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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第一章 令嬢と兄
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003現状確認

あれから一週間。

ここで過ごす時間が増すにつれ、この世界での記憶が植えつけられるかのように頭に浮かんできた。

おかげで世界の常識や人の顔名前一致に悩むことは無くなった。

非常に助かる。


この世界はファンタジーの世界観に違うことなく、しちめんどくさいカタカナ地名やカタカナ氏名があふれている。

もちろんホワイト・クロニクルに出てきた名称なら全部覚えているけれど、今の私の周りにいる人々は物語に登場しない人ばかりだった。

素の状態なら一度に覚えられる気がしない。


この家はスターチス伯爵の屋敷で、私はその娘、アカネ・スターチスとなっているようだ。


行儀見習いやダンスレッスンといった貴族の令嬢としての嗜みも体が覚えているようで、人並み程度にはこなせている。

音楽に合わせて体が自然と動き出したときには感動したものだ。

体育の創作ダンスでチームメイトに使えない判定をされたあげくに『茜は後ろで適当に揺れてて』と言わしめた私とは思えない。

…泣いてなんかいない。


とりあえず、この調子ならお祭りも大丈夫だろう。


さて、ここで『ホワイト・クロニクル』の物語を整理しよう。

この物語はいわゆる剣と魔法の世界。

王道ファンタジーだ。


この物語は14歳の主人公のファリオンが盗品をアジトで品定めしているシーンから始まる。

ファリオンはもとは貴族の息子だったが、幼い頃に謀略に巻き込まれて父母を失った。

頼る先もわからず孤児となりスラムで育ったファリオンは、あるきっかけにより盗賊団に所属するようになる。

盗み、暗殺、人身売買、とあらゆる悪事をはたらく悪名高い盗賊団だ。

しかしある日、彼は当時の勇者に命を助けられた事をきっかけに盗賊団を脱退し、もともと腕が立つのをいかして真っ当な冒険者としての生活を始めるのだ。


この世界では数百年前から魔王と呼ばれる存在が幾度も出現している。

魔王は魔物たちを強化し、人々への凶暴性を強めてしまう。

そのため出現する度に人々は一致団結して魔王を打ち倒すのだが、しばらく時間を空けてはまた異なる魔王が現れる。

人々は長年の魔物との戦いで力をつけており、魔王を打ち倒すまでに要する時間は回を追うごとに短くなっているが、それに応えるかのように魔王が出現するまでの期間も短くなってきていた。


そして五代目魔王が誕生した時、ファリオンは討伐の旅に出る。

確かこれが19歳の時だ。

つまり…


「今はまだファリオンは盗賊団にいる…」


とてもお近付きになれる気がしない。

この世界に来た以上、ぜひともファリオンに会いたい。

あわよくば親しくなってイチャイチャしたい。

しかし、貴族の令嬢が盗賊団員とお近づきになる機会など、暗殺や誘拐の時くらいだ。


物語ならそこからロマンスが生まれる可能性もあるが、現実的に考えて家族に迷惑がかかるし、ロマンスが生まれる前に死ぬ可能性の方が高い。

ヒロイン補正など私にはかかるまい。

第一危害を加えようとしている令嬢に告白されたらファリオンだってドン引きだ。


「ファリオンが更生して冒険者になったのは、確か物語が始まって半年くらい経ってから…」


であれば、せめて彼が冒険者になってから近づく手段を考えた方が無難だ。

大好きなファリオンがこの世界のどこかに居る。

それだけで逸る気持ちはあるが、まだまだ時間はある。


ひとまずは今の自分の生活をこなすことにしよう。

なぜなら、現状には色々と問題があるからだ。

目下の課題は二つ。


まず一つ目が…


「お父様、アカネです」


目の前のドアをノックする。


「入りなさい」


ドアを開けた先には、書類を持っていかにも仕事中の父が優しく微笑んでいた。

一つ目の問題は…この父だ。


「お疲れ様です、お父様」

「アカネも今日のレッスンを終えてきたんだろう?

 今日もよく頑張ったね」


レッスンの成果を聞くでもなく、ただこなしたという事実をほめてくれる。

やはり父は私に甘い。


ここは父の仕事部屋だ。

父は二つの領地を治めているのでそれなりに忙しい。

にも関わらず、私はレッスン終わりにこの仕事部屋でお茶を飲んでくつろぐ事が習慣化していた。

いつからそうなっていたのかは、植えつけられた記憶を探っても覚えていない。

記憶の中でも私は18歳の私らしい…というか非常に子供らしくない振る舞いをしており、特に仕事の邪魔もしていなかった。

であれば末娘に甘い父が追い出す理由もない。

むしろ毎日嬉しそうに迎えてくれていた。


いつものように応接用のソファに腰かけると、父のそばで書類整理を手伝っていた男性が声をかけてくる。


「アカネ様、お茶のご用意を?」

「いえ、それはエヴァンスさんの仕事ではありません。

 ティナがもうすぐ持ってきてくれますからお気になさらず」


本当はそれくらい自分で致したいのが庶民根性だが、今の私は貴族令嬢。

今まで自分でお茶を入れたことが無いはずなのだから仕方ない。

人を使うのも貴族の仕事だ。


納得したように頷いて仕事に戻った男性は、ロゼリオ・エヴァンス。

父の部下であり、スターチス家が持つ両領地の経理を一手に引き受けている有能な人物。

30代くらいの眼鏡男子で、イケメンとは言わないが、清潔感のある爽やかな男性だ。

領主が部下を抱え、サポートを受けながら統治をするのは当然のことである。

…が、うちの場合はそうではない。


サポートを受けているというよりは、おんぶにだっことなっている。

問題というのがこれだ。


お父様は、経営オンチだったのだ。

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