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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第三章 令嬢と姉

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036とある盗賊と魔女の話

この章はヴィンリード視点から始めるとか宣言したんですけど、大きく予定が変わりました…

第三者視点の小話を一つはさみます。

カデュケート王国冒険者ギルドの総本山、王都に位置するギルド本部。

その建物はそこらの貴族の屋敷に劣らぬ大きさで、木製の建物そのものが、防火、防水、防風の魔術具となっている。

正面にある白木の扉は一般客向けの入り口で、そのすぐ横に黒木の扉がある。

黒木の扉は分厚く、立ち入る者の力量を測るかのような重量で、普通の女子供ではまず開けられない。

豪腕でもって力ずくで開けるか、一定量の魔力を通すと軽くなる性質を利用して開けるしかない。

冒険者は緊急時でない限り、こちらの扉を使うのが慣わしだ。

つまり、この扉すら開けられない奴が冒険者になるなという戒めでもある。


中には丸いエントランスが広がり、奥には取り囲むように目的別のカウンターが並んでいる。

中央の大きな掲示板は、王都内から寄せられた数多の依頼が張り出されていた。


エントランスを賑わす多くは海千山千の曲者達ばかり。

言葉を操り情報を交わす者、腕試しに拳をぶつけ合う者もいれば、ルーキーをからかい、叱咤激励する者もいる。

冒険者のランクはE級から始まり、A級、そして特別な者のみにあたえられるS級があるが、さすがに本部だけあって高ランクの冒険者の姿も少なくない。

まだ不慣れなE級冒険者は、そんな猛者の間を縫うように、おどおどとカウンターや掲示板へ向かう。


不意に、黒木の扉がゆっくり軋んで開いた。

音から察するに、開けた人物は魔力に長けた者のようだ。

躊躇いの無い様子から慣れていることが分かる。

しかし入ってきた人物は、個性的な面々が集まるこの場においても浮いていた。

風貌ではなく、纏う空気が。


その人物は茶色くすすけた分厚いローブを頭まですっぽり被り、奥からのぞく金色の瞳を鋭く光らせている。

背丈は小柄で、ローブの下の人物が華奢な女性であることが窺えた。

さらに隙間から覗く髪色が鮮やかなオレンジであることに気付いた何人かが、声を潜めて言葉を交わしだす。

それに気付いたらしいローブの人物が周囲にちらりと視線をやった瞬間。

室内に圧し掛かる強烈なプレッシャー。

大質量の何かが体内を撫でるような感覚に、誰もが身を強張らせ、口を閉ざした。


そのまま彼女は真っ直ぐ奥へと進み、依頼受付カウンターへと向かう。

カウンターに立つ受付嬢は、身なりをきっちり整え、このプレッシャーの中でも柔和な笑みを浮かべている。

四十代も目前なのだが、若い頃数多の冒険者を手玉に取った美貌は健在。

看板受付嬢のギボルタだ。



「お帰りなさい。今回は遅かったわね」



気さくに話しかけるギボルタをみて、二人の関係を知らぬ冒険者達は目を剥いた。

これほどの威圧感と異様な空気を持つ相手だ。

ある程度プレッシャーに抗える手錬は、何かあればギボルタを守ってやらねばと身構えていたくらいだ。

声を掛けられたローブの人物は、彼女を見据えて唇を開く。



「二年しか経っていない」



小さなその声は、それでも静まり返ったこの場によく響く。

このプレッシャーに不似合いなほど、幼く可憐な声だった。



「冒険者の二年は長いものなのよ。

 あんたはすっかり時間感覚狂っちゃってるものねぇ」


「…ジギタリスの夜露は期限内までに依頼主に渡してある」


「知ってるわ。

 あんたの腕なら二月(ふたつき)もかからないような依頼だったもの。

 そのままリジエンデンスに二年近くも篭るのが予想外だったのよ」



リジエンデンスはカデュケートの西国境にある大規模な連峰で、高レベルの魔物が多数生息する非常に危険なエリアだ。

ジギタリスの夜露はそこに自生する特殊な青いジギタリスの花からのみ採取できるもので、その採集依頼となれば難度はS級。

この会話だけで、ローブの人物の力量は室内に居る冒険者達へ伝わったことだろう。



「それより…

 気持ちは分かるけど、もう少し抑えられない?

 またC級くらいの連中が引っくり返っちゃってるじゃないの」



困ったように溜息をつくギボルタの視線の先には、昏倒している複数の冒険者達。

先ほどのプレッシャーに当てられた者達だ。

E級冒険者のように、まだ未熟な者はプレッシャーへの感度が低い。

気配や魔力の動きを敏感に察知する癖がつき、しかし圧倒的な魔力圧にその身で耐えられるほど強靭でもないという半端な実力者がこうなってしまう。

ギボルタにとってはこれまで幾度も見てきた光景だった。



「…こそこそと話をしたりするから」



ローブの人物は淡々とそう呟きつつも、プレッシャーを弱めた。

冒険者達はほっと息をつき、心ある人間は意識を手放した者達の介抱を始める。

ギボルタは肩を竦めてもう一度溜息をつき、少し声を大きくして言った。



「これのせいでかえって面倒な連中に

 因縁つけられることもあるでしょうに。

 少しは我慢しなさいな、マリエル・アルガント」



その名前にエントランスがどよめいた。

周囲に聞かせるようにギボルタがその名前を口にしたのだ。

ローブに身を隠したあの少女こそ、生きる伝説"奇跡の少女マリエル"だと知ったのだから、ざわつくのは無理も無い。


『本当にいたのか』とか、『噂通りの威圧感だな』なんて好奇のざわめきもあれば、『やっと帰ってきたな』『毎回やめてほしいぜ、これ』なんていう、彼女をよく知るらしい者達の溜息交じりの呟きもある。

望まぬ注目を集めてしまい、ぐっと唇を噛むマリエルの頭を、ギボルタが優しく撫でる。



「大丈夫、むしろ目を逸らした人間の方が多いわ。

 あんたは名前だけで十分抑止力があるのよ。

 隠す方が面倒になりやすいの。

 言葉は上手く使いなさい。

 牽制するのはそれでもなお向かってくる

 身の程知らずだけでいいでしょ?」


「子ども扱いしないで。

 ギボルタの二倍は生きてる」


「もちろん私だって大人を子ども扱いはしないわよ」



言外に釘を刺されて、マリエルはますます眉間のしわを深くした。



「ほらほら、さっさと用事済ましちゃいなさい。

 今度はどこへ行くの?

 その近辺の依頼をついでに受けてくれるんでしょう?」


「…違う。

 しばらく王都の外れに拠点を持つつもり。

 離れる時にはまた報告に来る」


「あら、何か厄介な依頼があったら声をかけろって

 わざわざ言いに来てくれたのね。

 相変わらず分かりにくいけど優しいんだから」



頬に手を当てて困った子を甘やかすように声を柔らかくするギボルタ。

マリエルは唇を尖らせつつも否定はせず、抱えていた革袋をカウンターにどさりと置いた。



「あら、また素材を持ってきてくれたのね。

 相変わらずいい品ばかりだわ」


「それと食料を交換しておいて」


「…買い取りカウンターはあっちなんだけど」


「だから交換してってギボルタに頼んでる」


「食料調達は買い取りカウンターの仕事じゃないものね。

 …私の仕事でも無いはずなんだけど…」



そう言いつつも、ギボルタは革袋を抱えて他の受付嬢に中座する旨を伝えた。



「30分で戻るわ」



そう言い残されたマリエルは、割れる人波を抜け、エントランスの端にあるベンチへ腰掛けた。

彼女を知る熟練の冒険者達が、まだひそひそと話す者達を戒める。

『魔女が牽制で済ましてくれてるうちに散れ』と。

いくらか視線が減ったことにほっと安堵の息をもらしつつ、マリエルは顎に伝う汗をぬぐった。


大勢の視線や話し声は苦手だった。

その好奇心をこちらに向けないで欲しくて、思わず威圧してしまう。

本当ならこんな大きなギルドになんて立ち寄りたくない。

しかし結晶に閉じ込められベオトラに助けられたという伝説や、年をとらない見た目、強すぎる魔力、そして威圧癖のせいですっかり悪名高く…

もとい、有名になってしまった今、田舎のギルドではそれこそ町全体で腫れ物に触れるような扱いをしてくるのだ。

ある場所では畏怖の対象として極端に萎縮され、こちらまで萎縮して何もできず早々に立ち去ることになり…

ある場所では神様か何かのように奉り上げられ、見世物になりかけた。

一番真っ当な扱いをしてくれるのが、冒険者達を束ねるギルドの総本山だったのだ。


だから各地で依頼の報告をする以外は、できるだけ本部に戻って用事を済ませるようにしている。

ここでも悪癖は発揮されてしまうが、ギボルタのように取り成してくれる落ち着いた職員もいるし、マリエルの存在に慣れた熟練冒険者も少なくない。

そんな彼らに甘えているともいえる現状は、確かにギボルタに子ども扱いされても無理からぬ状況なのだが、マリエルにその自覚は無かった。


とはいえ、視線や話し声に過剰反応し、嫌な汗が出るのは変わらない。

プレッシャーを放つのも決して悪意を持ってそうしているのではなく、防衛本能として無意識にとっている行動だ。

昔はこうじゃなかった。

全ては…そう、この不老の体も有り余る魔力も、俗世で生きるのに不自由な何もかもが、あの結晶にとらわれた時から始まった呪いだ。


ベンチに座って20分も経っただろうか。

すっかり周囲の注目もマリエルから逸れた頃。

不意に、横に誰かが立つ気配がして、マリエルは反射的に手のひらに魔力を収束し、そちらへ向けた。



「わ、ちょ、まっ…やめろ!

 話してーだけだ!」



慌てたように両手を上げたのは、マリエルとそう年が変わらないように見える少年。

身軽な服装と、腰に吊るした短剣から彼の職がシーフであることがよく分かる。

シーフは一般人を襲う盗賊とは異なり、冒険者内でその身軽さや観察能力を生かした働きをする職を指す。

一見すればただの冒険者だ。

しかしマリエルは異なる感想を持ったようで、その顔に思いっきり嫌悪を示した。



「急に横に立たないで。

 お前みたいな外道と話すことは無い」


「あ?なんだ俺のこと覚えてくれてたのか?」



少年は嬉しそうに笑う。



「シルバーウルフに知り合いなんていない。

 盗賊は嫌い。知り合いになる気もない。

 職員に突き出されたくなかったら出て行って」



吐き捨てるように言い切るマリエルの視線は、既にそっぽを向いていた。

そう、彼はシルバーウルフのメンバーで、マリエルはそれを知っている。



「今は盗賊じゃねー。抜けてきた」


「抜けた?」


「そう。

 リーダーに『抜けたい』って言やぁ抜けられる。

 首領が寛大なおかげなんだと」


「…それで?」


「今じゃ俺も冒険者」



マリエルはこめかみを押さえた。

意味が分からない。

簡単に抜けられる盗賊団とは何なのか。

こうして抜けては冒険者に転身しているメンバーがそれなりにいるということだろうか。

この少年のようにあっけらかんと素性を明かす者は少ないはずだ。

姿を変える魔術具も出回っているし、他に居ても探しようが無いだろう。

とはいえ、末端の人間はほとんど何も知らず命令に従って暴れているだけのならず者が多い。

凶悪な事件は首領自らが動いているものがほとんどなので、ギルドが討伐対象として指定しているのも首領だけだ。

既に抜けた末端メンバーをギルドに差し出したところで、ギルド側もこれといって収穫は無いはず。



「わかった、今は盗賊じゃないというなら

 私も何もしない。それで、私に何の用?」



何か依頼があるのかもしれないと気を取り直してマリエルは少年に向き直った。

それに嬉しそうに笑いながら、少年は高らかに宣言する。



「俺はあんたについてくことにした」


「絶対やめて」



マリエルは即答し、再びそっぽを向いた。

少年はそれを見て苦笑する。



「そっけねーなー。

 俺らを助けてくれたときは英雄に見えたってのに」



それはマリエルが最近演じたばかりの失態だ。

リジエンデンスから王都に戻る途中に通った街道で、魔物に襲われている馬車に出くわした。

そこに居たのは通常その街道には現れないはずのA級の魔物の群れで、馬車の素性をのんきに調べる暇も無く、マリエルは考えるより先に大規模な氷魔術を放って魔物を倒した。

その後、気付いてしまったのだ。

口々に礼を言う者達が皆、シルバーウルフのメンバーであることを示すグローブを身につけていることに。


たとえ悪逆非道と名高い盗賊団とはいえ、魔物に貪り食われる様を見るのは耐えられなかっただろう。

とはいえやはり抵抗があった。

結晶から脱出し、冒険者として復帰してから十数年。

十年ほど前から活動を始めたシルバーウルフの悪名はマリエルの耳にも届いていたし、実際に被害にあった人々や町の凄惨な有様を目にしたこともあった。

今目の前に居るメンバーがどれほどの悪事を働いたかは分からないにしても、悪感情が先に出るのは致し方ない。


そこにいたのはリーダークラスが一人と、下っ端が三人、間に合わなかった遺体が二人分。

討伐対象ではないのでひとまず手出しはしないことにしたが、積荷だけは調べた。

積まれていたのは食料ばかりで、ほとんど魔物に食い荒らされており、いかにも盗品といったものは見当たらない。

まあ、その食料を入手する為の金をどうやって得たかは考えたくもなかったが…

盗賊なんてさっさと辞めろ、と言い残し、見逃してやったのだ。

この少年はその時にいた下っ端の一人だ。


つまり、こういうことだ。

『あんたに言われたとおり、辞めてきたぜ』と。



「仲間になって欲しくて辞めろと言ったわけじゃない」


「んなこた分かってら。

 あんたはS級冒険者だろ?

 俺なんかむしろ足手まとい」


「…分かって言ってるの」



じゃあ目的はなんなのかと探るような目を向けるマリエルに、少年はかがんで視線を合わせ、どこか優しい声音で言った。



「あんたを守りたい」


「は?」



足手まといだと認めたそばから何を言うのか。

しかしそう問い詰める前に少年は更に言葉を継ぐ。



「あんたが抱えているものから」



そのセリフにマリエルは言葉を失う。



「あの後すぐに団を抜けて、そのままあんたを追いかけた。

 あんた行く先の魔物全部倒してくれるからな、楽だったぜ」


「…気付かなかった」


「俺は強かないが、気配遮断は得意なんだ」



『得意すぎて、さっきは遮断やめた途端にびっくりさせちまったみてーだけど』と笑う少年を、マリエルは感情のない瞳で見つめる。

確かに…いつの間に近づいていたのか、マリエルの実力を持ってしても全く気が付かなかった。

若く見えるが、気配を消す能力は一級品のようだ。

おそらく…マリエルが旅路で何かあるたびにパニックを起こして力を暴走させる様も、夜中に時折酷いうなされ方をしているのも、全て見られていたのだろう。

しかし、だから何だというのか。



「あなたに何とかできるっていうの?

 この呪いを全部?」


「さあ、分からん。

 でも一緒に抱えてはやれるさ。

 一人は辛いだろ」


「…私は誰も信じない」


「それも分かってる。

 だからついてくって言ったんだ。

 仲間にしてくれったって絶対嫌がるだろ。

 勝手についてくさ」



マリエルは顔を逸らしたままか細い声で呟いた。



「やめて」


「信じなくていいさ。

 気に入らなくなったら好きな魔術を

 たたっこんでくれ」


「やめてってば!」



耳をふさいで大声を上げるマリエルに、様子に気付いた周囲の冒険者達の視線が集まる。

しかしそれにマリエルが気付くより先に、少年はマリエルを隠すように抱きしめた。

あらがうマリエルの細い腕をつかみ、少年は優しく耳元に囁きかける。



「こういう時壁になったり、

 あんたの苦手な交渉ごとは変わってやれるけど?」



途端にマリエルの抵抗が弱まった。



「…あんた結構現金なやつだな」



苦笑する少年と、どうしていいのか分からず凍りついたマリエルのもとにギボルタがやってくるのは数十秒後。

マリエルが悪漢に襲われていると判断したギボルタ(元A級冒険者)の右ストレートが少年を宙に浮かせることになる。

その後、夕日に照らされるギルドを後にするマリエルの後ろには、陰のように音もなくついてくる少年の姿があった。

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