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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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031コボルトの社交界デビュー

セルイラ祭最終日。

煌びやかなシャンデリアが輝く、屋敷の大広間。

大時計は夜の8時を示している。

スターチス家の屋敷で、今日は舞踏会が開かれていた。


我が家自慢のシェフが腕を振るった豪華な食事が、大広間の端に置かれたテーブルにずらりと並ぶ。

大人達はシャンパンを片手に談笑し、時折誰かに声を掛けてはダンスホールへと繰り出して踊りだす。

中には飲食も忘れてずっと踊り続けている猛者もいて、現代っ子感覚からすると『水分補給しなくて大丈夫ですか』とか、ちょっと心配だ。


で、私はと言うと…



「…ひま…」



思わずぼそりと呟いた。

でも多分誰にも聞こえていないだろう。

周囲に誰も居ないのだから。

こうして周囲を観察できるくらい、私には余裕があった。

ジュースをちびちび飲みながら壁の花になっている。


手持ち無沙汰に自分の格好を見下ろした。

少し足を動かしただけで、淡いブルーのドレスが煌きながら美しく揺れる。

この日の為に仕立ててもらったドレスだ。

当初母はフリフリデザインを推していたが、私がそれを拒否したため、少し大人っぽいデザインになっている。

あの日の私、偉いぞ。

植えつけられた記憶部分の話だけど、そのへんやっぱり私の行動指針に沿って過去が形成されていると実感する。


顔にもばっちり化粧を施し、ティナが珍しく裏の無い笑みで『お綺麗です』と誉めそやしてくれた。

自分で確認してみても、確かにそこそこ綺麗な少女に見えた。

まあ自分で言うのもなんだけど私はそう悪い顔じゃない。

化粧をすればそれなりに中の上から上の下くらいにはなれるんだ。

…母や姉やリードが特上なだけだ…

髪も結構こった編み方で結ってもらっているし、飾りとしてリードに貰った白いガーベラをあしらってもらった。


そうして意気込んで参加した舞踏会。

まだパートナーの居ない私はシェドにエスコートされて入場した。

そのまま母とシェドに連れられて来賓一人ひとりに挨拶をし、シェドと一度だけ踊って別れた。

シェドにも付き合いがあるのだから仕方ない。

踊っている最中に感動で目を潤ませながら『綺麗だぞ』と言ってくれたシェドは、まるで娘の結婚式を迎えた父親のようだった…


今回はリードのお披露目もかねている。

父に連れられて挨拶に回っているようだが、いかんせん特殊な経歴の持ち主。

お父さんのグラーフ・メアステラが色んな貴族と懇意だったこともあって、一人ひとりと話が盛り上がり、時間がかかっているようだ。

これといって盛り上がる話題も無く、むしろ破談先の関係者と気まずい空気が漂った私とは大違い。


リードはお年頃のご令嬢達からも熱い視線を集めていた。

紹介される先々でそれとなくダンスに誘われているが、『僕はまだ踊れませんので』と臆面も無くキッパリ断っている。

…もったいない。

踊らないまでも少しくらい二人で話をすればいいのに。


私なんか踊れるのに踊れないんだぞ。

…なんて、考えて空しくなる。


今日はもちろん首輪をつけていない。

セルイラ祭を堪能した翌日から魔術調整を集中的に練習し、首輪無しでも随分抑えられるようになった。

先生が言うにはコボルト並み。

コボルトは家に住みつき悪戯をする妖精の一種だ。

もちろん力は強くない。


コボルトは普段姿を隠しているが、なんとなく気配でわかるものだという。

いわく、室内でなんかちょっとヤな感じするな…と思ったら大体コボルトとのこと。

…つまり、今の私はなんかちょっとヤな感じがする令嬢になっているわけだ。

で、でもね!コボルトってたまに家のお手伝いとかもするらしいよ!

だから何だという話だが。


モンスターから悪戯妖精レベルまで落ち着いたのだから大進歩と言えるだろう。

少なくとも舞踏会をパニックにすることは無いのだから。

とはいえ、兄と踊って以降声をかけられたことはない。

無理もない…コボルトと踊りたい人などいないだろう。


あと、少し離れたところにいるナントカ子爵の次男とナントカ伯爵の長男さんたちよ。

『姉は絶世の美女だっていう噂だけど…』『悪くは無いけどさ…夫人も美女だから期待したよな』『アドルフ様の縁談蹴ったらしいぞ』『え、公爵家の?…あの子なんか勘違いしてるんじゃないか?』っていう声聞こえてるから。

いっとくけどお姉さまは噂通りで本当に美人だ。

私がちょっとアレなだけだ。

縁談断ったのは本当にごめんなさい。


私に向けられる声はそんな陰口がほとんど。

せめて堂々と言ってほしい。

陰口は心が余計に削られるからやめて…

泣きそうになってしまう。


普通さ、ダンスのお誘いって社交辞令程度にはかかるもんじゃないの?

まあそりゃね、私だって別に踊りたいわけじゃない。

大勢の人に見られながら踊るなんて緊張するし。

ダンスに自信があるわけでもないし。

優しい曲は終わって、難しい曲に変わってきているからなおさら。


でもさ、今日は社交界デビューだったんだよ。

こんなめかしこんで、気合までいれてさ。



「なんか、流石に惨めだよなぁ…」



思わず口にすると、ますます事実が重く圧し掛かった。

大人のお付き合いに忙しい両親やシェドは助けてくれない。

社交界に友人も居ない。

こんなことならお茶会とか参加してみればよかったな。

社交界デビュー以降でもいいと言ってくれる両親に甘えて、参加を怠っていた過去の自分を恨む。

これも植えつけられた記憶だけど、確かに私ならそうしているだろう。

これじゃコゼットお姉さまのこと引きこもりなんて言えないわ。

そこで友人ができていれば、こんな状況でも少しくらい話相手をしてくれていたかもしれないのに。


いつの間にか足元に下がっていた視線。

不意に、ドレスの裾に影が落ちた。


顔を上げると、ウルフカットの銀髪を首筋に流し、黒のタキシードに身を包んだ綺麗な少年が立っていた。

…もちろんリードだ。

父が側にいない。



「ご挨拶は終わられたんですか?リード様」



周囲の視線が集まっていることを感じつつ、妹としてリードに声をかけた。

その言葉に、リードは笑顔で返す。



「まだご挨拶できていない方もいるんだけどね、

 少しアカネの様子が気になって」



ポツンとしている私に声を掛けに来てくれた、と。

今は同情でも嬉しい。

しかし、その言葉とともに差し出されたこの手はなんだろう?

意図がわからずにその手を見つめていると、焦れたように手を掴まれた。



「あ、あの、リード様?」



そのまま連れ出されたのはダンスホール。

私達に気付いた人々が場所を空ける。

何をする気だ、まさか…



「リード様、踊れないんですよね?」



そのはずだ。

まだダンスレッスンも始めていない。

マナーレッスンだけだ。

とはいえリードは両親の躾がよかったのか、行方不明中に培ったのか…

作法が綺麗で基礎はほとんど問題なかったと聞く。

ということはもしかして…



「本当は全く踊れないわけじゃないんだ。

 ただ、拙いステップで他のご令嬢に怪我をさせるわけにはいかないから。

 兄妹のよしみで、練習に付き合ってくれないかな」



気負い無く微笑むリードは、果たして今から踊る曲目が分かっているのか。

先ほどまで流れていた曲が終わり、続いての曲のステップを示すメロディーが流れる。

これは…少し前に私が苦戦していた難曲のステップだ。



「ちょ、待ってリード、これ無理…」


「大丈夫です。

 ほら、肩が力んでますよ。

 力を抜いて。」



思わず小さく首を振って小声で訴えた。

けれどリードはすっかり踊る気のようだ。

私の耳元に励ましの声を送りながら、腰に添えた手を離してくれない。


ただでさえ人目を集める美少年。

先ほどまで数多の誘いを『踊れないから』と断り続けていた彼が、突然妹を連れてダンスホールに立ったのだ。

話し声がにわかに静まり、好奇の視線が肌に突き刺さる。

ただでさえ場慣れしていないのに、いきなりこれは無理だ。



「…リードぉ…」



情けない声が漏れた。

気付けば手が震えている。

足も根っこが生えたように動く気がしない。

そんな私を見て、リードは困ったように笑った。



「そんな顔しないでください。

 貴女をフロアの主役にしたくて連れ出したんですから」



なんだって?



「僕が貴女の奴隷であるうちは、

 これ以上『惨めだ』なんて言わせない」



妙に挑戦的な表情とセリフが脳に届いたその瞬間、ついに曲がスタートする。

私の凍りついた足をそのまま掬い上げるような力強さでリードは私の腰を支えて一歩踏み出した。



「わ、わっ」



小さく悲鳴をあげつつも、つられて足が動き出す。



「落ち着いて、大丈夫。

 あんなに練習してたんだから」



優しくそう言うリードは、なんだか本当に私の兄であるかのように優しくて。

時々こういう顔を見せられると、どうしていいか分からなくなる。

ていうか何でこんなに上手いの。

『全く踊れないわけじゃない』ってレベルじゃないよね、これ。



「笑って、アカネ」


「え?」



必死にステップを追う中、急にそんなことを言われた。



「言いたい奴には言わせておけばいい。

 だけど、本当のアカネを知らないうちに

 評価を下されるのは面白くない」



今の私に話している余裕なんて無いんだけど…

もしかして陰口の事を言っているのかと気が付いて、思わず口をついた。



「別にいいです。

 私がお姉さまたちみたいに美人じゃないのは事実ですし」



可愛くないセリフだ。

自覚はあるけれど、今はこんな言葉しか返せない。

けれどそれを厳しい声音で否定された。


「よくない。

 あのね、気付いてないかもしれないけど、

 舞踏会が始まってからずっと表情がこわばってる。

 一度もアカネが笑ってるの見てないよ」



一瞬足が止まりそうになった私を、リードがすかさずフォローする。

おそらく傍目には分からなかっただろう。


一度も笑ってるのを見てない…

もしかして、入場する時も挨拶中も?

言われて見ればそんな気がしてきた。


気合を入れてきたものの、かなり緊張していた自覚はある。

何度かお母様が『リラックスよぉ』なんて声をかけてくれていたのはそのせいか。

シェドと踊っている時だって、初めて来賓の前で披露するダンスとあってかなりガチガチだった。

一番簡単な曲だったからまだ良かったものの、シェドはリードするのが大変だったかもしれない。


ただでさえコボルトなのに、ずっと難しい顔をしていたらそりゃ声もかけられないわけだ。



「アカネは愛想笑いが苦手なわけじゃないでしょ?

 猫被るのもうまいし」


「どういう意味ですか…」


「母上への態度と僕への態度が全然違うからね」



まあ、今更リードには何を取り繕う必要もないし。

お母様の前では可愛い娘で居たいし。

だけど…



「猫かぶりならリード様に言われたくありません」



さっきまで来賓たちに向けていた表情は、なんかの撮影かな?って思うくらい絵になるものばかりだった。

にこやかな笑顔だったり、困ったような微笑みだったり…上手に使い分けてたよね。

私に時々向ける黒い微笑みは一切無かった。

しかし嫌味のつもりだったその発言に、リードはまた完璧な微笑で返す。



「それが貴族の仕事だよ」



つい最近まで貴族じゃなかったリードにそんなことを言われて、思わず噴き出した。



「リード様は貴族向きですね」


「どうかな」



私のその言葉には少し苦笑気味に返される。



「まあ、商人だって笑顔作って仕事するのは同じだろうけどね」



確かに。


なんだかいつも通りの会話ですっかり力が抜けて、いつの間にか話しながらでもするする足が動いていた。

いつぞやのリードの言葉が蘇る。

男性にあわせることが大事、って言ってたっけ。

でもやっぱり本当にリードが上手い人なら、こっちはあんまり意識しなくても踊れるものだね。



「リードだけにリードが上手なんですね!」


「…アカネ、次そんな下らないこと言ったら、衆人環視の中で耳を噛むよ」



耳元でぼそっと呟かれて、思わず体が硬直した。

もちろん、それでもリードはうまく流してくれる。



「人が嫌がることするのはよくない…」


「気持ちよくさせてあげればいいんでしょ?」


「変態か」



小声で交わされる会話は本当に馬鹿みたいなもので。

いつの間にかずっと笑顔で踊っていたとか。

それを見た周囲の人々もつられて微笑ましい雰囲気で私達を見ていたとか。

さっきの失礼な男共がすっかり目を奪われているのを見て、リードがしたり顔をしているとか。

そんなことにも気付かずに、リードの思惑通りの展開へ身を投じていて。



「アカネは笑ってる方が可愛いよ」



そんな月並みなリードの言葉にも、また素直に笑みを浮かべられた。




==========




「今日は楽しかった」


「それは良かったです」



まさかそんな言葉で締めくくれるとは思わなかった。

あの後、私に声を掛けやすくなったのか、数人からダンスの申し込みを受けた。

楽団が空気を読んで簡単な曲に変えてくれたおかげで、戸惑いつつもなんとかこなせたと思う。

リードほど上手い人はいなかったけど、そこまで癖の強い人も居なかった。

話が弾んだとは言い難いものの、私の容姿やダンスを褒めてくれる人もいたし、気恥ずかしくも気分良く過ごせた。

それなりに笑顔も見せられたと思う。


でもさ、リード。

あの後も『妹以外のお相手をするにはまだ練習不足ですので』とか断ってたのは無理があると思うよ、私…

若い男性達の表情引きつってたからね。


舞踏会が終わり、後片付けの密やかな喧騒のみを残す屋敷内。

私は寝巻き姿で自室のベッドに横たわり、リードは脇にある椅子に腰掛けていた。

ティナも引き払った私の自室になぜリードがいるのかといえば、そろそろ休もうかとベッドにもぐりこんだ頃、頭痛を覚えたからだ。

『なんか頭痛いかも…』という呟きの数分後にはノックが聞こえて、リードがやって来た。



「まさかこの花が盗聴器になってたとは…」


「とうちょうき?」


「盗み聞きの道具ってことよ」


「人聞きが悪いですね。アカネ様をお守りする為ですよ」



お守りする為に盗聴してたんだろ。

私の暇だ惨めだという情けない独り言を聞かれていたのかと思うと居た堪れない。

でも結果的に駆けつけてもらって助かったのは事実なので、文句を言いにくかった。


ベッド脇に生けられた白いガーベラ。

お祭のときにリードにもらって以来、ずっと部屋で水に生けて大事に維持していた。

さっきの舞踏会でも身に着けていたものだ。

あの日リードがおまじないをしてくれたおかげで、未だに生き生きと咲いている。

…生き生きとしているはずだろう。

なぜならこれ、魔物だから。



「自分が聞いた声を魔王に届ける魔物かぁ。

 一見ただの切花なのにね」



そっと指先で撫でると、くねくねと動く。

正体がばれるまでは無反応だったのに、私が正体を知ってからはこうして返事をするように動くようになった。

意思があるようだ。

見た目がただの花だということもあって怖くは無い。



「触れた物を思うとおりの魔物に変えられるんです。

 初めてやってみたんですが、うまくできて良かった。

 魔王らしい能力ですよね」



まあ、僕はまだ正確には魔王じゃないんですけど、と往生際の悪い補足がつけられた。

一見ただの綺麗な切花は、あの日リードの手によって魔物に変えられていた。

その性質は、己の周囲の音を集め、リードの元へ届けるというもの。

本来、不届き者にどこかへ連れ込まれたり攫われそうになった時の為に、と思って持たせてくれたらしい。

しかし、予想外に私が寂しいことを呟いていたので、危険は及んでいないものの放っておけずに駆けつけてくれた、と。

…恥ずかしい。



「でもこの子、魔物なのに全然人を襲わないね」


「そういう風にしましたから」



そんなこともできるのか。

魔王がいると魔物が凶暴化するって言われてたけど…

これまでの魔王が人類に対して憎しみを持っていたから、そう作り変えてただけなのかな。



「あぁ、でもアカネ様が襲われそうになったら

 迎撃する能力はありますよ」


「え、そうなの?どうやって!?」



可愛いお花の攻撃か。

こうパァッと光って花びらが舞うとか、精霊が現れるとか…



「花の部分が巨大化して花びらで包み込むように相手を丸呑みにします」


「……」



頭によぎったのは元の世界のテレビで見たクリオネの捕食シーンだ。

天使と呼ばれる彼らが悪魔のように変貌する様はなかなか衝撃的だった。



「なんか、なんかこう…花びら舞わせるみたいな

 可愛い感じの攻撃なかったの!?」


「花びらが舞ったところで鬱陶しいだけでしょう…」



そうなんだけど、そうなんだけど!

万が一そんなえげつない攻撃発動したら、周りにどうやって誤魔化すのよ。

ドラゴン令嬢の次は魔物使い令嬢の危機が迫っていたようだ。



「まあこの子に害が無いのは分かったけど…

 さすがにここまで枯れないと

 ティナもそろそろ怪しんできてるんだよね。

 どうしようかな」


「そうですよね…次は髪飾りとかにしましょう」


「え、じゃあこの子は?」



あっさり言われた『次』に、目を見開く。

まさか、お役ごめんだから…とかそんな…

いつの間にかすっかり情が沸いてしまっていた。

絶望的な表情をする私を見て、リードは『えぇっと…』と気まずそうに視線を逸らす。



「でも、ティナに怪しまれてるんでしょう?」


「この子鉢植えとかにできないかな?

 水差ししてたら根っこが生えてきたってことにしてさ」


「それも十分怪しまれると思いますが…」



確かにガーベラは切花から発根する植物ではない…

リードは困ったように眉を下げつつも、数秒唸って頷いた。



「分かりました、では見た目も変えられるようにしてみます。

 鉢植えにしても違和感の無い植物に変えましょう。

 それなら単に僕からの贈り物として飾っておけばいいので。

 アカネ様の部屋を守るようにしておきますよ」


「有難う!」


「ただし、部屋以外でも守る為の物が

 欲しいので髪飾りも作らせてください」



過保護だなぁ、と思いつつも了承…しかけたところで。



「それも盗聴機能つけるの?」


「……」



黙るな。



「それはさ、流石にちょっとプライバシーの侵害っていうか、ね?

 鉢植えにしても、部屋の声全部筒抜けなのはなぁ…」



今回のこのお花ですら『つけたままトイレ行かなくてよかった』とか、かなりほっとしたのに。

でも、今日までの間部屋に飾っておいた期間は部屋の中の会話全部聞こえてたんだよね…

流石に無いわ。


あからさまに非難の視線を送ってやると、リードは小声で『すみませんでした。でも舞踏会の時以外は繋いでませんでしたよ…』と言い訳した。



「わかりました。

 今度はどちらもアカネ様の身に危険が及んだ時のみ

 発動するようにします」


「そうして」



胸をなでおろす。

私の乙女な部分は守られた。

ていうかあんたも全部聞こえるのは気まずいだろうに。



「ほら、いいからそろそろ寝てください。

 ここで見てますから」


「うん…」



人に見られながら寝るのは恥ずかしいな。

でも悪夢の呪いか、かなりの睡魔がきている。

…単に舞踏会で疲れただけかな。



「でも、こうして毎回見張ってたら

 リードが眠れないでしょ」


「僕は大丈夫です」


「何がどう大丈夫なのよ」


「大丈夫だと言ったら大丈夫なんです。

 いいから寝てください」



全く納得はいかないけれど、私が早く寝て悪夢を済ませないとリードも眠れない。

渋々ヘアバンドを手に取った。

けれどその装着を、すぐさまリードに阻まれる。



「あ、ちょっと待ってください。

 今日はそれをつけずにお願いします」


「え、なんで」


「それが無い状態だとどうなるのかを

 一度見ておきたいんですよ。

 魔術具がこの現象に何か歪みを生まないとも限らないので」



簡単に言ってくれる。



「ダメだよ。屋敷中が駆けつけちゃうような

 大絶叫だったみたいなんだから」


「部屋全体に防音の風魔術をかけます。

 それならいいでしょう?」



まあ、それなら…いい、のか?

差し出された手を掴み、魔力を流し込んでやればリードが風魔術を行使する。

見た目にはわからないけれど、防音されたらしい。

一晩は持つとのことだから、これを覚えたら私も自分で防音できるようになるかな。



「では、おやすみなさい。アカネ様」


「うん、おやすみ…」



手を繋いだままそんな言葉を交わした直後、一気に眠気が私の意識を押しつぶした。

…そして。



「リード?」



ブラックアウトした意識から引き戻された時、私はリードに抱き起こされ、強く抱きしめられていた。

頬に当たるリードの服が湿っている。

私はまた泣いていたのだろうか。

時計を見ると、眠りについてから一時間くらい経っていることがわかった。


今回は夢の中の記憶が一切無い。

けれどすっかり体は冷え切り、体は小刻みに震えている。

記憶も無いのに、ただ恐怖の感覚だけが体の端々に残っていた。

リードの体温が心地いい。

ぎゅっと抱きしめ返せば、さらに強く抱きすくめられた。



「…叫んでた?」



小さな頷きが返る。



「今回も何かと繋がってる気配だった?」



また小さな頷きが。

…どうしたんだろう。

いつもと違うリードの様子に、不安になる。



「どうしたの、リード」



か細い問いかけに、もっとか細い声が返ってきた。



「…ここまでだと、思ってませんでした」


「何が?」


「このまま、死んでしまうのではないかと…」



よほど悲惨な状態だったらしい。

前回リードが冷静だったのは、私の叫び声が聞こえていなかったからなのか。

だとすると、よほどすごい絶叫なのだろう。

初めてこうなった時も、リードやティナを始めみんな蒼白だったもんなぁ…


なぜかリードの方が怯えているような様子に、いくらか冷静になった私は苦笑する。



「リード、私生きてるよ」


「はい…」


「驚かせてごめんね」



ぽんぽんと背中を叩くと、顔を上げたリードは…怒りの形相だった。

ひゅっと胃が縮む。



「な、なぜお怒りなのでしょうか」


「この状態を一人で隠して済ませようと

 していたアカネ様に改めて腹が立ちました」



彼の目線をたどった先にはヘアバンド。

おお…まだそのこと怒ってたのか。



「お願いですから…

 一人で何とかしようとしないでください」



どこか泣きそうな顔をしながら、お説教と言うより懇願に近い言葉を吐露される。

もう何度聞いたか分からないお願いだ。

彼は私が傷つくこと、私を失う事を極端に恐れている。



「私はリードのこと信用してるよ。

 頼る気が無いならこんな夜遅くまで

 付き添わせたりしない」



まさかこの世界で一番全てを打ち明けていて心を許している相手が、魔王ヴィンリードだなんて…

変な状況だなとは思うけど、何でも話せる相手がいることで救われているのも事実だ。



「頼りにしてるよ」



そんな言葉に、リードもほっとしたように微笑んだ。

一話を短くして更新頻度を上げるか、今くらいのボリュームでそこそこの更新を保つか…

悩ましいところです。

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