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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第三章 令嬢と姉

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039魔王の片鱗

高度を下げて地上に近づいてみるも、全く状況が分からない。

魔物たちは逃げ惑うように統率の無い動きをしているし、シルフドラゴンも森へ時折突っ込んだり上空へ舞い戻ったりという不思議な行動を繰り返している。

魔物たちに飲み込まれているのか野営の跡はどこにも見当たらない。

これじゃお姉様達がどこにいるのか…



「リード、魔物ならなんとかできるんだっけ?」


「…本当の魔王としての力に覚醒すれば

 いけるだろうけど、今は無理だな。

 一体ずつ触れないといけない」



それじゃ何時間かかるか分からないな…

リードの魔王としての力は半分しか覚醒していない。

それは本人が語っていることだ。

過去の魔王たちの記憶や、感覚として分かるらしい。

おそらく魔力を使った時に感じる破壊衝動に身を任せれば、完全覚醒するのではないか、とのこと。

…そんなことをしたら魔物を落ち着かせるどころか、凶暴性を持つ方向へ強化させてしまうだろう。

何よりリードがリードじゃなくなる。

そんなことをさせたくは無い。



「…恐慌状態?」



ふとリードが呟いた。



「え、なに?」


「…魔王たちの記憶で、こんな状態になっている魔物を見たことがある。

 たぶん何かがあってパニックになってるんだ。

 思考力が落ちて、攻撃の対象に見境が無くなる。

 くそ、面倒だな。これじゃアカネの威圧は逆効果か」


「何、威圧って」


「魔物やドラゴンの中には相手の力量が自分より上だと

 分かれば逃げ出すものもいる。

 アカネの魔力を解き放って威嚇したら

 数が減るんじゃないかと思ったんだけど…」



この状況でそれをやったらますますパニックを煽りそうだ、と呟くリードをジト目で見上げる。

人を熊除けの鈴かなんかみたいに…

まあいい、今は口論をしている場合じゃない。



「じゃあ、まとめて何とかするしかないね」



もともとシルフドラゴンも何とかするつもりだったんだ。

やることはそう変わらないだろう。

人を巻き込まないように、魔物しかいなさそうなところを狙って少しずつ数を削ろう。

そう思って魔物の群れの端に目をやった瞬間、その群れがまるで何かを追いかけるように真っ直ぐ市街地の方へと伸びていることに気付く。

リードもそれに気付いたようで、風見鶏をそちらに向けた。



「あれは…」


「っリード!急いで!」



追いすがる魔物達をギリギリのところでかわしながら疾走する栗毛の馬。

その背にまたがっているのは美しい金髪を一つに結んだ美丈夫と、艶やかな黒髪をなびかせる美女。

間違いない。

スチュアート殿下とお姉様だ!


良かった、生きてた…

ほっとして力が抜けそうになるけれど、事態は決していいものじゃない。

急いで助けないと。


必死に羽ばたきながら魔物達の後を追いかけてくれる風見鶏。

けれど疲れてきたのか、そのよたよたとした飛び方ではなかなか二人に追いつけない。

そして遂に、群れの先頭を切っていた黒い狼が、鋭い牙の生えた口を大きく開けて姉に迫った。



「危ない!」



それは私の声だったのか、それともリードの声だったのか。

もしくは両方か。

真っ白な頭では、それすら定かではなかった。

なぜなら…身を乗り出しすぎた私は、いつの間にか宙へ放り出されていたからだ。

酷く焦ったようなリードの顔を真上に見上げたかと思った直後、彼も追いかけるようにこちらに手を伸ばして飛び降りてきた。


地面にぶつかるすれすれ。

私の体は爆風と共に、空気の塊に支えられるような感覚を覚えた。



「わ…」



ふわりと緩やかにしりもちをつく。

反対に軽やかな着地を決めたリードは、顔を俯かせながらゆらりと立ち上がった。

おそらくリードが風魔術で助けてくれたんだろう。

けれど彼は言葉を発さず、俯いたまま。

不穏な気配。

やばい、これは怒ってる。

無理も無い、今のはどう考えても私が悪かった。

素直に謝罪する。



「ご、ごめんリード、思わず体が動いちゃった…

 って、そうだ!二人は…」



慌てて周囲の状況を確認すると、そこは図らずも姉たちのすぐ側だったようだ。

突然のことに驚いたらしいスチュアート殿下は馬を止めている。

くせっ毛の私が歯ぎしりしたくなるほどのサラサラヘアを後ろで一つにまとめた美男子。

その青い瞳を大きく見開いたままこちらを見つめていた。

その後ろにしがみついたまま、怯えたように顔を埋めている黒髪の女性は、顔の大部分が隠れていても分かるほどの美女。


間違いなく、無事を願っていた姉夫婦だ。

間に合ってよかった。

その体には、パッと見たところ大きな外傷は無さそう。

ひとまず安堵の息をつく。


そして魔物たちはというと…

ピタリと足を止め、こちらをじっと見ていた。

遠くに見える魔物まで全て。



「…え?」



目を瞬かせる私に気付いたか、我に返った王子も背後を振り返った。

そのまま動きを止めたところを見ると、彼も頭の中を疑問符で埋め尽くしているんだろう。

当然だ。

さっきまで猛然と追ってきていた魔物達が、時を止めたかのように硬直しているのだから。

夥しい数の魔物に囲まれる光景と、対比するかのように耳を打つ静寂。

遠くでシルフドラゴンが暴れる音だけが聞こえる。

そんな音が聞こえるくらいに、この場は静かだった。

どう考えても異常な状況。

そして謎の膠着状態を破る一言は、私の隣から聞こえてきた。



「去れ」



風の音に掻き消えてしまいそうなほど小さな呟き。

きっとすぐ側にいる私にしか聞こえなかったであろうその言葉が世界に落とされた瞬間…

全身が粟立った。

その声の元…リードを振り返ろうとするけれど、響く地鳴りがその動きを阻む。

視線の彼方、さきほどまで彫刻のように動きを止めていた魔物達が全て、踵を返してどこかへ走って行くのが見えた。

それはまるで、絶対の命令が下された兵のように統率された動きで…



「ねえ、あれって…」



ここまで届いた砂埃を払いつつ、ようやく隣の少年を見上げる。

その赤い瞳に視線を絡めた瞬間、いつもとは違う感覚…端的に言うなれば、"悪寒"が走った。

青空の下。

逆光に暗むその瞳は、異常にほの暗く。

日を受ける銀髪が、陽炎のようにゆらいで燃えて見える。



「…()()()()



小さな呟きなのに、耳朶を叩くような響きでそんな一言が聞こえて…一も二も無くその体を抱きしめた。

過剰とも思える勢いで、全身から魔力を受け渡す。

警鐘のように、心臓の音が頭の中で鳴り響いていた。

理由はわからない。

わからないけれどとても良くない状況になっていることだけは分かった。

あの感覚はあの日と同じ。

リードが魔王の魂を受け入れた日。

色彩と音が異常を訴える、この感覚。


おそらくリードに魔力を渡すのに必死で、私の魔力制御は乱れていたんだろう。

背後で王子が苦悶の息を飲む音が聞こえた。

姉は敏感ではないはずだが、それなりに武術訓練を積んでいるはずの王子様にはしっかり影響を与えてしまったらしい。

どれくらいそうしていただろうか。

たぶん一分も経っていないはずなのに妙に長く感じる時間の中、常人に向ければ殺してしまいかねない暴力的な量の魔力を叩きこんで、ようやくリードはふぅっと息を吐いた。



「有難う、もう大丈夫」


「…本当に?」



こわごわ顔を上げる。

またあの瞳が見えたらどうしよう。

そんな恐怖が、私の首の動きをぎこちなくさせた。

けれど見えた赤い瞳は柔らかく私を受け止め、いつもと同じ、甘く痺れるような感覚が背筋を撫でる。

先ほどとは違う鼓動の高まりに妙な安心感を覚えた。

ほっと息をついてリードを離そうとするけれど、ずっと強く抱きしめていた腕は硬直したようにうまくはがれてくれない。

そんな私を見てリードは苦笑気味にそっと私の腕を取ってゆっくり体を離した。



「そんなに僕と離れたくないの?」



からかうように耳元でそんなことを呟いて。



「違う!」



噛みつかんばかりの勢いで反論するけれど、リードは楽しげに微笑むだけだ。

そんな私たちのもとに、背後から咳ばらいが届く。

振り返ると、呆れたような顔をした王子が居た。



「二人の時間を楽しむのは後にしてもらってもいいかい?」


「べ、別にそういうんじゃ…」



確かに事情を知らない第三者から見れば、いきなり長い抱擁をしだした後、耳元で何か囁きあっていちゃついているようにしか見えなかったかもしれない。

しどろもどろながら否定をしようとするけれど、それを阻むのは鈴を転がすように美しい女性の声だった。



「もしかして…アカネちゃん?」



王子の後ろで、こわごわ顔を出してこちらを見ている美女。

…お姉様!


ばっちり目が合ってしまって、慌てて顔を伏せた。

まずい。

緊急事態だから仕方なかったとはいえ、正体を隠さないといけないのも忘れて二人の前に飛び出してしまった。

スカーフで顔を隠しているとはいえ、長年共に育ってきた姉を誤魔化すのは難しい。

一刻も早くこの場を去らなければ…

だけど流石に一目散に逃げ出せば、姉の問いを肯定しているようなものだ。

しかし、思わぬところから助け舟が出た。



「まさか、君の妹がこんなところに居るわけないさ。

 スターチス夫人が彼女をここへ遣るはずがない」



そんな王子の一言に、姉も『そうよね…』と小さく呟いて再びその背に隠れる。

殿下!ナイス!

すかさずその場に跪き、スカーフに顔を埋めるように頭を垂れる。



「君達も護衛についてくれている冒険者なんだろう?」


「そ、ソウデス!」



声色を変えようとしたら、ひっくり返ったおかしな声が出た。

隣から呆れたような溜息が聞こえ、私の言葉を補う。



「殿下、まずはご無事で何よりでございます。

 私共は遠方の監視を任されておりまして、

 この混乱に巻き込まれずに済み、

 かろうじてお二人の援護に間に合いました。

 おそれながら、ご存知の範囲で状況をお教えいただきたく」



よくもまあスラスラとでたらめを言えるもんだ。

私と同じく頭を垂れながらのリードの言葉に、スチュアート殿下も頷いて返す。



「野営中、シルフドラゴンから襲撃を受けた。

 すぐに周囲の冒険者たちが援護に駆けつけてくれたが、

 シルフドラゴンの数があまりに多くてね…

 野営地を放棄する羽目になった」



本隊に戻らず、父たちの元へ走った使者の判断は正しかったようだ。

その状況で自分ひとり戻ったとしても焼け石に水だっただろう。



「しばらくは隊列を組んで退避に徹していたが、

 シルフドラゴンの攻撃が森に及んで魔物まで湧き出してしまった」


「それで隊が分断されたのですね?」


「その通りだ。数名の近衛はついてくれていたが、

 とてもこの混乱を抜けられる状態ではなくてね。

 洞窟を見つけて隠れていた。

 しかしそこも魔物に包囲され始めて…

 近衛は…なんとか道を開くから、私達だけでも逃げて欲しいと」



少し悔しげに呟くスチュアート殿下の様子を見るに、かなり逼迫した状況だったのだろう。

近衛の騎士や兵士達は普段からスチュアート殿下たちを専属で守っていた人たちだ。

長年親しくしている部下ばかりだったはず。



「他の者も散り散りに逃げたようだが、

 誰一人安否も所在も分からない…」


「…承知いたしました。

 どうやら魔物達は恐慌状態に陥っていた様子ですが、

 それも解けて東へ逃げ帰ったようです。

 ひとまずこのあたりは安全でしょう」



リードはそう呟き、ちらりと背後を振り返る。

何かと思って耳を澄ますと、遠くから多くの馬蹄の音が聞こえていた。

おそらく救助に来たセルイラ騎士団だ。



「殿下はこのままセルイラ市街の東関門へ向かってください。

 セルイラ騎士団がこちらへ近づいているようですので

 すぐに落ち合えるはずです」


「そうしよう。君達はどうする?」



その言葉に、リードがちらりとこちらを見やる。

姉達は助けられた。

当初の目的は達成できている。

…だけど…



「他の人の救助に行きます!」



他の人たちが未だに危機に陥っていると知っているのに、屋敷に帰る気にはなれない。

魔物は逃げ帰ったけれど、帰るべき森をシルフドラゴンが攻撃しているままだ。

またパニックを起こしているかもしれないし、それなら他の人たちの危険は去っていない。

私の宣言に、リードは『だと思った』と言った感じに肩を竦めた。

スチュアート殿下はどこか苦笑交じりの笑みを浮かべると、こちらへ外套を放る。

茶色のくすんだ外套は、王族が持つものにしては薄汚れて見えた。

きょとんとする私に、殿下が幼子に言い聞かせるような声色で声をかける。



「私達の護衛という事で身なりを整えてもらったのかもしれないが、

 その服装は森の中では目立つ。

 せめてそちらの女性はこれを使うといい。

 目元以外は全て覆うことが出来るようになっている。

 君には少し大きいかもしれないが…」


「あ、有難うございます…」



確かに私達の格好はとても冒険者らしくは無い。

動きやすい服装に着替えてきたとはいえ、貴族の子女が持つものらしく上等な生地のものだし、そこに顔を隠すためにストールを巻いているおかしな格好だ。

『身なりを整えた』というのはかなり気を遣った表現をしてくれている。

要するに『変な格好だからこの外套にしとけ』ってことだろう。

そして走り去る殿下達を見送ったところで、ふと気付く。



「あれ、そういえば風見鶏は…」


「見つかると面倒だから隠れててもらっただけだよ」



リードが合図すると、私達の真横に佇む風見鶏がパッと姿を現す。

そっか、そういえばステルス機能つきなんだったね。

ひとまず無事だったことに一安心。

そして殿下から貸してもらった外套に大人しく袖を通していると、こちらを見るリードの表情が険しい事に気付いた。



「どうしたの?」


「…多分、殿下はアカネに気付いてたんじゃないかな」


「え…」



思いがけない一言に動きが止まる。

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