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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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034私の奴隷は未来の魔王

シェドの誕生日会からちょうど一ヶ月が過ぎた。

相変わらず悪夢は続くし、シェドからのアピールは続いているし、リードは可愛くない。

とはいえこれといって大きな事件も無く、平和に過ごしてきたと言えるだろう。


今でもシェドはリードを警戒しているけれど、最初より打ち解けている気がする。

具体的にはシェドの誕生日あたりから…若干シェドの態度が軟化した。

その後なぜか急速に仲良くなった気がするな。

…なんかシェドが一方的に仲間意識を持っているだけな気もするけど。

何があったんだろうか。


そして今日、5月18日。

私の14歳の誕生日だ。



「アカネちゃん、お誕生日おめでとう」



お母様のその声に、笑みがこぼれる。

それを追うように父やシェド、リードからも祝いの言葉が贈られ、照れながらも頭を下げた。



「有難うございます」



テーブルの上には私の大好物が並んでいる。

大羊のロースト、久しぶりだなぁ。

大羊は通常の羊の5倍の大きさを持つ草食の魔物だ。

食べられる魔物の代表格で、その肉は普通の羊よりも柔らかく美味。

しかし基本的に草食とはいえやはり魔物。

木に住み着く動物を巻き込みながら木をまるっと一本食い尽くす悪食な上、大きな角は丸太を貫くと言われる威力なので、そこそこ危険。

冒険者で言うならB級以上の実力者しか仕留められないので市場価値は高い。

中流貴族にとってはちょっと贅沢品だ。


幸せいっぱいの表情で頬張る私を、みんなが微笑ましげに見ていた。

おっと、はしたなかったかしら。



「うふふ、アカネちゃん、おいしい?」


「はい、とってもおいしいです」



嬉しそうなお母様の問いかけに、はにかみながら頷く。

それにますます笑みを深めながら、お母様はそうそう、と手を打った。



「アカネちゃん、今年のプレゼントは見てくれたかしら?」



母の問いに微笑を返した。



「はい。今朝、温室に届いているのを見ました。

 有難うございます、嬉しいです」


「良かった、いつも以上に

 手に入れるのが大変だったんだよ。

 あの南国マンドラゴラ」



そう言う父に、再度『有難うございます』と告げた。

…頬を引きつらせずにお礼を述べた私を誰か褒めてほしい。

誕生日プレゼントは普通毎年渡さない。

しかし、私は別だ。

溺愛する娘と溺愛する妹。

両親とシェドが私の誕生日に贈り物をしないわけがない。


ちなみにお姉さまからもプレゼントだけは毎年もらっている。

てっきり両親の手前それに付き合っているだけなんだと思っていたけれど、先日の母からの衝撃暴露により、本心から贈ってくれていたことが分かった。

昨日パラディアからはるばる届けられた今年の誕生日プレゼントは、パラディア名産の宝石をふんだんに使ったネックレスだった。

…いくらするんだろうか。

年々豪華になってる気がする…


そして私を植物好きだと思っている両親は、毎年何かの植物を屋敷に増やしてくれる。

それが綺麗なお花だったりしたうちはまだ良かった。

誕生日以外でも何かの折に追加してくれているうちにネタ切れしてきたのか、ここ最近はなぜだか珍しさを求めるようになってしまっている。

今年はとうとう、半魔物扱いされる薬草を取り寄せてくれた。


マンドラゴラというと、引き抜くと根っこが人の形をしていて、その鳴き声を聞くと失神するというアレを思い浮かべるだろう。

普通のマンドラゴラはそれで間違っていない。

人の形というのが実に千差万別で可愛らしい少女からいかついおじさんまでいるけれど。

…ちなみに、人が見ていないときにこっそり土を抜け出して散歩をするという噂がある。

さらにマンドラゴラの根には、手で捧げ持つように丸い玉がくっついているんだけど、これはよくマメ科の植物に見られる根粒と同じようなものだという。

その根粒には薬草としての価値があるらしく、この国でも栽培されている。

根粒以外に傷をつけると枯れるらしい。

…やっぱり植物じゃなくて動物なんじゃ?


しかし、今回両親が取り寄せてくれた南国マンドラゴラは南にあるラカティ連合国にのみ生息するもので、見た目こそよく似ているけれど性質は全く違う。

引き抜いた根っこは色黒で、全てが獣姿。

根粒は口でくわえているそうだ。

その鳴き声を聞くと陽気な気分になるという。

しかしとくに薬草としての効能は無く、煎じて飲むと一週間くらい南方民族のように肌の色が黒くなるらしい。

…何の役に立つのかな、それ。

そして何でそれを取り寄せようと思ったのかな、この親は。


とはいえ私が喜ぶと思ってしてくれていることなので何も言えない。

一度、私のプレゼントにお金を使わずに領地に使ってください、と伝えたことがあったけれど、酷く悲しそうな顔をされた。

『いろんなところから物を取り寄せることで作れるコネもある』とシェドに言われてからは、黙って受け取ることにしたけれど。


とりあえずまだ若い苗らしいから、大事に育てるとしよう。

見た目は可愛いそうだし、引き抜いても無害みたいだしね。

普通のマンドラゴラは魔力のこもった水で育てると効力が上がるそうだから、あの子も手ずから水をあげてみよう。

煎じて飲んだ時に肌の色がより濃くなるだけかもしれないけど。


プレゼントに話題がうつったのを見て、シェドが使用人から綺麗な箱を受け取ってこちらへ差し出した。



「アカネ、俺からのプレゼントはこれだ」



細長い高そうな箱の中には、銀製の緻密な装飾が美しい小杖(スモールワンド)が収まっていた。

先端には小ぶりながら濃い赤の魔石が収まっている。



「わ、綺麗な(ワンド)…!」



杖は駆け出しの魔術師が使うことがあるもの。

先端に付いた魔石が魔力の制御を助けてくれるそうだが、魔石は少しずつ術者の魔力を吸っていく。

長時間使うと魔力切れになる可能性もあるから使い方が難しいとかで、熟練の魔術師は使わないものだった。

とはいえ魔石は一部の上級モンスターからだけ採れる希少なもの。

かなり高価なはずだ。

一般的には周囲の先輩魔術師から譲ってもらう形で所持することが多いのだとか。



「シェド様、こんな物を頂いてもいいんですか?」


「ああ。日頃の魔術訓練では自力の方がいいだろうが、

 外出中なんかは護身用にいいかと思ってな」



杖の所持はカルバン先生にも打診されていた。

頼る癖が付くと杖を無くした時に暴走しやすいから普段使いは良くないが、いざと言う時には助けになるだろうと。

つまりは以前のようにグリフォンに突然出くわしたりした時、緊張しながらでも魔力の調整がしやすくなる。

それは周囲の安全を考えても必要なことだ。


しかしなんせ杖は安いものでも50万ケートはする。

そんなお金があるなら領地の為に使ったほうがいいのではと悩んで両親に相談できなかった。

…なぜなら口にすれば翌日には買ってきてしまうだろう事が容易に想像できたからだ。


シェドのお金だって民からの血税が中心。

けれどシェドはそれ以外にそう無駄遣いをしない。

お金を回すのも貴族の仕事だ。

素直に喜ぶことにしよう。



「有難うございます、シェド様」



やっぱり杖を持つと魔法使い感が強くなるな。

魔力が有り余ってる私にとってはデメリットがほとんどない代物だし。

ちょっとテンションが上がる。

喜ぶ私に、シェドも口元を緩ませた。


そして食後に出されたのは、私の大好物のバナナとカスタードのタルト。

このバナナもまた図らずもラカティ連合国産だ。

元の世界のバナナに負けず劣らず甘くておいしい。

今回は初めてお母様がセルジュと一緒に作ってくれたそうで、見た目は少しいびつだったけれど味は絶品。

やばいな、これはちょっと食べ過ぎちゃう。

さっき大羊もおかわりしちゃったのに…


けれど、そんな温かな誕生日会を楽しむ間、リードが口数も少なくずっと難しい顔をしていたことが、少し気になっていた。




==========




食後、自室で腹ごなしをして数十分。

そろそろ寝る準備をしてもいいんだけど…リードのことが気にかかる。

寝る前に少し様子を見に行ってみよう。


入浴準備を整えてくれていたティナに訳を伝えて謝罪すると、『ヴィンリード様だけでなくシェディオン様とも関係を深めてくださいね』と心配そうな顔でいらん助言をされた。

前に言ってたあの変な同盟、本当にあるのかな…

早く無くなって欲しいな…


リードの自室へ行くのを見つかるとシェドがうるさい。

サロンあたりにいてくれるといいんだけど。



「アカネ」



そんなことを考えながらサロンを覗こうとしたところで、背後からシェドに声をかけられた。

…なんだろな、ティナの呪いかな。



「シェド様」


「一人か、どうした?」


「いえ、ちょっとリードの様子が気になって」



正直にそう答えると、納得したようにシェドも頷く。



「少し元気が無いように見えたな」



すっかりリードへの警戒心が和らいだシェドは、私同様に心配しているようだった。



「はい…もしかして、誕生日会というのは

 リードにとって辛い思いをさせるものだったんでしょうか…」



考えてみればリードは幼くして両親と死別し、弟ともはぐれた上に奴隷になる…という過酷な道を辿ってきた少年だ。

誕生日を祝うという家庭的な空間が、両親との記憶を呼び起こしたり、辛い過去とのギャップを際立たせることがあったかもしれない。

保護されてからというもの、リード本人は平然と振舞っていたし、家族の事を聞かれても悲壮感無く話していた。

だからこちらも普通に接してしまっていた。

それが彼の気遣いだったのかもしれないのに。

実は普通の少年なんだとこの前思ったばかりなのに悪いことをした。


しかし、シェドは首を振る。



「それならば俺の誕生日の時にも

 何かしらのリアクションがあるだろう」



そう言われて思い出す。

シェドの誕生日会の時のリードは…通常運転だった。

いつものように可愛くなかった。


その後、リードの誕生日会ももちろんした。

彼の誕生日は5月3日。

ついこの間のことだ。


希望されたとおりシブーストも作った。

旬のメロンが手に入ったのでそれで。

そして、初めての誕生日会だし、ということで家族みんな、それぞれプレゼントを用意した。

私は家族全員に一枚は贈ってきた、刺繍入りのハンカチ。

一番最後だけあって出来は一番いいはずだ。

黒いシックなハンカチに、リードの名前と白いガーベラを刺繍した。

あの日もらった花のお礼も込めて。

しかしリードの反応はというと…きちんとお礼は言ってくれたけれど、無表情だった。

花柄が良くなかったかなぁ…


両親からは一揃いのスーツや靴。

この前の舞踏会で着ていたのは無事を喜んだ商人からの贈り物。

急ごしらえだけどよく似合っていた。

とはいえ、両親も自分達で仕立ててやりたかったようだ。

最近夜会への誘いも増えてきているから、その為もあるだろう。

以前から採寸をしていたので特にサプライズ感はなさそうだったけど、そのせいなのか何なのか、いつもより表情が固かった。

夜会に出ることを考えて面倒だなって思ってたのかもしれない。


シェドからは護身用の短剣。

貴族の子息が持つようなもので飾りの要素が強いけれど、当初警戒していた相手に武器を渡すんだ。

シェドからの精一杯の『信用している』というメッセージだと思う。

それにしてもあれは柄も鞘も凝った装飾を施されていて、相当高そうだった。

…本当に、なんでこんな仲良くなったのかな。

リードはなんか『荷が重い』って顔してたけど。

もしかしたら私の知らないメッセージを何か読み取ったのかもしれない。


…あれ、今思い返すとどのプレゼントもあんまり嬉しそうじゃなかったな。

もしかしてそのせい?

そのことを思い出しちゃった?



「何か心当たりがあるのか?」


「え、いやー…その…」


「…アカネになら何か話すかもしれん。

 呼んでくるから少し話をしてみてくれ」



私の反応を心当たりアリと見たらしいシェドは、そう言い残してその場を去った。

ええ、私に任せるの…

自信ないんだけど。


仕方なくちょうど廊下を歩いていたエレーナを見つけてお茶の用意を頼んだ。

安眠効果のあるハーブティーを淹れてもらったところでサロンにリードがやってくる。

入れ替わりでエレーナが会釈して立ち去り、その場に残されたのは私達だけ。



「わざわざ呼び出して、どうしたんです?

 まさかシェディオン様にアカネ様のところへ行くよう

 言われる日がくるとは思いませんでしたよ」



うん、それは私もそう思う。

きょとんとしているリードに腰掛けるよう促し、迷いながら口を開いた。



「いやその…

 今日ちょっと様子がおかしかったから…

 どうしたのかなって」


「……」



その言葉に驚いた様子を見せた後、リードは気まずげに視線をそらす。

やっぱり何か思うところがあるようだ。



「あの、リードの誕生日会で嫌なこととかあった?」


「は?まさか。

 何でそうなるんです?」



ストレートに聞いてみたけれど、すぐさま『なに言ってんだ』な顔をされた。

この即答は気を遣っているわけでもなさそうだ。

首を傾げる私をよそに、リードは天井を見上げて珍しく表情豊かに悩んだ後、私に向き直る。



「アカネ様」


「うん?」


「誕生日のプレゼントに、僕から欲しい物はありますか」



予想外の言葉に目を丸くした。

リードから誕生日プレゼントは受け取っていない。

それはそうだろう、彼は自分でお金を持っていない。

そんなこと言ったら私だってハンカチや裁縫道具は家に用意してもらったものだから同じなんだけど。

ただでさえこの家に来て日が浅い彼は、用立てしにくいはず。


そもそもなんの節目でもない誕生日。

普通、プレゼントは用意しない。

毎年何かをくれる両親や兄姉がおかしいんだ。

しかし両親も兄姉も、それをおかしいと気付いていないもんだから、リードに気を遣ってやめるという選択肢が無かったようだ。

事前にそのあたりの事情は伝えたし、特に欲しい物も無いからリードは気にしなくていいと言ったんだけど…



「ごめんね、やっぱり気を遣っちゃったか」



よく考えれば自分以外がみんなプレゼントを渡している中、気にするなという方が無理だろう。

私なら気にする。



「いえ…」



しかしリードは首を振る。



「本当は僕も何かを用意するつもりだったんです」


「え、そうなの?」


「はい、でも…」



リードは大きく溜息をついた。



「アカネ様、特に欲しいものないっていうし…

 何が喜ぶのかよくわからないし…

 セルイラ祭のときに花が好きになったとは言ってたけど、

 贈るものが花ばっかりっていうのは芸が無いじゃないですか。

 かといって宝飾類はさすがに用意しづらいし、

 それこそ好みが分からない。

 そうするともう、よくわかんなくなっちゃって。

 アカネ様も別にいいって言ってくれてたんだから、

 今回はいいかなって思ってたんですけど…」



何だか随分悩んでくれたようだ。

そんな悩みを吐露する姿は妙に少年ぽくて、やっぱりこういう時のリードはちょっと可愛い。



「うん、それでいいんだよ。

 おめでとうって言ってくれただけで十分嬉しかったし」


「…だけど僕は、

 せっかくのアカネ様の誕生日に何もできてない」


「何もって…」


「アカネ様はプレゼントもくれたし、

 ケーキも作ってくれたじゃないですか」



予想外の言葉に目を見開いた。

それはリードの誕生日会の話だろう。



「…喜んでくれてたの?」



どちらかというと面倒くさそうにしているように見えていた。

プレゼントも微妙な顔してたし。

思わず問いかけると、リードは少しバツの悪そうな顔で視線を逸らした。



「…あんな風に家族で誕生日を祝うなんて初めてだったので」



まあそりゃそうだろう。

普通なら最後に祝われたのは3歳の誕生日だろうから。

大体本人は覚えていない。

でもそうか、あのちょっと淡白な反応は照れてたのか。

珍しく両親達に対しても猫を被りきれていなかったから、よっぽど夜会が嫌なのかと思ってたけど…

そういう理由か。



「…アカネ様、プレゼントを嬉しそうに受け取っていたでしょう?

 やっぱり僕も、なんでもいいから用意すればよかったな、と」



しおらしいリードなんて珍しい。

随分可愛い言葉の数々に、なんだかこちらが照れてしまう。



「そうだな、それじゃ一つお願いがあるんだけど」


「なんですか?」



リードが覚悟を決めたような目をしている。

一体どんな無茶な願いをされると思っているんだろう。



「あのさ、いい加減その敬語と敬称やめない?」



もっと気楽なものだよ、というつもりで明るくそう言ってみると…

リードはピタリと動きを止め、バルコニーの向こうに視線を移した。

たっぷり10秒の間を取った後、ようやく口を開く。



「今日って本当にアカネ様の誕生日なんですか?」



なに前提条件から覆そうとしてんだ。

そう突っ込みたくなったけれど、もしかしたら純粋な疑問かもしれないと思い直してとりあえず回答しておく。



「…元の世界でもそうだったのかっていう話なら、そうだよ。

 もともと5月18日生まれ」



『そうですか』と頷いた後、またリードは沈黙した。



「で、リード、話を逸らさないでくれる?」


「……」



相変わらずあさっての方向を向いている。

その角度、首痛くならない?



「そんなに嫌なの?

 私のこと呼び捨てにしたりタメ口使ったりするの」


「…僕は貴女の奴隷なんですよ」



何度繰り返したか知れないやり取りだ。

溜息をついた。


もともと私は平凡な女子高生だった。

人から敬語を使われることに慣れていない。

使用人たちから使われるのは、立場と言う物もあるだろうと受け入れられたしずいぶん慣れた。

でもリードは一応私の兄だ。

奴隷だとは言うけれど、実際に私が彼をそう見ているかといえば答えは否。



「距離置かれてるみたいで寂しいんだけどな」



頑なな姿勢をつらぬくリードに、いかにも悲しんでますといった感じに呟いてみると、彼はぐっと気まずそうな顔をした。

この一ヶ月でリードの性格は見えてきた。

彼はクールなようでいてその実、優しくて面倒見がいい。

特に私が悲しむ事を避けるように動いてくれている。

それは私を守るという誓いの一環かもしれないけれど、その行動がただの義務感によるものではなく、きちんと心が伴っていることは、さきほどからの言動でもよく分かる。



「…アカネ様は、僕に兄である事をお望みですか?」



俯きがちにそう問うリードは苦しげだった。

彼は私の奴隷で無くなるということを極端に恐れる。

理由はなんとなく分かってきている。

『ずっと私の側にいる』という大義名分を失いたくないのだ。


一度シェドにそれとなく言われたことがある。

『奴隷とはどこかへ売ったり譲ったりしない限り、

 一生主人の側にいるものだ。

 たとえ生活の場を変えてもだぞ』と。

言わんとするところは分かった。

つまり結婚してもついてくるぞってことだ。

…正直、彼を買おうとしたときにはそんなことまで考えてなかった。


今もそこについては悩むところ。

彼は実際は奴隷じゃない。

彼との奴隷関係は精神的な話になる。

手放して誰かに託す道は無い。

対外的には兄と妹。

それでもリードはその立場を利用するなり、他の手段を講じるなりして、私の側にずっといようとするつもりだろう。

もしファリオンと良い感じになれたとして、そこにしれっと割り込まれたらグーパンチだ。


…グーパンチをしれっと避けて私とファリオンの仲をからかう姿しか想像できないな…

まあ、ファリオンについては良い感じどころか一目見ることすらできてないんだけど。


ともあれ。



「リードに兄っぽさを求めてはいないかなー。

 そもそも年下だし」


「は?」



そのリードの反応を見て思い出した。

そういえば結局話してなかったな。



「私、もともとは18歳だからね」



リードが凍りついたので、これも本の魔女の仕組みらしい事を補足しておく。



「でもだからって今日で19歳かっていうと違うよ。

 この世界に来たのは一ヵ月半くらい前だけど、

 その時元の世界では6月だったから、

 18歳になってまだ少ししか経ってなかったし」


「…そうですか…

 ああいや、なるほど、だから…」



リードは何か納得したように溜息をついた。

おそらく私がリードをこれまで散々弟扱いしてきたことについて合点がいったんだろう。



「かといって弟になって欲しいわけでもないよ。

 どっちかっていうと友達って感覚かな」


「…友達、ですか」



微妙な顔をされた。

なんだ、私が友達なのは嫌だってか。

若干古傷が痛む気がして首を振る。



「私と友達にはなれない?」


「…友とは時に裏切り、道を違えるものです」



重いな。



「…そうじゃない友達も中にはいるよ。

 私も一時はそう思ってたけどね」



ぽつりと呟いた言葉に、リードは意外そうな顔をしていた。

思い出したくない過去だ。

掘り返される前に言葉を重ねる。



「リード。わかった、ストレートに言うね。

 私の居心地が悪いから、普通に話して」



リードが私の何かなんて小難しい話はどうでもいい。

せっかく仲良くなってきたんだから、外側の堅苦しさを何とかして欲しいだけだ。

そんな私の身も蓋も無いお願いに、リードは口をへの字にして迷いながら呟く。



「…ご命令なら」


「もうそれでいいわ」



苦笑しながら頷く。

彼がそこにこだわっていることはよく知っている。

そして、その理由が実は"私"に無いことも。


どうして私にこだわるんだろうって思ってた。

でもこの一ヶ月彼と接して、皮肉にも彼と親しくなったからこそ分かった。

今の彼はきちんと"私"を見ている。

少しずつ私の事を知って、気を許してくれている。

私が彼の事を知って、友達だと感じられるようになってきたのと同じように。


つまり、最初に彼が私の側にいる事を望んだのは、『私だから』じゃない。

きっと何かしらの理由で『守ると決めた相手だから』だ。

あの時あのタイミングで、他の誰かが彼に声を掛けたなら、その人でも良かったのかもしれない。


それに気付いた時には少し複雑な気持ちになったけれど、よく考えれば人間関係なんてそんなものだ。

父だって母と出会っていなければ他の誰かと仲の良い夫婦になっていたかもしれない。

すべてはタイミング。


結局リードが『守る』ということにそこまでこだわる理由はわからないままだけど…

それはもう少し親しくなってから聞けばいいだろう。

そう、いつか…時々顔を覗かせる、素の荒っぽい口調で話しかけてくれるくらいになる頃に。


それまでは…未来の魔王が、私の奴隷だ。

最終回とかじゃないです

まだまだ続きます


次章の準備のため、しばらく更新が滞ります。



(2018/11/3 修正)初期設定のアカネの誕生日が7/7だったもので、会話中7/7を誕生日だと言っている部分がありました。5/18が正しいです。

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