043盗賊は物思う
その戦闘は一瞬で終わった。
いや、戦闘とはとても言えないものだ。
蹂躙、駆除。
魔物からしたら屈辱的であろうそんな単語が頭をよぎる程度には圧倒的だった。
マリーの高火力魔術が文字通り火を噴き、あっという間に魔物を燃やし尽くす。
エルマンの役割と言えば、木々の間を飛び回って状況を見つつ『右側の出力押さえないと森が燃える』と苦言を呈したり、『こっちはもうちょっと厚いから火力出せ』なんて指示をするものだった。
マリーは鬱陶しそうに『これくらい平気』とか『うるさい、分かってる』とか言いいつつも大人しく指示に従っていたし、傍から見ていてもエルマンの指示がなければ森への被害が広がっていただろうと思う。
とはいえ、マリーの魔術は高い火力を保ちつつも、かなり精密な範囲調整が行われていた。
エルマンの指示のとおりに弱めたり強めたりできるのも、確かな腕があるからこそできることだ。
私と同じ暴力的な魔力を持っているのに、これほど上手く扱えている。
魔力と付き合っている年数が違うのだから当たり前かもしれないけれど、やっぱり少し悔しい…
魔術練習頑張ろう。
そんなことを考えつつ黒い煙を上げる魔物の山をぼんやり見つめていると、マリーが私の顔を覗き込む。
「…大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫、です」
その返答に安堵したらしいマリーの溜息と共に、私を取り囲んでいたバリアの光が消える。
結局火の粉一つ飛んでこなかった。
光魔術か…回復系は無理でも、こういう防御系の魔術なら練習させてくれるかな、カルバン先生。
焦げ臭い匂いが漂う空間の中、私とマリーは向かい合ったまま黙り込む。
エルマンは周囲の様子を見に行ってくれていた。
悪夢についてはあらかた情報交換したし…
それ以外に話すことが、今は思い浮かばない。
けれどせっかく会えたんだ。
ここで縁を途切れさせるのも勿体無い。
悪夢に関してもお互い新しい情報が掴めたら交換したいところだ。
「…あの、マリエルさん。拠点は王都のギルド本部だと聞いたことがあるんですが、あってますか?」
原作だとそうだった。
確かマリーをまともに扱ってくれるのがそういう大手だけだったんだ。
私の問いに、マリーは黙って頷く。
「良かった。それじゃ、また何か分かったことがあればギルド本部へ連絡をとります。マリエルさんも何か分かったら…」
と、ここまで口を開いて、舌がとまる。
…ダメだ、名乗ったらまずいんだった。
スターチス家を訪ねてね、なんて言ったら私が何者かばれてしまう。
急に言葉を止めた私を、マリエルが不思議そうに見つめている。
ど、どうしよう。
「おーい。こっちはなんもなかったぜ」
エルマンの声が響く。
ナイス!
私が満面の笑みで出迎えるのを見て頭を掻きつつ、エルマンはこちらへ歩み寄ってきた。
「そんでアカネ。あんた時間は大丈夫か?どっか行こうとしてたんだろ」
「あ、そうそう!早く行かないとー!」
エルマンのまたもナイスなアシストに、ぎこちない同意をすると、マリーは少し残念そうに『そう…』と呟いた。
「それなら、この鳥を起こす」
風見鶏に手を触れたマリーがそう言うや否や、風見鶏はカッと目を見開いて飛び起き、身震いした。
『クエーッ』という鳴き声と共に。
魔物の大量討伐といい、この子の鳴き声といい、いい加減他の冒険者や騎士団が駆けつけてきてしまいそうだ。
本当に急いでこの場を離れないとまずいかもしれない。
「それじゃ、私はこれで…」
「ああ、無理な引き止めして悪ぃな」
マリーの代わりに謝るエルマン。
すっかり保護者が板についているようだ。
風見鶏は二人に警戒の眼差しを向けつつ飛び上がった。
まあ一度睡眠攻撃で落とされてるわけだから無理もないか。
森を抜けて眼下に見えたのは、続々と市中から森の方へ出て行く騎士達の姿。
先行したシェド達を追いかける形の増援だろう。
お姉様とスチュアート様達は無事に帰れたかな。
そろそろ"家で待ってる私達"の所にも知らせが入りそうだから、急いで帰らなきゃ。
それにしても疲れたなぁ。
一生分の魔物を見たって感じがするわ。
…一生分の魔物が誰基準でそれがどれくらいの量なのかは私にもよく分からない。
だけどマリーに会えたのはラッキーだった。
彼女は人嫌いなわけで、そう会える人じゃないはず。
もしかして、あの二人も王族の護衛業務を…?
意外だな、人嫌いのマリーがそんな礼儀にうるさい依頼を受けるなんて。
でもそれこそ私とリードが嘘をついていたみたいに、あの二人は遠方の監視業務を担っていたのかもしれないな。
そこまで考えて、ふと気付く。
どうしてあの二人が居るのに、今回こんな混乱が起きていたのか。
マリーの実力があれば、魔物の掃討は可能だったはずだ。
駆けつけられない理由があった?
そしてようやく、思い出す。
シルフドラゴンを怒らせる可能性について語った、リードの言葉を。
『上空を通りがかった群れを刺激すれば可能性はあるかな』
…ひょっとして…
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<Side:エルマン>
アカネとか言う、表情のころころ変わる少女を見送りながら溜息をつく。
このところ、あまり表情の変わらない連れと一緒にいたせいか新鮮だった。
それにしても、どうも訳ありっぽかったな…
ああもあからさまに話を逸らしてくれ、帰らせてくれなんつー顔されたら助けねーわけにもいかねーわ。
こっちの勝手で無理に引き止めちまったし、それ以外にも後ろめたいことだらけだ。
「謝んなくて良かったのかよ?」
隣で仏頂面をしたままのマリエルに声をかける。
ちらりと視線を寄越すものの何も言わない。
『何を謝るの』ってか。
「今回の件は完全にあんたのせいだろ。アカネはあんたの尻ぬぐいしてくれたってのに」
「うるさい。謝らないといけないのはエルマンの方」
「何で俺だよ」
「私を驚かせたのが悪い」
「いや、抱きついてきたのそっちだかんな」
その言葉がトリガーだったかのように、顔を真っ赤にして拳を振り上げられた。
マリエルは根っからの魔術士だ。
魔術こそ化け物じみてるが、その体術はそこらの女と変わらない。
その拳を難なく受け止める。
まあ、こうなることくらい本人も分かっているはずなのに、それでも魔術を使わないだけ…
かなり気を許してくれるようになったよな。
ようやく懐いた野良猫を見るような心地で、ふっと緩む口元。
一月前…出会って間もない頃に散々被弾した魔術の痛みを思い出して遠い目をする。
いや、直接的ではないにしろ、昨晩から今日にかけても随分酷い目にあった。
事の発端は、マリエルの元に舞い込んだギルド本部…いや、受付嬢ギボルタからの特別要請。
依頼主はセルイラ領領主。
パラディア王国の王子夫妻の護衛だった。
当然、マリエルは拒否したが、ギルドとしてもこんな大きな仕事を失敗させるわけにもいかない。
万が一に備えて最大戦力のマリエルをなんとしても参加させたかったらしい。
普段から世話になっているギボルタから直接頼み込まれ、最終的にマリエルは頷いた。
ただし、遠方からの監視を条件に。
…それがまさか、王子夫妻に危険をもたらす最大要因になるとはギルドも思わなかっただろうな。
マリエルは時折悪夢にうなされる。
まるで悪魔に憑かれたみたいな酷いやつ。
その夢を見る日は前兆があるらしく、離れた場所で眠るように毎回きつく言いつけられる。
しかしあの苦しげな表情と苦悶の絶叫を放置もできず、昨夜はついに揺さぶり起こしてしまった。
幾度か呼びかけてようやく目を覚ましたマリエルは、『大丈夫か』という俺の問いかけに答える間もなく…凄まじい力で抱きついてきた。
夜の街で女が男にしなだれかかるものとはあまりに違う。
小さく震え、手が真っ白になるほど強く俺の服を掴む姿。
鬼気迫る力のこめ方に、よほど恐ろしい夢を見ていたのかと頭を撫でてやって数分。
ゆっくり顔を上げたマリエルは、俺の姿を認めると同時に顔を真っ赤にして奇声を発し、手当たり次第に物を投げつけてきた。
それだけならまだいい。
それくらい避けられる。
しかしただでさえ魔物を引き付けやすい体質に、魔力の暴走が重なり…運悪く上空を渡っていたシルフドラゴンの群れを刺激してしまったらしい。
よほど大きな渡りだったのか、その群れの数はすさまじく。
マリエルの魔力に当てられて正気を失ったシルフドラゴンは目に付くもの全てを攻撃した。
連鎖するように暴れだす魔物。
ターゲットは近くに待機していたほかの冒険者達へ。
そしてついに王子夫妻の元にまで及んだ。
暗闇の森の中で冒険者や兵達が入り乱れる混戦となり、マリエルの大規模な魔術を撃つなどとてもできないまま空が白み始めた。
もはや本隊がどうなったのか、王子夫妻がどこに居るのかもわからない。
少しずつ目の前の敵を減らしながら王子夫妻を捜索するしかなく、『これだから他の冒険者とは行動したくない』と苛立つマリエルをなだめながら森を抜けると、騎乗する王子夫妻とそれを追う魔物の群れが見えた。
二人に魔物の牙が迫る。
マリエルが助けるべく手をかざした矢先、空から降ってきたのが、あのアカネという少女と銀髪の少年だった。
遠めでよく見えなかったが…何をしたのやら、王子夫妻を追い詰める魔物を釘付けにしたかと思えば、次の瞬間退却させた。
呆気にとられつつも、王子夫妻が無事に逃げたなら後は残りのドラゴンと魔物を何とかしなければ、と気を取り直す。
しかし、今度は突然上空で突風が起きてシルフドラゴンがまとめて吹き飛ばされた。
何が起きたのか分からなかったが…
怪しいのは、先ほど魔物を一瞬で退けた二人だ。
流石に全て排除はできていなかったらしく、森の中ほどにいてとり零れた三匹のシルフドラゴンは、マリエルが一匹ずつ上空へ弾き飛ばしていた。
隠蔽の魔術で姿を隠しつつ俺達は二人を探した。
ようやく見つけたのは森の奥深く。
兵士達を取り囲んでいた数十体もの魔物を、一瞬で氷漬けにする少女の姿がそこにあった。
顔はほとんど窺えないが、俺より少し年下くらいに見えた。
守るように寄り添う少年はやたら綺麗な容姿で…俺と同じくらいの年だろうか。
この実力に反して、あまりに若い二人の姿。
俺も興味はあったが…マリエルはそれ以上の鬼気迫る様子で少女を見つめていた。
まあ当然だわな。
こいつはずっと、自分と同じような奴を…このくそったれな状況を打破するための鍵を長い間探していたんだから。
その後をついていくと、森の出口のあたりで少女が少年と別れた。
しかし声をかけようとした矢先に、少女は突如姿を現した鈍色の魔物の背に乗り、飛び立った。
慌てて後を追うも、木の高さを超える前にその姿が掻き消える。
あたりをつけて走ったが、あの魔物の声らしきものが聞こえなければ諦めるしかなかっただろう。
…声が聞こえた瞬間迷い無く魔術を打ち込んだマリエルを止める術は無かった。
いや、止められたとしても、止めなかったろうな。
人と言葉を交わすことすら忌避するマリエルが、初めて無理を押してでも会いたがった相手。
あの日、圧倒的な力で俺達の盗賊団を魔物から助けつつも、その金色の瞳は強い拒絶を示し。
後を追いながら観察していたマリエルの背は常に寂しそうだった。
本当はおそらく人が好きで甘えたがりなマリエルをこんな意地っ張りにしたのは、全てこのおかしな体質のせいだ。
放っておけないという感情から側にいるようになって一ヶ月。
彼女の強い望みをかなえることが…気付けば俺の行動指針になっていた。
アカネ。
植物の名前だ。
華やかな花が咲くわけでもないその植物を、女子の名前につけるのは珍しい。
そういやセルイラ領主の娘がそんな名前だった気がするが…
飛び立つアカネを見つめながら、連絡先を教えてもらえなかったことで言葉無く落ち込んでいたマリエルを思い出す。
さて、これを教えてやるべきか否か。
相変わらず俺に一撃を与えるべく下から付きあがる小さな拳を手のひらでいなしつつ、頭を悩ませた。
…あと、また集まってきてる魔物どーすっかな。
度々起きる魔物の襲来。
『こんなんで今までよく生活できてたな』と思わず突っ込み、『エルマンが来る前はこうじゃなかった』と責めるような言葉で返されて、まんざらでもない気分になったのは別の話だ。




