058冒頭に戻る
黒扉を押して入ってきたのは、間違いない。
マリーだ。
うわぁぁ!なんでそんなフラグはすぐ回収されるの!?
ファリオンには全然会えないのに!
しかし今は恨み言を言っている場合じゃない。
さっさとこの場を離脱しないと、マリエルがこっちに…
「あ、アカネ」
気付かれたぁぁ!
無理もない。
人ごみのど真ん中でベオトラと向き合っていたのは私なんだから。
そしてマリーからはっきり名前を呼ばれた私への視線はさらに多くなる。
人嫌いのマリーが名前を呼ぶ相手なんて限られているんだから当然だろう。
目を合わせるのだけは避けて、私は慌ててアルノーの手を取った。
「それではベオトラ様、皆様!失礼いたしましたっ」
「お嬢様?」
アルノーの訝しげな声にも構わず、三人の元に慌てて戻った。
「アカネ、あれってマリエル・アルガントだよね?さっき名前…」
「気のせい!帰るよみんな!」
「お嬢様、どうしたのです?」
「いいから!」
急いでリードの腕もひっつかみ、白木のドアから飛び出した。
私の焦りようが尋常では無かったからか、事情は分からないまでもみんな付いてきてくれた。
思いっ切り無視されたマリーにはもちろんそれを追いかける積極性などなく、ひっそり寂しげに視線を落とし、それを慰めるシーフの姿があったとか無かったとか…
っていうのは私の想像だけど、たぶんそうなってるだろう。
ごめん、マリー!
次会った時にちゃんとフォローするから!
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「で?」
王城に帰り着いた私は、自室でリードからの尋問を受けていた。
半ギレ気味のリードが人払いをしたので、今は部屋に二人きり。
ちなみに、エドガーとアルノーは私の行動に何も口を挟まなかったけど、エレーナはやっぱり突っ込んできた。
『魔女に話しかけられてなかったか』との問いかけには『セルイラ祭とかに来て私のこと知ってたのかもね!?』と言い張り、『なぜ逃げたのか』との問いかけには『マリエルの魔力にあてられて辛かったの!』とかいう咄嗟の言い訳が効いたけど。
『私はなんにもでしたけど、アカネ様は魔力強いらしいですからねー、魔女の魔力ともなると影響あるんですね、大変ですね』なんて同情とともに引き下がってくれた。
しかし、その言い訳が通じない相手が一人いる。
「マリエル・アルガントはちゃんと魔力制御できてた。ましてやアカネの魔力はマリエル・アルガントと同じものなんだろ?俺と魔力を交わしても平気なのと同じで魔力の拒否反応は起きにくいはずだ」
はい、ごもっともです…
「しかも、ハッキリ呼ばれてたよな?"アカネ"って。セルイラ祭に来てた?あの人嫌いって言われてる魔女が祭の行われてる街にわざわざ?」
「わ、わからないじゃない…」
「ほーう?いいぜ、もし来てたとして、面識もない貴族の子女相手に呼びかけるほどあの魔女はフレンドリーな性格なのか?それとも思わず声かけちまうような美女とかなのか、お前は」
言葉の棘がぐさぐさ突き刺さる。
ソファに座ることも無く、部屋の片隅でお互い立ったまま。
腕を組み、こちらを見下すように睨むリードは、大変絵になっていた。
美人顔なせいで悪役令嬢っぽい。
そしてそんな悪役令嬢(男)は腕を解いてこちらに歩み寄り、俯く私の顎を持ち上げる。
「…吐け」
至近距離でにっこり微笑まれ、悪役令嬢に立ち向かえないモブ令嬢たる私は涙目で、マリーと出会った日の事を白状した。
「なるほど、あの時頑なに隠してたのはこの事だったか。抜け出したのがバレるとまずいし、他の奴に隠すのは分かるけど…なんで俺にまで隠すんだよ」
「いや、だって…」
口をもごもごさせる私に、リードはため息をつく。
「あれか、お前の言ってる本の中で、マリエル・アルガントが俺を倒す勇者の相方だったからか?実際に俺は会ったこともねーし、そんなの気にしねーぞ」
「……」
ああ、そうね。
確かにそれもある。
そういえば前に主要な登場人物の立ち位置は説明してあった。
リード本人は気にしないって言ってるけど、私の立場としてはそこの配慮も必要だったな。
もうとりあえずこの場は、そういう理由にしておこう。
本当の事を言うのは恥ずかしすぎるし。
「…アカネ」
「ん?」
「本当の理由は?」
何なのこいつ魔王じゃなくて本当はエスパーなの?
魔王に読心術スキルとかあんの?
「言っとくけど全部顔に出てんだよ、お前。『あ、なるほどね、そういうことにしとこ』って顔してんの。ここまで考えてること顔見りゃ分かる奴逆に珍しいよな」
「見ないで変態」
「顔見ないでどこ見ろってんだ…で、本当の理由は?」
「い、いや…えぇと、単に私が、リードをマリーに会わせたくなかっただけっていうか…なんというか…」
嘘を言っても見破られそうなので、ふわっとした回答にする。
だがしかし、この魔王様がふわっとしたまま許してくれるわけもなく。
片眉を上げて首を傾げつつ、更に問いかけてくる。
「マリエルに会わせたくなかった?なんでだよ」
「いや、えぇと、なんとなく?」
「そんな雑な誤魔化し方で引き下がると思ってんのか」
うぅぅ、たまに大人っぽいふるまいするくせに、なんでこういうとこでは空気読んで流してくれないんだ。
詰め寄られて、自分でも見て見ぬふりをしていた幼稚な感情を引きずり出す羽目になる。
「…マリーの側にいると、気持ちよかったの」
「は?」
「ほら、あの…リードの魔力が制御できてなかった時に感じたのと同じような…」
「ああ、俺がお前の魔力好きなのと同じやつな。そうか、マリエル・アルガントも…っておい、結構重要な情報じゃねーか!何で黙ってた!」
「だ、だってそしたらリード…マリーに興味持つかなって」
その言葉で、沸騰しそうだったリードのテンションが目に見えて落ちた。
「…興味持つ?」
「リードにとってもマリーの側が心地いいんだったら…もしかしたらリードは…」
言葉を継げなくなって俯く私。
「…なに、つまり…俺がお前のこと放りだしてマリエル・アルガントの方に行くんじゃないか心配してたのか?」
ずばり言い当てられて、耳が熱くなる。
幼稚な独占欲だ。
リードの顔を見ることができない。
息を呑むような音が聞こえて、意を決したようなリードが私に問いかける。
「…お前…俺のこと好きなのか?」
「恋愛対象ではないわ」
「…お前…そんなことばっかハキハキ答えやがって…」
顔を上げてきっぱり否定すると、赤い顔で青筋を浮かせたリードの顔が見えた。
照れて赤くなっているのか怒りで赤くなっているのか、このタイミングだともはや分からない。
「くそ、お前がそういう態度に出るんなら我慢しねーぞ…触れないでおいてやろうかと思ったのに…」
何やら俯いてぶつぶつ言ったかと思えば、顔を上げたリードは…ぞっとするほど綺麗な笑みを浮かべていた。
「え、うわ…なに、こわ…」
「まあそう逃げないでくださいよ、アカネ様」
ひえええでたぁ、奴隷モード!
奴隷モードの方が怖いとか意味わかんないけど、実際怖い。
後ずさる私は抵抗むなしく壁際に追いやられ、腰を軽くぶつけた。
「い、いたた…」
「ねえアカネ様」
閉じ込めるように壁につかれた腕。
うわあ壁ドンだ。
だがしかし恐怖が勝っている時にされたところでときめきはなかった。
覗き込んでくる赤い瞳。
ぞわぞわと背筋をなぶるような感覚に震える私を正気に戻すように、彼は冷たい声で言った。
「アカネ様に好きな人がいるって聞いたんですけど、それ、誰ですか?」
刹那、頭が真っ白になる。
いま、なんて言った?
「リード、こんやってイイテンキネ」
「今夜から雨らしくて曇ってますよ、アカネ様」
壊れたロボットみたいな声が出た。
しかし無意識の現実逃避はバッサリ切り落とされる。
なに、なんで唐突に恋バナ始まったの!?
未来の魔王に好きな人を聞かれるとか現役女子高生だった私もびっくりの恋バナシチュエーションだわ!
「それで?」
それでと言われましても。
笑顔の裏に黒いものが渦巻いているのが見える。
過去にいろんなことがあったからっていうだけじゃない。
十五歳とは思えないこの気迫、やっぱりコイツは魔王なんだ。
「アカネ様、余計なこと考えてないで答えてください」
隠し立ては許さない、そんな声。
確かに私はあの日…リードと出会った日。
リードを裏切らない、側にいると誓った。
だけどそれって隠し事を何もしないっていうのとは違うんじゃないかな。
そうは思うけれど、なにせ好きな相手が好きな相手なものだから、裏切っていないとも言い切れなくて後ろ暗さを隠せない。
だからこそ、いくら凄まれても私は押し黙るしかない。
そんな私にしびれを切らしたように、彼は舌打ちする。
「そんなに言いたくないんですか?ずっとアカネが想い続けているっていう男が誰なのか」
口調が乱れだしている。
妙に必死だ。
なんでそんな鬼気迫る様相をしているのか。
「…言ったらアンタ殴り込みに行きそうじゃないの…」
そう、それくらいの感じだ。
シェドからシスコンでもうつったのか。
「消し炭にせずに耐えられたら褒めてほしいくらいだ」
半分冗談でそう言ったのに、リードは拗ねたような声でサラリと恐ろしいことを言う。
消し炭て。
魔王が勇者を消し炭にする、そう思うと洒落にならない。
ちなみにその時、私も消し炭になるんでしょうか。
どうしてこんなことになったのか。
この世界へくることになったきっかけの事件から今日に至るまでの出来事が、走馬灯のように脳裏を走っていく。
いろんなことがあったなぁ。
しかし私の回想は次にリードが発した言葉で途切れた。
「なぁアカネ…お前が好きな奴ってもしかして、ファリオン・ヴォルシュじゃないのか?」
いつも通りの口調。
だけど初めて聞くような、ひどく辛そうな声が耳を掠めた。
やっと冒頭部分と合流できました。
もう忘れてる人も多いんじゃないかっていう。