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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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027魔王の制約

翌朝。

カルバン先生が炎の魔術で氷を焼き切り、運びやすいサイズになったグリフォンの氷漬けは大きな荷馬車に積まれていった。

残った氷はカルバン先生指導の下、魔術の練習がてら私が小さく切り分けていく。

炎の刃を作り(小さめにね!)、氷に差し入れながら少しずつ切るのだ。

私にとっては派手な魔術の方が簡単で、微妙な調節を要する小さい魔術の方が難しい。

魔力制御のいい練習になった。



「ふぅ、こんなもんかなー…」


「お疲れ様です、アカネ様」



全ての氷を切り分けた頃には、昼食の時間を過ぎていた。

切り分けられた氷は市場に配られるらしい。

あらゆる食材が集まるセルイラ市場。

食品の鮮度を保つ為に氷は重宝されるのだ。

聖遺物による氷という名目なのに庶民的な使い道だなとは思うけど、いかんせん氷は氷。

そのうち溶けるのだから他にあまり使い道は無い。

『聖遺物かき氷』とか銘打ったら売れるんじゃなかろうか。

関係各所からお叱りがきそうだが。

…単に私が食べたいだけか。



すっかり荒れ果ててしまった花壇。

エデンさんがせっかく持ち直させてくれたのに…

また私の魔術のせいでこんなことになってしまった。

前回とは違い、大きな氷に踏み潰され、一晩中冷やされた花達。

…これは流石にもう駄目かもしれない。



「気に入っていたんですか?」


「うん…でもただでさえ弱っていたところにこれだったから…」



エデンさんは『わざとじゃないんだから仕方ない。お嬢様がご無事で良かった』と言ってくれたけれど、申し訳ない。

それに再び頑張って花を咲かせようとしてくれていた植物達の姿を思い出すと…


しょんぼりしている私の顔をじっと見た後、リードはふむ、と鼻を鳴らした。



「…昨日はお役に立てなかったので、

 これくらいは致しましょうか」


「え?」



そう言いながらリードが花壇に手のひらをかざした次の瞬間、潰されて萎れていた葉がふわりと形を取り戻し、地に打ち付けられていた蕾が首をもたげた。

瞬きもできないまま、緑がみずみずしく蘇っていく光景を見守る。

近くで作業をしていた他の使用人たちも密かなどよめきと共に足を止めていた。


…信じられない。

これは治癒魔術の一種だろうか。

治癒が扱える魔術師は少ない。

まして、植物に対して使える人なんてそうはいないだろう。

しかもこんな一瞬で、花壇一面に、なんて…


リードは魔術を使えること自体は隠していない。

商人の息子ならある程度学んでいてもおかしくないし、『行方不明の間にいろいろあったんです』という魔法の言葉もある。

これほど凄いのやっちゃうと流石に目立ってしまいそうだけど…

私の為にここまでしてくれたのは嬉しいので、素直に賞賛する。



「すごい!リード!」



しかし、リードは手をゆっくり下ろすと、俯いた。



「…リード?」



そのまま体がゆらりと傾ぎ、たたらを踏むようにそれを堪えた。

慌ててその肩を支える。



「どうしたの!?」



仮にも魔王の器だ。

すごい魔術ではあったけど、さすがにこれくらいで魔力枯渇にはなるまい。

いやそれとも魔王は治癒魔術は苦手とか?

ちょっとありそうだな…

覗き込んでみると、リードは青い顔で歯をくいしばっていて、頭を押さえた手が白くなっている。



「アカネ様…魔力を、流してくれませんか」



食いしばった歯の隙間から、小さい声で焦ったように呟かれたのはそんな言葉。

訳がわからないながらも、肩に添えた手から魔力を流し込むようイメージする。

異変に気付いた使用人達に支えられる中、リードはふぅっと大きく息をつき、体を弛緩させた。



「リード、大丈夫?」


「大丈夫です、ずいぶん楽になりました」



そう言って微笑むリードの額にはまだ汗が浮いている。

けれどさっきのような切羽詰った雰囲気は無いから、確かに少し落ち着いたようだ。


周囲は『物凄い治癒術を使ったから魔力が枯渇したのだろう』と結論付け、リードはそのまま部屋へ運ばれていった。

その場には元気になった花々と、それを見て感嘆の息を漏らす使用人達、そして呆然とする私が残される。


な、なんだったの、今の。




==========




「もう、ダメじゃなぁい。

 リードはまだ病み上がりなんだから、

 無茶しちゃいけないわぁ」



少し間を置いてリードの様子を見に行くと、お母様に叱られているシーンに出くわした。

横には父も立っている。

ベッドで上体を起こした姿勢のまま、リードは殊勝な態度で説教を受けていた。



「申し訳ございません。

 無理をしないように気をつけます」


「本当よぉ、あんまり心配させないで頂戴」



母は叱るというより拗ねるに近いプンプン、といった様子で一しきり文句を言った後、気を取り直したように笑顔を見せる。



「でもすごいわぁ、あんなに綺麗にお花を治せちゃうなんて」


「家はシェドが継ぐことになっているから

 リードはどうするかと考えていたが…

 これなら立派な治癒術士になれるかもしれないな!」



父がそんな事を言う。

瀕死の冒険者が命からがら治癒術士を呼んだら魔王がやってくる、か…

オーバーキルな追い討ちだな。


ゆっくり休みなさい、と言い残し、両親は退室した。

私とリードだけが残される。

まだ本調子でなさそうなリードを寝かせてあげたいところだが、その前に一つ確認しないといけない。



「リード、もしかして魔王の…」



そこまで言ったところで、リードは小さく頷いた。



「魔術を使った直後、迷宮のイメージが頭に流れてきて

 人間への憎悪感が高まりました。

 先日話していたあの現象でしょう」



やっぱりか…

この部屋にくるまでにその可能性には思い当たっていた。

人を殺したらそうなると思っていたけれど、ひょっとして魔力を使うだけでダメなんじゃないかと。

本の中のヴィンリードが最初に奴隷商たちを殺めた時何とも無かったのは、もしかしたら魔力を使わなかったのかもしれない。



「今は?」


「アカネ様の魔力をいただいてから

 少し収まりましたが、まだちょっと…

 もう少し流してもらっても?」


「わかった」



すぐにリードに近づき、手を取って魔力を流し込む。



「さっきもすぐに魔力を流せって言ったよね。

 こうするといいって知ってたの?」


「いえ…ただ、これまでもアカネ様の魔力を

 浴びるだけで心地よかったのですが、

 一度体内に取り込んでみた時には段違いに

 リラックス効果を感じたので。

 とはいえ気休め程度のつもりでした。

 でも今こうしてもらうだけで、

 確実に破壊衝動が収まっています」



そうか、それはよかった。

だけど一つ聞き捨てならない。



「私の魔力を、取り込んだ?」


「ええ。浴びるだけで心地いいので

 吸収したらどうなるのかと思って」



動機を聞きたいんじゃない。


通常、魔力を流されるというのは自分の中の魔力の流れを乱される行為だ。

流れが交じり合うことは無いが、一定の渦を巻いていた場所に大きなボートで乗り入れられるような感覚。

それだけでもあまり心地いいものじゃない。

ましてや、魔力を取り込むというのは…


過去に実験をした人はいるらしい。

つい先日、カルバン先生から聞いた話だ。

魔力を他人に分け与えることは出来ないのか、と質問すると、無理だと言われた。


誰もが持っている魔力を溜めるタンク。

物理的には目に見えないそれに、他人の魔力を流すことはできる。

しかし、流された側はもれなく体調を崩し、場合によっては死にいたるという。


昨日リードが語っていた、魔力の制御を他人にゆだねる人はいないというのは、こういうこともあるからだろう。

自分の魔力制御を委ねたまま別の魔力を流し込まれれば身に危険が及ぶ。



「つまりそういうわけだから、取り込むのはダメ!」


「いえ、アカネ様。その通説には誤解があります」



お母様のマネをしてメッしてみたが、リードは冷静に首を振った。

この話自体は知っているらしい。



「これは二代目の魔王が生前実験していた内容ですが、

 ほぼ間違いないと思います。

 魔力を受け取って問題が起きるのは、相性の問題です」



いわく…


そもそも魔術には6つの属性がある。

火、水、風、土、光、闇だ。

大気中をただよう魔力にもそれぞれの属性があり、魔術を使う際は主に対応する魔力を消費する。


そして個人が持つ魔力…正確には保有できる魔力の割合には個人差がある。

人によってはまんべんなく6種類の魔力を持っていたり、一つの属性に特化してそれ以外の魔力はほとんど持てなかったり。

それが個人の魔術の特性に現れるのだという。


火の魔力しか持っていない人は、火の魔術は得意だがそれ以外はほとんど使えない。

火の魔力で風の魔術を使おうとすることもできなくはないが、変換効率がすこぶる悪いそうだ。

魔力をごっそり消費してそよ風しか起こせないのでは、使えないのと同じだろう。


そして大気中をただよう魔力の属性比にも地域差があるため、地域によって魔力回復速度に差が出ることもある。

風の魔力が強い人は風の魔力の強い地域ではすぐに魔力が回復するというわけだ。



「もしかして、その魔力の割合が違う人同士で

 魔力を分け合うと、不都合が起きるって事?」


「そういうことです」


「なるほど、血液型と同じか」



割合というのはとても微妙な問題だ。

だから血液型よりパターンが多くて適合者を見つけるのが大変そうだけど…



「けつえきがた?」



そう問われて、はたと気付く。

この世界では外傷は治癒魔術で治す。

治癒魔術は血液も再生してくれるので、輸血の文化が無いから血液型というものを知らないのだ。


知っている知識の範囲で血液型の説明や拒絶反応の話をすると、リードは得心したように頷いた。



「考えとしては同じと考えて問題ないと思います」


「それで、私とリードは同じ魔力比なのね?」


「ええ。均等に全属性が満遍なく。

 お互い魔力量も多いので、

 使えない魔術は無いと考えていいでしょう」



光魔術も使える魔王ってなんか微妙だけど…

しかし治癒術は光属性だ。

既に使えることは目の前で証明された。


私としても全ての魔術が使えるのはうれしい。

トンデモ威力なのはちょっと困るけど、万能感は純粋にわくわくする。



「それで、同じ魔力比の相手から魔力を流し込まれると、

 魔王の魂が静まるの?」


「そのようです。原理はわかりませんが…」



原理なんて言い出したら、魔王の魂が延々と続いていることだって分からない。

スピリチュアルなのは今更だ。

もしかしたら迷宮由来であることも関係しているかもしれない。

迷宮由来の魔力を感じると、魔王の魂が迷宮に到着したと勘違いするとか?

いや、でもそれなら破壊衝動は残りそうだな…



「でもそれなら、私もリードの魔力を

 受け取っても大丈夫ってこと?」


「理屈としては大丈夫かとは思いますが…

 完全に体内へ受け入れるのはやめた方がいいでしょう。

 魔王の力が悪影響を及ぼさないとも限りません」



まあそれもそうか…



「でもとりあえず、これからもリードが

 仕方なく魔力を使うことがあったら、

 こうすればいいのよね?」


「そうですね…そうしていただけると…」



まだ症状も対応策も仮説に過ぎない以上、できれば魔力を使わないでいてほしいところだけれど、身に危険が迫るなどどうしようもない時もある。

そう思って申し出ると、リードは肯定しつつも複雑そうな表情をした。



「…なに?」


「いえ…こうして触れることに抵抗が無いのだな、と」



言われて一瞬意味をつかみかねる。

奴隷と言う身分を気にしているのか…

いやいや、それはリードが自称しているだけだし、私がそう思っていないことも伝わっているだろう。


だとすると異性と言う話か。

リードは美少年だ。

目が合うとドキッともする。

だけど、まぁ…



「リードは弟みたいな感覚だからなぁ」



出会った時に弱っていたことや、その後のやり取りで儚げな印象を受けたこともあるだろう。

魔王の道に落ちないように導いてあげなければ、保護してあげなければという気持ちが強い。



「弟…?」



しかし、思わず零した言葉に、リードがピクリと反応した。

あ、まずい。

一応今の私より、リードは年上ということになっている。

そういえば実年齢の話はしてなかったし、プライドを傷つけたかもしれない。


リードにはもはや自分自身のことについて隠し事をするつもりはないので、年齢のことを伝えようと口を開く…が、それを遮るような完璧な笑みが眼前にあった。

いつの間にか手を引き寄せられていた。

なんとか足を踏ん張ったものの、あやうく顔面衝突するところだ。

…主に唇が。


そう思い当たった瞬間、ぶわっと頬に熱が上る。



「なっ、なんっ…」



慌てて体を離すけれど、手は思いの外強い力でつかまれたまま。

十分に距離をとれず、ますますパニックになる。



「うーん、この反応は本当に弟相手のものですかね?」


「だ、誰だって慌てるでしょ!?

 なんならあの距離にティナがいたって慌てるわ!」



私の反論に『それもそうか』と呟いて、リードは手を離した。

勢いあまって後ろによろめく私を、慌てて立ち上がり受け止めてくれる。



「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない…」



あてつけにぐったりと力を抜いてやるけれど、存外力強い腕はしっかり体を支えてくれた。


「…なんなの、リードは私に惚れて欲しいの?」



昨日といい、私が意識するかどうかを窺ってどうしたいんだ。

そう聞いてみると、リードは『う~ん?』と首を傾げながら私をひょいっと抱き上げた。

突然の浮遊感に慌てて目の前の服をつかむ。



「まぁこうしてアカネ様にしがみつかれるのは

 悪い気がしませんが」


「それは魔王由来の征服欲とかじゃないでしょうね」


「特に自分の性癖を意識したことが無いので、

 生来のものか魂を受け入れた影響かの判別はできかねます」


「良かったわ、『もともとです』とか即答されなくて」



そして私を抱き上げたまま視線を上にあげて、リードはしばし考え込んだ。



「…ねぇ、考え事するなら下ろしてくれない?」


「つまり考え事してないで構って欲しいと」


「言ってない、言ってない」



手を振り振りつっこんでも、彼は下ろしてくれる気配が無い。

そのままベッドに腰掛けなおし、私を膝に乗せたまま話を続けた。



「惚れてほしいというよりは、アカネ様が

 この容姿に興味を示していないように感じるので

 確かめたいというのが正確なところですかね」


「ねぇ、その話この体勢でなきゃダメ?」



膝から降りようともがくけれど、後ろから羽交い絞めにするように抱きしめられて動きを封じられる。

暴れる動物を押さえ込むような仕草であり、甘い空気は一切無い。



「僕の顔はかなり綺麗な部類に入るはずなんですが、

 アカネ様はあまりそこに頓着していなさそうなんですよね」


「なに、あんたってナルシストキャラだったの?」


「別にそんな自分が大好きってわけじゃありませんよ。

 過去の周囲の反応と照らし合わせると

 アカネ様の反応がちょっと違うっていうだけです。

 大体これくらいの年頃の女性なら

 見惚れるとか頬を赤らめるとかするんですけどね」



淡々と語るリードはまるで他人事のようだ。

そんな反応をされても心が動かされないらしい。



「リードの顔は綺麗だと思ってるよ」



黙っていれば見惚れもするだろう。

でもいかんせん中身はこれだし、綺麗なだけなら母や姉で見慣れている。

元の世界にはこれだけ整った顔の人はほとんど居なかったから、母と姉の印象が強すぎて、同列に感じてしまっているのかも知れない。

もしかしたらその中でもリードは格上の整い方をしているのかもしれないが…

素人がハイレベルな戦いを見てもどちらが優勢か見極められないのと同じように、ハイレベルすぎる顔面のランクを正確に見分けられていないのかも?


…なんで容姿のことでこんな小難しいこと考えなきゃいけないのか。


ちらりとリードの顔に視線をやる。

体勢が体勢なので、その距離は近い。

気付いたリードもこちらに視線を落としてきて、赤い瞳と視線が絡んだ。


ぞわりと背筋を駆け上がる何か。

やっぱりこの瞳には弱い。

どうしていつもこんな感じになるんだろう。

甘酸っぱいときめきとは違う…そう、これはまるで…


何かに思い当たりかけた次の瞬間。



「リード、入るぞ」



ノックの音と共に聞き覚えのある声が聞こえて。

私は咄嗟にリードを立ち上がらせて手を取った。



「…何をしてるんだ」


「あらシェド様!ダンスレッスンに

 付き合ってもらっていたんですよ!

 シェド様こそどうなさったんです!?」



緊張から乱れそうな息を無理やり整えてそう返事をすると、シェドの呆れた視線が私達二人を舐める。



「リードが倒れたと聞いて様子を見に来たんだが…

 そんな相手にダンスをさせるな。

 それと男性の胸倉をつかむようなフォームを

 リーゼ女史が教えたのか?」


「あら失礼。力んでいたようです」



無理やり立たせる為に胸倉をつかんだので、そのままだったようだ。

ダンス講師であるリーゼ先生の名に傷をつけるわけにはいかない。

リードとシェドの冷たい視線を感じながら、そっと体を離す。

強引すぎる誤魔化し方ではあったが、あまりに色気の無い状態だったからかシェドはそれ以上何も突っ込んでこなかった。


危ない危ない。

また望んでもいないラブコメ展開に巻き込まれるところだったわ。

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