032魔王とカルバン先生
「シェディオン様の誕生日会、ですか?」
セルイラ祭が幕を閉じて屋敷も落ち着きを取り戻したある日。
魔術訓練に向かう道すがら、リードに今夜の予定を話していた。
「うん。
っていっても家族内でお祝いするだけだよ。
今夜の食事がちょっと豪華になって、
私が作ったケーキがデザートに出てくるくらい」
この世界では誕生日を祝うのはあまり一般的じゃない。
赤子のうちに死んでしまうことが多かった昔の名残で1歳と3歳の誕生日を祝うことはある。
あとは、17歳の成人という節目を意識されるくらいか。
平民では自らの誕生日を知らない者も少なくない。
そんな中、スターチス家では小さいながらも家族うちで誕生日を祝うことが慣例化していた。
…もちろん、私のせいだ。
私が5歳くらいの頃のある日のこと。
今日が母の誕生日であることを初めて知って、屋敷のシェフにお願いしてケーキを一緒に作ってもらった。
それを夕食のデザートに出してもらったのだ。
母はいたく感激し、以来他の家族の誕生日の時にもちょっと豪華なご飯とケーキでお祝いをしている。
毎年ではないが、たまにプレゼントを贈ることもある。
…まぁ、正直自分ではその発端の出来事をほとんど覚えていないのだが…
恒例行事としては残っている。
そんなことを説明していると…
「アカネ様が作ったケーキですか…」
「…なに、何その顔。
いっとくけどそんな下手じゃないからね!?」
元の世界でも、もともとお菓子作りはそれなりにしていたのだ。
だからこそこの世界での5歳の私も、ケーキを作ろうと言い出したのだろう。
そりゃプロの技術には及ばないけれど、特技と言って差し支えないレベルには作れていると思う。
「そうですか…楽しみです」
「信じてない顔してる…
くそぅ、食べた後で覚えてなさいよ」
おいしかったと言わせてやる。
「あれ、でもシェディオン様の誕生日って確か…」
「そう、4月14日…四日前なんだよね」
「あぁ…なるほど、それで今日なんですか」
リードはすぐに納得した顔をする。
4/14といえばセルイラ祭の真っ只中。
翌日に大イベントの舞踏会を控えた日だ。
セルイラ祭の日程は毎年固定だから、シェドの誕生日はいつもこのタイミングで来てしまう。
しかしそこは遠慮深いシェド。
みんなが忙しい時期にそんなことをしなくていいとかえって気を遣う。
というわけでシェドの誕生日会はセルイラ祭が終わってからするのが通例だ。
「リードの誕生日は来月だったよね」
「はい。アカネ様もですよね」
「うん」
リードの誕生日は半月先の5月3日。
私の誕生日はその更に半月後の5月18日だ。
みんな誕生日が結構近い。
とはいえ、全員別々で誕生日会は行われる予定。
「リードの時はまた私がケーキ焼いてあげるから」
「…はい」
「その自己犠牲に酔った感じの微笑み
やめてくんない?」
本当に失礼だな。
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「それじゃ今日はここまでにしようか」
そんなカルバン先生の声に、手元で作っていた3つの水球を下に落として水溜りに変える。
ピンポン球くらいの水球を維持することで、魔力の調節を身につけるのだ。
最初は一つの水球を維持するのも難しかった。
バスケットボールくらいの大きさになってしまったり、小さくしようとしすぎて目に見えないサイズになってしまったり…
氷みたいな固形物より、液体である水の方が難しい。
ようやく2つ維持できるようになったので、数を増やしているところだ。
「水って難しいなぁ…
いつ炎魔術を自在に扱えるようになるんだろ…
炎も不定形だし難しそう」
炎魔術で教わったのは、グリフォン氷を切る時に訓練がてら作った炎の刃くらいだ。
あれも小さく維持するのが難しかったなぁ。
他に本格的な炎魔術は教わっていない。
炎の刃も、水魔術が使える人が側にいる時以外は使うなとのこと。
カルバン先生からはまず水魔術を教わっている。
護身用として使うのに一番暴発しにくく、練習時に失敗しても周囲へ被害が及びにくいからだそうだ。
中でも氷は身近にあるものかつ形のイメージがしやすいので習得しやすいということで、最初に教わったのがグリフォンを倒した氷槍だ。
…いや、あれ失敗だったけど。
正しい姿は先日リードがローザを攻撃するのに使ったやつだ。
数十センチの氷柱が対象を無数に取り囲み、その体を穿つ。
しかし習得したと思っていた氷槍があんなことになったので、最近まで再指導を受けていた。
ようやく合格を頂き、続いては炎の攻撃を受けた時に相殺できるようにということで液体としての水を扱う練習中だ。
最初からこんな地道な練習だったわけじゃない。
カルバン先生も、『少しは調整が上手くなっているはずだからまずやってごらん』と言って、焚き火の鎮火をさせようとしてくれた。
しかし、元現代っ子で現箱入り娘な私。
あまり大きな炎を目の前にしたことがなかった。
少し怯えが入ったんだろう。
花に水をやるより激しい水のイメージをしてしまったためか、初めて暴走した時のアレはまだ可愛いもんだったんだと思い知ることになった。
あのね、バケツをひっくり返したような雨って言う表現あるじゃん?
カルバン先生に『滝をひっくり返したような雨』って言われた。
滝ってひっくり返さなくてもこんな感じですけど、なんて突っ込める雰囲気じゃなかったよね。
そんな経緯があるからか、私の呟きにカルバン先生はゆっくり首を振る。
「君は基本的に炎魔術を使わない方がいい。
皮膚の火傷はまだいいけど、
気管支の火傷は治癒魔術が効きにくいんだ」
誰かが犠牲になること前提の話をされた。
いかに絶望的だと思われているのかよく伝わったよセンセー…
…泣いてない。
「その点、ヴィンリード君はどの魔術もそつなくこなすね。
アカネ嬢といい、全属性魔術に適正があるのは珍しいよ。
しかもアカネ嬢と違ってきちんと力の使い方を知っている。」
「恐れ入ります」
カルバン先生の褒め言葉に、リードがにこりと微笑んだ。
始めは見学しているだけだったリードだけど、最近は私が耐久系の練習をしている間にちょっと魔術を教わっている。
見ているだけじゃなくてやってみなよ、とカルバン先生に言われてしまい、魔術が使える事を知られているので断ることも出来なかったのだ。
当初、魔術を使うだけで例の衝動が襲ってくるのでハラハラしていたけれど、使い終わったリードにすぐタオルを渡すなどの口実でさり気なく触れつつ魔力を流して難を逃れているうちに、少しの間ならリードも堪えることができるようになった。
10分くらいなら堪えられるようだ。
咄嗟に魔術を使うことはいつかあるかもしれないし、いい事だと思う。
とはいえ、今もこうしてタオルとってーと言いながらリードの肩に触れて魔力を流し込んでいる。
リードもほっとしたような顔だ。
初日に『君達恋仲なの?』とカルバン先生に言われたっけな…
耐久の練習を中断してまでリードによって行くのだから訝しがられても仕方ない。
全力否定したけど、それでもこの習慣をやめるわけにはいかなかった。
まあ、そこまでして教わると言っても、どうやらほとんど教えることがないくらい何でもできるようだが。
それより、リードを褒める為に私を引き合いに出すの、やめてもらえませんかね。
「そうだ、少し話したいことがあるんだけどいいかな?」
カルバン先生がそう言ってリードを引き止めた。
珍しいな…
私はもう帰っていいそうなので練習場所から屋敷へと戻る。
花壇に被害を与えないよう、最近の練習は屋敷の隣にある騎士団の訓練場の一角を借りている。
普段使っていない場所なので誰もおらず、暴発しても比較的安全。
敷地内でつながっている為、護衛なしでも行き来できる。
ちなみにリードが練習についてくるようになったのと同じ頃、入れ替わるようにジェドは付いてこなくなった。
もちろんリードが居るなら安心と思ったわけではない。
お母様に『いい加減にお仕事なさい』と真顔で怒られたのだ。
午前中いっぱいサボってたようなものだから、そりゃそうなるだろう。
一人、屋敷へつながる門をくぐろうとした瞬間にふと気付く。
練習の為に外したネックレスを、ベンチに忘れてきたようだ。
気に入ってるやつだから、失くしたらへこむ。
すぐさま引き返した。
しかし近くまで戻ったところで聞こえた声に、思わず足が止まる。
「君は何者だい?」
それはカルバン先生の声だった。
建物の陰からチラリと覗くと、やはり対峙しているのはリード。
うわ、なんで詰問されてんの!?
リードの正体を知る身としてはヒヤリとする問いだ。
何か怪しまれるようなことをしたのだろうか?
「スターチス家が受け入れを決めたという少年を
あまり悪く言いたくはないんだけどね…
どうも君からは常人とは異なる気配を感じる」
うわぁ先生鋭い…
ここからはリードの表情を伺えない。
どうしよう、助けに入った方がいいだろうか。
でも残念ながら私は正確な自己評価ができている人間だ。
私になんとか出来る気がしない。
でも出くわしたのに見て見ぬふりをするわけにも…
これまでさんざんリードに助けられているわけだし…
そんなことを考えていると、リードの戸惑ったような声が聞こえてきた。
「ええと…すみません、何をおっしゃっているのか…
何かお気に障ることをしたでしょうか?」
おお、さすがリード。
本当に心当たりが無いようにしか聞こえない。
私が先生の立場なら騙されているところだ。
しかし、A級冒険者はそう甘くない。
「今さらしらばっくれなくてもいい。
証拠を並べた方がいいかい?
君は優秀な魔術師だ。
誰から習ったのかな?」
「…父と…すみません、
行方不明中のことはあまり話したくなくて」
リードの最後のセリフは、あらゆる人物に追及を諦めさせるキラーワードだ。
カルバン先生は少し黙った後、『失礼』と言った。
「なら、その教わった相手を怪しむべきかな?
君は僕が教えなくても多くの魔術を知っていたね。
でも、時々妙に古い詠唱をしていると気づいていたかい?」
「……」
「今時知っている人の方が少ない呪文なんだよ。
それこそ僕みたいに古魔術の書物を読み漁ったことがない限り。
でも知っていても使ったりなんかしない。
魔力の消費効率がいい呪文が現代にはあるからね。
でも君は特定の魔術では慣れた様子でそんな詠唱をする。
そのくせかなり効率の悪い呪文を複数回使っても
魔力が枯渇する気配もない。
アカネ嬢と違ってうまく制御できているようだけれど、
相当な魔力量を持っているだろう?
枯れかけた花を蘇らせたとも聞くし、
その能力はS級魔術師…もしくはそれ以上だ」
詠唱が古いなんていうのは初耳だ。
リードは本当は私と同じで無詠唱で魔術を扱える。
そりゃそうだろう。
未来の魔王だ。
魔力量は相当なはず。
でも怪しまれないように授業中は呪文を詠唱していた。
呪文を教わっていない私にはそれがおかしいものかなんて分からなかった。
カルバン先生は妙に色んな魔術をリードにやらせるなと思っていたけれど、違和感を感じてからいろいろ試していたのだろうか。
「お褒めに預かり光栄です。
でも意地が悪いですね、非効率なことをしているなら
教えてくださってもよかったのに」
リードはしれっとそんな返事をした。
しかしカルバン先生は取り合わない。
「…君は本当にヴィンリード・メアステラなのか?」
その言葉の返事のように、真っ先に聞こえたのはリードの笑い声。
「もちろん違いますよ」
「それは…」
「僕はヴィンリード・スターチスですから」
「……」
今そんな挑発してる場合かな!?
さっさとはぐらかして戻っておいでよ!
聞いているこちらが冷や冷やする。
「一体何の目的が…」
「自分のことを棚に上げて人を詮索するのが好きらしい」
なおも追及しようとするカルバン先生に、リードの冷ややかな声が返った。
急に雰囲気が変わったのを感じて目を剥く。
カルバン先生も同様なのか、一歩後ずさった。
「冒険者カルバン。そう名乗ってるけど本名は違うよな?」
まさかの言葉に息を飲んだ。
え…先生のそれ、偽名なの?
んでもってなんでリードがそんなこと知ってんの?
カルバン先生は動じた様子もなく、リードを睨みつけている。
「まあそんなことくらいは大体の人間が知ってるだろう。
変化の魔術道具は珍しいものじゃないし、
一定レベルの人間は変化の気配に気付く」
そ、そうなの?
まさかと思うけれど、先生は否定するでもなくリードの言葉を黙って聞いている。
先生、変化の魔術道具使ってたんだ…
本当はそんな童顔じゃないってこと?
萌えてた私がバカみたいじゃない…いやそんなことはどうでもいいか。
もしかしてシェドが妙にカルバン先生を警戒していたのって…それが理由?
「そういや王都付近の依頼は受けないって噂を聞いたな。
つまりそこには近づきたくないんだろ。
その化けの皮剥いで王都に放り込んでやろうか」
ちょ、まってそれは本格的に恫喝になっちゃう。
カルバン先生が何者なのかはさておき、私にとっては恩師だ。
これ以上険悪になってほしくない。
策は無いながらなんとか止めようと物陰から飛び出した。
その瞬間、つま先が地面をひっかき、上半身が大きく傾いて…
「うえあああ!」
乙女にあるまじき奇声を発し、転ばないようケンケンで移動をしながら二人の間に割り込む羽目になった。
二人の呆れたような視線が私を刺す。
やめて、私だってそんなつもりじゃなかった。
数秒の沈黙が私にのしかかった後、それを解いたのはカルバン先生のため息だった。
「どうやらアカネ嬢は君のことを知った上で
ここまで心を許しているようだね」
「アカネ様は僕の主人ですから」
その言葉に、カルバン先生はどうしようも無い者を見るような目を、私に向けた。
…何故。
「自分で手綱を握れる相手かどうかくらい
見極めた方がいいよ」
「あ、あはは…」
これは私がディスられているのかリードがディスられているのか。
…両方かな?
「それじゃ、また明日」
「あ、はい…」
何事も無かったかのように、カルバン先生は踵を返す。
拍子抜けする私をよそに、リードは満面の笑みでそれを見送った。
「有難うございました、カルバン先生?」
やたらと名前を強調する。
さっきの話を思い返せばその意図はわかりきっている。
何で最後まで喧嘩を売るかな。
けれどチラリと振り返ったカルバン先生は、珍しく笑みを見せた。
「なんだ、外見年齢相応なところもあるんだね」
「……」
今度はリードが黙る番だった。
暗に『子供かよ』って言われたわけだし何も言えないだろう…
微笑むカルバン先生も、言い負かされるリードも滅多に見れるものじゃない。
私はどんな顔をしていいかわからないまま、先生の背中を見送った。
その背中が見えなくなった頃、隣から小さな舌打ちが聞こえる。
「り、リード?」
「くそ…」
いつの間にかしゃがみこみ、腕の中に顔をうずめて小さく悪態をつくリードは、落ち込んでいるように見えた。
「えぇ、と…な、何か言われたの?」
何て声をかけていいか分からず、とりあえず何も見ていなかった体で事情を聞きだそうとしてみる。
そんな私を、腕から顔を上げたリードは上目づかいで睨みあげる。
絡む視線にぞわりと背筋を震わせつつそれを受け止めるけれど、すぐにそらされて代わりに溜息を寄越された。
「何かも何も、アカネ様が聞いてたのが全部ですよ」
「え」
ばれてた!?
動揺を隠せない私に、リードは呆れたように続ける。
「言っておきますけどあの男も気付いてましたよ。
ていうか誰でも気付きます。
アカネ様は隠密には向きませんね」
隠密向きな令嬢の方が問題ありそうなのでそれでいい。
ばれていたなら取り繕ったって仕方ないか。
ストレートに聞くことにする。
「何を落ち込んでんの」
「…呪文が古いことなんて気付いてませんでした」
ああ、そういえばそんなこと言ってたな。
「…もしかして、魔王の魂が関わってる?」
少し考えて思い浮かんだのはそれだ。
リードが古い情報を知っているとしたら、過去の魔王の記憶によるものだろう。
正解だったらしく、小さな頷きと共にリードは立ち上がった。
「僕がもともと知っていた呪文は一部です。
それ以外は歴代魔王の知識から拝借していました」
「どうしてわざわざそんなの披露しちゃったわけ?」
ダンスの時みたいに自分の実力を隠しておけば波風立たなかっただろうに。
随分珍しいミスだ。
だからこそ落ち込んでいるんだろうけど。
しかし私の当然の問いに、リードはぎゅぅっと眉根を寄せてこちらを睨んだ。
「な、何よ…」
私のせいじゃないでしょ。
「アカネ様のせいです」
心の中で否定したことをすぐさま覆された。
「何でよ!」
「僕が一つ魔術をやって見せるたびに
目を輝かせて『すごーい!』って喜ぶじゃないですか!」
なんか変なこと怒鳴られた。
内容をかみ砕いて数秒。
思わず微妙な表情になる。
「…何、まさかそれで浮かれて
ついやりすぎちゃったっていうの?」
何を口走ったのか気づいたらしく、リードは顔を背けて屋敷へと歩き出した。
その背中を呆然と見送りながら、気づけば口元がにやける。
何それ可愛い。
よく考えればリードって魔王の魂を受け入れたっていうだけで、中身はただの14歳の少年なんだよね。
女子の声援に調子に乗っちゃう14歳って考えたら自然か。
素はちょっと短気だったり、口調が荒っぽかったりする彼だ。
もしかしたらいつもの余裕ぶった態度は、ちょっぴり無理してたりするのかもしれないなぁ。
そんなことを考えながら、早足の背中を追いかけた。
たまには同じ日に2回目更新してみる。
(2018/10/26)リードの魔術使用後のフォロー描写を忘れていたので追加
(2020/01/03)リードの年齢が間違っていたので修正。この時点では14歳です。




