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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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033シェドの誕生日と猫

「よしっ」



腕まくりをしてキッチンに立つ。

材料は全て揃えられていた。

カッセードに居た時からお世話になっているシェフのセルジュのおかげだ。


この屋敷には何人かシェフがいるけれど、それを取りまとめる料理長が彼。

セルジュはパラディア王国出身。

パラディアはこの国よりもスイーツが発展していて、セルジュも甘いものを作るのが上手かった。

無骨な壮年男性の手から作り上げられたとは思えない美しいデザートの数々を、これまで私も味わってきた。


とはいえ、今回ケーキを作るのは私だ。

セルジュは補佐をしてくれる。

小さい頃は知識こそあっても手の大きさや腕力的にうまくいかず、セルジュにメインで作ってもらっていた。

大きくなった今はほとんど自分でできる。

腕前はセルジュのお墨付きだ。

そうでなければキッチンを預かる者として、私に任せてはくれない。


甘すぎるものは苦手なシェド。

シェドの誕生日ケーキはベイクドチーズケーキと決まっていた。

夕飯まであまり時間はないけれど、材料を全部混ぜたら型に注いで焼き、冷ますだけ。

とっても簡単。

元の世界では材料を全部ミキサーにかければいいだけだったから楽だったなぁ。

ここでも多分風魔術とかがうまく使える人なら、同じようなことができるんだろうけどね。


セルジュに励まされながら混ぜた生地をオーブンへ。

焼き上がりを待っている間に、別の作業に取り掛かる。



「見てセルジュ、大分進んだんだよ」


「ええ、昨晩冷凍室を空けた時に拝見しましたよ。

 お上手です」



セルジュがにっこり笑ってくれる。

…分かってる、リップサービスが入ってることは。

冷凍室から取り出したのは、手のひらサイズの猫の氷像だ。

若干いびつだけれど、今から最終調整すればいい感じになるはず!


氷像作成は魔力調整の自主練として始めたものだ。

グリフォンの氷像をカットしていた時に思いついた。

最初にある程度の大きさの氷を作り出し、溶けないように維持させつつ、炎の刃で削りとり、削りすぎた所を細かく氷魔術で補修しながら望む形に仕上げていく。

氷を溶かさないようにしつつ炎魔術を扱う時点でとても難しい。


彫刻がうまくいっていないのは、その制御が大変だからであって私のセンスの問題じゃない。

…はずだ。


カルバン先生にはあまり炎魔術を使うなとは言われたけれど、氷像作成は賛同してもらえた。

いい訓練になるだろうと。

ただし、シェフが厨房にいる時だけだよという条件付き。


シェフは火を扱うためか、鎮火用に水魔術を扱える人が多い。

食品の鮮度を保つために氷を作ったりドライアイスを作れる人までいる。

屋敷内のシェフは誰でも鎮火くらいなら出来たため、勤務時間中に厨房を借りれば作業が出来た。

でも今のところ失火は起こしてないよ。


そんなこんなで作っているこの猫の氷像は三体目の作品。

一体目は漫画とかに出てきそうな可愛い感じのドラゴンを作ろうとした。

蝙蝠羽の生えたウーパールーパーみたいなものができあがった。

カッコイイ路線の方が向いているかもしれないと思って、次は和風の龍を作ろうとした。

なかなかいい出来だと思っていたら一人のシェフに『立派なミミズですね』と言われたので、すぐさま溶かして流し台にぶちこんだ。

仕方ない。

この世界にはドラゴンはいても龍がいないんだから分かってもらえなくても仕方ない。

間違えるならせめて蛇だろと思ったけど、仕方ない。


一体目と二体目はテーマが悪かった。

いきなり格好つけた物を彫ろうとするのがいけなかったんだ。

猫とか簡単な動物ならもっといけるはず!

ちなみにこの猫の像はケーキが焼きあがるまでに仕上げて、シェドにプレゼントするつもりでいる。


お父様達はここ数年、シェドにプレゼントをあげていない。

成人したんだから、ってことらしい。

私も無しでも良かったんだけど、シェドは来年から王国騎士団に入る。

一緒に祝えるのは最後の可能性だってあるわけだ。


しかしながら形に残るような物は過去にも贈っているし、ありすぎても新生活の邪魔になる。

もう大人なんだし、必要な物は自分で揃えられるだろう。

それならお金で買えない、私が手を掛けて作ったその場だけで楽しめるものとして、氷像はそれなりに適しているんじゃないかとひらめいた。


というわけで数日前から作成にとりかかったんだ。

なぜ猫なのかといえば、シェドがさりげなく猫好きなのを知っているからだ。

カッセードに居た頃、訓練中にどこからかもぐりこんでくる野良猫とたびたび戯れていたのを見たことがある。


猫の耳の裏をかいてやりながら、

『何度ここに来てもお前の餌は無い。

 獲物を捕るのが大変なのはわかるが

 あまり人の手を借りる癖がつくのもよくないからな。

 俺が餌をやるわけにもいかないんだ。

 にゃーと言われてもやれないものはやれない』

などと真剣な顔で猫に語りかけていることもあった。


お兄様、こういうのをギャップ萌えって言うんだよ。

一見弱そうな男性が騎士団入りした後、意外な実力を発揮することに対してギャップ萌えって言うのはやめよう。

別にみんな萌えてるわけじゃないでしょ。

と、一度話したことがあるんだけど上手く伝わらなかったんだよね…


ちまちまと作業をすること1時間半。

集中しすぎていつの間にか焼き上がりの時間が過ぎていたけれど、セルジュがしっかり取り出してくれていた。

あとは粗熱をとって冷蔵庫で冷やしておくだけ。


猫の氷像も完成した。

なかなか上手くできたんじゃないだろうか。

セルジュが『雄々しい熊ですね』と褒めてくれた。

…猫だよ。




==========




「シェド、誕生日おめでとう」



父のそんな声を皮切りに拍手が起きる。

とはいっても母と私、リードのほかには、給仕の為に控えている使用人数名だけ。

けれど寂しいというよりは家庭的な温かさがあって、私は盛大なパーティーよりこっちの方が好きだ。

少し照れたようにシェドは頭を下げた。

食事の後には私が作ったチーズケーキが出てくる。


本当はろうそくを立てて吹き消すっていうのもしたいんだけど、小さい頃それを使用人に話したところ真っ直ぐな瞳で『それはどういう意味があるのですか?』と聞かれてしまって諦めた。

なんにでも意味を求めるんじゃないよ!

考えるな、感じろ!

とは、言えなかった…

周囲が疑問符を飛ばす中で強行したって仕方ない。


両親やシェドは嬉しそうにケーキを頬張り、リードは見た目が普通なのが意外だったのか訝しげな顔をしながらおっかなびっくり口に運んでいた。

どうよ。

目を丸くしていた。

…本当に私の腕、信じてなかったんだね。

かえって悲しくなった。



「アカネ、毎年ありがとう」


「喜んでもらえてよかったです。

 シェド様は来年王国騎士団に行ってしまわれますし、

 今年は特に気合を入れました!」



そう返すと、シェドは嬉しいような、寂しいような微妙な表情をした。

なんだ、まだ騎士団入りに踏ん切りがついていないのか。

領地の事を思うなら行かないでほしいけど、陛下に約束したならそうもいかないでしょうに。



「あと、今年はシェド様にプレゼントがあるんです!」



そう言いながら背後に控える使用人に合図すると、間もなく銀色のトレーが運ばれてくる。

上に鎮座するのは私の作った猫の像。

周りを冷えたフルーツや、溶かさないようにかドライアイスが取り囲んでいる。

これはセルジュが計らってくれたんだろう。


両親はにこにこと、シェドは目を丸くして、リードは異様な物を見る目で見つめてきた。



「アカネ、これは…」


「シェド様に私が作った氷像です!

 溶けてしまうまでの間ですけど、

 喜んでもらえたらと思って」



シェドは感激したように珍しく頬を紅潮させながら氷像を見つめていた。

うんうん、良かった。

自惚れかもしれないけれど、シェドはきっと私が贈ればどんなものでも喜んでくれる。

特にこうした手作りなら尚更だ。

期待通りの反応をしてくれて、私も満足だ。

頑張った甲斐があった。



「このまま溶けるのを待つなんてもったいない…

 今すぐ冷凍室へ!」



シェドが真顔で使用人にそんな指示をしだしたので、慌てて制止した。



「いえいえシェド様!

 冷凍室の場所をいつまでも取るわけにもいきませんし!

 せっかくなのでひと時だけというのを味わってください!」



なんせ氷製だ。

なんの拍子で溶けるか分からない。

ある日冷凍室の調子が悪くて溶けていたりしたら、管理をしている厨房スタッフが責任を感じてしまう。

それは避けたい。



「く…しかし…」



カッセードを任されるとなった時にも迷わず頷いたと言われるシェディオン男爵が苦渋の表情をしていらっしゃる。

私同様、呆れ顔をしていたリードが口を開いた。



「シェディオン様、どうしても形に残したいなら

 誰かに氷魔術で維持してもらっている間に

 型でも取ったらどうですか?」



シェドがそれだっていう顔をした。

リードがまじかよって顔をする。

…からかって言っただけだったようだ。

シェドに『よろしく頼む』とか言われて『僕がやるんですか』って顔で私を見てくるけれど、言いだしっぺなんだから責任とって。

私はもう知らん。


リードが溜息をついてもう一度氷像をまじまじと見る。



「…シェディオン様、そんなにこのネズミが気に入ったんですか」



猫だよ。



「何を言う。

 リード、これはネズミじゃない。

 カエルだ」



ネコダヨー…

シェドにまで理解してもらえなかった事実にこっそり涙した。




==========




「おいしかったでしょ」


「そうですね、氷像も立派なカエルでしたし」



食後、サロンでくつろごうかと足を運ぶとリードが居たので少し話す。

おいしかったの一言を言わせたかったのに、返されたのは嬉しくない言葉だ。

結局あの氷像はカエルということになった。

何せもらった本人がそう信じて疑っていなかったし、『騎士団に行っても無事に帰るようにというメッセージだろう』なんて嬉しそうにされたら『ソウデス』としか言えない。

顔を背けて不貞腐れる私に、リードは楽しげに笑った。



「冗談です。あれ、本当は猫とかそのへんでしょう?」



驚いてリードの方に振り返る。



「分かってたのにネズミなんて言ったの!?」


「いえ、最初は本当にネズミに見えたんですよ。

 でもアカネ様はこれで乙女ですからね。

 可愛いのを作りたがるだろうなと。

 そう思って見てみれば猫に見えなくもないと思って」



なんかちょいちょい失礼だな。

でも、ちゃんと分かってくれたのはリードだけだ。



「何で付き合いの浅いリードが分かって

 シェド様がわかんないのかな…」


「シェディオン様はアカネ様を美化しすぎてるんです。

 何かしらのメッセージが込められていると考えて

 深読みしすぎなんですよ」



まるで実際はなんのメッセージもないみたいじゃないか。

…ないけど。

猫好きだろうなってくらいの気持ちだったけど。

やっぱり気分よくさせてはくれないリードに、ソファから立ち上がって踵を返した。

もう寝よう…どうせ私は深みのないカエル女ですよ。

けれどそんな私を引き止めるように声がかかった。



「おいしかったですよ、ケーキ」



ちらりと視線だけ振り返ると、リードが優しく微笑んだ。



「僕の時も作ってくれるんでしょう?

 楽しみにしてます。今度は本心から」



その程度のよいしょで機嫌を直す私はやっぱりちょろいんだろうな。

でも素直に喜ぶ気にはなれなくて、顔を背けたまま返事をする。



「仕方ないなぁ。

 何が食べたいの?」


「そうですねー…シブーストとか好きですね」



絶妙にめんどくさいの言ってきやがったコイツ。

私はどんな顔をしていたのか。

リードは私の顔を見て首を傾げた。



「フルーツは何でもいいですよ」



そうじゃない。

ていうかシブーストが好きって…大商人の子とはいえ、庶民はなかなか食べられないようなスイーツなのに。

いや、それこそこれも奴隷時代とかに食べたのかもしれないしな…深く突っ込むまい。



「分かった、頑張るわ…」



シブーストは作ったこと無いから、ちょっと練習が必要かもしれないな…

夜間に厨房を借りれるだろうか。

そんな算段をつけていると、リードが『そういえば』と口を開いた。



「アカネ様、頭痛は起きていませんか?」


「ん?…うん、今のところ感じてない」



そうですか、とリードは頷いたものの、少し険しい表情をする。



「知人に頭痛持ちが居たんですが、

 よく頭痛が起きるせいで慣れてしまって

 弱い頭痛だと『そういえばさっきから痛むな』と

 時間が経ってから気付くこともあるそうです。

 アカネ様もそのうちそうなる危険もあるので

 注意してください」


「う、うん…」



しかし慣れでそうなってしまうものをどうやって注意しろと言うのだろうか。

そしてそのタイミングで思い出した。



「そういえば、前の悪夢はいつの間にか終わってたな」



ぽつりと呟いたのを、リードが耳聡く拾う。

どういうことかと問い詰められて、特に隠す理由も無いので正直に話した。



「いつもは夢の内容をハッキリ覚えてるんだけど、

 今回は眠った後、気付いたら起きてた感じなんだよね。

 起きた後の寒い感じとか恐怖感とかはいつもと同じだったけど」



その言葉に、リードは悩ましげに額を押さえた。



「…それは防衛本能が働いてしまっている

 っていうことじゃないんですか?」


「うーん…そうかも?」



自分の心を守る為に嫌な事を忘れるとか、意識を失うとかいう話は聞いたことがある。

その一種かもしれない。



「つまりそれだけのダメージがあるということです。

 …それが10日に一度くらいのペースで起きるなんて

 やっぱりかなり危険な話ですよ」



そう言われるとそんな気がしてきた。



「早急になんとかした方が良さそうですね…

 とはいっても原因が分からないんじゃ…

 マリエル・アルガントも原因は知らなそうなんですよね?」


「うん、本の中では自分でも悩んでたみたいだし…

 ただ、今のこの世界はいろいろ本の内容と変わってるから

 どうか分かんないな」


「そうですか…

 一度彼女を訪ねてみてもいいかもしれませんね」



本の中のマリーの様子や、カルバン先生から借りた伝記の内容を思い返しても、難しそうだけどなぁ…

ましてや悪夢の話なんて素直に話してくれるとは思えない。

とはいっても、色々調べてみたいと思っていたのは事実だ。



「…王都の図書館に行ってみようかな」


「図書館に情報がありますかね?」



私の呟きに、リードが天井を見上げつつ唸る。



「わかんないけど、でも悪夢に限定しなくても…

 そもそも迷宮がいつ出来たのかとか、

 魔王に関する歴史とか…

 そのへんのことも一度調べてみたかったんだよね。

 もしかしたら何かのヒントになるかもしれない」



手がかりが無いなら、まず手がかりを見つけなければ。

その為に必要なのは知識だ。

私はこの世界の常識に疎い。

ある程度の歴史やマナーはもちろん教養として学んでいるけれど、もっと深い部分の知識も必要だろう。



「そうですね…いいかもしれません。

 そういえば伯爵が秋頃に王都へ向かわれると

 おっしゃっていましたね…

 連合国の勅使がいらっしゃるとか」



なるほど、それならその時についていけるかな?

父にお願いする算段をつけつつ、その夜は解散した。

…実は王都に行けばファリオンに会える可能性もあるかも、なんて期待しているのは秘密だ。

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