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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第一章 令嬢と兄
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004父はポンコツ菩薩

さて、ここで私の家庭環境を整理しよう。


スターチス家とはカデュケート王国内では中の上ってあたりの貴族。

ここセルイラ領と、王国南方の端にあるカッセード領を治めている。


現在の当主は私の父にあたる人物なわけだけれど…まあ経営手腕がひどい。

初日に感じた印象そのまま、両親は朗らかで人が良い。

しかしおかげで騙されやすく、領地経営が上手くないことも相まって昔はずいぶん借金をこさえていたようだ。


カッセード領は鉱山地域。

一般的な鉄鉱石はもちろん、この地でしか採れないカセドナイトという濃い紫の宝石が有名。

この宝石には魔力がわずかに含まれており、宝石の中央で時折チカチカ光が点滅する。

とても珍しく美しいその輝きは、カデュケート王国内外を問わず、上流階級に人気が広まった。

そんなカセドナイトのおかげで昔はかなり裕福だったという。

しかし20年ほど前から採掘量が減り始め、一気に収入が減ってしまった。


加えてカッセードには、魔力泉と呼ばれる魔力が湧き出すポイントが複数個所にある。

魔力泉は魔物を呼び寄せて土地を荒らすため、農業には向いていない。

農業収入を見込めないばかりか自給自足も危ういのだ。


さらにさらに、カッセードはほんのちょっぴり国境に接しているため、防衛責務もある。

けれど父自身に武術の才はなく、防衛や組織管理に関しての知識もからっきし。

祖父の代から仕えてくれていたカッセード騎士団の総団長が病で亡くなると、一気に騎士団は総崩れして騎士達は離れていった。

今は残ってくれた数少ない騎士や兵士が不眠不休の働きをしてくれている。

そのため警備体制は隣のサーバン領を治める辺境伯のお世話になることが多く、どっちが領地をおさめているんだかわからない有様。

当然サーバン側も貴重な戦力を貸し出す以上、無償と言うわけにはいかず、決して少なくない額を支払っていた。

魔力泉に呼び寄せられた魔物の討伐にも冒険者へ依頼をかけているし、この二つがただでさえ収入の少ないカッセードの財政状況を圧迫している。


対してセルイラ領は作物の育ちが良い緑豊かな土地で、この春の時期には各所に花が咲き乱れる。

この市街地でもそこかしこに植えられた花が鮮やかに咲き誇り、セルイラ祭りとはそんな美しい春の訪れを祝う、王国内でも有名な祭りだった。

ちなみに秋にも実りを祝うセルイラ秋祭りがあるそうだ。

もちろん農業収入は多く、もともと交易都市としての側面もあるセルイラは多くの商人が行き交い、税収も豊富。

カッセード領の悲惨な財政状況や、父の作る負債を補っているのはセルイラ領だ。


けれどそのセルイラ領も決して安泰とはいえない。

もちろん理由は父の手腕。

父は五年前にセルイラ領を賜った際に引き継いだ公共事業を完遂して以降、開発事業をほとんど行っていない。

発展しない街に未来などない。

過去に作られた施設だってメンテナンスは必要だ。


こんな話が末娘の私にまで聞こえているのだから父にも進言は行っているだろうに…


昔散々アドバイスを真に受けては騙されたせいか、何か新しい事をするのに尻込みしてしまっているようだ。

そもそも貧しいカッセード領に長くいたために、セルイラのような豊かな地でこれ以上何かする必要性も感じないらしい。

わざわざお金使わなくても、放っておいても発展するでしょ、とのこと。

財布の紐の縛り所が明後日すぎる。



物思いにふけっている間にテーブルにティーセットが用意されていた。

ティナはすでに退室している。

領主の仕事部屋など、本来気軽に長居していい場所ではないのだ。


ほどよいぬるさになったお茶を一気にあおって飲み干し、ため息も一緒に飲み込んだ。

行儀が悪いのは承知の上だ。

ティナが見ていたら小言の一つも受けただろう。

けれどこのやるせなさをどうしよう。


チラリとお父様に目を向ける。


アルディン・セルイラ・スターチス、43歳。

濃い金髪にはそろそろ白髪が混じりはじめ、茶色の瞳は常に柔和な笑みを浮かべるナイスミドル。

私にオジ専の気はないけれど、間違いなく若い頃はもてただろう。

ただしのんびり屋で鈍感そうなので、女性のアプローチの殆どは伝わってすらいなかったに違いない。


そもそもスターチス家の先祖は初代魔王を勇者と共に打ち倒したという冒険者の一人で、そのことからカッセード領と男爵位を賜ったという。

曽祖父の代でカセドナイトが採掘されはじめると、一気に王国内での存在感が高まった。

カセドナイトの流通網が広まるに伴い、隣の大国パラディアとの国交が盛んになり、外交に大きな貢献をした。

これらの功績から伯爵位を賜ったこの頃がスターチス家の最盛期と言えるだろう。

それが父の代になってからは前述の通りの有様だ。

転がり落ちるように斜陽貴族となっていった。

カセドナイトの採掘が振るわなくなったのはタイミングの問題であって父のせいではないかもしれないが。


ただし何度も言うように父はとても人がよく、困っている人を見過ごせないたちだ。

そのせいで痛い目を見ることもあるけれど、そんな父の人柄を慕って力を貸してくれる人も多く居る。

多額の借金を抱えていた頃に落ちぶれずに済んだのは、周りの人に恵まれていたから。

王国一の貴族であるベルブルク公爵が無期限無利子でお金を融通してくれていたり、王国からも少し援助があった。

ほんとうに、父はいい人だ。

あれだけ手ひどく詐欺にあっているのに誰も恨んでいないし、人の褒め言葉ばかり口にして、悪口なんて聞いたことがない。

まさに菩薩だ。

でもねぇ…人がいいだけじゃ領地は治められないんだよね。



「なんだい、アカネ。君も書類整理したいのかい?」



いかんいかん、いつの間にかお父様をジト目で見ていたようだ。

それを仕事に興味を持ったと勘違いするまではいいのだが…本当に書類を差し出してくるのはどうかと思うな、パパン。


「お父様、私に領地経営の知識なんて教えたことないくせに…」

「経営知識なんか私だって無いさ」


堂々と言うな…

それが最大の問題なんだよ。

けれど何が書いてあるのか興味はあるので書類を受け取り、二杯目のお茶を口にしながら目を通す。


カッセード領の魔物に関する報告だった。

相変わらず魔物の数が多いようだ。

討伐に力を入れてはいるようだけれど、年々発生する魔物のランクが上がっているとの報告だ。


「…お父様、カッセードの魔物討伐に年間いくらかかってるんです?」

「うーん…どうだったかなぁ」

「約4000万ケートです。年々上昇傾向ですね」


案の定把握していない父に代わり、ロゼリオが即答してくれる。

実は彼、昔はベルブルク公爵家に仕えていた。

しかし父のポンコツぶりを見かねた公爵が三年前から派遣してくれているのだ。

はじめは二年契約だったのが、『この家は私が離れたらつぶれてしまう』と公爵に直談判し、無期限延長してくれている。

…娘として非常に申し訳なく、そして恥ずかしく、さらに誠に有難く思う。


それにしても…4000万ケートって。

ケートはこの国で一般的に用いられている通貨の単位だ。

感覚としては1ケート=2円。

つまり8000万円。


「…魔物を討伐するだけじゃ埒が明かないと思うんですけど…

 魔力泉を何とかした方がいいのでは?」

「魔力泉を無くす方法なんて聞いたこともないよ」


父は苦笑しながらあっさり否定する。

しかし私は冗談で言っているわけではない。

聞いたことが無いで片付けたら新しい技術なんて生まれないだろ。


「無くすか活用するかわかりませんが、方法を探すところから始めるんですよ。

 4000万も討伐につぎこんでいるなら研究費に何千万か突っ込んででも

 魔力泉を何とかした方が長期的に見たらプラスでしょう?

 今後も討伐費はかさんでいく一方でしょうし。

 せっかくセルイラ領の税収で余裕があるのですから今のうちに手を打たないと…

 セルイラに何かあれば一気に立ち行かなくなって、領民の命にも関わりますよ」


苛立ちを押さえながら畳み掛けるように語る私を、父とロゼリオがぽかんと見つめてくる。


「…なんです?」

「いや、アカネ…それは誰かに言われたのかい?」

「いえ…単に今思っただけです」


しまった。

今までのアカネは父の経営に口答えをしたことなどなかったのに。

しかし父は怒るでもなくため息をついた。


「アカネの方が領主に向いている気がするなぁ」

「私も同感です」


頷くロゼリオは最近、雇用主に対する敬意を忘れている。

でも申し訳ないけれど私もそう思う。

ただの女子高生だった私に経営経験なんてないけれど、それでもまだマシなのではと思ってしまうほど父は経営に向いていない。


もし口出しが許されるならちょっとくらい何とかしたいな、なんて考えていると、ノックの音が聞こえた。


「アカネちゃん、やっぱりここにいたのねぇ。

 お母様とお庭でティータイムにしなぁい?」


父の返事が聞こえるや否や顔をのぞかせたのは…母だった。

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