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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第三章 令嬢と姉

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041風見鶏が鳴いたなら

目の前には氷瀑。

滝が凍ったあれだ。

…そうとしか言えない光景が広がっていた。


いや、私は悪くない。

だって向かった先で六人の兵士達を多種多様な魔物が取り囲んでいた。

必死で応戦していたけれど、ジリ貧感は否めない。

誰かが少し連携をミスしただけで全員が殺されてしまいそうな危うさ。

私みたいな素人に、どれから倒せばいいかなんて戦略的なことまではわからないわけで、つまり全部なんとかしなきゃと思って氷魔術を発動した。


すでに救助は五件目。

これまでに助けたのはセルイラ側がつけた一小隊、パラディアの近衛騎士を六名と近衛兵三十名に侍女二人。

怪我をしている人は多かったけれど、命に別状はなさそうだった。

市内で治癒魔術を受ければすぐに治るだろう。

そして、近衛騎士隊長から『まだあと六名の近衛兵がどこかにいるはず』と言われて見つけたのが彼らだ。

さっきまでは魔力制御がポンコツ状態だった私に代わって、シルフドラゴンを追い払った時同様リードが制御して魔術を使ってくれていた。

カルバン先生が見せてくれるのと同じ、お手本のような氷槍だ。

たかが氷槍、されどリードの操る氷槍の精度と威力はすさまじく、どんな魔物も一突きの元に沈めていた。


けれど、最後の六人はこれまでで一番の窮地に陥っていて、リードに制御を任せる間もなく私の体と魔力は咄嗟に動き…

そして出来上がったのが氷瀑だった。

横幅は木々を巻き込んで視界いっぱい、高さは森を突き破るくらい。

分厚さは、小屋ほどの大きさがあると言われる大型の魔物をがっちり覆うくらい。

…詳しい数値なんて知りたくない。



「アカネ…」



いつだったかもこんな呆れた声を聞いたっけな。

そう、それは晴れた昼下がり、花壇の前で美しい氷柱を眺めつつ。



「現実逃避してないで。

 彼らのところにいくよ」



私の頭に小さな拳骨をおとし、リードが歩き出す。

こちらの姿に気付いた兵士達は一瞬身構えるものの、こちらがパラディア騎士団の腕章をつけているのを見て口を開いた。



「…それは、隊長の…」


「はい、仮の身分証明として貸してくださいました」



散々魔物を相手に警戒心を研ぎ澄ませている兵達だ。

混乱に乗じて盗賊に襲われる可能性なんかも考慮している。

味方だという事を信じてもらうのに苦労した。

苦労した相手の一人である隊長さんが、こちらを信用してくれた後に貸してくれたのだ。

確かに効果はあったらしい。



「他のみなさんも無事ですよ。貴方達で最後です」



そう告げると、彼らはほっとしたようにその場に座り込んだ。

時刻はもう昼の12時を回っている。

昨夜の3時からずっと魔物を相手に逃げ回り応戦し、としていたのだからクタクタだろう。



「歩けますか?」


「ああ、助かるよ。

 君達は、ひょっとして冒険者か?」


「はい、遠方を警備していまして」


「やっぱりそうか!

 このすさまじい魔術、聞いていた通りだ!」


「こんな氷魔術初めて見たぜ!」



今日何度口にしたか知れない堂に入ったでまかせを口にした。

それだけなのに、兵士達は妙に興奮した様子で大声を上げる。

…やっぱり?

聞いていた通り?

何のことかと首を傾げていると、詰め寄る兵士と私の間にリードが割り入った。



「失礼。俺の相棒は人に近づかれるのが苦手なんだ」


「あ、ああ済まない。そうだったな。とにかく助かったよ」



相棒だってさ。

今は冒険者パーティーの設定だから仕方ないんだけど、生まれて初めて言われた表現がなんだかくすぐったい。



「この道を真っ直ぐ抜けた先で皆さん待機しています。

 冒険者も何名か集まっていますので、

 そちらへ向かってください。

 私達はもう少し周辺を調査していきます」


「ああ、有難う」



そう言って兵士達と別れる。

後に残ったのは私達二人と…氷瀑だけだ。



「…アカネ、これどうするつもり?」


「どうしよう…」



いや、私だってこんなつもりは。

それに最近は氷魔術の精度、私も上がってたんだよ。

でも流石にあんなに魔物に取り囲まれてる人たちを突然見たらさ。

ちゃんと的確に魔物だけ攻撃できたんだから、それだけでも褒めてほしい。

そんな言い訳が頭をよぎり、私がとった行動は一つ。



「すみませんでした」



平身低頭、謝罪した。

けれど顎を掴んで強引に顔を上げさせられる。



「違うでしょ、アカネ。

 僕にいう事は?」



謝罪以外に何かあるのか。

視線を泳がせ、ようやく思い至ったのはほんの一時間前にした会話だ。

…頼るのは、僕だけ。



「…何とかしてください、リード様」


「よろしい」



差し出されたリードの手を取ると、それを見るや否や、リードは氷瀑に手をかざした。

見る間に氷が溶けていく。

魔術を使っているのだと気付いて、慌ててリードに魔力を流し込んだ。

手を差し出したのはそういうことか。

あれだけの氷を溶かすんだ、かなりの魔力をつかっているはず。

魔王様が再降臨してはたまらない。

氷から解放された魔物たちは、それでも動き出すものは無い。

再びリードが手をかざすと、瞬く間に燃え出した。

他の木々は巻き込まないよう、巧みに操られた炎が魔物だけを的確に焦がす。



「えぇ!?」


「あのまま放っておくと他の魔物が寄ってくるからね。

 倒した魔物は素材だけとって残りは燃やすのが冒険者の鉄則だよ」



なんだか嬉しそうに言うリードは…



「少年の目だ…」


「は?」


「いや、こっちの話」



いつもは生意気な瞳がキラッキラしていた。

なんで私を介さずに魔術を使ったのかと思ったら…単に自分でやってみたかったんだな、これは。

結構冒険者ごっこ気に入ってたのね。

男の子だなー。


貴族の子息が冒険者に憧れるのはよくあることらしい。

冒険者は一般的に粗野な職業とされているけれど、元の世界で小中学生くらいの男の子が不良に憧れる時期があるのと同じようなものだろう。

まあ、実際にはシェドのいうように礼節をわきまえた冒険者は多いし、身一つで稼いでいる立派な職業だ。

憧れて悪いとは思わない。

…まあ、流石にその進路は両親が許してくれないだろうな…

魔王になられるよりはマシなんだけどね。



「あ、腕章返すの忘れてた!」


「あー…」



ふと思い出して声を上げると、リードか苦い顔をする。

王室近衛兵の正規の腕章だ。

いくらでも悪用できてしまう貴重なものを、信頼の元に貸してもらったわけで…

持ち帰るわけにもいかないし、もちろんそのへんに捨てるわけにもいかない。

冒険者を名乗って借りた以上、キッチリ返さないと冒険者の信頼が地に落ちる。

せっかく見事な氷槍を見た隊長さんに『さすがセルイラ次期領主の手配した冒険者』と言ってもらったのに。

今回のドラゴン襲撃事件で不祥事とされかねない今回の采配を、むしろ好意的に受け止めてもらえそうだったんだ。


けれど返しに行くのを渋るのには訳がある。

ここへ最後の六名を救助しに来る直前、シェドの率いる部隊が近衛隊長達の待機場所に合流してきたのだ。

焦った私達は逃げるように救助に向かった。

近衛兵と一緒に待機場所に戻らなかったのはその為だ。

このまま屋敷へ帰ろうと思っていたのに。



「仕方ない、届けに行こう」



あわよくば先を行く六人に追いついて、そのまま託せたら…と思ったんだけど、疲れていてもさすが精鋭兵の足。

森を抜けた先では、とっくに合流している彼らの姿が見えた。

渡したい相手である近衛隊長は…よりによってシェドと会話中。



「まあ、そうだよね…お互い責任者だし」


「…よし、僕が一番手前の近衛兵に渡してくる。

 渡したらすぐに戻るよ」



本当は正式な挨拶と共に返すべきなんだろうけど、シェドの前でやれば流石にばれる。

そしてシェド以外にも、これ以上顔を見せるのは危険だ。

私は殿下に借りた外套のおかげで目しか見えていないけど、リードは髪や鼻筋も見えている。

これだけ整った顔だ。

ただでさえ印象に残りやすいのにこれ以上姿を覚えられたら、後々屋敷で顔を合わせた時に気付かれてしまう。



「私が行こうか?

 それかこの外套貸す?」


「アカネが行くと何かやらかしそうだからいいよ。

 ここで風見鶏と一緒に待ってて。

 服装を変えるとそれはそれで目をつけられそうだし、このまま行く」



最初の一言が余計だけど、まぁ否定もできない。

そこまでいうなら任せよう。

木の陰から応援する私を背に、リードは近衛兵へそろりと近づく。



「おお、お前か!

 さっきはありがとな、ああ腕章?いや自分で直接返せよ。

 そうだ、ちょうどいい。

 今はスターチス家次期当主様もいる。

 お前達には後で正式な褒賞が与えられる可能性もあるし、

 しっかり挨拶して顔見せしておけ」



いきなり分の悪い流れになった。

が、頑張れリード!



「いえ、そういうのは結構です。

 お忙しそうですので、できれば貴方から…」


「なんだよ、一攫千金狙いが多い冒険者の癖に謙虚だなー。

 お、よくみたら結構小奇麗な服着てるじゃねーか。

 挨拶するには都合がいいな、

 このへんな布なんだ?取っちまえ。

 あ?…お前キレーな顔してるなあ」



リードをぐいぐいと押しやりながら、ストールを剥いでいく近衛兵。

ああ、"冒険者リード"が"そのまんまリード"にされた上でシェドと近衛隊長の前に押し出されていく。



「リード!?何でこんなところに居る!」



シェドのそんな怒号が響いたのは言うまでもない。




==========




「リード大丈夫かなー…」



そんな呟きに、風見鶏が『クエ』と鳴く。

果たして風見鶏の鳴き声としてこれは正しいのか。

いや、風見鶏は普通鳴かないから正解なんて無いのか。


あの後、ぽかんとする近衛隊の人たちをよそに、シェドはリードの首根っこを掴んでどこかへ引きずっていった。

諦めたように弛緩したリードの唇が何か動く。



『アカネだけでもその風見鶏で先に帰ってて』



その声は耳元から聞こえた。

うひゃ、なんて変な声が出る。

そこでようやく思い出す。

耳の上につけた髪飾りの事を。


以前言っていた通り、リードは緊急時用に髪飾り型の魔物を作った。

私の持っていて髪飾りの中で、鳥をあしらったバレッタを選び、それを魔物化したんだ。

能力は通話。

リードの声を私に届け、私の声をリードに届ける。

念の為付けてきていたけれどこれまで使う機会は無かったから失念していた。



『アカネ、聞こえた?』


「き、聞こえた。了解」



そして隣に姿を現した風見鶏に私一人こわごわ乗ったんだ。

魔王が居ない状態でも大人しく私を乗せてくれた。

命令が通じているのか、まっすぐ屋敷の方角へ向いている。



「まぁ、リードのことだからきっと

 うまく誤魔化してくれるよね…」



でも後でちゃんと労っておこう。

そんな私のつぶやきに、風見鶏が再び大きな声で『クエエ』と鳴く。

こらお忍びで帰るんだから大声出すな。

まぁ、ステルスしてるし大丈夫だとは思うけど…

しかし、森の上空を抜けようとした瞬間のことだった。


風見鶏が突然、小さく鳴いたかと思うと動きを止めた。

それと同時に、ガクリと体が重力方向へ傾ぐ。

真っ逆さまに降っていく四肢。

ブラックアウトしかけた視界が森の木々を認めたと同時に、体をふわりと何かが包む感触がした。

それは、ほんの数時間前にも覚えた感覚。

風魔術が受け止めてくれるそれ。


ゆっくり木々を掻き分けるように降りていく私の体。

うまく立てず、あお向けに草の上へ下ろされた。

同じように、ステルスのとけた風見鶏が横へどさりと横たわる。

気を失っているのか、目を閉じていた。

何?

何が起きた?

事態が飲み込めずに寝転がったまま目を瞬かせていると、誰かが近づく足音が耳に入る。



「ちょいと乱暴だったんじゃねーか?」


「…他に引き止める方法が分からなかった」



男女二人の会話。

女性が私の顔を覗きこむ。



「手荒になった…話せる?」



その姿を目に入れた瞬間、一人の名前が頭をよぎった。




==========




「まさかさっきの冒険者がヴィンリード様だったとは…」



ヴィンリードがシェディオンに引きずられていくのを見送って数秒、近衛兵たちは驚きと共にそんな言葉を口にした。

幾度かセルイラへ同行している近衛兵だが、ヴィンリードとは初対面。

シェディオンの言葉で初めてその正体を知ったのだ。



「そっかぁだから妙に立ち去りたがってたんだなー。

 あ、まずい…俺、無理やり身につけてるもん剥いじまった」


「もう今更そこをお咎めは受けないだろ。

 ヴィンリード様個人には恨まれるかもしらんが」


「それをまずいって言ってんだよー…」



無理やりヴィンリードを引きずり出した近衛兵が頭を抱える。



「それにしてもどうやってここに来たんだろうな」


「シェディオン様たちより先にここへ来ていたんだ。

 単独で馬を駆ってきたとしか思えないだろう」


「元商人の息子って話しだけど、随分な武勇だな」


「あれ、でもそれじゃあ…

 一緒に居たもう一人の女は?」



それは当然の疑問。

最後に助けられた六人のうちの一人が、その問いかけに答えた。



「え、でもあれはほら…噂の」


「何で彼女がヴィンリード様と?」


「さあな。でもあんなとんでもない魔術

 使えるのは彼女くらいだろう。

 すごかったぞ、十体以上いた上級の魔物を

 一瞬で氷漬けにしたんだからな」


「何だ、誰の話だ?」



話が見えていないらしい数名が首を傾げる。



「お前ら知らなかったのか?

 今回護衛任務についてくれてる冒険者の中には

 あの伝説の人まで居るって話なんだよ」


「伝説ってまさか…」




==========




熟れたオレンジのように鮮やかな髪がゆるいウェーブを描きながら木漏れ日を弾き、逆光でありながら金色の瞳は鋭く輝いて見えた。

その瞳に、ぽかんとした私が映る。

初めて聞くその声は、想像よりも幼く可憐で。

その顔立ちも、想像以上によく整っている。

少女のあどけなさを残す輪郭と妙に大人びた目つきが、美少女とも美女ともつかないアンバランスな美しさを作り出していた。


想像とは違うのに。

それでもはっきり分かってしまった。

だから私の唇は、その名前をまっすぐ紡ぐ。



「…マリエル・アルガント…」

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