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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第三章 令嬢と姉

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047愛妻家の王子様

サロンに入ると、スチュアート様に付いていた世話役のメイドがすぐにお茶の準備をしてくれる。

スチュアート様は王族だけあって人を使うのに慣れていて、よそのメイドへの命令だってとても自然だ。

まぁ…そんなこと言ったら伯爵令嬢だって普通そうなんだろうけど、なんせ私は元が庶民だからなぁ…

作法がちゃんとできていても、根っこの気品が違う気がする。

スチュアート様は一挙手一投足が綺麗で上品だ。

それを言うと…リードも商人から奴隷という経緯を辿っている割に上品なんだよね。

一体どんな奴隷生活を送っていたのやら。


しかし今のリードはコゼアカ同盟員を警戒しているのか、険しい顔で周囲に視線をやり、お茶にも怪しいところが無いか匂いを嗅いだりしているので、上品さは皆無だった。

捕らえられた野生の獣みたい…

そんな様子に気付いたスチュアート様が苦笑する。



「大丈夫だよ。コゼットは今頃部屋にいるはずだし、コゼットの理解者である使用人たちも、私が居る時に何かすることは無いから安心してくれ」



しっかり状況を把握しているらしい言葉に面食らう。

リードもため息をついてスチュアート様に返事をした。



「…ご存知だったんですね。あの変な同盟の事も?」


「彼女たちはコゼットの心を安らかにする為に全力を尽くしてくれているよ。たまに暴走はするけどね」



王子公認なんですか…

思わずリードと揃ってジト目を向けてしまう。



「シェディオン様を訪ねてくる()()()のことも?」



リードのズバッとした質問にも、スチュアート様は動じない。



「彼らは季節の便りみたいなものさ。遠く離れた弟妹が元気かどうか確かめるのは普通だろう?」



普通、季節の便りは襲いかかってきたりしない。

スチュアート様に相談したら止めてくれるかもという淡い期待は砕かれた。

私達の責めるような視線に気付いて、スチュアート様が再度口を開く。



「もちろん、コゼットにとってマイナスとなりそうな暴走をすれば私だって諭すけれどね。私が吸収してあげられる程度のトラブルなら見逃すよ」


「剣を向けたり麻痺針が飛んでくるのもその範囲だと?」



どこまでが吸収できるとトラブルなのか、とリードが問うけれど、もちろんその事も知っていたらしいスチュアート様は穏やかに微笑むだけ。



「それは弟のリード達にだけだろう?少し荒っぽい手に出てもかわしてくれる、許してくれると信じている…つまりは甘えているのさ」


「……」



なんと嫁本位な考え方か。

確かに今のところ大事に至ってはいないが、狙われている方は溜まったもんじゃない。



「…お姉様は、本当に私のことを想ってくださっているんでしょうか…」



思わずそんな言葉が漏れる。

こんなことをして、本当に私が喜ぶと思っているのか。

あるいは逆なのでは、とすら思ってしまう。

けれど私のそんな呟きに、スチュアート様は少し困ったように微笑んだ。



「…コゼットは不器用な女性だよ。誰かに悪意を持つような人ではない。アカネにも、リードにも、もちろんシェドにもね。とはいえアカネを守る為に必死で、視野が狭くなっているのは事実だ」



確信を持った話し方をするスチュアート様は、きっとお姉様のことをきちんと理解してあげられているんだろう。

つまり、お姉様はスチュアート様に色んな事を話しているわけで…

…私とは、全然話をしてくれないのに。

だけどスチュアート様に対してだって、お姉様は最初の頃ものすごく警戒心を持っていたしなぁ…



「スチュアート様は、なぜお姉様に求婚されたんですか?」



ポロリとそんな質問が口をついた。

不躾だったと気付いて慌てて取り下げようとするけれど、スチュアート様は気にした様子も無く視線を天井にやりながら『うーん』と唸る。



「初めに見た時は神秘的な女性だな、と思った。綺麗な女性は山ほど見てきたけれど、彼女は群を抜いて美しい。しかも出会って二十秒で踵を返されて、ますますミステリアスだと思ったね」



それをミステリアスと受け止めてくれるスチュアート様の懐の広さよ…



「コゼット様…スチュアート殿下にもそんな態度だったんですか…」



このエピソードを知らなかったリードが目を丸くしている。



「ああ。ちなみに挨拶の言葉もリードの時と同じく名前を言うだけだったよ。奥ゆかしいよね」



奥ゆかしいの意味ってなんだっけ?

スチュアート様はどこまでも姉に寛大らしい。

思わず呆れた視線を向ける私達。

スチュアート様は『あ、同意できないって顔してるね?』と笑って、カップを置きじっくり話す姿勢を取った。



「コゼットが一般的に好まれる女性でない事は分かっているよ。でもね、彼女はすごく素直なのさ。不器用なだけで、裏が無い。うまく外面を作れないのは、言い換えれば偽りの態度をとらないって事だよ」



そう言われてみて、少しだけ『そうかもしれない』なんて思う。

リードへの態度も、私へのぎこちない態度も…ある意味ありのままの行動だ。



「そんな人間がどれだけ貴重か分かるかい?周りの人間はみんな外面を被って私に接する。責めるつもりは無いよ。それが人と無駄に衝突しないための一種の作法でもあるし、本音を飲み込んで嘘を語るのが仕事として必要な時もある。それは王族ならなおのことだし、家族間でだってそうなんだ。私は生まれた時からそんな環境で育ってきた」



淡々と語るスチュアート様の話は理解できなくもない。

わかった、そこまではいい。



「…スチュアート様、お母様から手紙が届いて、お姉様のコレクションの事も知ったと聞きましたが…」


「ああ、アカネコレクションだろう?今も彼女の部屋にたくさん飾ってあるよ。そうだ、アカネも今度遊びに来た時には見てみると良い。懐かしくなるはずさ。まあ、コゼットは嫌がるだろうけど」



あっけらかんとそんな返しをされた。

自分の思い出の品が姉の嫁ぎ先に陳列されている…恥ずかしすぎる。



「何とも思わなかったんですか?」


「初めて知った時は刺激的だと思ったよ。今はもう慣れたけどね」



刺激的。

なんて生ぬるい表現だろう。

猫を被ったお手本みたいな令嬢より、不器用でも正直な女性を好きになるところまではわかるとしても…

やっぱりスチュアート様の感性はちょっとズレている。



「この会話を聞いたらコゼットは怒るだろうな」



少しだけ真顔でスチュアート様は呟いた。



「…どういう意味です?」


「君が何も知らないでいることこそ、コゼットの一番の望みだからだよ」



…意味が分からない。

そりゃ私物収集なんて本人に知られたくない行為だろうけど、スチュアート様の言い方だとまるで"私が知らないこと"こそがお姉様の行動の肝みたいだ。



「私が知っちゃダメっていう割には、色々話してくださるんですね」


「フェミーナ夫人がアカネにばらしてしまったようだからね。それなら間違った受け止め方をされるより、コゼットの真意を少しは察してほしいだけさ」


「…お母様は決して悪意があって私に話したわけじゃ…」


「分かっているよ。夫人はアカネのこともコゼットのことも愛している。コゼットの行為を止めなかったのも、それをアカネに話したのもどちらも娘達が可愛いからだ。けれど彼女はコゼットの気持ちを決して理解はできないだろう」



何だか引っ掛かる言い方に眉根を寄せる。

スチュアート様の話はなんだかうっすら膜を張ったようなものばかりで、何が言いたいのか分かりにくい。



「お母様がお姉様のことを理解できない?」


「もちろん悪意があってのことではないよ。仕方のない事だ」


「どうしてですか?」


「彼女が根っからの王女様だからさ」



…なんかイライラしてきたな。

私は貴族社会に向いていないのだと今この瞬間思い知った。

裏を読みあう会話は性に合わない。

そんな気持ちが表に出ていたらしく、スチュアート様は苦笑した。



「すまない。癖でね。私もこういうところは王子らしいんだなぁ」


「スチュアート様は外見も振る舞いも本に出てくる王子様みたいですよ」



かっこいいけど本音が分からなくて親しみにくい。

そんな嫌味が思わず口をつく。

これまでスチュアート様とは当たり障りのない会話しかしたことが無かった。

猫を被った私のことを、それなりに普通の令嬢だと思っていただろう。

この発言にスチュアート様は目を丸くして、初めて聞くような声で笑った。



「やっぱりアカネはコゼットの妹だな。今までの作り笑顔が上手なアカネも好きだけど、今の方がずっといい」


「それはどうも」



笑いを収めるようにお茶を飲んだスチュアート様は、柔らかい表情で私に向き直った。



「…それじゃあアカネに王子様ではなく、兄だと思ってもらえるように、少し本音を話そうか。私はね、コゼットの誤解を解きたい。しかし私から全ての事情を話してもきっと解決にはならないだろう。だからアカネから動いてほしくてこんな話をしているんだ」



ようやく分かりやすい言葉が聞けた。



「…一度お姉様と話してみます」


「きっとコゼットはアカネとの接触を避けるから難しいとは思うけど…頑張ってみてくれ。おそらく私から説得しても、彼女は意地になってしまうだろうからね」



そしてスチュアート様はカップを置き…



「それにしても今のアカネの姿を見ると、やっぱりあれは見間違いじゃなかったんだと実感するよ」



そんな言葉を投げられて、一瞬頭が真っ白になる。

…"あれ"?

思考停止しかけた頭がすぐに再起動し…血の気がさぁっと引く。

そうだった、私、一昨日…


私の様子を見て、スチュアート様は笑みを絶やさぬまま軽く手を上げ扉を示す。

それを見たメイド達が素早く退室した。

…流れるような人払いだ。



「二人の方からアクションが無いなと思ったら…その様子だとアカネは忘れていたね?」


「……」



いや、昨日お姉様達と最初に会うことになったときはそれなりに緊張してたし覚えてたよ。

何も触れられなかったことに安堵してた。

だけどあの後新たな同盟発覚とかいろいろ衝撃的なことが多すぎて頭から飛んでただけだ。

隣のリードをちらりと盗み見ると目を伏せながら平然とカップを傾けていた。

あ、うん、忘れてたの私だけっぽいね。



「アカネは存外図太いなぁ」


「あ、あのぉ…あの時のことは…」


「ああ、もちろん今更蒸し返して説教をしようだとか誰かに漏らそうなんて思ってはいないよ。一体何が起きていたのかについては非常に興味があるけれどね」



にっこりとした笑みは、果たして純粋な好奇心なのか裏があるのか…

駆け引きなんてものに縁のない人生を送ってきた私にはさっぱり分からない。



「スチュアート殿下が気にしてらっしゃるのは、とある女性冒険者に貸したものについてですよね?」



カップを置いたリードはそう口にするや否や、どこからともなく薄汚れた外套を取り出した。

あの時私がスチュアート様から貸してもらった国宝級のアイテムだ。

ティナ達に見つかりそうで冷や冷やしたものだから、昨日の朝スチュアート様達が来る前にリードに預けた。

魔王様ならなんとかできるだろうと思って。

ちなみに、この世界にアイテムボックスとか空間魔法みたいなものは存在しない。

丸投げしておいてなんだけど、どこにどうやってしまっていたのだろうか。

流石のスチュアート様も面食らったように目を丸くしている。



「…リードは奇術師のようだな」



奇術師はいわゆる大道芸として手品なんかをしている人達を指す。

違います、魔王です。

それには答えず、リードはにっこり微笑んだ。



「あの時僕が行動を共にしていた女性冒険者から預かったんです。大変助かったと申しておりました」



あくまでどこかの女性冒険者である体を崩さないリードに、スチュアート様は微笑んだ。



「…そうか、それは良かった。もし彼女にまた会うことがあれば伝えてくれ。お転婆はほどほどにするように、と」


「ええ、全く同感ですね」



茶番が私の心に突き刺さる。

暴走してすみませんでした。

反省してるからもうやめて。


私の視線が壁を突き抜けて遥か彼方へ旅立っているのを見て、リードが溜息をつく。



「スチュアート殿下、ご馳走様でした。僕たちはそろそろ失礼します」


「ああ、楽しかったよ。よければまた付き合ってくれ。アカネもね」



リードに促されてよろりと立ち上がる私に、スチュアート様のウインクが飛んでくる。

不可視のそれにダメージを受けつつも、頷いた。



「そうですね、できれば今度は…お姉様も交えて」



きちんと姉と話をして、落ち着いてみんなでお茶を囲めるようになればいい。

そんな願望を込めてそう返すと、スチュアート様は微笑んで頷く。



「…本の中の王子様っていうのは今の私には皮肉な言葉だな。妬けるよ、シェリー」



そんな言葉が聞こえたのはドアを閉める瞬間だった。

慌てて振り返るも閉まったドアは沈黙したまま。

シェリー?

確かシェリーって、パラディアでは最愛の人を指す言葉だ。

スチュアート様にとってはお姉様のことだろう。


私の言ったことと絡めていたけれど…何か図星をついてしまったのだろうか。

だけどシェリーなんて言葉が出てくるってことは…



「…最後のってのろけかな?」


「…のろけというか…」



廊下に待機していたメイドと入れ替わるようにその場を離れつつ小声でリードに問いかける。

曖昧な返事をしつつ何か考え込み始めたリードを待つこと数秒。

しばらく目線を彷徨わせた後、こちらに向き直ったのは何か企むような笑み。



「よし、アカネ。妖精王に反撃しよう」



それ、どちら様?

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