報とかを勝手に教えるのはNGです。

マナー違反です。

減点五十点。


シェドはデリカシーの無い人じゃない。

何か思うところがあってリードに話したんだろう。

シェドには好きな人についてぼんやりとしか話してないはずだけど…

私がその人を探すために無茶しないか心配されたのかな。

その点に関しては事実だからなぁ、怒りづらい。

でも帰ったら埋め合わせはしてもらおう。

過去最大級の我儘を言うと思うから今から覚悟しておいてほしい。

明日にでも手紙を出しておくとしよう。


そんなことを考えられる程度には、思考が正常に戻ってきた。

リードは何かを考え込むようにずっと黙ったまま。

…何を思ってるんだろうな。

それを聞くのは怖いから、さっきの問いかけに、遅くなったけれど回答をしよう。



「ファリオンはね、私の恩人なんだ」


「…恩人?」



あ、よかった。

反応が返ってきた。



「私さ、中学の時…あ、中学って、今の私くらいの年齢の子供が通う学校なんだけど。入学して半年も経った頃くらいからさ…いじめられてたんだよね」



いじめのきっかけは些細な事だった。

他にいじめられていた子をやんわりかばっただけ。

本当にやんわりだ。

劇的な救出をしたわけではない。

『やめとこうよー』と苦笑気味に、できるだけ角が立たないように止めたつもりだった。

だけどそれでも、彼女たちの逆鱗に触れたらしい。


翌日からいじめの対象は私に代わり、いじめられていた子は彼女たちの仲間に入れてもらって。

綺麗にポジションが入れ替わっただけ。

こうも見事な切り替えがなされるのかといっそ感心した。


いじめと言っても、その内容はとってもライト。

世の中にあふれる漫画とかの内容を見ているとまあハードモードないじめが蔓延(はびこ)っているけれど、私はそこまでじゃなかった。

別にバケツの水をかけられたりとか机の上に花を飾られてたりとか、無かったし、持ち物を隠されたことすらない。

ただ、グループを作る時にどこにもいれてもらえないとか、これみよがしに陰口を言われたりとか。

プリント回してもらえないとか、悪い噂を流されたりとか。

それだけ。



「たったそれだけだったんだけどさ…中学の時って、その中学の中で世界が完結してる感じがあってね。同級生にそういう態度とられると、世界中から存在を否定されてるみたいな気持ちになるんだ。もっとひどいいじめ経験してる人からしたら、その程度でって言われそうなんだけど」


「…辛さの基準を他人に求める必要は無いだろ」



なんだか怒ったような声でリードがそう言う。

ちらりと横目で様子を伺うと、横顔からもわかるくらい眉根を寄せて厳しい顔をしている。



「…リード?」


「んだよ」


「怒ってる?」


「当たり前だろ」



苛立ったように言われて面食らう。

そこまで気に障る話題だったのか。

もしかして、リードのトラウマ刺激しちゃう話だった?



「ごめん」


「ごめんじゃねーよ、何でお前が謝るんだよ」


「いや、だって怒ってるって」


「その同級生?とかいうのにムカついてるだけだ!なんでお前がそういう扱いされんだよ。結局八つ当たりのはけ口がほしかっただけだろ、そいつら」



…なるほど、私の為に怒ってくれてたのか。

口元が少し緩む。

やっぱり優しいんだよなぁ、リードは。



「わかんないよ、本当の所は。私にも何か悪いところがあったのかもしれない。正直当時の記憶ってさ、もう曖昧になってきちゃってるんだ。ほんの四、五年前の話なんだけどね。私が自分の都合のいい風に、自分が悪かったところ忘れてるだけなのかも」


「…たとえそうだとしても、お前が辛かったのは変わらないだろ」


「うん…そうだね、辛かった。あの時は、毎日朝が来るのが憂鬱だったな」



どこまでも私の味方をするような発言ばかりするリードに、思わず涙腺が緩んだ。

抱え込んだ膝に顔を押し付けて隠すけれど、そんな私の頭をリードが優しく撫でる。

こういう時こそ茶化してほしいなぁ。

そんな風にされるとますます顔を上げられなくなってしまう。



「それで、そのこととファリオンの関係は?」


「…私がこの世界の物語…"ホワイト・クロニクル"を初めて読んだのが、その頃だったんだ。マリーってさ、迷宮でいろいろあって、色んなトラウマ抱えたり悪夢に苦しんだりしてたって言ったでしょ?彼女もずっとそうやって苦しんでて…周囲から誤解されて辛く当たられたりして。周りにされてることも、悩んでることも全然違うんだけどさ。なんか私マリーに自分を重ねて応援しながら読んでたんだよね」


「マリエル・アルガントとお前が…」


「似てはいないんだけどさ」


「全然似てないな」



容姿が、とか言ったら殴っちゃうぞ。

マリーは仏頂面だけど美少女だからなぁ…

まあそんなことはどうでもいいんだ。



「物語のクライマックスにはね、マリーが迷宮の闇に飲まれて真っ暗な世界に閉じ込められるんだ」



実際は暗くも何とも無い迷宮の一室で、マリーが飲まれたのは心の中の闇なんだけど…

それが迷宮による罠なのか、ただマリーの心が生み出した幻覚なのかは分からない。

本の中でも抽象的な表現だったし。



「その時ね、ファリオンがマリーに優しく声をかけるの」


「…なんて?」


「うーん…それは内緒」


「何でだよ」


「とにかくね、当時の私はマリーに自分を重ねながら読んでたから。ファリオンの言葉が…まるで自分にかけられたみたいに思えて、すごく励まされたんだ」



本の中の、活字だけのキャラクター。

それなのに、私にはファリオンがついてる、なんて考えることで勇気が出た。

きっとそれは現実逃避の一種で、限界だった心が藁にもすがる思いで掴んだ希望。

だけどそれが確かに、私を翌日からも学校に向かわせた。


間もなく学年が上がり、クラス替えがあって、短くて長いいじめは新生活の波に押し流されていった。

彼女達もそろそろ飽きていたんだろう。

そこにさらに環境の変化があって、それでもなお私に構うほど執着していなかった。

もしくはもっと興味を引かれる何かを見つけたか。

きっとそれだけの理由だ。

彼女達から謝罪があったわけじゃないし、私が勇気を振り絞って現状を変えたわけでもない。

だけどそれでも、私の生活には光が差した。


あの時あの本に出会わなければ、私はある日急に学校へ行けなくなったかもしれない。

そうしたらきっと、新しいクラスで友人が出来る事だって無かった。

大げさだと誰かに笑われるかもしれない。

それでも間違いなく、今の私を作ったのはファリオンだ。

あの日からずっと、ファリオンは私のヒーローだった。



「もしアカネが真っ暗な世界に閉じ込められたら」


「ん?」


「俺が助けてやるよ」



不意にリードがそんなことを言うから、驚いて顔を上げた。

反射的に言葉を返しそうになって、口を噤む。

ダメだ、これ以上考えるな。

…泣いてしまう。

サッと顔を腕に落として唇をかんでいると、リードが『ごめん、辛いこと思い出させた』なんて言いながら頭を撫でてくれる。


その優しい言葉の数々は、ファリオンにかけられたいものだったのに。

その優しい触れ方は、何度も思い描いたファリオンの触れ方なのに。

だけど隣にいるのは、その敵であるはずの魔王で。

それなのに。

どうして私、どこか報われたような気持ちになってるんだろう。


胸のつかえがとれると同時に、胸の中で大きくなっていくむず痒い感情を持て余したまま。

ティナとエレーナが呼びに来るまで、私たちはずっと寄り添っていた。




==========




「お嬢様に大切なお話がございますわ」



夕食後、寝支度を整えてくれたティナとエレーナは、私に詰め寄った。



「な、なに?」


「アカネ様っ、やっぱりそういうことですよね?」


「いいえ、やはり何かの間違いよ、エレーナ」


「いやいや、話が見えないんだけど」



二人で話を完結させないで。



「さきほど夕食前にお呼びにあがった際のお二人の様子の話です」


「アカネ様潤んだ瞳でリード様の事見つめてましたよね!」



泣いた直後だったんで。



「ヴィンリード様は慈しむような表情でお嬢様のことを見つめていらっしゃいましたし…」



これだけ親しくなった後にあんな打ち明け話をして、虫けらを見るような目されたら私立ち直れないわ。



「これまで以上にお二人がお互いを信頼し合ってるように見えたのです!」


「お嬢様、もう心を決めてしまわれたのですか?」



…二人が何を考えているのかは大体分かった。

分かったんだけど。

たとえそうだとして…



「普通さ、そこ根掘り葉掘り聞く…?そっと見守るもんじゃないの?」



それが大人ってものじゃないの?



「そっと見守ってるだけでは真偽がわからないではありませんか」


「私が何の為にこの旅に同行したと思っているのです?」



私の世話をする仕事の為だろ。

いや、この二人ってもしかして、私の恋路を見守るために仕事してるんだろうか。

眩暈がしてきた。



「とりあえず二人の問いに答えておくね…私とリード、別にそういうんじゃないから」


「ほーぅら言ったでしょう!エレーナ!」


「そんなはずないです!アカネ様、素直になってください!」



素直に打ち明けるならば、うちのメイドめんどくさい。



「アカネ様っ、リード様の事お好きじゃないのですか!?」



エレーナがぐっと詰め寄ってくる。



「す、好きだよ?えっと…家族、として…」



家族…家族?

自分で言っておいて、違和感が物凄い。

確かにリードは義兄なんだけど…兄だと思ったことは無いし。

弟っぽいと思ったことはあるけど、本当に弟のように接しているつもりもない。

かといって友達っていうには…距離感が近すぎる気がするんだよね。

相棒…そう、相棒が一番近いかも?



「ではシェディオン様はいかがですか?」



入れ替わるようにティナが詰め寄ってきた。



「…好きだよ、兄として」



その言葉はさらりと口からこぼれた。

…まあ、なんせ兄妹として過ごした時間が、リードとシェドじゃ全然違うもんね。

男性としての顔を見せられるとドキッとしちゃうけど、やっぱりお兄ちゃんっていう意識は抜けない。



「ティナ、どちらかというとリード様の方が優勢なのではないですか?」


「くっ…」



エレーナは勝ち誇ったように鼻息を荒くし、ティナは歯噛みした。

このメイド達は一体何と戦っているんだろうか。

というかここで私がどちらかを好きだと言ったところでどうなると言うのだろう。

二人とも義理とは言え兄なんですけど。


そしてふと思う。

リードも…私の好きな人を知ってどうしたかったんだろうか。

いや、きっと彼にとっては、それがファリオンであるかどうかが重要だったんだろう。

私の好きな人がファリオンであると知った時の、あのリードの反応…

リードとファリオンってどういう関係?

ぼんやりと浮かぶ疑問の裏に、悪い予感がちらつきそうになって頭を振る。

今は考えたって仕方ない。


…ていうか。



「シェディオン様だって負けていないわ!あのお方の魅力が分からないだなんてエレーナは子供だこと!」


「シェド様が魅力的なことくらい知っているのです!だけどあの方にはミステリアスさが足りない!いつの世も女性を虜にするのはリード様のように陰のある男なのですよ!」



さっきからうるさい…

おちおち物思いにも耽れやしない。



「ティナだって分かっているはずです!シェドアカ同盟からうちにどれだけの人員が流れ込んでいるか!時代はリドアカなのです!」



そんな時代は来てない。



「あら、エレーナは分かっていないようね。確かにいくらかリドアカ同盟に流れ込んではいるようだけど、うちの同盟員は市街地の一般市民にも及んでいるのよ!」



…それは知りたくなかった…

うちのメイドたちも領民たちも、娯楽が無さすぎるのかな。

遊び道具開発系の知識チートでもやってみたら、変な同盟なくなるかなぁ。

本気でそんなことを考えるアカネ・スターチス、十四歳の秋の夜。

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