045妖精王の帰還
<Side:ヴィンリード>
スターチス家の屋敷のサロン。
俺の目の前にいる女性は、それはそれは美しかった。
腰まで流れる黒髪はシルクのようにつややかで、深緑の瞳は夏の木々を思わせる。
大きな瞳、白磁の肌。
母親によく似た顔立ちは、まるで職人が作り上げた最高級の彫刻のよう。
しかしその表情は警戒心をあらわに厳しくしかめられており、その完璧なプロポーションを誇ると思われる体は…ドアに半分隠れていた。
「…リード様、ご挨拶を」
脇に立つアカネに小声で促され、はっと我に返った。
異様な光景に思わず呆気にとられてしまっていたようだ。
美女に寄り添うように立ち、にこにこ微笑んでいる金髪碧眼の美丈夫はスチュアート殿下。
この状況にも慣れた様子で爽やかな笑みを浮かべている。
「スチュアート様、コゼット様、お初にお目にかかります。ヴィンリードと申します。春からスターチス家にお世話になっております。こちらからご挨拶にうかがえず、申し訳ございませんでした」
昨日、確かに俺はあの場に居たが、王子夫妻を助けたのは別の人間ということになっている。
いくらなんでも馬を駆っただけでは間に合わないはずのタイミングだったし、あれを認めるとせっかく揉み消せたアカネの存在がばれる。
スチュアート殿下との間でもあれは"どこかの冒険者二人"ということになっているため、特に追及もされていない。
しかし…丁寧に礼をして挨拶したものの、美女は人形のように微動だにせずドアの影からこちらを睨みつけたまま。
スチュアート殿下は流れるように礼をしてこちらに自己紹介と挨拶を返すと、囁きかけるように美女を優しく諭した。
「コゼット、ご挨拶しないと」
「…コゼットよ」
渋々といった様子でようやく開かれた口から零れたのはそれだけ。
涼やかな声はわずか1秒で役目を終えた。
既に名前くらい知っているわけで。
せめて『初めまして』とか、なんなら正直に『お前なんか認めない』とかいう罵倒でもいいから、付けて欲しかった。
反応に困る。
…えー、俺これを何とかしなきゃいけないわけ?
昨日の動乱を乗り越えてなお、俺の苦難は去っていない。
この女性こそコゼット・パラディア。
パラディア王国の王子に嫁いだ、スターチス家の長女だ。
つまり、俺の義姉。
彼女は俺に対する敵愾心を隠しもしない。
できるならアカネに害が無い限り関わりあいたくないのだが…
そのアカネの側に居る以上、避けて通れないらしいことを知っている。
数ヶ月前、シェディオンから聞いた話を思い出した。
==========
それは4月末のある日のこと。
俺がスターチス家に引き取られてそろそろ一月経とうかと言う頃のことだった。
今日のマナーレッスンや歴史学などのスケジュールを終え、夕食までのわずかな自由時間に部屋でくつろいでいると、不意にノックの音が聞こえた。
「はい?」
せっかく羽伸ばしてんだから、邪魔すんなよな…
いつも丁寧な言葉遣いでイイコを演じているから肩が凝る。
この話し方に変えてから二ヶ月くらい経つけれど未だに馴染んでいない。
時々ボロが出ている自覚もあった。
伯爵と夫人は夜会に出ていて今日はいないはずだ。
アカネはついさっき、運動がてら庭を散歩してくると出かけていくのを見送ったばかり。
すると使用人の誰かか?
めんどくせーな、何だよ…
しかしイイコの俺はそんな感情を引っ込め、また人当たりのいい笑みを顔に貼り付けて相手を出迎える。
「邪魔するぞ」
入ってきたのは予想外の相手だ。
シェディオン男爵。
やたらアカネと俺の仲を邪推して邪魔しようとしてきたオニイサマだ。
何でそこまでアカネが好きなのかと思ってしまうのが本音。
正直アカネに色気は無い。
時々可愛げがあるのは認める。
悪夢で弱っている時はたまに男心をくすぐられる。
しかしそれを補って余りあるほどに普段の言動は色気が無い。
意識的かは知らないが、ムードをぶち壊してデリカシーも無く『男として見てない』宣言をしてくる。
見てないなら見てないで黙って甘えとけと何度怒鳴りたくなったことか。
少なくとも大人の男が相手にする令嬢じゃねーと思うけどな…
いつぞやみたいにまた牽制しに来たのかと思いつつ、ソファを勧めた。
すると、以前のように断らずに素直にソファへ座るシェディオン。
…なんだ、腰すえての説教はやめてくれよ。
「今日はお前に大切な話がある」
「はあ…」
「…夏になると、一週間ほど姉上が戻って来られる」
その言葉に思い出す。
そういえばスターチス家には長女がいたんだった。
家族愛の強い人なのか、毎年夏に一度帰ってくるというコゼット・パラディア。
パラディア王家に嫁いだ深窓の美姫の噂は、この家に来る前から知っている。
ほぼ社交界に出たことが無いまま他国王家に嫁ぐという特異な経歴の持ち主としても有名だ。
しかし、そんな物語のような人物について語っているとは思えないほど、この兄の表情は暗かった。
「俺たちにとっては由々しき事態だ」
何が由々しくてどういうくくりで俺たちと言われているんだかさっぱり分からん。
情報量が少なすぎる。
「ええと…コゼット様がお帰りになることに問題が?」
その問いに、シェディオンは大きく溜息をついて首を振る。
「…ヴィンリード、姉はな…アカネ狂いなんだ」
アンタが言うか。
…と、口にしそうになった。
危ない危ない。
「つまり、アカネ様を溺愛している?」
「溺愛じゃない。偏愛だ」
俺に言わせればこの一家は全員そうだと思うが。
アカネに弱みでも握られてんのかと思うほどだ。
末娘にだけ毎年プレゼントを贈る両親も、見合い話を蹴りまくる兄もどうかしている。
なんて返したものかと悩んでいると、シェディオンは再び口を開いた。
「そもそも姉は実家にいた時から滅多に姿を見せず、姿を見せる時には不意に後ろにいる。美人だが神出鬼没、怒らせると怖い。よって俺は内心で彼女を"妖精の女王"と呼んでいる」
ちょっと何言ってるかわかんねーわ。
そんな本音はおくびにも出さず、俺は微笑んだ。
「そこは可愛らしく"妖精"だけで良かったのでは?」
「可愛くないから言っているんだ」
真顔でスッパリ言い切った。
…この人こんな毒舌だっけ。
確かに物語に出てくる妖精は神出鬼没で、その女王を怒らせれば天災が起きると言われているが…
いくらなんでも普通の人間の女性に対する表現ではない。
「姉はな、アカネだけがこの世で唯一尊いもので、侵してはならない聖域だと考えているような人だ」
何言ってんの?
「その気持ちは理解できるんだが」
できんのか。
俺はできない。
「アカネの縁談について、俺が破談にする前から裏で手を回されていた話がいくつかあった」
「…それをしたのがコゼット様だと?」
「それらの家はいずれもパラディアから使者があったらしい事が分かっている。姉以外にそんなことをする人物が居るとは思えない」
姉だっておかしい。
いくら妹が可愛くたって、この兄のように恋慕しているのでもなければそこまでしないだろう。
「よほど嫁ぎ先として悪い家だったんですか?」
「いや…人柄が良く、財政面でも安定しているような伯爵家や侯爵家も少なくなかった。一般的にはほとんどが良縁だ」
それが事実だとしたら、姉が妹を守るだけというには確かに異常だ。
いかなる男も近づかせたくないということか。
「…いや、逆にアカネ様に何か恨みがあるのでは?」
良縁を潰すなんて、むしろ悪意があるように思えるが。
「それは無い」
断言された。
しかし好意も悪意も執着と言う点について言えば同類だと思うけどな。
疑う俺に気付いたか、シェディオンは根拠を述べた。
「姉上はアカネの良さを十分理解している。
これまで姉上と一番長く会話が続いたのは
どちらがよりアカネの魅力を知っているかと言う
議論の時だったからな」
あんたら暇なのか。
「そして度々、『アカネを守るならもっと腕を磨け』と言われていた」
まあ、それを信じて、全ての行動はアカネ可愛さゆえで、アカネに男が近づくこと自体も良しとしていないんだとして。
「つまり、アカネ様に恋慕しているシェディオン様にも当たりが強いと?」
「いや、俺がアカネに好意を抱く前からだ。スターチス家に養子入りしてから一年ほどの間、俺は暇があればアカネと過ごしていたんだが…ふと振り返ると背後で姉上がこちらを睨んでいて、『アカネちゃんにつきまとうな』と呟かれたりした」
怖すぎんだろ、何それホントに噂の美姫?
脳裏にローザの姿がよぎる。
俺、変な女に縁があるな…
「そして姉が嫁いで間もなく俺はカッセード、アカネはセルイラと離れてしまったが…俺がセルイラに来て、再びアカネと接するようになってからは月に一度使者が来る」
「使者?シェディオン様にですか?」
「ああ。背後から襲いかかってくる」
なんだって?
「初めて使者に会った時は手荒な手段に驚いたが…思えば姉上は…俺よりも先に俺の気持ちに気付いていたのかもしれんな」
フッとか笑いながら感傷に浸ってるけど、そういう情緒的な話なんだっけか。
使者っていうか刺客だろ?
義理とはいえ姉に命狙われてんだよな?
そのリアクションあってんの?
「それ、大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、屋敷に来ることは無いから安心しろ。屋敷内で見知らぬ人間と剣を交えていれば流石にアカネが不審がるからな。来るのは一人で外を歩いている時だけだ。最近はそろそろかと思ったら夜道を一人で出歩いてあちらが仕掛けやすいように配慮している」
何の為の配慮だよ。
そして俺が心配したのは場所の話じゃない。
思わずこめかみを押さえる。
「全て一人で撃退してらっしゃるんですか?」
「ああ、一人で相手をしなければ、腕を磨いていることを証明できないだろう」
「証明も何も相手が死んでいるのでは…」
「馬鹿言うな、使者を殺すわけないだろう。剣を交えた後は酒場で少し話をして、そのまま送り返している」
慣れたように丸く収めているのがかえって怖い。
そのうち俺にも使者とやらが送られてくるのか?
「アカネ様に近づいただけで狙われるというのはあまりに理不尽な気が…」
「近づけば変な気を起こさないとも限らんからだろう」
「前も言いましたが、僕はアカネ様にそんな感情ありませんよ?」
「今は、だろう?そのうち必ず好きになる」
確信を持って言われた。
しかしその瞳はやたらと澄んで…特に深い意味もなくそう信じて疑っていないような眼差しだ。
…なるほど。
この兄がこれなら、コゼットもそう考えるかもしれない。
「お前が行動範囲を屋敷内に収めているうちは使者を送り込まれることはないだろうし、万が一があれば間に入ってやるつもりだが…剣術の基本くらいは習っていた方がいいだろう。夏までの間に少し稽古をつけてやるから時間をとれ。父上にも言っておく」
「はぁ…」
親切なことだ。
俺のことを嫌っているはずなのにここまでしてくれるのは、やはり責任感からなのか。
俺は剣なんか無くても撃退くらいはできるだろうけど、うっかり殺してもまずいし、アカネのいないところで魔術を使うと暴走する危険がある。
剣は嫌いじゃないしまぁいいか。
しかしシェディオンの話はまだ終わらなかった。
「ああそうだ。姉がこの屋敷に戻ってきている間は、アカネに近づくと妨害が入るから気をつけろ」
「妨害?」
「ああ、去年がそうだった。ほとんど危険の無いものばかりだが、なかなか鬱陶しい。かといってそんなものに屈してアカネと距離を取れば、その程度かと思われる」
「はあ…いっそアカネ様に状況を相談してコゼット様と話をしてもらっては?」
「何を言ってるんだ。アカネにこんな話を聞かせるわけにはいかない。アカネは繊細なんだ。寝込んでしまう」
そこまで繊細じゃねーよ、絶対。
ダメだ、アカネを美化しまくってる人間に何を話しても無駄だ。
「まあ、そういうわけだからその妨害を耐えようとも思ったんだが…あまりにしつこく、去年は三日目で限界を感じてな。アカネと屋敷の外へ出てみたんだが、当然連れ出す前から激しい妨害をうけた」
駆け落ちかよ。
「冒険者ギルドや友人たち、俺の持てる伝手全てを使ってなんとか抜け出したが、さすがに近衛兵を差し向けられると抵抗できない。剣を交えた瞬間に国家戦争になる。あの時はさすがにアカネが不思議そうな顔をしていたな。お忍びで買い物に行こうと言って連れ出したのに、最終的に姉上の近衛兵をひきつれて歩くことになったから」
二人して必死かよ。
アカネ一人の為に何なんだよ、その攻防。
「つまり、俺たちは自ら立ち向かうしかない。今回のターゲットは俺とお前の二人になるだろう。この時ばかりは手を組み、共に乗り切るぞ」
なんか一時休戦みたいなことを言い出されたが、そもそもそっちが勝手に俺を敵視しているだけでこっちは何とも思ってねーんだけどな…
その代わり、戦友にもされたくない。
しかしイイコのヴィンリードはそんな事口にしない。
義兄の前でこの仮面を取っ払うのは、アカネを守るという目的を害されそうになった時だけだ。
「ひとまず事情はわかりました。コゼット様が滞在されている間は注意するようにします。剣の稽古もいたします」
物分りの良い弟を振舞う。
面倒ではあるが、シェディオンの方から歩み寄ってくれるならばそれに乗っかる。
その方がアカネの側に居やすくもなるだろう。
俺の返事に力強く頷いたシェディオンは、すっかり同志気分になってしまったらしい。
「俺の話を姉上は聞いてくださらなかったが、お前は基本的に人当たりが良く、頭もいい。可能であれば姉上と話をしてみてくれ」
さらに面倒な条件を追加された。
歩み寄るのはいいが、変な信頼を寄せられるのは迷惑だ。
…と、言えない我が身が辛い。
その後の剣の稽古で、俺がそこそこ剣を使える事を知ってますます気をよくしたらしく…
誕生日のプレゼントに短剣を送ってきた。
『頑張れよ』とか『頼りにしているぞ』とかそういう感情をこめた眼差しを送られて、思わず嫌な顔をしてしまったが、『そんな不安げな顔をするな』とか小声で励まされた。
不安なんじゃねー、不満なんだ。
==========
そんなやり取りを経て迎えたのが今日だ。
シェディオンいわくの妖精王は、その名に似つかわしくなくドアにへばりついている。
夫であるパラディア王国第三王子のスチュアート殿下は、特に窘めるでもなく笑顔でスターチス伯爵に向き直った。
「では今年も一週間ほどお世話になります」
「ええ、昨年と同じ部屋を用意させてありますので、何か困りごとがあればいつでもおっしゃってください」
「コゼットちゃん、後でお茶しましょうねぇ」
スターチス夫妻も慣れた様子で、この珍事を意に介さず淡々と話を進めた。
コゼットは実母に声を掛けられても小さく頷くだけだ。
スチュアート王子は『失礼します』と告げると、にこやかにコゼットの手を取って歩き出した。
射殺さんばかりの眼差しを最後まで感じながら、俺は大きく溜息をつく。
「お、お疲れリード。ちょっと?…びっくりしたでしょ?」
ちょっとどころではないと理解しているアカネから、疑問符つきで気を遣われた。
「大丈夫だよ」
嘘だ。
まったく大丈夫じゃない。
できるだけ関わりたくない。
それが顔に出ていたはずも無いのに、アカネは苦笑して首を振った。
「無理しなくていいよ、お姉さまはちょっと…人見知りが凄いっていうか、なんか…」
『引きこもり』という言葉がぽつりと聞こえたが聞こえなかったことにした。
なるほど、社交界を嫌ってほとんど出てこなかったと聞いていたが、恥ずかしがり屋というよりは怯えた獣のような感じだな。
アカネも人目を集めるのが苦手って言ってたけど、コゼットはそれがもっと酷いタイプなのかもしれない。
それが今や大国の王子妃か…
…んん、なんか引っ掛かるな?
「すまないね。別にリードの事を嫌っているわけじゃないんだよ」
小さな疑問を深く考える間もなく、スターチス伯爵にそんな事を言われて思わず突っ込みそうになった。
嫌ってなかったらあの目は何なんだ。
敵意しか感じなかったぞ。
俺はまだ彼女には何もしていない。
だから理由があるとすれば…やはりシェディオンが言っていたことが事実だという事か。
解散となったサロンを後にしながら、隣を歩くアカネにそっと耳打ちする。
「アカネ、コゼット様とは仲がいいの?」
突然の問いかけに戸惑ったような顔をしつつ、アカネは言葉を探すように視線を泳がせた。
「え、仲?…どうかなぁ。物心ついたころには私は避けられてたし…むしろ嫌われてるって思ってたんだよね」
「思ってた?今は違うんだ?」
「リードと会う少し前にね、お母様に聞いたんだ。避けてるのも含めて全部私の事が大好きだからだって…まあ、ちょっと行き過ぎた行動もあるみたいなんだけど…」
遠い目をするアカネ。
なるほど、彼女がアカネ狂いなことを本人も知っているのか。
シェディオンは隠しているみたいだったけど、なるほど夫人が…
…夫人は確かにぺろっと話しそうだな。
しかし、コゼットの行動は思ったより広範囲に知れているようだ。
兵まで動かしてるわけだし当然か…
「コゼット様がアカネのことを好きすぎる話って、スチュアート様も知ってるんだよね?」
「そのはずだよ。嫁入りのきっかけが、それを受け入れてくれたからだってお母様から聞いたけど。なんで?」
「いや、王室の権力を使って刺客まで送り込んでるわけだし、隠し通せないだろうな、と。でも結婚前から知ってたのは初耳だな」
そう返すと、アカネはそれまで声を潜めていたことを忘れたかのように大声を上げた。
「は…刺客!?」
何の事、というような顔をされて、こちらが驚く。
なんだ?
もしかして、荒事に関する話は聞いてないのか?
よく考えればアカネの性格からして、この話を知ったまま見過ごしているとは思えない。
アカネはどこまで知っているのかと更に話を聞くべく、もう一度声を落としてアカネに顔を近づけた。
…その瞬間、よからぬ気配を感じてその場から飛び退る。
魔王でよかった。
魔術を使わずとも、身体能力や知覚能力は一般人のそれとは全く違うレベルになっている。
だからこそ避けられた。
「え?」
何事かとアカネがきょとんとしていた。
俺の視線は、俺が元居た場所から数m先に刺さった小さな吹き矢針に釘付けだ。
あのまま動かずにいれば、おそらく体のどこかに刺さっていただろう。
背後を振り返るも人影は無い。
…見かけ上は。
近くのドアの向こう…確かここはパントリーだったか…
そこから二人くらい、こちらを伺っている気配がする。
…シェディオンが言っていたやつが始まったようだ。
しかし屋敷内に刺客は来ないって話だったが…
さすがにあれだけ精密な射撃ができるのは素人じゃない。
今年は方針を変えたのか?
しかしそんな気配を感じることも無ければ小さな針に気付いてもいないアカネは、俺を心配そうに見つめる。
「どうしたの、リード」
シェディオンはアカネに何も話していないと言っていた。
おそらくスターチス夫人も刺客の事はアカネに知らせていない…もしくは夫人も知らない。
…黙っていた方がアカネの為になるなら話は別だけど…
俺がアカネの側から離れるつもりが無い以上、隠したって問題が長引くだけ。
とっとと巻き込んで解決を図った方がいい。
というわけで正直に答える。
「屋敷に刺客が潜んでいるみたいだ」
「えっ!?」
それにこの状況を放置していれば、いつかエスカレートしてアカネ自身に被害が及ばないとも限らない。
一度コゼットの真意を確かめる必要があるな…
バラされるのが予想外だったのか、ドアの向こうで動揺した気配がする。
やっぱりアカネに気付かれるなと命じられているんだろうか。
「まさか、私を狙って!?」
「違う」
急に悲劇のヒロインめいた口調でがばっと自分の体を抱きしめるアカネに、冷ややかな声で返した。
随分余裕だなオイ。
「僕が狙われてる」
「まさか…彼女達がそんなこと…」
そう言うアカネの視線はドアに向いている。
予想外の反応に、しばし思考が飛んだ。
「…アカネ?」
「ん?」
「そこに居るのが誰か分かってる?」
「うん、リードも知ってるでしょ。うちのメイドさん達だよ」
「は…」
あっさり言い切られて言葉を失った。
…うちのメイド?
「パントリーにいるんだからメイドだろうっていう予想で言ってる?」
「違うよ、ちゃんと誰かまで分かってる。魔力の調整が上手く行かなかった頃ね、魔力がそれなりに高い人は、その魔力の波長だけで誰が誰なのかなんとなく分かるようになったんだ。あ、これがあれなのかな?リードが言ってた、魔力の属性に個人差があるやつ。上手く言えないけど、みんな微妙に違うんだよね」
あっけらかんと語っているが、それは物凄い能力なのでは…
相手が魔物ならいざ知らず、人間が発する魔力の気配なんてものは物凄く微かだ。
アカネのように魔力が強すぎて垂れ流しているのが異常だっただけ。
ましてやその波長で個人の特定が出来るなんて…
人のことは言えないが、やはりアカネは人間離れしている。
黙り込んだ俺を見て、アカネはドアの向こうへ声をかける。
「エミリー、イライザ?」
その呼びかけに応えるように、ゆっくりドアが開いて、しずしずと現れたのは…
確かにこの屋敷で働くメイド達だった。
年は30代後半…この屋敷に雇われて長いベテランだ。
頭を垂れる二人に、アカネは腕を組んで困ったような顔をする。
「リードがあんなこと言ってるけど、リードの命を狙ってるって本当?」
暗殺者にそんな直球な質問すんな。
しかしイライザはバッと顔を上げてこんなことをのたまった。
「違いますっ!我らはコゼット様派…コゼアカ同盟としてコゼット様を応援しているだけでございます!」
「ちょっとイライザ!ダメよ!」
…おい、この屋敷に居る盟主全員出て来い。
制止するエミリーの声も空しく、イライザによって新たな同盟の存在を知ってしまった俺とアカネは、揃って天を仰いだ。




