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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第三章 令嬢と姉

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42/224

042予想外の組み合わせ

その名前を口にすると同時に、なんだか心地いい感覚が胸を満たす。

体の中の魔力が優しくさざめくこの感じ。

出会ったばかりの頃のリードがこんな感じだったっけ。

魔王の魂の受け入れが完了してからは魔力制御がうまくできるようになったらしくて、もう感じることができなくなっちゃったけど…


向こうもそう思っているのか、なんだか不思議そうな顔をしながらもうっとりと目を細めている。

仰向けのままの私。

それを覗き込む彼女。

見つめあったまま動かない私たちの間に、黒い影が滑り込んだ。



「あんたら何やってんだ?」



私に見えるのは黒髪の後頭部。

上部は短く刈り込まれているけれど、襟足は伸びた髪をちょんと結んでいる。

その声と体躯は少年のそれだ。

年は…私より一、二歳上だろうか?



「…エルマン、邪魔」



こちらに傾けていた上体を起こしながらそう言うマリエル。

紡がれた名前に、またも一瞬思考が止まった。

えるまん…エルマン!?

それはホワイト・クロニクルの登場人物の一人。

ファリオンが盗賊団に居た頃からの腐れ縁であるはずの男性の名前だ。


割り込んでいた体を引き、こちらに手を差し出してくへている少年をまじまじと見つめる。

身軽そうな服、腰に下げられたダガー。

絵に描いたようなシーフの出で立ち。

細くつり上がったヘーゼルの瞳は悪戯っぽく笑んでいる。

…おお、かなり私のイメージに近い。

リードやマリーは私の想像以上に美人だったからな…


でも…私の知るエルマンは粗野ながら常識的な人間ではあったけど、果たしてこのエルマンはどうだろう。

警戒しつつもエルマンの手を素直に取って立ち上がった。



「私の事を知っているのね」



マリーのその言葉に、さきほど名前を呼んでしまった事を思い出す。

初対面の人間に名前を呼ばれるって普通驚くよね…マリーが有名人でよかった。



「どこかで私を見たことが?」



…良くなかった。

そうだ、この世界では写真なんて無い。

肖像画だって出回ったりしていない。

直接見る以外に顔を知る術は無いんだった。


服の中にじわっと汗をかくのを感じつつ、脳みそフル回転。

普段使わない頭が煙を上げかけた時、ふと一時間前に抱いた疑問を思い出す。

最後に助けた兵士達が口にした言葉だ。

私達が冒険者だと名乗ると『やっぱり』と言っていた。

つまり、あんな魔術を使う人物に心当たりがあったという事。

そしてマリーがこんな場所にいる事実を鑑みるに…

彼女もおそらく、今回の護衛の冒険者の一人だ。



「…護衛の冒険者の中に、

 マリエル・アルガントがいるという噂を聞きました。

 その髪色を見て、おそらくそうだと」


「…噂になってるの」



マリーは嫌そうな顔をしつつも納得してくれたようだった。



「名前は?」



そう問われて、『アカネ』という名前だけ名乗る。

流石に姓を名乗るのはまずいだろう。

伯爵令嬢がこんな場所に居るはずないのだから。

『アカネね』と、あのマリーに名前を呼ばれていることに妙な感慨を覚えたのも束の間…



「魔物をまとめて氷漬けにしたり、

 シルフドラゴンを全て吹き飛ばしたのはアカネ?」



そんな問いかけを寄越されて、呼吸が止まる。

え、何?

何で…見られてた!?



「その反応、そうなのね。

 普通の人間の魔力じゃない」


「ちょ、ちょっと何のことか…」


「じゃあその横で眠っている魔物のことも知らない?」



そう問われて思い出した。

そうだった、横で風見鶏が横たわったままだ。

これがただの巨大な鶏なら突然変異の鶏なのー!との言い訳も出来たかもしれないが(無理か)、金属製の姿に言い訳など通用しようはずも無い。

『アカネのペットじゃないなら倒そうかな』なんて言葉が聞こえて、慌てて制止する。



「やっぱりアカネのペット?

 …それにしてはすごく大型だけど。

 それに初めて見る魔物」



でしょうね、魔王様が生み出したてほやほやの魔物ですから。

実のところ、魔物を飼いならしている例はある。

しかし、そこに友情は無い。

闇魔術で洗脳させ、術者に従順にさせるのだ。

洗脳がとければ人に危害を加えてしまうわけだから、かなり賛否の分かれる行いとされている。

とはいえ高ランクの冒険者である闇魔術士が索敵用として使役したり、好事家の貴族が闇魔術士を雇って魔物を飼うことはあった。


使役できる魔物のサイズや知能と、要する魔力量は比例する。

その為、人に使役されるのは手のひらで抱えられる程度の小型の魔物ばかり。

こんな大きな魔物を使役させている例など、私も聞いたことが無い。

実際にはこの子は魔王に従順で、その魔王が私に従っているから私の言うことを聞いているに過ぎない。

…とはいえ、今はそういう事にしておくのが一番穏便だろう。



「そうです…私が使役している子です。

 でも、急にどうして落ちたんだろう」


「…それは私が睡眠の魔術を放ったから。

 そのステルス機能は厄介。

 鳴いてくれたおかげで位置がわかった」



まさかの告白に目を見張る。

マリーのせいで本日二度目のスカイダイブを敢行させられたのか。

謝罪の言葉が無いのは気にしない。

原作でもマリーは謝れない子だった。

人間不信がたたり、謝罪すれば付け込まれると考えているが為に。



「どうしても話を聞きたかった。

 あの魔術のことも、その魔物のことも。

 使役しているのではなく、

 さらわれている可能性も考えた。

 …でも、その魔力量なら使役も納得。

 今も抑えようとしているみたいだけど、

 強い魔力を感じるもの」



私の身に危険が及んでいる可能性も考えてくれたらしい。

まあ確かに…何も知れない人が大型の魔物の上に乗る人を見れば、まず本意だとは考えない。

それにしても、やっぱり魔力の漏れは感じられてしまうのか。

今は結構抑えている方なんだけどな。

カルバン先生にも『気をつけていれば勘のいいA級以上の冒険者にしか気付かれないはず』とのお墨付きをもらったのに。

さすがS級だ。



「ああ、確かに…

 ちょいと興奮状態の時のマリエルっぽいな。

 首筋がチリチリする感じ」



私をまじまじと眺めるエルマンがそう口を挟み、マリーの瞳がギロリと彼を睨む。

エルマンも分かるのか…

彼は優秀な隠密だったし、納得できなくもない…

ああいや違う、どうしてエルマンがマリーと一緒に居るんだ。

当初の疑問を思い出す。



「あの、エルマンさん、でしたよね。

 マリー…マリエルさんのお友達?ですか?」



おっと、うっかりマリーって呼ぶところだった。

危ない危ない。

そもそも人嫌いのマリー。

馴れ馴れしく呼ばれるのは嫌うはず。

でもだからこそ、原作ではツーショットになることすら無かったはずの組み合わせを見過ごすことが出来なかった。



「これはストーカー」


「パーティー組んでんだ」


「回答が一致してないんですが…」



二人がほぼ同時に言い放った言葉をなんとか聞き分けるけれど、内容はかけ離れていた。

エルマンがマリーのストーカー…

二人がパーティーを組む…

どちらにしても信じがたい展開だ。


原作のエルマンは、ファリオンが盗賊団を抜けるのとほぼ同時に自らも盗賊から足を洗う。

ただしファリオンのように冒険者になるのではなく、町の情報屋の使い走りをしたり、貴族の暗殺依頼を受けたりと、日の当たらない仕事を続けるのだ。

所属が盗賊団ではなくなっただけで、活動内容はさほど変わらない。


そしてその活動の果て、この国の王女、シャルロッテの悪巧みの手駒として声がかかるのだ。

まあ、その悪巧みとは言ってしまえばファリオンとマリーの仲を引き裂く嫌がらせだが、この二人でなければ死んでただろうというような悪質なものが多い。

それゆえ、エルマンは命令を遂行しつつもこっそり随所で二人をフォローし、なおかつ計画の失敗に地団太を踏む王女様を宥めるという役割だった。

…苦労人である。


なんにせよ、原作ではまだ盗賊団にいるはずのエルマンがここに居るという事は…

いや、盗賊団の仕事の一環でマリーに接触している可能性もあるけれど、原作での二人の初対面はファリオンとマリーがパーティを組んでから。

じゃあやっぱり、これもまた原作からずれているわけだ。

どうしてこうなったのか、ちょっと確かめておきたいところ。



「あの、二人はどうして…」


「エルマンのことはどうでもいい。

 アカネのその力、どこで得たもの?」



どうでもいいと言い捨てられたエルマンが渋い表情をするのを他所に、マリーが強い語調で私に問う。

私にとっては全くどうでもよくないんだけど…

エルマンの話は後にするか。


とはいえ、マリーに話せることは多くない。

彼女がこんな手荒な手段に出てまで私と接触しようとした理由は理解できる。

迷宮から脱出して以降、今日まで彼女が悩んでいることは、きっと原作とそう変わらないのだろう。


私と同じ、持て余すほどの魔力や悪夢だけでなく、長年孤独に取り残されたが故のパニック障害、幻聴や幻覚。

そして老いることの無い体。

彼女が旅をしている理由は、その原因の究明と解決にある。

しかしながら、世界でたった一人の数奇な運命を辿った彼女。

他に例も無いのだから手がかりは見当たらない。

だからこそ原作の彼女は、懐くファリオンを鬱陶しがりつつも、最後の手がかりを求めて、聖剣に選ばれた勇者とともに魔王と対峙する事を選ぶのだ。

ずっと忌避していた迷宮へ再び戻ることにためらいつつも。


そんな彼女がようやく見つけた、自分と同じ大きな魔力の持ち主…それが私なわけで。

そりゃあ多少の無茶をしてでも捕まえたくなるだろう



「……」


「どうしたの、言えないこと?」


「いえ、そうではなく…

 おそらく貴女の望むような話をしてあげられないから…」



気持ちが分かる。

分かるからこそ辛い。

力になってあげられないことが分かっている故に。

私は何せ彼女を参考にしてこの能力を得たのだから。



「どういうこと?」


「…私の魔力は生まれつきです。

 貴女のように迷宮に近づいたことすらない。

 数ヶ月前に初めて魔術を使ったんだけど、

 それをきっかけにこうして強い魔力に目覚めてしまって…

 今は制御の練習中です」



嘘ではない。

淀みなく話す私を怪しむようにしばらくじっと見た後、マリーは少し肩を落として『そう…』と呟く。

良心が傷む。

原作のマリーはファリオンの好きな人。

とはいえ、私はマリーのことが嫌いではなかった。

…上級者の夢女子だからだ。

マリーを自分に置き換えて読んでいた私に隙は無い。

今だって自分の分身くらいの気持ちで居る。

まあ流石にファリオンがマリーに言い寄る姿を目の前にすれば穏やかじゃいられないだろうけど。

二人が出会う前に私がファリオンといい感じになればいいだけだ!


だからこそ、本当は開示するのをためらった情報を、やっぱり口にすることにする。



「ただ、気になることがあって…

 魔力に目覚めて以降、

 おかしな夢に悩んでいるんです」


「っそれ、どういう夢!?」



案の定、マリーは食いついた。

それはそうだろう。

かなり不便を感じていることの一つだろうから。

促されるまま、私が見た夢の内容や経験論を話す。

ここ最近の悪夢は、相変わらず意識がブラックアウトしているけれど、目覚めた後の恐怖感や人恋しさは変わらない。


マリーは頬を高潮させ、ようやく情報源に出会えた興奮に震えるような相槌を繰り返していた。

私が悪夢を見ている日にマリーも見ているかというと、どうやらそうではないようだ。

やっぱり悪夢の周期性はよく分からない。

ただ、悪夢の内容や目覚めた後の状態は同じらしい。



「あー、なるほど。

 それで珍しく抱きついてきたのか」



不意にはさまれたエルマンの言葉に、目を見開く。

抱きついた?

誰が…いや、この場合は一人しかいない。


先ほど以上に顔を真っ赤にしたマリエルが、勢いよく振り返ってエルマンに腕を振りかぶる。

けれどエルマンの姿は揺らぐように消え、いつの間にか数歩離れたところに立っていた。



「くそっ…幻影…相変わらず、

 回避能力だけは馬鹿みたいに高い…!」


「馬鹿みたいとは失礼だな。

 あんたに救われた後、

 伊達にその後をついてきたわけじゃねーよ。

 魔物はほとんどあんたが殲滅してくれたとは言え、

 あんたに引き寄せられる魔物もそれなりに居たしな」



二人の会話を、ぽかんとしながら聞く。

その後の言い合いから得られた情報を総括するに、エルマンは盗賊団に居た時にマリーに命を救われ、そのまま彼女を追いかけて冒険者になったようだ。

…どこかで聞いた話だ。

マリーが英雄ベオトラ、エルマンがファリオンならば。

原作と符合する点を残したままのずれ方に、妙な気持ち悪さを覚える。


エルマンは原作でも面倒見のいい男だった。

情緒不安定なシャルロッテを支え、放っておけなくてずっと側にいてあげたような人。

それは次第に庇護欲から恋愛感情に変わっている節があった。


そんな彼にとって、一人であらゆるハンデと戦うマリーの姿は…

十分、気になるものだっただろう。


そしていつぞや私が予想したとおり、マリーもあの悪夢の後は強迫にも似た人恋しさを感じているらしい。

原作ではファリオン、そしてこの世界ではエルマン。

側に居た人に抱きついてしまったようだ。

怯えながら抱きつくなんてことをされたらもう…



「……」



じっとエルマンを見る。

マリーの全力の八つ当たりを交わす彼の口元は『仕方ないなこいつ』って感じで優しく緩んでいる。

…ダメだ、完全にフラグ立ってるわ。


これじゃ誰がシャルロッテの手綱を握るんだ。

シャルロッテはファリオンに恋することになっている。

原作ではマリーの、そして今は私の恋敵になると思っていた。

まあ、今のこの世界ではどうなるか分からないけれど…

でももし同じ展開になりそうなら、エルマンとシャルロッテをなんとかくっつけようと思っていたのに…!


マリーも人嫌いとはいえ、包み込んでくれる存在に弱い方だ。

原作でもファリオンにそうしてほだされたのだから。

まあ、一番の強敵だったと思われるマリーが別の相手を見つけているのは不幸中の幸いだろうか…

この様子を見るに、エルマンに抱きついたのが不快だったのではなく、恥ずかしがっているだけのようだし…


あの悪夢の後、しばらく抱きしめてもらっていれば次第に我に返る。

多分その時にもこうして大暴れしたんだろうなぁ。

…あれ?

なんか今引っかかったような…


何かに気付きそうな感覚。

けれどそれを探るより先に、急に二人が私をかばう様に周囲に立った。

さっきまでのじゃれあいはどこへやら。

厳しい顔で周囲を睨んでいる。



「えっ…何…」


「アカネはここを動かないで」



マリーのそんな呟きと共に、私の周囲が光の壁で覆われる。

光魔術のバリアだ。

かなり高ランクの魔術師で無いと扱えないと聞く。

さすが伝説の人、奇跡の少女、現役S級冒険者!


なんて賛辞を口にする間も無く、私の視覚が事態を飲み込んだ。

周りを取り囲む、大小さまざまなおびただしい数の魔物。


…興奮状態で魔力制御できないと、私達は歩く魔力泉になるんだよ、マリー。


きっと私よりそんなことをよく知っているであろう彼女は、慣れた様子で一歩踏み出した。

連続更新はここまでにします。

レッツゴーに夢中になるとは言っても、今月の更新がこれっきりとはならないと思います。

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