055ガチョウを料理
GW中毎日更新とかできたらいいなぁ、頑張ろうかなぁと考え中です。
目を覚まして伸びをする。
うん、よく寝た。
いつもと勝手が違うとはいえ、野営とは思えないほどふかふかの寝具を用意してもらえたし、寝る前に温かいお湯で体を拭くくらいはできた。
いつもと違って同じ室内…もとい同じテントの中に世話係としてティナとエレーナも休んでいたはずなんだけど…二人とももう起きてるな。
ティナは私が起きたのに気付いて着替えや顔を洗う準備を整え始めてくれた。
エレーナは…朝食準備をしているらしく姿が見えない。
二人とも寝たのは私より遅いはずなのに…
普段の屋敷でもそうなんだけど、使用人のお仕事って大変だなぁ。
改めて感謝といたわりの気持ちでいっぱいになる。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、ティナ。昨夜はちゃんと眠れた?」
「ええ、しっかりと」
淡々とそう答えるティナは本当にいつも通りに見えるけど…
「…ティナ、無理しなくていいんだからね。私、自分のことはできるだけ自分でやるからたまにはゆっくり休んでね」
「…お気持ちはありがたいのですが、朝食などが済み次第すぐに出ますのであまりゆっくりするわけには」
「いや、今日に限らずさ、ほかの日とかも!ティナ達ってあんまり休みとかないでしょ?」
土日休みとかの感覚がある現代人の私からしたら…よく考えると由々しき事態だ。
ブラックってやつなのでは。
でもそんな感覚のないティナにはわけのわからない発言だったようで。
少し困った顔をされた。
「…お嬢様、私に何か至らない点が?暇を出したいということですか?」
「あ、いやいやそうじゃなくてね」
「でしたら、私から仕事を奪わないでくださいませ」
なるほど、そう受け止められてしまうのか。
…ただ一点言うのであれば、至らない点というか、やらかしてる点はちょこちょこあるんだけど。
主にシェドがらみで。
休みを与えるのは無理そうなので、せめて感謝を伝えていつものようにお世話をしてもらった。
身なりを整えてテントを出ると、すぐ脇に立っていたのはアルノーだった。
「おはよう、アルノー」
「おはようございます」
抑揚のない低音で返って来るあいさつはいつも通り。
「ずっとそこで見張りしててくれたの?」
「いえ、エドガーと交替で」
「そっか、いつもありがとう」
見張りをしている二人は、きっとティナ達以上に休めていないだろう。
王都についたらいくらか楽になるとはいえ、私たちが歩き回る時には付いてきてくれるわけだし…
ありがたいことだ。
後でエドガーにもお礼を言っておこう。
そう思いながらその場を離れようとすると、抑揚のない声が背後から聞こえてきた。
「お嬢様は…」
「ん?」
「あまり、貴族らしくないですね」
アルノーは基本無口。
話すのが得意ではないと知っているし、本人にも自覚がある。
それだけに言葉足らずなことも多く、表現がうまくないこともあった。
だからこの発言も、『もうちょっと品のある振る舞いをしろ』とかいう意味にも聞こえるけど、アルノーはそういうことを言うタイプじゃない。
だからきっと…
「えっと、褒めてる、かな?」
「…そのつもりです。すみません」
ぺこりと頭を下げるアルノーは、表情こそ変わらないけれど少し困っているようだ。
また言い方を間違えた、とか反省しているんだろう。
「貴族の子女は…わざわざ礼を言わないことが多いので」
「あー…」
そもそもプライドが高くお礼を言わない貴族や、王族みたいに身分が高すぎて感謝や謝罪を簡単に口にできない立場の人もいる。
そうでなくとも自立前の子供となると、周りの使用人達の雇用主は自分の保護者。
雇用主である自分の親が使用人を労うことこそあれ、『自分が感謝するものではない、彼らは賃金分の仕事をしているだけだ』と考える子供は少なくないと聞く。
それ自体は珍しくも無ければ、この世界の常識的に間違ってもいないだろうから、非難するつもりはないけど。
「私が助かってるのは事実だし、ありがとうって思ってるならそれは伝えた方がいいでしょ」
もとは十八歳だし、お礼を言うのが恥ずかしいという反抗期はさすがに過ぎている。
感謝は言う側も言われる側も、普通悪い気はしないものだ。
「そうですね…ありがとうございます」
何で私の方がお礼を言われたのかよくわからないけど、珍しくアルノーが口元を緩ませてうっすら微笑んでいるから水を差すのはやめて、私も笑みを返した。
後ろでティナが『アルアカ同盟が活気づいてしまう』とか訳の分からないことをぼやいていたのは無視した。
…ん?
活気づくってことは既に存在はしてるっていう…
…無視だ、無視。
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朝食を終え、馬車が再び走り出して二時間もした頃だろうか。
荒れ地を抜けて草原に入ると同時に城壁が見えてきた。
「あ、王都だ!」
「お嬢様、あまり身を乗り出さないでください」
アルノーに窘められて座り直すものの、そわそわする。
やっと王都に入れるんだ!
ファリオンがいるかもしれない街!
このあたりから道が分岐し、王都から外れて東へ向かうルートと王都へ向かうルートの二本になる。
パラディアへ行った時は東行きのルートを通ったから、王都行きの道を通るのは初めてだ。
石造りの重厚な城壁はここから見てる範囲でも視界いっぱいに広がっていて、王都が大きいことがよくわかる。
そして奥に見えるいくつもの青い円錐屋根を持つ大きな建物。
カデュケート王城だ。
パラディア王国のお城ともまた違うどっしりとした外観に思わずため息がこぼれる。
海外旅行に行ったことも無い私にとって、おとぎ噺に出てきそうな西洋のお城は縁の無い場所だった。
パラディア王国に行った記憶は私がこの世界に来る前の出来事。
知識としてあるだけのこと。
個人的には王城というものをきちんとこの目で見るのは初めてという感覚だ。
大きな都市かつ平野だから姿こそ見えたけど、まだまだ距離がある。
一度休憩を挟んだこともあって、王都内に入れたのは夕暮れ時だった。
その街並みはリードの言っていた通りセルイラに通じるところがあったけれど、王城に向けて放射状に立ち並ぶ店はどれも目新しく、夕日に照らされて赤く染まる王城は凛々しい。
そうして景色に見とれる私は忘れていた。
王都滞在の間泊まるのはその王城であり、今日ご挨拶するのはその王城の主、ほかならぬ国王陛下であることを。
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「綺麗…」
思わずため息がこぼれる。
月明かりに照らされる王城の中庭。
色とりどりの薔薇や、紅葉する木々が淡く浮かび上がる様は、うちの中庭に負けず劣らず美しい。
もちろん規模はこっちの方が断然上だけど、うちの庭だって質としては負けていない。
私の為に両親がお金かけてるから…
とにかく、そんな立派な庭園を見下ろせる一室が、私の部屋として与えられた。
王城内の一棟が、出張してきた貴族の宿舎みたいなものになっているらしい。
お父様やリードも近くの部屋をそれぞれ与えられているし、使用人用の部屋もある。
晩さん会も済み、夜の静けさに沈む城の一室。
私は、景色のいいバルコニーで一人夜風に当たりながら何もかもを忘れて晩酌を…
「で、現実逃避は終わったか?」
そんな言葉で私の哀愁をぶった切ったのは、バルコニーに設えらているテーブルセットの向かいでワイングラスを傾けている銀髪の美少年。
私の手にも同じグラスがあり、ずっと向かい合って座っていた。
存在を無視していた私の方が悪い。
だけどね、わざわざ蒸し返すようなこと言わなくても。
「いいじゃねーか。国王の前でちょっとポカったくらい。足折って喉潰したガチョウみたいで良かったぞ」
何が良いのか。
瀕死じゃないのそれ。
確かに足はプルプルして変な歩き方だったし声もひっくり返って掠れてた気がするけど。
それが謁見の時のこと。
そしてその後、場を移して晩餐会に突入したはずなんだけど、はて何を出されたんだっけ。
…すでに記憶があいまいだ。
脳が思い出すことを拒否している。
「つーか国王っていっても親戚だろ?何でそんなガチガチなんだよ」
「…初めて会ったのがお姉様の婚姻の儀の時で、その時も廊下で簡単に顔合わせしただけだったもん。あんな家臣の人たちがずらっと並んだ謁見室なんか初めて入ったもん」
「ああ、国王ってより大勢並んでたのがまずかったのか。本当に人の目苦手だなー」
そう言ってチーズケーキを頬張るリードは、そう偉そうに言ってのけるだけあって堂々と振舞っていた。
いわく、『別に殺されるわけでもあるまいし』とのこと。
…その言葉で本当に開き直ることができるのは、本気で命の危険を感じた事がある人だけなんじゃなかろうか。
リードの闇がまた垣間見えた気がする。
反応に困った。
「私は普通だもん。そう、そんなにおかしくなかった。大丈夫、こういう時って自分の記憶を悪い方に捻じ曲げてることもあるし。リードは私のことからかってるだけだし。他の人から見たらきっとそんなに変じゃなかった!」
「いや、これ何だと思ってんだよ。謁見の間ずっと死にそうな顔してた挙句、晩餐会でもほとんど食事が喉通ってなかった姪っ子を可哀そうに思った国王からの気遣いだろ」
リードがフォークで指し示したのは、チーズケーキやカットフルーツにワインボトル。
行儀が悪い。
というか今更だけど、何で私の許可なく勝手につまんでるんだ。
謁見の後、お城の使用人が運び込んでくれたのはおいしそうなチーズケーキに、高級そうな貴腐ワイン。
まだアルコール臭の苦手な私に気を使って甘いお酒にしてくれたらしい。
『陛下からです、ゆっくりお休みください』との言葉と共に届けられたそれらを見て、ティナとエレーナは寝所の支度が済むとすぐに退室した。
謁見に二人は付いてきてなかったんだけど、部屋に戻ってきてからの私の様子とか、届いたものとかを見て何があったかを察してくれたらしい。
つまりは。
「飲んで忘れろってことだろ、これ」
「…私は何も聞こえない」
酔った頬を夜風が冷ましてくれる。
ちなみに、今の私は十四歳だけど、この国にアルコールの年齢制限などない。
元の世界でも十八だったし、ちゃんと法律を守っていた私は飲んだことが無かった。
今でも好き好んで飲まないけど、社交界ではお付き合い程度に飲めた方がいいと両親言われて、最近はたまに飲むようにしている。
お酒は強くないけど弱くもない。
グラス一杯程度ならふわふわする程度で済む。
でもアルコール臭いのは苦手。
赤ワインとか渋くて無理。
デザートワインみたいに甘いのは好きだ。
陛下が用意してくれたこのワインもとっても好み。
グラスを傾けると喉が焼けそうなほどの甘さが広がる。
甘さ控えめの濃厚なチーズケーキが良く進む。
「飲んでさっさと寝ろよ。眠いんだろ」
「…普通なら眠れない夜になりそうなものなのにね。寝れちゃいそうだわ。ありがたいことに」
「命削ってそうな悪夢を有難がるなよ」
フォークの柄で額を小突かれた。
…ほんと行儀悪いなぁ。
陛下たちの前ではあんなに品のある立ち振る舞いしてたのに。
リードのかぶる猫は美猫だな、その皮の下はこれだけど。
リードに言われた通り、今日は悪夢の兆候が出ている。
ティナとエレーナが退室した後、ひとり涙目で晩酌しようとしていると頭痛を感じたんだ。
これで何も報告しないと怒られるので、気乗りしないながらも髪飾り越しにリードに声をかけた。
そして今に至る。
「明日は図書館に行くんだろ?早く寝とけ」
「うん」
王都での滞在は三週間の予定。
これはお父様の仕事が終わるのがその期間ということ。
私は我儘でくっついてきただけなので、特にこれといった予定は無い。
というわけで当初の目的を果たすべく、王立図書館に行くつもりだ。
王立図書館は許可証が無いと入れない。
貴族は問題なし。
平民なら学問で一定の成績を収めている生徒とか、お金に物を言わせられる富裕層とか。
変な人を入れると貴重な書物を破損されたり盗まれたりしちゃうから、ある程度の制限は仕方ないね。
「…ねえ、リードもついてくるの?」
「?俺はアカネの奴隷だろ?」
『何言ってんのこいつ』くらいの顔で返された。
別に奴隷は主人と常にワンセットで行動するものではないと思うし、あとワイングラスを傾けながらふんぞり返って言うセリフでもない。
リードの中の奴隷像ってどうなってんだ。
まあ本当に奴隷だったら図書館には入れないんだけど。
「リードもしたいことしてていんだよ」
「おう、じゃあ好きにする」
その笑顔には『好きなようにするからついてきても文句言うな』と書いてある。
なんなの、私のこと大好きなの。
図書館の帰りに冒険者ギルド覗きたいんだけどなぁ…
明日はエドガーとエレーナが私についてきてくれる。
ティナはお城でお留守番だ。
エドガーとエレーナなら、『冒険者ギルドに行きたい』って我儘にもこっそり付き合ってくれそうなんだけど…リードはなぁ。
あとリードがくるとアルノーもついてくる。
アルノーも反対しそうなんだよね。
困ったなぁ。
「なあアカネ」
「ん?」
「お前なんかやましいことあるんじゃねーだろうな」
「…あ、眠気が」
「待てコラ」
バレバレな狸寝入りを決め込んだ私の頬をひとしきりつねっていたリードは、本当に私がウトウトしだしたのに気付いて大変苦みを含んだ舌打ちをしつつベッドへ運んでくれた。
美少年のお姫様抱っこごちそうさまです。
その日の晩は登場人物のはっきりした夢を見ることは無かった。
いつものようにブラックアウトした意識が引き戻された時にはびっしょりかいた汗と、それに反して冷え切った体を抱きしめてくれているリードがいただけ。
…あの夢はやっぱりたまたまだったのかな。
英語の慣用句で
ガチョウを料理する=困らせる
って意味があるらしいです。
ちょっと知ったかぶりしたかったが為のタイトルであり、深い意味はありません!(断言)
ちなみに…アルノーのフラグが立つシーンとかも考えていたんですが、ストーリーの主軸に関係ないので大幅カットしました。




