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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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035裏話:魔王の主

<Side:ヴィンリード>



それはスターチス家に受け入れられて間もない頃。

セルイラ領で一番の祭と言われる、春のセルイラ祭クライマックスの夜だった。

煌びやかな会場、めかしこんだ女性達に、下心や野心でうわつく男共。

豪奢な舞踏会の会場で、俺、ヴィンリード・スターチスは内心でひっそり溜息をついた。


…いつまでかかんだよ、これ。


しかしそんなことを表面にはおくびにも出さず、努めて柔和な笑みを浮かべる。



「しかし、本当に生きていてくれて良かった。

 ずっと心配していたんだよ」



この会場に入ってから百回は聞いたし、あんた本人の口から出るのも三回目だよ。

すっかり聞き飽きたセリフに、それでも俺はまた笑顔で返した。



「恐れ入ります、アスマン子爵」



なんとかタイミングを見計らって会話を切り上げ、子爵と別れる。

ずっと側についてくれているスターチス伯爵が、俺の顔を覗き込んで気遣わしげな表情を向けた。



「疲れてきたろう、リード」


「いえ、そんなことは」



労いの言葉に、反射的に『本当に』なんて返したくなるがぐっとこらえた。

有事の際にできるだけ動きやすくなるよう、俺は努めてイイコでいることにしている。

ここで疲れたなんて駄々をこねるのは、『アカネの奴隷ヴィンリード』のキャラじゃない。


しかしこの人当たりを良くする為だけにやっている口調も、そろそろ疲れてきた。

実際の俺はこんな丁寧なキャラじゃない。

自分で言うのもなんだか大雑把だし、よく親に注意されていたくらい口も悪かった。

…おそらく、アカネにはそのへんバレてきてる。

だからと言ってアカネの前でも崩すつもりはねーけどな。

あくまで俺はアカネの奴隷。

そこを覆す気は無い。


『疲れたら言うんだよ』と気遣いつつも、伯爵が次の賓客に応対する。

俺もそれに合わせ、笑顔でもってテンプレート化したやり取りに身を投じた。

それにしても…



『ひま…』



アカネに持たせた花から送られてくる声が気にかかる。

パーティーの陰で悪さをする輩が居ないとも限らないし、それでなくともアカネは妙な体質持ちだ。

それを警戒してのことだったが…


届く情報は憂鬱そうなアカネの微かな独り言や、聞くに堪えない陰口ばかり。

…アカネが何したってんだ。

確かに今日は緊張しているのかずっと表情が固い。

ホスト側の人間として褒められた振る舞いでないのは確かだ。

でもだからって、そこまで言われるほどのことをアカネがお前らにしたのかよ、と言ってやりたい。

無意識にわく苛立ちを笑顔の仮面でぐっと抑え込み、男爵令嬢のダンスの申し出をキッパリ断る。



「すみませんが、僕はまだ踊れませんので」



あ、やべ、ちょっと冷たい言い方になった。

…まぁいいか。

この女もアカネの陰口言ってたの聞こえてたしな。


頬を染めて悔しげに唇を噛む令嬢からさりげなく視線を逸らした。

自分の感情の波に気付いてふと思う。

すっかり情が沸いているんだな、と。


アカネ・スターチスという令嬢は、とにかくこれまで出会ってきた女性と違った。

令嬢らしいプライドや、驕りといったものがない。

そこは美点。


そのかわり、淑やかさや貴族としての責任感もない。

これは教育した周囲の大人の問題だろうか。

所作は綺麗なんだけどな。


あと、俺の容姿を見てもそこらの女子のように顔を赤らめない。

最初はまるで美術品を見るような見惚れ方をされていたが、すぐに慣れた様子で平然と接してきた。

たまにあざとい行動に出ると反応する。

しかし狙いが外れることもあり、読めない。

読めないので試してみたくなって何度も仕掛けてしまうのだが、アカネはこちらの意図が分からないらしく顔を真っ赤にして『変なことしないで』と怒ってくる。

その反応がますます嗜虐心を煽るという自覚が無いらしい。

俺の主人はからかい甲斐があるんだよなぁ。


あの日、彼女の手を取ったのは気まぐれだ。

自分が成すべき目的の為にちょうどいいと思ったのもあるが、その分制約も多い。

しかし魔王の魂の同化が終わった後もアカネの奴隷として振舞うことにしているのは、目的の為だけでなく…

何かと危なっかしい少女の行く末が気になっているからだろう。


彼女は清廉潔白な人間では無いかもしれないが、悪い人間じゃない。

…少なくとも、何も知らない人間に悪しざまに言われるべき人間ではない。



『なんか、流石に惨めだよなぁ…』



そんな言葉が届いた瞬間。

とうとう我慢できなくなった。



「すみません、少し席を外します」



突然会話をぶった切った俺に、話の途中だった男爵も、それに相槌を打っていたスターチス伯爵も目を丸くする。

男爵令嬢は先の事を根に持っているのかあからさまに眉根を寄せた。

しかしスターチス伯爵はすぐ何かを察したように優しく微笑む。



「そうか、楽しんでおいで」



そんな一言を残し、すぐに男爵へ話を戻す。

男爵もつられたように俺から視線を逸らした。

伯爵の配慮にひっそり感謝しながらその場を離れて目的の姿を探す。

間もなく目に入ったのは、すっかり俯いてしまった壁の花。

淡いブルーのドレスに暗い影を落としている。


全く…手のかかるご主人様だな。


真っ直ぐ歩み寄る俺の姿に、周囲の人々が道を開ける。

目的がアカネであることに気付いたらしい幾人かがひそひそと囁き交わしているのに気付いた。

内容は聞こえてこないが、悪意だけはしっかり感じる。

…あぁくそ、見てろよお前ら。


すぐ側まで近づいてようやくこちらに気付いたらしいアカネが顔を上げる。

その表情は…仮面のようにまっさらだ。



「ご挨拶は終わられたんですか?リード様」


「まだご挨拶できていない方もいるんだけどね、

 少しアカネの様子が気になって」



溜息を押し殺して笑みを浮かべながらそう返した。

そして彼女の前に手を差し出す。

…いつかとは逆だな、なんて思いながら。


しかしアカネはその手の意味が理解できないらしく、手元のグラスを握り締めたまま観察するように俺の手を見つめていた。

…手を差し出されて取らない令嬢がいるかよ。

怪しい人物とかならいざ知らず…普通反射的に取るだろ。

エスコートされ慣れてる良家の娘なら…あぁいや、アカネは普通の令嬢じゃなかったな。


アカネが令嬢らしくないのなんて今更だった、と見切りをつけて、右手を強引に掴んだ。

空気を読んだボーイがアカネの手からグラスをさりげなく掠め取る。

事態が飲み込めていないらしいアカネはそれにすら気付いた様子も無く、もつれそうな足取りであわあわと俺の後をついてきた。


向かう先は会場の中心。

男女が手を取り合う輪のど真ん中。

ようやく俺の目的を察したらしいアカネから、引きつったような声が聞こえた。



「リード様、踊れないんですよね?」



そうであってほしい、というような響きをまとうその声に、にっこり微笑んで希望を捨てさせる。



「本当は全く踊れないわけじゃないんだ。

 ただ、拙いステップで他のご令嬢に怪我をさせるわけにはいかないから。

 兄妹のよしみで、練習に付き合ってくれないかな」



ちょうど曲が終わったようなので、そのまま真っ直ぐダンスホールに突っ込んだ。

呆然としたアカネは、続いての曲のステップを察して青ざめる。

アカネが苦戦していたステップだ。

…これはまたタイミングがいいな。


皮肉ではなく、素直にそう思った。

アカネが未だに苦手意識を持っているのは知っているが、傍から見ていて見栄えのする曲だ。

それにアカネはあの後もこの曲を練習し、ずいぶん上手くなっていた。

どうしても苦手な部分でステップを間違えやすかったが…うまくリードしてやれば何とかなるレベル。


しかしそう思っていないらしいアカネは、唇を震わせて瞳を潤ませた。



「ちょ、待ってリード、これ無理…」



もはや懇願に近い訴えに、思わず苦笑する。



「大丈夫です。

 ほら、肩が力んでますよ。

 力を抜いて。」



今更逃がしはしないと、引け気味の腰をしっかりホールドした。

アカネの視線がちらちらと周囲に散っているのに気付いて周囲に気を配ってみれば…

ああなるほど、そういえば目立つのは苦手だって言ってたな。

ただでさえ目を引く俺の容姿。

その上、先ほどまで散々ダンスを断ってきたのにアカネを連れてダンスホールのど真ん中を陣取った。

嫌でも注目を集めるし、幸か不幸か陰口を含め話し声がすっかり止んでいる。

目立つのが苦手な人間なら、この空気は辛いかもしれないな。



「リードぉ…」



案の定、アカネは絶望したような声を出した。

怯えた犬のように全身小刻みに震えている。



「そんな顔しないでください。

 貴女をフロアの主役にしたくて連れ出したんですから」



思わず苦笑する。

これじゃ苛めているみたいじゃないか。

確かに苦手な場に連れ出した自覚はある。

でも、アカネは惨めだと呟いていた。

つまりは舞踏会を舞踏会らしく楽しみたいという願望だってあるわけだ。

怖いのは恥をかくことだろう。

だとすれば…



「僕が貴女の奴隷であるうちは、

 これ以上『惨めだ』なんて言わせない」



俺が側についていて、恥なんかかかせるわけがない。

曲のスタートに合わせ、すっかり体が強張っているアカネをふわりと浮かせるような強引さでステップを踏んだ。

踊るのは久しぶりだが、アカネのダンスレッスンをあの時見たおかげで復習できている。

アカネも…妙な声を小さくあげつつも足を動かし始めた。



「落ち着いて、大丈夫。

 あんなに練習してたんだから」



優しくそう声をかけてやれば、たどたどしかった足取りが少しだけ力を取り戻す。

そう、踊れるはずだ。

あの日以外にも、一人で何度も練習してたのを知ってる。


ドレスの裾がふわりと舞い、シャンデリアの光の下で空色の花が咲く。

この曲は女性が緩急をつけてターンすることが多く、ドレスが映える曲だと言われている。

男性側の使命は、パートナーが誰より美しく見えるようリードすることだ。

アカネの今日のドレスは薄いレースが重なっているものだから、回った時に綺麗に幾重のレースが開く。

ギャラリーから小さな感嘆の息が聞こえた。


…しかし、当の本人がこんな顔してちゃなぁ…


しかめっつらでステップを追いかける姿に、思わず口を開いた。



「笑って、アカネ」


「え?」



急になんだと言うように、俯きがちの顔がこちらを見る。

…笑えと言われて急には笑えないか。

しかし放っておくこともできない。



「言いたい奴には言わせておけばいい。

 だけど、本当のアカネを知らないうちに

 評価を下されるのは面白くない」



その言葉にアカネは一瞬訝しげな表情をした後、何を言わんとしているか気付いたようにまた視線を落とした。



「別にいいです。

 私がお姉さまたちみたいに美人じゃないのは事実ですし」


「よくない」



思わず食い気味に否定してしまった。

本当に気にしてないなら、『惨め』だなんて言葉でてこないだろ。

俺としても、他人に悪く言われたせいで表情をくもらせる主人の姿を見たくは無い。

俺の目的はアカネを笑顔にすることで、その為には馬鹿にした奴らを見返す必要があって、その為には笑ってもらわないといけない。

…我ながら無茶苦茶だな。

しかし、もう正直に指摘してやることにした。



「あのね、気付いてないかもしれないけど、

 舞踏会が始まってからずっと表情がこわばってる。

 一度もアカネが笑ってるの見てないよ」



その言葉に顔を上げたアカネは目を丸くして…動きを止めやがった。

あ、馬鹿、止まんな。

すかさず強引にターンをさせて誤魔化した。


目を泳がせているところを見ると、やっぱり自覚は無かったようだ。

まあ、自覚あってあんな顔してたんならそっちの方が問題だけどな。



「アカネは愛想笑いが苦手なわけじゃないでしょ?

 猫被るのもうまいし」



だからさっさといつもの調子戻せよ。

しかし、言い方に引っ掛かったらしいアカネからジトッとした視線が送られる。



「どういう意味ですか…」


「母上への態度と僕への態度が全然違うからね」



そんなこと無いとは言わせない。

本当の母ではないはずなのに、アカネはフェミーナ夫人が大好きらしく、彼女の前ではなかなか素直な娘を演じている。

俺と違って本心を隠しているというよりは、見せたい顔を見せているだけのようだが。



「猫かぶりならリード様に言われたくありません」



ほら、そういうとこだよ。

夫人にならそんな返し方しないだろうに。

夫人だって相当いろんな顔隠してるタイプだと思うけどな…

でもまあ…そうだな、俺も散々猫を被っている。

昔から、色んな猫を被ってきたっけな。

そんなことを思い返しながら、軽い口調で返してやった。



「それが貴族の仕事だよ」



軽口のつもりだったが、予想外の返しだったらしくアカネは小さく噴き出した。



「リード様は貴族向きですね」



そんな言葉と共に、ようやく笑顔を見せる。

周囲が俄かに色めきだった。

ずっと人形のように表情の無かったホストの令嬢が笑ったのだ。

『あの子笑えるんだ』なんて感想まで聞こえてくる始末。

社交界に出て間もなく、緊張して表情の固い令嬢はたまにいても、ここまで酷いのはなかなか居ないんだろうな…

しかしすっかりそんな周囲の声は聞こえなくなっているらしく、無邪気にも俺を貴族向きだなんて言ってくる少女に苦笑する。



「どうかな」



俺は貴族なんて、向いてないと思うけどな。



「まあ、商人だって笑顔作って仕事するのは同じだろうけどね」



どっちも疲れそうだ。

俺って何なら向いてんだろうな…

人に気を遣うの本当は好きじゃねーんだよなぁ…

…ひょっとして魔王って天職なのか?


そんなくだらない事を考えながらダンスを続けていると、次第にアカネも興が乗ってきたのか軽い足取りになる。

そしてようやく俺のダンスの腕に気付いたらしく、笑顔でこんなことをのたまった。



「リードだけにリードが上手なんですね!」



…パートナーを褒めるのにおやじギャグかます令嬢が他に居るなら誰か連れてこい。

こいつ、誰か気になる男が出来てもこんな調子なんじゃないだろうな。

…いや、違うか。

俺のことを異性として見てないからこんなんなのか…なんか余計腹立つな。



「…アカネ、次そんな下らないこと言ったら、衆人環視の中で耳を噛むよ」



耳元であえて息を吹きかけながらそんな事を囁いてやると、途端に体を固くしてステップを乱す。

これは予想していたことなので、また抱き上げるように足を掬って曲に戻させた。

少し頬を赤くしたアカネが唸るように小声で文句を言う。



「人が嫌がることするのはよくない…」


「気持ちよくさせてあげればいいんでしょ?」


「変態か」



そんなやり取りを小声で交わしながら、アカネはこらえきれなくなったように表情をまた崩した。

回る視界の端に、先ほど散々アカネをこきおろしていたヴェルター子爵の次男とシュノール伯爵の長男が映る。

こちらに目が釘付けになっているのに気付いて、思わず口角が上がった。

子爵の次男が何かを呟いて、伯爵の長男が戸惑った顔をする。

大方、『やっぱりそこまで悪くない』とか何とか言って、『お前あんだけ言っといて』とか突っ込まれているんだろう。


アカネは常に煌びやかに光る宝石のような令嬢では無い。

かといって決して顔が悪いわけでもない。

今髪に飾っている、俺のあげた白い花のように…

咲いた時だけ目を奪うような、そういう令嬢だ。


それは今みたいな笑顔だったり、怒ってまなじりを上げている時だったり、動揺して顔を赤くしていたり…

少なくとも今日みたいに、ずっと仮面のように表情を変えないのは、一番彼女の魅力が殺されている時だ。



「アカネは笑ってる方が可愛いよ」



だから、そんな歯の浮くようなセリフを言ってみる。

これにはどんな反応を返すんだろう、なんて心を躍らせながら。

真っ赤な顔で皮肉る姿を想像していたのに、予想外にも少し頬を赤くしてはにかまれて。

俺のペースに持ってきたつもりで、いつも調子を狂わされるのはこちらの方。


また背後で息を飲む男の気配がした。

おそらくこの後、互いにダンスの誘いが殺到するであろうことを予感しながら、こっそりため息をついた。




==========




目の前で寝息を立てる少女の寝顔をじっと見つめる。

防音の風魔術を張った室内は外の風音すら聞こえず、耳を打つような静けさに包まれていた。


あの後、アカネは三人の男性にダンスを申し込まれた。

舞踏会が終わってから、『やっぱりリードほど声はかけられなかったな』なんて自嘲気味に笑ったアカネを思い出す。

実のことを言うと。

俺は自分へのダンスの誘いをあしらいつつ、アカネに声をかけようとしている連中の中から他意の無さそうな者だけを通してそれ以外の下心がありそうな連中は声をかけてさりげなくこちらへ釘付けにしながら妨害していた。

…まあ、こんな裏事情教えなくてもいいだろう。

『え、私もててたの?』なんて調子に乗る姿が目に浮かんで、想像だけでめんどくさい。


なんて事を考えていたせいではないだろうが…

アカネの表情が苦しげに歪む。

…来たか。


前回は強引に干渉しようとして悪化させたから、今度はひとまず観察するに留めよう。

アカネには悪いが、誰にも起こされなければいつまで続くのかも知っておきたい。

マリエルの例を聞く限り、少なくとも自力でも目覚められるのだろう。

まぁ、あまり長引くようなら起こしてやらないとな。

なんて冷静に考えていたのはほんの数秒。

無音の室内を切り裂くような轟音が鼓膜を叩いた。

それが目の前の少女の口から迸っているのだと理解するのに数瞬かかる。


なん、だこれ…


まるで全身を激痛に侵されているかのようなその声は、喉が苦痛に引き絞られているかのように苦しげなのに、全身で音を発して屋敷中を叩き起こさんばかりの声量だ。

屋敷中に聞こえる絶叫だったという話を聞いて、大げさなと思っていたが…これは…


聞く者を不安にさせ、なんとかしてやらねばと嫌でも思わせる声音に全身が粟立つ。

苦悶に身をよじる様と相まって、このまま壊れてしまうのではと思うほど。

気付けば観察するなんて考えも忘れて、その体を掻き抱き大声で彼女の名前を呼んでいた。

その声が聞こえたように、アカネは微かに瞼を震わせる。

叫び声もピタリと止んだ。

安堵するも、その体が体温を忘れたように冷え切っているのに気付いて、そのままぎゅっと抱きしめた。


ゆっくり背中に腕が回される。

目が覚めたようだ。

すり寄る様な気配に、小さく唇を噛む。

…良かった、生きてる…



「…叫んでた?」



何も言わない俺に痺れを切らしたのか、アカネが小さな声でそう尋ねた。

頷いて返してやる。



「今回も何かと繋がってる気配だった?」



それにも頷く。

今声を出せば、掠れたものになりそうだった。



「どうしたの、リード」



何も言わない俺に、アカネが不安げに問いかける。

どうしたの、じゃねーよ…

本人に叫んでいる自覚はあれど程度は分かっていない。

あそこまで鬼気迫るものだと…



「…ここまでだと、思ってませんでした」



思わず返した言葉は、やはり掠れていた。

アカネがますます戸惑ったような気配がする。



「何が?」


「このまま、死んでしまうのではないかと…」



感じた事をそのまま吐露する俺に、アカネがどこか苦笑した気配がする。

大げさだと思っているのかもしれない。

でも、あの姿を見た者なら誰だってそう思うだろう。



「リード、私生きてるよ」


「はい…」


「驚かせてごめんね」



背中を優しく叩かれる。

あやすようなその態度に、いつもなら反発を覚えるところだ。

しかし、その手のひらに体温が戻っている事を感じて…心底安堵した。


アカネは生きてる。

()()失うのかと思った。

…こんなことで死なせるなんて冗談じゃない。


それにしても、ここまでの事態になるというのにコイツは…あのヘアバンドをつけて一人で耐えるつもりでいたのか…

マリエルとか言う奴もアカネも、馬鹿じゃねーのか。

隠されたら誰も守ってやれなくなるのに。

改めて怒りがわいてきた。


そんな俺の顔を見てアカネはびくりと体を震わせる。



「な、なぜお怒りなのでしょうか」



わかんねーのかよ。



「この状態を一人で隠して済ませようと

 していたアカネ様に改めて腹が立ちました」



一瞬、『何のこと?』って感じの顔をされてぶち切れそうになったが、俺の視線の先にあるヘアバンドに気が付いてようやく合点が言ったらしい。

気まずげに視線を逸らして小さくなる姿に溜息をつく。



「お願いですから…

 一人で何とかしようとしないでください」



叱ってやろうと思ったはずのその言葉は、何故か懇願するような響きになった。

だからだろう、アカネは困ったような顔をしながらも、俺を宥めるように口を開く。



「私はリードのこと信用してるよ。

 頼る気が無いならこんな夜遅くまで

 付き添わせたりしない」



違う、信用なんてしなくていい。

俺は信用にたる人間じゃない。

ただ俺に守らせてくれればそれでいいんだ。

だけど、それでも…



「頼りにしてるよ」



そんな言葉で、ほっとしてしまう自分が居る。

俺は…今更そんな心理的な繋がりを求めているのか。


自分より小さく華奢な手を握り締め、もう一度眠るようそっと促す。


別の世界から来たという少女。

俺が魔王である事を知っている、唯一の人。

絶対に彼女を守る。

もう二度と、失わないために。

次章更新準備中なのですが、気付いたらブックマークや評価をしてくださった方が

思ったよりいらっしゃるみたいで…有難うございます!

お礼もかねて裏話を追加してみました。

次章はリード視点で始めるつもりなので、導入としてもちょうどいいかな、と。

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